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二人の戦い

 多数の黒い影、霊体が浮遊する中、何かに取り憑かれたと思われる明は、生気を失った目で徐々にこちらに近寄ってくる。

 その明を、リラは腕を組んだまま正面で迎え撃とうとする。

「明、しっかりしろ!」

 起き上がりながら亜留は明に声をかけるが、明はまったく反応しない。

「無駄だ。アキラは何者かに取り憑かれて、自我を失っておる。どうもこの霊体、いや悪霊は、人の体と共存する気が無いようだな」

「どういうことだよ」

「人間が霊体に取り憑かれた場合、肉体に影響を及ぼす場合と及ぼさない場合がある。霊体はエネルギーの集合体だから、意思が強い霊体はそれによって脳に影響を与えて、取り憑いた肉体を操ることも可能になるのだ。その場合、肉体に負荷がかかるから、長い間放置しておくと肉体的にも精神的にも壊れかねないな」

 リラがしゃべっている間にも、明は徐々にこちらに近寄ってくる。

 しかし、リラは動こうとしない。

「じゃあ、早く助けないと」

「どうやって助けるつもりだ? 霊体と肉体を切り離さねばならぬのに、人間の手だけでは無理だぞ」

「それじゃあ、どうするのさ」

 亜留と沙織が見守る中、リラは両足を開いて明に向かって行く体勢を整えた。

「霊体同士なら触れることは可能だ。アキラの体から、取り憑いたバカたれを引きはがしてやるわ!」

 そういうと、リラは高速で浮遊し、明の体に突っ込んでいった。

 最接近したと同時に、右手を振り上げ、明の体に向かって振り下ろす。しかし、リラの手は明の体に触れられず空を切る。

 勢いがついて通り過ぎてしまったリラは、急ブレーキから方向転換をかけ、再度明へと高速で飛んでいく。

 それに気が付いたのか、明の体はリラの方を振り向くと、右手をリラに向かって振り払った。

「ひぃっ!?」

 左手はリラのほおにヒットし、リラは鳥居の方に吹き飛ばされた。

「り、リラちゃん?」

「リラ、大丈夫か?」

 鳥居や生えている木々を通り抜けて飛ばされたリラは、途中で体を翻して何とか体勢を立て直した。

「あいたたた……いや、痛くはないが、なんというか、霊体でこれだけの衝撃を受けたのは初めてだな」

 特にほこりまみれになっているわけではないが、リラは自分の体をパンパン、とはたくそぶりをして、再び明の体に近づいた。

「うむ、これは厄介だな。完全に肉体を支配して、アキラの体を操っておる。これでは霊体を引きはがすのは難しいな」

 さてどうしたものか、とリラは明と間合いを取ったまま動かない。

「なら、僕が明をつかんで、その間に……」

「やってみるか? 霊体に憑依された人間は、霊体が操る限り人間の限界を超えた力で肉体を動かして来るから、生身で同程度の力の差なら抑えるのも難しいと……」

 リラが言い終わる前に、亜留は明に向かって突っ込んでいった。

 何とか体を取り押さえようとするが、ものすごい力がかかって両手を振りほどかれ、そのまま神社の階段に叩きつけられた。

「え、あ、亜留君?」

「まったく、だから言ったのに。大人でも取り押さえられるか怪しいというのに」

 はぁ、とため息をつきながら、リラはあきれた顔をする。

「大丈夫?」

「うん、なんとか」

 亜留が階段に手をついてよろよろと立ち上がると、重菜が亜留の体を支えた。

 そうしている間に、明は徐々に亜留たちの方へと近づいてくる。

 亜留が沙織の前に腕を伸ばして守りながら明の体をじっと見ていると、ふとあるものが目に映った。

「そうか、最初からこうすればよかったんだ」

 そういうと、亜留は重菜の手を引いて神社の本殿から離れた。

「リラ、明の気を引くことはできるか?」

「できないことはないだろうが……どうするのだ?」

「僕に考えがある」

「ふむ、まあよい。では任せたぞ」


 数メートル空いた明との間合いを、リラは一気に詰め寄った。

 明の右手が動き、先ほどと同じようにリラを振り払おうとした。

 が、手が触れる瞬間に、リラはとっさに右方向に方向転換し、その手を回避する。

「へっ、甘いわ。当てれるものなら当ててみるがよい」

 リラは何度も明の目の前に突っ込んでは、触れる直前で方向転換する。明の体はそのたびに反応し、何度もその右手は空を切る。

 その様子を見ながら、亜留は飛び出すタイミングを見計らっていた。

 明のズボンのポケットから見えているもの。それを隙をついて奪えるか。

 リラが明に近寄っては離れ、明もそれに翻弄されて向きを変える。そして、ついに明が亜留に背中を見せた。

「今だ!」

 ゆっくりと明に近づき、近づいてきたリラが明から離れて視線が移った瞬間、亜留は一気に明に向かって走り、間合いを詰める。

 そして、明のポケットに向かって、右手を思いっきり伸ばした。

 それに気が付いた明は、振り返ると同時に左手を亜留の顔面に振り下ろす。それに触れて亜留は重菜のいた方向に吹き飛んだが、目的のものは手に入れることができた。

「亜留君、大丈夫?」

「うん、それより、これ」

「これって、もしかして」

「そう、お札」

 亜留は起き上がりながら、手に持ったお札を重菜に見せた。

「リラ、もう少し時間を稼いでくれ」

「わ、わかっておるが、ちときつくなったから急いでくれ」

 亜留がお札を手にしてから、明は亜留の方に注意が行っている。それを、リラが自分の方へ注意を向けようとする。

「おのれ、無理やりでも引きずり出してやろうかっ!」

 先ほどまではかなり間を取って方向転換をしていたが、今度は手を伸ばせば触れることができるほどまで、リラは明の体に接近する。

 しかし、それに気が付いて明も手をリラの方に振り払う。間一髪、方向転換でリラはそれを回避した。

「たしかに、なんだか息が上がってるな。急ごう」

 動き回るリラの様子を見ながら、亜留は一枚のお札を取り出した。そして、ポケットにしまってあったメモ帳を取り出し、経を唱え始めた。

 明はその様子に気づくこと無く、リラを追い回すのに夢中になっている。

 いつこちらに気づくかわからない中、亜留は経を唱え続ける。

 残り数文字を残し、明が背中を向けたのを見計らって、亜留はお札片手に明に突っ込んだ。

 それに気が付いた明は、亜留を離れさせようと手を振り払う。が、お構いなしに亜留は明の体に向かって行く。

 手に握ったお札が明の体に触れ、同時に明の手が亜留を吹き飛ばした。

「いてて……でも、うまくいったみたいだな」

 明の体の周りに、黒いもやもやとしたものがまとわりつく。それは徐々に頭上へと昇っていき、黒い塊を形成していった。

「あれって、ケフィーの時の……」

「多分、明に取り憑いていた霊が出てきたんだ」

 明の周りのもやもやとしたものがすべて頭上に出てくると、明はその場に倒れ込んだ。リラはそのタイミングを見計らい、黒い塊へ突っ込んだ。

「それ捕まえた。もう逃しはせんぞ」

 じたばたする黒い塊は、リラから逃げ出そうとしているように見えるが、なかなか抜け出せないようだ。

「それより、アキラは大丈夫か?」

 リラに言われ、重菜が明の元に駆け寄り、体を抱え起こす。

「明君は、大丈夫みたい。特に傷もないし、気を失ってるだけ」

「うむ、ならよかった」

 明が無事であることにほっとしたのか、一瞬リラの力が緩む。その隙に黒い塊は逃げ出そうとするが、それをリラは見逃さなかった。

「こら、じっとせんか! 実態がはっきり見えるほどの霊的エネルギーを持つ私にお前がかなうわけなかろう」

 そのままじたばたしていた黒い塊だったが、しばらくすると動きを止めた。

「リラ、そんなの捕まえてどうするのさ?」

「こいつから話を聞くに決まっておる。まったく、アキラをこんな目に遭わせておいて、ただでは置かぬ」

「ま、まあ、ほどほどにな」

 何故か立腹しているリラは、捕まえた黒い塊を持って、亜留たちの前に降りてきた。


 昼間なのに薄暗い神社周辺は、時折吹く風の音以外は何も聞こえない。

 他の霊体がうようよとうごめく中、亜留たちはリラが取り押さえた黒い塊、明に憑依していた霊体を取り囲んで、神社の階段に座り込んだ。

 亜留が悪霊退散のお札をちらつかせながら、リラが霊体に話を聞いた。

「……すると、この神社には、命に関する神がもともと祀られていたということだな」

「無病息災じゃなくて?」

「病気関係も、もともと命に係わるものだろう。要するに、事故とか病気とか、そういうものから守る神が祀られていたというわけだな」

「なるほどね。しかし、ここに集まってる霊体って、稲荷神社に集まってた霊体とは客層、っていうか、性質が違う気がするんだけど」

「そうだな。稲荷神社はまた別の神を祀っていたから、当然と言えば当然だが……。おい、何でお前たちはここに集まってるのだ?」

 リラは須羅府神社に集まっている理由を、霊体に尋ねた。

「……む、輪廻転生? 馬鹿か。死んだ人間は生き返ることはできないと何故わからぬか」

「何だって?」

「ここに来ている霊体どもは、本気で生き返ろうとしている奴らのようだ。それで、命に関係するこの神社で、生き返るためのヒントを探りに来たんだと」

「それで、生き返る方法なんてあるのか?」

「いや、実質的には無理だ」

 そういうと、リラはふと立ち上がった。

「生き物と言うのは、物質的なもので構成される肉体と、精神的な要素で構成される霊体によって、動くことができるものとなる。人間で言う魂と言うのは、例えば人間がタンパク質やカルシウムなんかでできているのと同じように、霊的エネルギーが組み合わさってできたものなのだ。死んだ人間の霊体、つまり魂はいずれ何らかの形で霊体エネルギーへと分離する。肉体が他の有機質や無機質になるのと同じだな。その霊体エネルギーによって、新しい霊体が生成されるというわけだ」

 秋の風が、少しずつ上がっていく体感温度を下げていく。それにつられるように、周囲の霊体もざわついているように見える。

「つまり、仮に同じ要素で霊体ができたとしても、記憶なんてないし、別の霊体と同じなのだ。だから、死んだ人間が生き返るなんてことはないのだ」

「なんだか夢のない話だな」

「当たり前のことを当たり前に言っただけだ。死者が生き返るというのは、そもそも死んでいないという話なだけだ」

 リラが熱弁していると、気を失っている明がもぞもぞと動き出し、目を覚ました。

「あれ、俺、どうしたんだ?」

「お、アキラよ、気が付いたか。お前はこの馬鹿たれの霊体に憑依されていたのだ」

 リラはそういうと、明に黒い霊体を見せた。

「え、俺、これに憑依されてたのか」

「まあ、憑依自体は霊体なら誰でもできるからな。体を操ったり肉体の持ち主と会話したりするには、それなりの技量や経験、肉体との相性が必要だがな。この霊体とアキラの体は、よほど相性が良かったらしい」

「なんだそれ、なんか気味悪いな」

 明はじたばたする霊体を見ながら、一歩後ずさった。

「こいつなら、沙織が来たかどうかわかるんじゃないか? ずっとここにいるみたいだし」

「おお、そうだな。聞いてみるか」

 亜留に言われ、リラが霊体に尋ねる。何を言っているのかはっきりわからないが、時々「ふむふむ」という声が聞こえてくる。

「こやつによると、女子高生くらいの女の子の霊体が、神社の中によく入って行っているらしい。もし今日も来ているなら、この中にいるはずだ」

「よし、行こう! えっと、確かここの鍵は……」

 亜留がごそごそと、ポケットを探ると、小さな鍵が出てきた。

「これだ」

 鍵を手にし、階段を昇って神社の扉に向かおうとしたが、「あっ」と声を挙げてて立ち止った。

「そいつどうするのさ? また誰かに憑依するかもしれないけど」

「別に、お札があるからどうってことはないだろう。何もしないと誓うのなら、逃がしてしまってよいだろう。もっとも、次に何かしでかしたら、容赦はしないが、な」

 そう言ってリラが霊体ににらみを利かせると、一瞬びくっとなった後、霊体はどこかに姿を消してしまった。

「念のため、アキラとシゲナは悪霊退散の札を持っておいた方がよさそうだな。またいつ憑依されるかわからんからな」

「そうだね。はい、明、重菜。一枚ずつ持っておいて」

 亜留は回収したお札から、悪霊退散のお札を明と重菜に渡した。

「あれ、亜留君、これって、お経を唱えないと効果がないんじゃないの?」

 重菜がお札を見ながら言った。

「お経は憑依している人間から悪霊を追い払ったり、悪霊を成仏させるときに使うんだよ。これ自体、悪霊を寄せ付けない効果があるから、持っておくだけでも違うと思うよ」

「そうなんだ。……あれ、じゃあ、明君は何で憑依されたの? お札、最初持ってたよね?」

「……なんでだろう?」

 重菜の疑問をよそに、亜留は神社の扉の鍵を開けた。


 木製の引き戸を引くと、ぎぃ、という鈍い音とともに扉が開いた。

 両壁に取り付けられた格子状の窓からわずかな光が入ってくるものの、十分な光量ではなく、中の様子ははっきりと見えない。

「ここも、結構霊体エネルギーが濃いな」

 亜留は入った瞬間、建物内部の涼しさと霊体エネルギーの感触の同時に襲われ、身震いをした。

「うわ、なんだこの黒いもやもや動くのは。外にもいたけど、これが霊体ってやつか?」

「あ、そうか。明も霊体に憑依されたから、霊感が上がって霊体が見えるようになったのか。色が濃いやつは最近ので、白っぽいやつはもうすぐ消滅する奴だってさ」

「……にしても、これだけ数が多いと不気味だよな」

 神社内部にも、黒い霊体が十数体はうようよとしている。

 周りの壁を見ると、何枚かお札が貼られていた。どうやら悪霊を近づけないためのお札のようだが、効力が切れているためか、その役目を果たせていない。

 長い間手入れがされていなかったのか、妙に埃っぽくかび臭い。しかし、木造の壁や床はそれほど傷んではいないようだ。

 ゆっくりと奥へ進んでいくと、一歩歩くたびにぎぃ、と床がきしむ。明かりのない中、目を凝らして周りを見渡すが、霊体たちが邪魔で視界はあまりよくない。

「ねえ、あれ……」

 重菜が奥を指さす。そこにはご神体があり、その前に、何か、人型のものが横たわっているのが見える。

「もしかして……」

 言うが早いか、亜留はその人影へ駆け寄った。

 近づくにつれ、その正体がはっきりとしてくる。

 ショートヘアに、白いワンピース。見覚えのある顔は、間違いなく、探していた天川沙織だった。

「沙織、どうしたんだ、しっかりしろ!」

 亜留は思わず沙織を抱きかかえようとしたが、当然のようにその腕は空振りに終わる。

「まさか本当に……」

「うそ、本当に沙織なの?」

 明と重菜も、慌てて沙織の元に駆け寄る。そして、沙織本人であることを確認した。

 見つけた沙織は、リラほどはっきりとした姿をしておらず、透明に近い状態になっていた。

「ふむ、どうやらこの娘、相当衰弱しておるようだ。多分、何度もここに来ている間に、周りの霊たちにエネルギーを奪われたようだな。かろうじて、全てのエネルギーを奪われる前に、このご神体の前にやってきた、と言ったところか。いくらお札が無意味といっても、ご神体には悪霊を遠ざける力があるからな」

「じゃあ、沙織は……」

「気を失っているだけだと思うぞ。ほれ、たしか霊力を回復させるお札があっただろう。それを使ってみるのだ」

 リラに言われて、亜留はお札の束を取り出し、一枚ずつ探した。

「霊力増強、これか」

 一枚のお札を取り出し、沙織の霊体に近づける。そして、メモに書かれた通りの経を唱えると、透き通った体は徐々にリラのように明確な姿を見せた。

 しばらく様子を見ていると、沙織はつぶっていた目を開き、ゆっくりと起き上がった。

「ん……あ……れ?」

 自分がどこにいるか確認するように、沙織はあたりをきょろきょろと見回した。その様子を見て、亜留はほっと胸をなでおろす。

「よかった、何とか無事で」

 そう言って、亜留は沙織に手を差し伸べた。しかし、一方の沙織は、キョトンとした目で亜留を見つめたまま動かない。

 そして、沙織の口から、耳を疑うような言葉が発せられた。


「えっと、あなたは一体、誰なのですか?」

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