二つの神社
「ありがとうございました。これでケフィーも浮かばれます」
お祓いが終わった後、亜留たち三人は、座布団に座って神主にお礼を言った。
「まあまあ、成仏できない霊を成仏させるのが私の仕事ですから」
はっはっは、と笑いながら、神主は正座で答えた。
「お祓いするって言った時はびっくりしましたよ。まさかリラが成仏させられるのかと」
「よほどひどい悪霊だとか、無意味にふらついている動物霊とかでなければお祓いはしませんよ。守護霊もいますし、浮遊霊や地縛霊なんかは時間が経てば勝手に成仏しますしね」
「でも、ここのお祓いって、悪いうわさもありますよね。守護霊をお祓いされて調子が悪くなったとか、法外な値段を求められたとか」
亜留の話を聞いて、神主ははっはっは、と笑い声を上げた。
「ああ、たまに何も異常がない参拝客がお祓いの依頼をする時もありましてね、特に意味もない適当なお経を唱えることもあるんですよ。それでその帰りに運悪く事故に遭ったっていう話なら聞いたことがあります。あと、準備が出来ていないときは法外な値段を吹っかけて諦めさせようとしたときはありましたね」
「ええ、そんなお客さんがいるんですか?」
「人間っていうのは、悪霊なんかよりもよっぽど恐ろしいものですよ」
「たしかに、それは言えてるかもしれませんね」
なるほど、と亜留は腕を組みながら言った。
「さて、お祓いも済んだことですし、そろそろ本題に入りましょう。今日は相談事と言うことですが」
神主はそういうと、懐から黒い表紙の手帳とボールペンを取り出した。
「そうですね、実は、リラみたいな、女の子の霊を探しているんです」
「女の子の霊?」
「高校生の女の子で、ショートヘアで白いワンピースを着ているはずなんですけど」
「うーん、確かにここでは沢山の霊をお祓いしてきましたし、いろんな霊を見てきましたが、そちらの霊……星谷さんのような、はっきりとした霊は今まで見たことがないですね」
「……そうですか」
神主の言葉に、手がかりを失った亜留は肩を落としたが、リラが前に出て神主に尋ねた。
「ほかの霊体仲間に聞いたのだが、どうもサオリ、その女子高生の霊体は、毎日のように鱈瀬神社に向かっていたようだ。こっちの方向にはほかにはかなり離れた場所にしか神社や墓地は無いから、ここらへんで霊体が溜まりそうな場所にいると思うのだが、そういう場所に心当たりはないだろうか?」
「霊が溜まりそうな場所、ですか」
神主はしばらく顎に手を当てて考えると、「そういえば」と声を上げた。
「この近くで霊的に集まりやすい場所と言えば、この神社の裏手にある、須羅府神社はどうでしょう」
「須羅府神社? 裏にある境内摂社か」
「ええ、今から百年近く前に建てられたものだそうで、かなり古い神社です。昔は無病息災の神が祀られているとして参拝客も多かったのですが、今はあまり存在を知る人もいませんね」
「ふむ、確かに古い神社には霊体が集まりやすいが……。そこは、ここのように悪性の霊体エネルギーが溜まっている場所ではないのか?」
ここから近いということは、お祓いによって成仏した霊の霊体エネルギーが溜まっている可能性がある。もしそうなら、ここと同じく沙織がいる可能性が低くなる。
「いえ、あそこはここのように邪気には覆われておりません。ただ、時々霊感が高い方は、寒気を感じることもあるそうですから、霊が集まりやすいのは間違いないでしょう」
「なるほど、やはりここが特殊だっただけなのだな」
「お祓いしているところはそんなものですよ。邪気は霊体がお祓いによって成仏する時に残された慙愧の念、とでも言いましょうか、なかなか消えないでその場にとどまって溜まっていくのです。ですから、人が意図的に邪気を取り入れたり、動物が何らかの要因で邪気を纏って他の場所に行ったりしなければ、他のところに邪気が溜まることはありません」
「ふむ、なるほどな」
リラは腕を組んで何かを納得したように頷く。
「もしサオリがこの辺にいるとすれば、そこしかないな」
「でも、もし沙織がそこにいるとしても、何でそんなところに? 何度か来たことがある鱈瀬神社ならともかく」
亜留が首をひねっていると、神主が「おそらく」と挟んだ。
「須羅府神社は無病息災の神ですが、もう一つ何かの神様を祀っているらしいのです」
「もう一つ?」
「はい。先々代の神主が建てたもので詳しいことは知りませんが、二柱の神を祀っているとのことです」
「二柱の神……か。もしかしたら、もう一柱の神様っていうのが、関係あるのかも」
亜留は、先ほどの落ち込んだ顔から一転してやる気になると、すっと立ち上がった。
「行こう。きっと、沙織はそこにいるはずだ」
亜留が両手のこぶしを握りながら言うと、明と沙織も立ち上がった。
「おう、早く行こうぜ」
「うん、私も早く会いたい」
三人はお互いに向かい合うと、お互いの決心を確かめるようにうなずいた。
「ああ、須羅府神社に向かうのであれば、お守り代わりにこれを差し上げましょう」
三人を見て、神主は懐をまさぐると、何枚ものお札を取り出した。
「私が作ったお札です。普段は販売は行っていないのですが、これから先、何が起こるかわかりませんからね」
そういうと、神主は手に取ったお札を、種類ごとに畳の上に広げていく。
「これは『邪気追放』のお札。先ほど使ったものですね。本殿付近から須羅府神社までは、かなりの範囲で邪気が広がっていますから、これを持って移動すれば、霊力が高くても辛い思いをしなくても済むでしょう。次に、『悪霊退散』のお札。文字通り、明かな悪霊を追い払うことができます。もしかしたら凶悪な霊が現れるかもしれませんので、これを霊に押し当ててください。最後に、『霊力増強』のお札。もしお探しの霊体の霊力が失われているようでしたら、これを当てて霊力を補充してあげてください」
亜留は並べられたお札を手に取ると、一枚ずつ確認するようにお札を眺めた。
どれもただの印刷物ではなく、一枚一枚筆と墨で丁寧に文字が書かれており、同じお札でも一枚一枚違っている。
「これ、作るの大変なんじゃないですか?」
亜留が尋ねると、はっはっは、と神主は豪快な笑い声で答えた。
「最近は、機械で印刷しているところもありますが、購入者本人の思い込みを利用したものが多くて、中にはまったく効力がないものもあるのです。印刷物でも、神職によっては高い効果を発揮する物もありますが、やはり手書きにはかないませんね。手書きで作るのは、結構大変ですよ。調子がいい時や霊力が高い時にしか作れませんから、毎日作れるわけではありませんよ」
「そんなものを、こんなに……」
「大したものではありませんよ。暇な時に作ってますし、材料費はほとんどかかってませんから。それに、今日はよいものを見せてもらいましたし」
そういうと、神主はちらりとリラの方を見て微笑んだ。
リラはその神主の視線を感じ、後ずさりする。
「わ、私は見世物ではないぞ。そもそも意思のある霊体事態は珍しくないし、単に表に出てこないだけだ」
リラの顔を見ると、妙な注目のされ方をされたせいか、少し赤くなっている。それを見て、亜留たち三人は笑い始めた。
「それでは、僕たちはその、須羅府神社に行ってみます。いろいろありがとうございました」
亜留が神主に礼を言うと、明と重菜も頭を下げた。
「また何かありましたら相談に来てください。お友達、見つかるといいですね」
神主の言葉を聞き、亜留たちは入ってきた扉に向かうと、かちゃり、と鍵が開く音がした。どうやら、外にいた係の男性が開けてくれたらしい。
そして、ゆっくりと扉が開いたのを確認すると、三人は部屋から外に出て行った。
時間間隔のない部屋に長時間いたせいか、空にはうっすら雲がかかっているにも関わらず、妙に明るく眩しいほどに感じる。
朝とは違い、温められた空気を含んだ風が吹き抜けるが、特に暑さは感じない。
本殿の向こうの拝殿からは、参拝客がぱちぱちと柏手を打つ音が聞こえてくる。どうやら、来た時よりも参拝客は増えているようだ。
本殿のさらに奥の方は山になっている。その木々に隠されるように、舗装されていない小道が見える。案内図によると、この道の先に、瀬羅府神社があるとのことだ。
「やっぱり、外に出ると悪寒がすごいな」
外に出てすぐ、亜留は悪性の霊体エネルギー、邪気に晒されたために寒気を訴えた。
「さすがに外はあのお札の効力外だったか。とりあえず、亜留はこれを持っておけ」
明は亜留から預かっていたお札のうち、「邪気追放」のお札を亜留に渡した。
亜留がお札を受け取り、神主の言われた通りにメモを見ながら短い経を唱えると、一気に悪寒が引いた。
「ふぅ、やっぱりこれがあった方が楽だな」
『この付近はもちろんだが、ここから先も同じような状態になっていそうだな。向こうからも悪性の霊体エネルギーの嫌な感じが漂ってくるわ』
部屋を出る前に亜留に取り憑いていたリラも、周囲の霊体エネルギーが気になっているようである。
「たしかに、あの状態が続くと、正直しんどかったな。お札をもらって正解だね」
『ふむ、結構距離がありそうだしな。私とて正直、長時間こんな悪性の霊体エネルギーの溜まった場所にいるのは、憑依してても居心地悪い』
「とにかく、このお札があれば心配はなさそうだな。よし、行こう……あれ、重菜、どうした?」
先に進もうとした亜留がふと振りかえると、重菜が顔を青くして立ち止まっていた。
亜留と明が重菜に近づくと、重菜はなんとか顔を上げる。
「なんだかね、あの部屋を出た時から、ずっと寒気がするの。来るときはこんなことなかったのに」
重菜の話を聞き、リラが急に亜留の体から抜け出した。
「おそらく、ケフィーが取り憑いていたから、霊感が上がったのだろう。今までは霊体が中にずっといて感知できなかったことが、霊体が無くなったことでいろいろと感じるようになったのだ」
「ああ、そういえば霊体に憑依されたら、霊感が上がるって言ってたな。沙織の時がそうだったし」
「憑依してからしばらくは気が付かないが、体と霊体が馴染むと、体に霊体を感じる力がどんどん上がっていくのだ。シゲナはちょうどその時が来たのだろう」
「なるほどね。でも困ったな。お札はこれ一枚だけだし、範囲が狭いみたいだし」
悪性の霊体エネルギーを避けることができる「邪気追放」のお札。片方が持つと片方がこの悪寒がする邪気にさらされることになる。
「んなもん、二人でくっつけばよかろう。狭いといっても、近くなら効果はあるだろう」
「なっ……」
リラの提案に、亜留は一瞬たじろいだが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「えっと、つまり、僕が重菜と手をつないで行動すればいいってこと?」
「そうだな、お互い触れておれば、効果はあるだろう。もしそれでも効果がなさそうなら、体を寄せ合うしかあるまい」
「寄せ合うって言ってもなぁ」
「肩を抱くとか、いろいろ方法はあるだろう。ともかく、ここから先、ずっとこんな気味悪い空気の中歩くのは耐えられんだろうから、そうしたほうがよかろう」
もっともだ、と思いながらも、亜留は頭をかいて戸惑っている。
「えっと、そういうことなんだけど、重菜、大丈夫かな」
亜留が重菜に声をかけると、重菜は慌てて顔を上げた。
「え? あ、えっと、私は大丈夫だよ。その、亜留君さえよければ」
「そう? ……じゃあ、行こうか」
そういうと、亜留は重菜の手をしっかりと握りしめた。
「これで大丈夫のはずなんだけど……」
亜留が重菜の顔色をうかがうと、先ほどよりは随分とましになったように見えた。
しかし、重菜は亜留と顔を合わせようとはしない。
「う、うん。もう大丈夫だよ。さっきみたいな寒気は、もう無くなったから」
「また、さっきみたいな寒気がしたら言ってね」
「うん、わかった」
亜留は重菜の様子を確認すると、お札を片手に明に向かって手を振った。
「ん、もういいか? じゃあ、そろそろ行こうか。天川が待ってる」
明がそう言って本殿の奥に向かうと、亜留たちもついていった。
「ちょ、おい、私を忘れるな!」
少し遅れて、リラが後をついていき、慌てて亜留に憑依した。
亜留は重菜を置いて行かないように、できるだけ歩幅を合わせて歩く。それに応えようと、重菜もできるだけ亜留のペースに合わせて歩く。
神社へ向かう小道に差し掛かった時、緩めに握った亜留の手を、少し強く握りしめて重菜はつぶやいた。
「あったかい……」
本殿奥にある小道。緩やかな斜面が続く、道幅の狭いこの道を歩くこと数分、突き当りには小さな倉庫ほどの神社があった。
かなり古いが、入り口には苔がびっしりと生えた鳥居がある。賽銭箱や鈴は取り換えられたのか、周りと比べると古さが違う。
近くに置かれている数体の地蔵の前には、錆びてない硬貨が置かれてある。どうやら古くても、最近も参拝客が訪れているらしい。
「神社の中に、こんな古い神社があるのか……」
「珍しいことじゃないよ。大きな神社の中には、その神社に関連する小さな神社があるっていうのは、結構あることだから」
明は亜留の説明を聞きつつ、鳥居をくぐって中に入っていく。神社の周りを観察するが、特に何も無いようだ。
「あ、亜留君、あれ、何?」
手を握っていた重菜は、急に亜留の腕にしがみついてきた。
「え、ちょっと、重菜、胸が……」
「あ、え、えっと……」
動揺する亜留を見て、慌てて重菜は亜留から離れた。
「それよりも、神社の周りに、何かいるんだけど」
重菜は神社の方を指さしながら言った。
「ここら辺も、やっぱりかなり霊体がいるな」
「うむ、ここは星海稲荷神社と同じように、普通の霊体のたまり場となっているようだな」
いつの間にか亜留の体から出ていたリラは、あたりを見回して言った。
神社の周りには黒や灰色の影がいくつか漂っている。これらはすべて霊体だ。
もしかしたら、この中に沙織の霊体が混ざっているのでは、と思ったが、漂っているのは不定形のものばかりで、リラや沙織のようなはっきりと人間の形をした霊体は見当たらない。
「にしても、どうもここの連中は、私たちを警戒しておるようだが?」
「警戒? どうして?」
「何だろうな、どうも生きている者を拒んでいるというか、そのような感じがする」
「霊体にとっての秘密基地、とかそんなのか?」
「わからん。が、あまり歓迎されていないのは確かだな」
ふと、突風かと思うような強い風が吹いた。周囲の木々を揺らし、落ち葉や枝を飛ばしていく。
亜留は片手でその風をさえぎりながら、重菜の手をつかんで離れないようにする。
「くっ、明、大丈夫か?」
「お、俺は大丈夫だ! にしても、なんだ急に……」
明は何とか賽銭箱前の階段の手すりにしがみつき、風を耐える。亜留もこのままでは飛ばされると判断し、近くの木にしがみついた。一瞬荷物が飛ばされそうになるが、近くの木で押さえる。
数十秒続いた風は、徐々に弱まりながら止んだ。
「一体何だったんだ、さっきの風は」
亜留は体についた木の葉を取り、重菜の無事を確認すると、ゆっくりと鳥居をくぐった。
相変わらず黒や灰色の霊体はさまよっている。
「あんだけ強い風が吹いたのに、こいつら平気なのな」
「霊体は基本的に、この世界のものに触れることはできないからな。風で飛ばされるようなものではない」
「まあ、飛ばされてたら沙織を探すのがまた面倒になりそうだからな。それより、明は……」
亜留が賽銭箱付近を見渡すと、階段の脇に明が立っていた。
しかし、明は頭をさげ、両手は力が抜けたようにだらりとしている。
「明?」
亜留が明に声をかけると、明はゆっくりと頭を上げた。だが、その目に生気はなく、無表情でこちらに近づいてくる。
「……でていけ……ここから立ち去れ……」
「お、おい、明、何を言ってるんだ」
亜留が明の肩をつかんで揺らすが、反応がない。
「……でていけ……」
次の瞬間、明は亜留を両手で思いっきり突き飛ばした。飛ばされた亜留は、草むらで尻もちをついて倒れた。
「いてっ、な、何するんだよ!」
「あ、亜留君、大丈夫?」
慌てて重菜が亜留の元に駆け寄り、手を引いて立ち上がらせる。
「ほほう、アキラの奴、どうやらここの霊体に憑依されたようだの。度胸のある奴め。私が相手してやるわ」
そういうと、リラは正気を失っている明の目の前に立ちふさがった。




