はじめての三人旅
第十三話では、紗奈・美咲・悠斗の三人が初めて高速バスで日帰り旅行へ出かけます。
楽しい旅の帰り道、思わぬ渋滞に巻き込まれます。
それでも三人は、それぞれの安心を持ちながら旅を続けます。
休日の朝。
紗奈はバスターミナルに立っていた。
今日は美咲と悠斗と一緒に日帰り旅行へ出かける日だった。
目的地は海の見える町。
移動手段は高速バス。
少し前の自分なら緊張していたかもしれない。
けれど今は違う。
不安よりも楽しみの方が大きかった。
「おはよう!」
美咲が手を振りながらやって来る。
「おはよう」
紗奈も笑顔で応える。
その後ろから悠斗も現れた。
「お待たせしました」
三人は顔を見合わせて笑う。
やがて乗車案内が始まり、三人はバスへ乗り込んだ。
移動中は終始賑やかだった。
旅行の話。
好きな景色の話。
学生時代の思い出。
話題は尽きない。
紗奈は窓の外を見ながら思う。
昔なら時計ばかり見ていた。
今はこうして旅そのものを楽しめている。
それが嬉しかった。
⸻
昼前。
三人は海辺の町へ到着した。
青い海。
心地よい潮風。
展望台や商店街を巡り、名物料理を味わう。
誰も急がない。
誰も無理をしない。
それぞれのペースで旅を楽しんでいた。
気がつけば夕方になっていた。
帰りの高速バスへ乗り込む。
少し疲れていたが、楽しい疲れだった。
⸻
高速道路へ入ってしばらくした頃だった。
バスの速度が急に落ちる。
やがて完全に停止した。
車内アナウンスが流れる。
「この先の事故の影響により渋滞が発生しております」
乗客たちが少しざわつく。
紗奈は窓の外を見る。
長い車列が続いていた。
「結構止まってるね」
美咲が言う。
「そうだね」
紗奈は頷いた。
その時だった。
悠斗は静かに窓の外を見つめていた。
表情は落ち着いている。
けれど紗奈には少しだけ分かった。
悠斗が緊張していることを。
第十二話で聞いた話を思い出す。
長距離移動への不安。
トイレへの不安。
悠斗は小さく深呼吸した。
大丈夫。
そう自分に言い聞かせる。
しかし渋滞は続く。
時間だけが過ぎていく。
やがて悠斗は小さく目を閉じた。
そして――
じゅわぁっ……
ほんのわずかな音。
悠斗は静かに息を吐く。
悔しさはあった。
けれど以前のような絶望はなかった。
安心のための準備がある。
だから慌てない。
だから大丈夫だ。
紗奈は悠斗の様子を見て、小さく声を掛ける。
「大丈夫?」
悠斗は少し驚いたあと、苦笑した。
「大丈夫です」
その言葉に紗奈は頷く。
それ以上は聞かない。
聞く必要もなかった。
美咲も空気を察したのか、明るく言う。
「渋滞が終わったら、またみんなでどこか行こうね」
「いいですね」
悠斗が笑う。
「うん」
紗奈も笑顔で答えた。
渋滞はまだ続いている。
けれど車内の空気は穏やかだった。
誰も責めない。
誰も無理に聞かない。
ただ隣にいる。
それだけで十分だった。
やがて車列が動き始める。
バスは少しずつ速度を取り戻した。
窓の外には夕焼けが広がっている。
紗奈はその景色を見つめる。
第一話の頃には想像できなかった。
不安だった長距離移動。
今は大切な思い出になっている。
そして、一緒に笑い合える仲間もいる。
高速バスは夕暮れの道路を走り続ける。
その時間は、三人にとって温かい思い出になっていた。
第十三話のテーマは「支え合える安心」です。
不安がなくなるわけではありません。
思い通りにいかないこともあります。
それでも理解してくれる人がいる。
それだけで人は前を向くことができます。
三人の関係は、少しずつそんなものになり始めていました。




