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09.倉庫に灯る刃

本日2話投稿です。(1/2)

倉庫の冷たい闇の奥で、タカクラはひとり佇んでいた。


今夜の任務は単純だ。新たに配備予定の魔導兵装の確認と管理記録の照合。

武具庫の奥でひとつひとつを確かめ、帳簿に目を通す。兵士としては退屈極まりないが、怠れば処分を受ける性質の仕事だった。


魔導警棒を肩に担いだまま、帳簿をめくる手が、不意に走った違和感で止まった。

倉庫を覆う防壁魔術が、外部から解除された。

内部から開く手順を知るのは、管理権限を持つ兵士だけだ。外部から突破できるなど、あり得ない。


それは単なる賊ではなく、訓練された侵入者の存在を意味していた。


三人分の足音が近づいてくる。

やがて重苦しい扉がきしみを上げ、紫の外光が闇を裂いた。

現れた影を見た瞬間、タカクラの眉がわずかに動く。


(あのときの少年……)


数日前、スラムで出会った痩せた少年の顔。取るに足らない小虫。そう判断していた存在が、今、ギルド倉庫の内部に足を踏み入れている。


疑念は、瞬く間に確信へと変わった。

あれは偶然などではなかった。どこかの組織と繋がりを持ち、計画的にギルドに牙を剥こうとしているのだ。


だが何より、目の前の少年の佇まいが記憶と一致しなかった。

かつてはただのガキ。だが今は違う。

背筋はまっすぐに伸び、呼吸は静かに制御されている。指先の動きにまで無駄がなく、灯りに浮かぶ瞳は兵士のそれだった。


付き添うのは痩せ男と大男。大男は多少厄介だが、痩せ男は所詮スラムの住人にすぎない。

タカクラの直感は、ユキヤを脅威と判断した。


「やばい、まずい……」


最初に動揺を見せたのは痩せ男――ジロだった。目が泳ぎ、後ずさる。

だが振り返った先では巡回兵の影が迫りつつあるのを見てしまった。逃げ場は潰されている。


「……ちっ、やるしかねぇのか」


巨躯のバクは正反対だった。ごつい拳を握りしめ、地を踏み鳴らす。

闘志を燃やし、前に出る。


そして少年――ユキヤは静かに魔導ブレードを抜いた。鞘走りの音は鋭く、まるで自分の意思を宿したかのように青白い光が刃に走る。タカクラは低く笑った。


誰も一歩を踏み出さない。ただ、互いの呼吸だけが重く倉庫に響く。

ジロは喉を鳴らしながら後退し、他の出口を探すように目を泳がせる。

バクは拳を鳴らし、今にも飛び出しかねない体勢を取りながらも、タカクラの眼差しに釘付けになっていた。


その中心で、ユキヤは動かない。構えは低く、しかし膝と肩の軸は揺るぎなく定められている。

刃先から放たれる淡い光が、わずかに震える呼吸に合わせて揺らめいた。


一触即発。

汗の雫が、誰のものか分からぬまま床へ滴り落ちる音すら、戦端を開く引き金に思えるほどだった。


タカクラは静かに視線を巡らせる。

狙うべきは誰か。大男か、痩せ男か――。

沈黙の数秒が永遠に思える。

紫の外光が揺れ、積み上げられた木箱の影がざわめいた。


最初に飛びかかってきたのはバクだった。丸太のような腕が唸りを上げ、巨石を砕くような拳が迫る。

だがその軌道は読みやすい。

タカクラは半歩身を捌き、警棒の一閃で巨腕を弾く。


骨に響く鈍い衝撃。次の瞬間には逆袈裟の一撃を叩き込み、バクの巨体を片膝に沈めた。


「が……はっ!」


呻き声。倒れ込む大男の首へ、タカクラは容赦なく警棒を振り下ろす。

しかしバクは獣のように唸り声を上げ、咄嗟に前腕で受け止めた。


鈍い音が響き、肉が抉れる衝撃に膝を折るも、その巨体はなお崩れ落ちない。

怒号とともに、太い腕が鞭のように振り上げられ、タカクラの頭部を狙う。

だが、その軌道すら読まれていた。タカクラは体を滑らせ、腹へ鋭い蹴りを叩き込む。

空気が押し出されるような鈍音とともに巨体が揺れ、吐瀉をこらえるような声が漏れた。

それでもなお、バクは本能のまま拳を振るう。


「しつこいな」


冷ややかな声とともに、タカクラは警棒を逆手に構え直す。

力任せの連打を受け流し、肩口へ重い一撃を落とした。骨が軋むような衝撃音。

バクの腕が痺れ、拳がだらりと下がる。


膝をつきながらも食らいつこうとする大男を前に、タカクラの目には一切の情がなかった。


(膂力は確かだが、こんなものか)


次こそ終わり――首を狙って振り下ろす。


だが火花が散った。

ジロが必死の形相で小刀を差し出し、刃を受け止めていた。


「くそっ……!」


汗だくで歯を食いしばるジロの動きは稚拙だったが、それでも仲間を庇う本能が働いたのだろう。

その一瞬の隙に、ユキヤが踏み込んだ。


「……ッ!」


鋭い気配がタカクラの頬を掠める。

ブレードの青光が走り、警棒を受け止める衝撃が骨を痺れさせた。


(速い……!)


以前ならどうすることもできなかった少年が、今は牙を剥いている。


斬撃の角度、踏み込みの距離、攻防の切り替え――すべてが訓練を繰り返してきたかように的確だった。

拡張知能が少年に指示を送っているのか。動きが異様に最適化されている。

タカクラは眉をひそめ、警棒を旋回させて受け流す。だが完全には押し返せない。


(なぜだ……押されている?)


連撃が雪崩れ込む。刃と棒が火花を散らし、倉庫の闇を断続的に照らした。


(こいつ、まさか傭兵上がりか?)


傭兵――国に属さず、金のためだけに都市を渡り歩く者たち。

彼らの戦い方はギルドの正規兵の型とは異なる。教本に則った整然さはなく、むしろ無駄を削ぎ落とした実戦の勘と即応性に満ちている。

予測不能な踏み込み、急所を狙う一撃、そして退き際の鋭さ。

タカクラは何度も彼らと刃を交え、その生臭い技を嫌というほど知っていた。


目の前の少年の斬撃は、まさにそれだった。

教練所で叩き込まれる均整のとれた剣筋ではなく、敵を殺すために磨かれた軌道。

しかも一つ一つが合理的に最短距離を描き、無駄がない。


(スラムの子供が、こんな芸当……ありえん。どこかで傭兵崩れにでも仕込まれたか?)


タカクラの喉奥にざらついた驚きが広がる。

一撃ごとに肌を掠める殺気は、到底未熟な兵士のものではなかった。


ユキヤの瞳は燃えていた。全力で、ただ生き延びるために。

拡張知能のフィードバックが雪崩のように押し寄せる。


〈間合い:1.7m〉

〈反応速度:相手+0.2秒〉

〈最適軌道提示:右斜め下からの斬り上げ〉


青白い刃が唸りを上げ、タカクラの警棒と激突した。

金属と魔導機構が擦れ合い、閃光が倉庫の闇を断ち割る。


「チッ……!」


タカクラの眉が僅かに動く。受け止めたはずの棒が、わずかに押し下げられる。

少年の踏み込みは迷いがなく、膝の角度、肩の回転、視線の動きすら精密さを増してく。


〈次動作最適化:反転、左肘打ち〉


ユキヤは斬撃を弾かれる瞬間、体を捻りながら肘を放った。

警棒で受け止められるが、続けざまに逆手の斬り上げを繋げる。動作の連続はまるで予測しているかのように、一拍の溜めすらなかった。


「……ッ!」


タカクラは初めて、後退を強いられた。

重心を崩されぬように足を捌きながらも、胸奥に警戒が芽生える。


(こっちの動きを完全に読んでやがる)


さらに追撃が襲いかかる。


〈攻撃軌道修正:肩口へ――致死率37%〉

〈回避推奨ルート:相手右側へステップ〉


ユキヤの脳裏に、次の一手が矢継ぎ早に浮かぶ。それに従い、刃を閃かせて死角へ入り込む。

火花が走る。魔導ブレードと警棒が何度も交錯し、金属臭が鼻を刺す。

耳鳴りのような衝撃音が倉庫に反響し、積み上げられた木箱が揺れた。


「このガキ……!」


タカクラの歯が軋む。少年の動きは確かに未熟だ。体術も筋力も経験も足りない。だがそれを補って余りある異常な適応力が、動作一つひとつに絡みついている。

まるで戦場の猛者が長年の勘で導き出す最短を、少年は最初から与えられているようだった。


一撃、また一撃。ユキヤの斬撃は止まらない。

だが、その速度と精度を維持するたび、神経の奥に焼けるような痛みが走っていた。

それでもユキヤは踏み込む。生き延びるために。

青白い閃光と紫の残光が重なり、倉庫の闇を切り裂いていった。






――限界はすぐに訪れた。

ユキヤの肩が震え、膝がわずかに遅れを見せる。拡張知能を高出力で酷使しすぎているせいだった。


拡張知能が描く理想の軌道に、肉体が追いつかない。神経に焼けるような負荷が走り、呼吸が乱れていく。


(……限界か)


タカクラは直感した。

少年はまだ未完成。だが成長の途上にある。

もし数年後、今のまま鍛錬を積めば、確実にギルドを脅かす存在になる。


「やはり……放置はできんな」


低く呟き、タカクラは再び警棒を構え直す。確かな殺意がその眼に宿った。

倉庫の冷たい空気が震え、次の一撃を告げていた。

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