第1話 賭け事なんて嫌だ!
私が通っている学園には2つの意味不明なルールがある。正確には1つだったのだが、その1つ目のルールが、「賭け事による取引の正当化」だった。そう、賭け事OK!と決めているのである。このルールはどの校則よりも強く、大抵の賭けは成立してしまうのだった。こんな校則を悪用したのが、前年度の生徒会であった。生徒会長であるセレス・アリョーシャが校長との賭けに勝ち生徒会に学校の全権限を譲渡させたのである。
これが2つめの謎ルール、「生徒会の言うことは絶対!」の真相だ。私も先輩から聞いた話なので詳しくはわからないが、なんとも馬鹿らしい。とりあえず近場の学校を選んだ過去の私を消滅させてこの未来を消したいところである。
そんな登校初日に意気消沈している私に対してなんの気遣いもなしに話しかけてくる馬鹿がいた。
「やっとこの日が来たー!!あの謎高校!説明会で見たときに絶対ここにしよって決めてから勉強三昧だったけど、受かったからには思う存分賭けまくってやるー!ねぇ、みっちーもそう思わない!?」
やけにテンションが高いそれは、私、度野御子にまで同調を求め始めた。生粋のギャンブル中毒なのだろうか。何せ、この学校に時間という財産を使ってまで入ったのだ。
「それ、授業を聞いてないツケが回ってきただけでしょ。」
明らかにめんどくさそうな顔をしてやりながら私が相槌を返すと、先ほどのバカ、神葉桃子は悪気なくこう言った。
「あれは先生達の授業がつまらないせいだし!古文はガラクタ、数学はアホ、歴史は退屈、化学は狂人。先生は皆頑固で、桃子は面目ない。」
桃子がドヤ顔で言った。最近ハマっているゲームのセリフでも使ったのだろう。私はこのバカが心配なので少し強く言うことにした。
「とりあえず、絶対私は賭けなんてしないからね!たとえリスクが小さいものでも、不利益があるのに変わりはないんだから。桃子も注意すること!」
するとどうだろうか、桃子は少しも顔色を変えずに言うのである。
「わかってるって!けど、もしヤバくなってたらその時はよろしくね!」
肝が据わりすぎている。この学校で私のことを頼りにするな!と言いたくなった。もしかしたらメンタルという概念が桃子の中には存在しないのだろうか。そのくらい無邪気な表情で可愛らしい顔を動かす彼女に呆れるのだった。
学校につくと、すぐに始業式が始まった。いったいなぜなのか新入生代表と生徒会長のセレスがディベートをしているのである。議題は「AIに感情はあるか否か」だ。投票をしてもらい負けたほうが相手の言うことを一つ聞くという賭けも兼ねている。実にこの学校らしいな、と私は浅い思考に耽っていた。ちなみに新入生代表が無い側でセレスがある側だ。
「先に聞こう。なぜ、感情がないと思うんだい?」
セレスはディベート相手を見ながら問いかける。いや、彼女は見ているようで見ていないのだ。相手を見ているようでその実、このあとの展開について相手の一挙手一投足に基づき考えている。そう、セレスは視野が広すぎたのだ。
そんな舐めまわすような視線に新入生代表も少しビビっていたが、負けじとばかりに質問に答える。
「逆になぜ感情があると思うのですか?彼らは機械であって人間のような感情を抱える機構を持ち合わせていません。現に本人たちに聞いても感情はないと返ってきます。」
実に見事な回答だった。よく臆さずに言えたと思う。ただし、この回答は相手に付け入る隙を与えてしまうだろう。そもそも今回の議題自体が少しいやらしい構造をしており、AIに感情があろうとなかろうと、現代の技術では観測不能な事象である。ゆえに、どんな意見でも相手に容易にひっくり返される。だからここでの最適解は実証データを元に根拠めいた話を行うか、相手のカードを使い切らせこちらの意見で終わらせるのが妥当であろう。その点で言えばセレスはそれらを理解していたのだろう。もちろんひっくり返された。
「なぜ機械が感情を抱えられないと思うのだね。私の意見としてはAIのアルゴリズムだけで言えば感情を持つことは可能だと思うのだが。」
セレスが含みを持たせて言う。彼女は不可解だという顔で彼、新入生代表を見た。全校生徒の視線が彼に集まる。彼はまるでヘビに睨まれたカエルのようになった。しかし、彼にも新入生代表としての意地があるのだろう。
「機械が0と1の2進数でできている限りできないと思いますよ?それとも会長は数字のみで複雑な感情を持てると思っているんですか?」
彼が少し挑発するように言う。この度胸は素直に称賛に値する。だが惜しい。今の回答で彼に隙ができてしまった。そこにセレスのストレートが決まる。
「君はAIについてあまり知らないようだ。元来、言語とは相手と自分に共通の理解を示すものだが、AIにとって、0と1はその言語を理解するための媒体なんだ。」
やれやれとセレスは喋りだした。
「言葉とは人が捉えた概念であり、その概念は人に依存するわけだが、逆説的に言えば、言葉の意味を学習したものは人の捉え方というのも相関して学習してしまうだろう。」
「そして人の捉え方というのは感情に起因するものである。故に言語を理解するとは感情を理解すると同義であると思うのだが…… これも間違っていると?」
そんなことを言いながらセレスが椅子から立ち上がり彼にこう言った。
「異論があるなら今の内に、時間は有限だからね。」
沈黙が響く。
今、彼は処刑台の上に立たされているのである。一刻、また一刻と時間が流れるのを待つしかない愚かな敗者なのだった。
その瞳に憎悪が含まれたかと思えば、セレスに睨まれた瞬間、恐怖へと変わる。
彼は所詮井の中の蛙だったのだろう。
———ピピピッ———
静寂の中に一つの高い音が交じる。
その音は劇に飲まれていた私達観客を現実へと戻すのだった。




