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俺は乙女ゲームの中ボスらしい

 目を覚ますと、知らない天井だった。

 ……なんて、どこかで聞いたことのあるような状況に俺は陥っていた。


 「…………」


 しばらく天井を見つめる。

 何かがおかしい。

 俺が昨日まで寝ていた部屋は、もっと狭かったはず。

 こんなに天井は高くなかったし、大きな窓もなかった。

 そもそも――。


 「……ベッド、デカくないか?」


 妙にふかふかな布団から体を起こす。

 そこで、さらに違和感を覚えた。


 手が小さい。

 指も短い。


 どう見ても、子供の手だ。


 「……なんだ、これ」


 慌ててベッドから降りる。

 少しふらつきながら部屋を見回すと、壁際に大きな鏡があった。

 俺はそこまで歩いていき――。

 足を止めた。


 鏡に映っているのは、知らない少年だった。

 銀色の髪。

 赤みがかった瞳。

 整った顔立ち。

 どう見ても俺じゃない。


 「…………」


 頭が追いつかない。

 俺は頬をつねってみる。


 「痛っ……」


 普通に痛い。

 どうやら、夢じゃないようだ。


 じゃあ、これは何だ。

 考えようとした瞬間――。

 頭の奥がズキリと痛んだ。


 「っ……!」


 頭を押さえる。

 その瞬間、知らない記憶が一気に流れ込んできた。

 屋敷。

 家族。

 魔法。

 貴族。

 そして――。


 アルベルト・ヴァレンシュタイン。


 その名前を思い出した瞬間。

 俺は言葉を失った。


 「……アルベルト?」


 この名前を、俺は知っていた。

 前世で妹が遊んでいた乙女ゲーム。


 『聖魔のブリリアント・アカデミア』


 王子。

 騎士。

 魔法使い。

 神官。

 隣国の王子。

 王立学園を舞台に、ヒロインが様々な攻略対象と出会い、恋をしていく物語。


 妹がやっているところを何度か横で見たことがある。

 だから、覚えている。

 主要キャラクターの名前くらいなら。


 そして――。


 その中に、アルベルトという名前があった。

 もちろん攻略対象ではない。

 ヒロインと恋をするわけでもないし、他キャラの友人キャラクターというわけでもない。

 なんなら、王立学園に通うことすらない。


 アルベルトは、物語の中盤になってようやく登場する。

 敵として。


 「…………」


 嫌な予感がした。

 いや。

 もう分かっていた。

 思い出してしまったのだ。


 アルベルト・ヴァレンシュタイン。

 名門貴族の跡取り。

 魔法研究の名家に生まれた少年。


 そして――。

 物語の中ボス。


 「……嘘だろ」


 思わず呟いた。

 ゲームの中で語られていたアルベルトの過去は、壮絶なものだった。

 アルベルトは十歳の誕生日を迎えてすぐに、父親が殺される。

 そして、敵勢力と繋がる子爵家から提示された証拠によって、ヴァレンシュタイン家は王家への反逆の罪を着せられる。

 そして――取り潰し。


 さらに、唯一の心の支えであった母親も精神を病み命を落とす。

 全てを失ったアルベルトは、ゲームのラスボスに唆され、禁忌の魔法に手を出す。


 王国への復讐を誓って――。


 そして最後には攻略対象たちに倒される。

 それが、アルベルトというキャラクターだった。


 「……冗談じゃない」


 鏡を見る。

 そこには、まだ幼い少年がいる。

 父さんも。

 母さんも。

 まだ生きている。

 なら――。


 「……まだ、間に合う」


 自然と、そう口にしていた。

 少なくとも、まだ何も起きていない。

 なら、やることは決まっている。

 父さんを守り、家を守る。


 そして――。

 俺が闇堕ちする未来を消す。


 そのために、まずは強くなる。

 剣でもいい。

 魔法でもいい。

 使えるものは全部使う。

 そして幸い、この家には俺より魔法に詳しい人間がいる。

 父さんだ。

 魔法研究者として、この国でも有数の人物。

 原作だとこの時点の俺は、まだ魔法を使ったことがないはず。


 だからこそ――。

 まずは、魔法を覚える。


 俺は部屋を出る。

 廊下の先にあるのは、父さんの研究室。

 その扉の前に立つ。


 俺は一度だけ深呼吸をした。

 そして、扉を叩く。


 コンコン。


 「誰だ?」


 聞き慣れないはずなのに、なぜか親しみを感じる声。

 父さんだ。


 「俺。アルベルト」


 「入っていいぞ」


 扉を開ける。

 机の上には大量の書類。

 壁には見たこともない魔法陣。

 そして、その中央で研究を続ける父親。

 ゲームの中では、顔すら見ることのできない人物だ。


 「どうした、アルベルト?」


 父さんが顔を上げる。

 優しい目だった。

 その顔を見た瞬間――。

 胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 俺は知っている。

 アルベルトの記憶を通した『父さん』も。

 この人が死ぬ未来も。

 この人がいなくなった後、俺がどうなるのかも。

 だから。


 「父さん」


 「ん?」


 「俺に……」

 「魔法を教えてほしいんだ」

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