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「わぁ……本当に眠っている間に着いた! 蒸気船って早いんですねぇ」
「あまり顔を出すと危ないわ、ロベリア」
甲板から身を乗り出すロベリアの腕を思わず掴んでしまいながらも、ヴィクトリアは夕暮れに見た、河の景色から一変した風景に見惚れた。
「これが……リーゼ!」
朝日に照らされていたのは石造りの巨大な街だ。
東西に長い広大なフォンリーゼ領の東端、中心都市リーゼにはフォンリーゼ侯爵家の邸宅がある。
西の要衝であり、隣国まで至る鉄道の始発駅であり終着駅でもあるため、街は巨大で、王都並みに賑わっている。
元々水運で大きくなった街だが馬車の代わりに列車が到着するようになってからは爆発的に発展したそうだ。
元々リーゼは石造りの水路がうつくしい、風光明媚な街で人気があり、それは現在でも変わらないがこの地を訪れる人数は以前に比べ、桁外れに多いそうだ。
王都からリーゼへは通常の船を用いれば七日ほどの航路だ。
だが、昼夜を問わず航行でき、水夫の負担が劇的に少ない蒸気船を用いればたったの一日。
王都からリーゼへの航路に日数がかかるのは河を一部遡上する必要があるためであり、従来の帆船の場合はさらに天候に左右される。故に七日というのも凡その日数にすぎない。
蒸気船は鉄道を通した会社の発案だそうだが資金を援助したのは侯爵だそうだ。
侯爵と実際に会うまでは、侯爵が冷静な判断でその仕組みを導入したのだと漠然と思っていたけれど。恐らく真相は『そうか、列車の技術は当然船にも使えるんだね!見てみたいから援助するよ』などと言って導入した流れが見える。
そしてそれら諸々の現実的なやり取りは夫人が行ったのだろうということも。
ヴィクトリアが正式にフォンリーゼ侯爵家に迎え入れられて間もなく、社交期が終わった。
一度領地に帰るという侯爵夫妻についてヴィクトリアは領地に赴くことになり。当然のようについて来たロベリアと、ロベリアの指導のために特例でついてきたハンナと共に短い船旅をしているというわけだ。
年配のハンナには移動が堪えるかと思ったけれど。ハンナは思いのほか元気で。むしろフォンリーゼは思い出の地だったらしく。
夫と訪れたことがあるのですよ、と茶目っ気のある笑みを浮かべてこっそりと教えてくれた。
ヴィクトリアがリーゼに滞在するのは社交期が終わり、学園が始まるまでの期間の予定だったけれど……侯爵が『学園に戻る必要なんてある?』なんて問いかけてきて。
よくよく考えるともう学園に戻る必要がないことに気づいたヴィクトリアは、ユリウスに相談して学園を中退し、十八歳になった歳の夏にユリウスと結婚するまでの間を侯爵家で過ごすことにした。
ユリウスはヴィクトリアが社交期になるまで王都を訪れなくなることに難色を示したけれど。後学のために侯爵領で学びたいとヴィクトリアが願うとその気持ちを受け入れてくれた。
そんなこんなでヴィクトリアは『父母』と呼んでほしいとまで言ってくれる侯爵夫妻の手助けもあって、侯爵領での政務を学ぼうとしているのだが……貧乏だったヴァロワ伯爵家とは内情が違いすぎて面食らう事ばかりというのが素直な感想だ。
「大きな街ですねぇ……流石に王都ほどじゃないですが。あっ坂の上にお城みたいな建物があります!」
王都から出るのが初めてだというロベリアは船上から街を眺め、港を行きかう商人の服装や並ぶ商品を見ては声を上げる。
「あれは……国立農工技術研究機関ね」
建物の外観を教科書で見たことがあるヴィクトリアは想像よりはるかに大きな建物に圧倒されながら言葉を返した。
そうしているうちにも船は進み、飽きもせずに街を見上げていると甲板に眠そうな顔をした侯爵が現れた。
「おはようー二人とも早起きだねぇ。どうかな、リーゼは」
「おはようございます! めちゃくちゃ大きくてにぎやかです!」
「おはようございます、素晴らしい街です。斜面都市なのは王都と同じですが港や鉄道、市場や商店が比較的低地にあるのでまとまった雰囲気がありますね」
ヴィクトリアとロベリアが口々に感想を述べると侯爵は誇らしげに頷いた。
「元々は港の周りにいろいろなものがある小ぢんまりとした街だったんだけど、鉄道を引くときに土地を多めに押さえて大きな広場と大きな商工会議所を作らせたんだ。あとは元々馬車道として使われていた街道も整備したらその周辺にも建物が増えてね。国立農工技術研究機関は鉄道を引くための技師の家族が暮らしていた区画を彼らが引き上げた後に活用したんだよ。あと……」
滔々と語る侯爵の話はいつも面白い。
ヴィクトリアは耳を傾けていたけれど。ロベリアは少し退屈なのかちらちらと横目で街を見ている。
「朝食前に姿が見えないと思ったら皆ここに居たのですね、おはようございます」
そうこうしているうちにきっちりとした格好をした侯爵夫人が甲板に現れ。ぼさぼさした頭の侯爵をじろりと見る。
「あ、朝御飯まだだったね」
その視線の意味を理解できていない侯爵は頭を掻いて笑い。夫人に腕を掴まれてもきょとんとしていた。
連れて行かれる侯爵を見送ったヴィクトリアとロベリアは顔を見合わせて笑みを交わし。移り変わる景色を堪能した。
てっきり港で船を降りると思っていたのに、船はそのまま巨大な水路を進み。船が進むにつれて街は港から工業地区、商業地区、石畳が目を惹く住宅街へと移り変わっていく。
そしてとうとう広々とした船着き場に辿り着いた。
先ほど見上げた国立農工技術研究機関への物資の搬入は主にこの船着き場から行われているのだろう。
機関の紋章をつけた馬車や荷車が停泊している船から積み下ろしをしている。
じき、自分達にも下船の指示が出るだろうと思ったヴィクトリアはロベリアを促して部屋に戻ることにし……部屋に戻っても高鳴ったままの鼓動に気づいて、自分がリーゼでの生活を思った以上に楽しみにしていたことに気がついた。




