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YouTubeで面白い曲を聞いてパーティーを抜け出す話を思いつき、シンデレラストーリーについて本気出して考えてみた結果、何故かシンデレラストーリーが消し飛んで生まれた物語です。
楽しく書いたので楽しんでいただけると嬉しいです。
20日程度、毎日投稿して完結させます。
「ねぇねぇこんなパーティー二人で抜け出さない?」
公衆の面前で婚約破棄された直後の伯爵令嬢に声を掛けてくる男は碌な人間ではない。
ヴァロワ伯爵令嬢、ヴィクトリア・ヴァロワは顎から滴る赤ワインもそのままに、声を掛けてきた青年を前髪越しに睨んだ。
青年は洒落た格好でほどほどに整った顔をしていたけれど、いかにも雰囲気が軽薄だ。
たしか、彼はあまり良い噂を聞かない伯爵令息。
『妹と違って冷たい人形のようだ』と先ほど元婚約者から腐された美貌が、シャンデリア輝く大広間では鮮血にまみれているように見えたのだろうか。
感情を伴わない、けれど刺すような視線を浴びた青年が怯んだ。
「ノーランド伯爵令息は物好きですこと」
ヴィクトリアは口の片端を微かに上げて微笑む。
本日の主賓と被るように継母と妹の息が掛かったメイドが用意した、型が古くて悪趣味な黄色いドレスは、既に赤ワインの染みが広がって悲惨なことになっている。
どの道、この場に居られないことは明白だ。
実際、帰ろうとしたときにヴィクトリアは声を掛けられた。
そうしている間にも扇子の影で忍び笑いと止まることのない噂話が交わされる。
近年、落ち目のヴァロワ伯爵家の長子ヴィクトリアは妹に侯爵令息である婚約者を奪われ、捨てられた。
公衆の面前で面罵され、ワインをぶちまけられ……令嬢としての致命的な欠点を言いふらすような形で誇りを傷つけられた。
健気で愛らしい妹が姉の婚約者に選ばれたのも『姉が学園で他の男子生徒と不義を犯し、婚約者が姉に虐げられてなお姉を守ろうとする妹に惚れたため』だそうだ。
この場に居る何人がそんな勝者の語る『事実』を信じているだろう。
だが所詮、歴史と同じで勝者が語ることこそが『事実』となる。
私は、敗者だ。
静かに現状を噛みしめたヴィクトリアは息を吐いて微笑んだ。
つまりはもう、失うものが何もないということ。
人形のようと称されることの多かった『冷たい美貌』とは裏腹な、花の綻ぶような笑みだった。
「良いですわ。お部屋に案内してくださる」
こちらを見て面食らったノーランド伯爵令息の腕を掴むと、漸く状況を思い出した彼は強張った顔をしたまま頷き、ぎこちなくヴィクトリアをエスコートした。
その様を見る数多の貴族はひそひそと言葉を交わし、不穏な言葉の群れは二人が大広間を去っても止まらなかった。
「あの……」
いま。ソファに並んで座る男をよそにヴィクトリアはテーブルに並べられたちょこちょことしたお上品な料理をフォークに刺しては口に運んでいた。
城の大広間から出た直後。
ヴィクトリアは廊下に控える使用人に『休憩のための部屋を』と声を掛けた。
端から交流のないノーランド伯爵令息についていく気などさらさらなかった。
「あぁ、ありがとうございます。大広間から出るにはあの形が最も早かったもので。もうお帰りいただいて構いませんわ」
休憩室に入ったヴィクトリアは去ろうとする使用人に無作法を承知で食事を求めた。
流石は王城の使用人。
予想外の要求を受けてもゲストを満足させるために全力を尽くしてくれる。
というわけでいま、城の休憩室にはワゴンが運び込まれ、大広間で出たものと同じ料理が供されているというわけだ。
「早かったって……今後の為を考えるなら『俺』と一緒に休憩室に消えたという噂をわざわざ煽るような真似をせずに、ひとりで出た方が良かったんじゃ……」
ノーランド伯爵令息は終始ヴィクトリアの妙な迫力に圧され、いまも数日食事を摂っていなかったかのように料理をちいさな口に詰め込むさまを見て完全に腰が引けている。
「今後、ですか。まぁ良くて修道院送り。悪くて領地に幽閉ですね。どのみちもう私には傷つく名誉も守るべきものもございません」
「それでも……」
こうも捨て鉢になった女につけこもうとしたことはなかったのだろうか。
予想通り善良側だ、と思いながらヴィクトリアは微笑んだ。
「八年前に母が亡くなりましてね。喪が明けないうちに半年だけしか歳の違わない『妹』を連れた後妻が屋敷に居座った時からいろいろとありまして」
この程度の噂は聞いているだろうと思いながらヴィクトリアはヴァロワ家の恥部を躊躇わず口にする。
「だから、いま……食事を?」
「あぁ、まぁ……こんな美味しい食事は久しぶりですし。恐らくこれが人生最初で最後の豪華な晩餐だと思うと食べ逃すのが勿体ないと思いまして」
もうノーランド伯爵令息は本来の目的を忘れたのだろう。
黙ったままヴィクトリアが空にした皿をテーブルの端に寄せてくれたりなんてする。
「給仕の真似事なんていけませんわ」
「俺はヤンガーサンだから……母は商人の娘だから扱き使われることも多いし」
「ふふ、二つ以上の意味で傾いているヴァロワ伯爵家でいろいろと足りない婿を取って奮闘するよりもあなたに襲われたことにして『責任を取っていただく』方が人生楽しそうですわね」
「お、お断りします……」
「あら残念」
ヴィクトリアはこんな馬鹿みたいな会話に付き合わされている、料理を運んできてくれたメイドに同情しつつ笑った。
どうせこんなことになるのなら、もっと早くに自由に振舞ってしまえばよかった。
そう思うほどに楽しくて、えも言われぬ解放感がある。
どうせ自分がどんな振る舞いをしようと、妹や継母が広める悪評を越えられなかったのだから。
「あーバカバカしい」
はーっと息を吐いてナイフを手で持つとワインの染みがついたドレスを捲り、コルセットの紐を切ってしまう。
その様を見たノーランド伯爵令息は恐怖か不安のあまり、顔を真っ青にして逃げて行った。
「つまらない男」
妙に冷静な顔をしたメイドがノーランド伯爵令息の背中を目で追って、視線をこちらに戻し。ヴィクトリアがにっこりと微笑みを返してお代わりを求めようとしたところで……
「そういう君は面白い女だ」
ゆったりとした拍手と共に低く豊かな声がした。
見れば開いたままのドアの前に立派な体格の男が立っている。
「あら、不作法ですわよ」
「シルバーでコルセットの紐を切る女に言われたくないな」
「それもそうですわね、失礼いたしました」
ナイフとフォークを置いたヴィクトリアはソファから立ち上がり、いつの間にか部屋を訪れていた黒髪の大柄な青年に向かって優雅にカーテシーをした。
貴族令嬢らしく平静を装っていたけれど内心驚愕していた。
いま、目の前にいるのはこの夜会の『主催者』であるこの国の第二王子ユリウス殿下だ。
当然、面識はないし、こうも気軽に言葉を交わす間柄でもない。
そんな第二王子がわざわざ自分の元を訪れる理由で考えられるのは、今宵の夜会を台無しにしたと言っても過言ではない、あの『婚約破棄劇』だろう。
そもそも今宵の夜会は第二王子の婚約解消による、婚約者選びを目的としていた。
まるで巷で流行っている三文芝居のように公衆の面前での婚約破棄を突き付けてきたのはあちらだが自分も『当事者』だ。
十中八九、咎められる。
ほんの少し前の自分なら多少怯えただろう。
だが今の自分には失うものがない。
いっそ更なる無礼を働いて一族郎党処刑という状況に持ち込めた方が面白い気がしてきた。




