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無能とバカにされてきた宿屋の主人は、今さら聖女になんてなりたくない!  作者: 九重


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第六幕 第一場 ハジュン(七)

 サウルに強引に転移させられたユディが目を開ければ、そこは広い部屋だった。


 高い天井一面に美しい絵か描かれ、大きなシャンデリアが輝いている。

 壁も柱も白く、黄金で装飾されていて、シャンデリアの光をキラキラと反射していた。

 床には真っ赤な絨毯が敷かれ、ユディの足がフカリと沈む。


 そんな目も眩むような部屋で、大勢の人間が逃げ惑っていた。


「うわぁぁっ! 助けてくれ、死にたくない!」

「逃げろ!!」

「退け、私が先だ!」

「私が先だ! 私は伯爵だぞ。貴様は子爵だろう!!」


 人々が向かう先は、大きな扉だ。我先にと殺到し、おかげで渋滞し動けなくなっている。

 悲鳴と怒声が飛び交う中、声が聞こえた。


「――――父さん!」


 振り向けば、駆け寄ってくるペーターとアンジェラが見える。

 ふたりの後ろには、王冠を被った男性がふたり。


(…………って、まさか! 国王陛下と王配殿下か?)


 王冠を被る人間を、ユディは他に知らない。

 なんて人たちを連れてくるのかと思ったが、叱りつけることはできなかった。

 なぜなら、彼らの背後、先ほどとは反対の扉の開かれた奥の部屋に、真っ黒な闇が見えたから。


「――――なんだ、アレは? ひょっとして瘴気なのか?」


 呆然とした声は、後ろから。ユディを抱き締めているエドガーの声だ。


「実はそうなんだよねぇ。聖女さまを連れてきたのは、あの瘴気溜りのせいさ。アレを浄化してくれないかな?」


 場にそぐわぬそんびりした口調は、サウルだった。


「父さん! すみません。でも、俺たちじゃもうどうにもできなくて!」

「追い詰められた副神殿長が、暴走したのです」

「あなたが、聖女さまか!?」

「すみません! どうか我が国をお救いください!」


 続いて、ペーター、アンジェラ、そしておそらく国王と王配が声をかけてくる。


「ああ、もうっ。ともかく、ハジュンを頼む!」


 ユディは、そう言うと手の中のハジュンをアンジェラに渡した。

 ハジュンは、変わらず「キャッキャッ」と笑っている。


(大物だよ、お前は)


 おかげで落ち着いた。


 パン! と、自分で自分の顔を叩いたユディは、奥の闇に向かって駆け出す。

 背後に、ぴったりエドガーが着いてきた。


「抱き上げようか?」


「いらん!」


 すぐに断らないと、強制的に抱き上げられそうだ。

 チッと残念そうな舌打ちが耳を打つ。

 そんな場合か! と思いながら、ユディは走った。


 そのまま奥の扉を越える。


 そこは修羅場と化していた。

 ローレンスが、ひとりで瘴気の中から次々と溢れだしてくる魔獣と戦っているのだ。

 部屋の中を見渡せば、隅にジュリアとひとりの老爺(ろうや)が立ちすくんでいた。

 ふたりの周囲には結界が張ってあるようで、襲いかかろうとした魔獣がバチン! と弾き返されているのが見える。


「あれは……神殿長か?」


「ああ、彼らは心配しなくていいよ。僕の魔法で守っているからね。……でも、あの瘴気だけは、どうやっても消せなかったんだ」


 エドガーの質問に答えたのは、いつの間にか現れたサウルだ。だからユディを呼びにきたのだろう。

 どうやらこの瘴気溜りは、普通のモ(・)ノ(・)ではなさそうだった。


「聖女さま!」


 戦いながら、ローレンスが声をかけてくる。さすがの聖騎士も、多勢に無勢で苦しそうだ。


 ユディは、すかさずその場に膝を着き、浄化のために祈りはじめた。


 そこに魔獣が襲いかかる。

 直後、エドガーが一刀両断で切り捨てた。


 ――――ユディは、それに目をくれることもない。


 淡々と祈るユディは、自身の安全を信じ切っていた。

 エドガーがいる限り、彼に危険が及ぶはずもないからだ。


 魔獣など一切気にしないユディの信頼に、エドガーも応える。

 群がる魔獣を端から切り伏せるエドガーの活躍は、鬼神のようだった。




 目を閉じたユディのまぶたの裏が、光で白くなっていく。

 浄化の光が、体から溢れだしたのだ。

 自身では見えなくとも、ユディは確かな手応えを感じていた。




 きっと、一、二分。それくらいしか経っていない。


「…………ユディ、もういいぞ」


 エドガーに肩を叩かれ、ユディは目を開けた。

 見れば、瘴気の闇は跡形もなく消えている。


 そして闇が蟠っていた場所には、豪奢な白い服を着た男がひとり、床に這いつくばっていた。


「クソッ、クソッ、クソがっ! 儂の完璧な計画が……いったいどうして潰えたのだ?」


「…………あいつが、副神殿長だ」


 エドガーがそう言った。


(だろうな)


 ユディはそう思う。

 今まで何人か神官を見てきたが、その誰もあんな贅沢な神官服を着た者はいなかった。

 部屋の隅にいた神殿長も、飾りもなにもない質素な服を身につけている。

 それだけで、叫ぶ男の心根は知れた。


(聖職者にあるまじき醜態だよな)


 そこに、朗々とした声が響く。


「――――もはや、お前の命運は尽きた。素直に縛に就け!」


 振り向けば、国王がいた。

 一緒に王配とペーター、アンジェラも部屋の中に入ってくる。

 アンジェラの腕の中には、相変わらずハジュンが機嫌よさそうに笑っていた。


 そんなハジュンの姿に、ホッとする。

 すると-ーーー。


「ウガァァァッ!!」


 獣じみた声が響いた。


「ユディ!」


 咄嗟にエドガーが、ユディを庇う。


 その脇を、豪奢な白い服がすり抜けた。

 自暴自棄になった副神殿長が、逃亡を図ったのだ。


「無駄な悪あがきをーーーー」


 すぐにサウルとローレンスが副神殿長を捕まえようとする。

 しかし、それは一歩遅かった。


 副神殿長の向かった先にいたのは、アンジェラだ。


「きゃあっ!」


 そして、副神殿長はアンジェラの腕の中にいた赤ん坊――――ハ(・)ジ(・)ュ(・)ン(・)を奪い取った!


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