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無能とバカにされてきた宿屋の主人は、今さら聖女になんてなりたくない!  作者: 九重


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第四幕 第一場 聖女の悩み(一)

「――――部屋、空いていますかっ?」


 燃えるような赤毛の男が、宿屋に勢いよく飛び込んでくる。

 その背後からは連れだろう栗毛の男が、息を切らせて追いかけてきた。


 開口一番尋ねられて、受付にいたユディは少し驚いてしまう。


「あ、すみません。今日はもう満室なんです」


 既に夕刻。幸いなことに部屋はみんな埋まっていた。

 ユディが断った途端、赤毛の男は床にガックリ膝をつく。


「あー! だから、王都に着いたら直ぐに宿に行こうって、言ったじゃん! ここまで来て『眠る番犬』亭に泊まれないなんて……最悪だ!」


 髪をかきむしりながら大声で叫んだ。

 (ののし)る相手は、遅れてやってきた栗毛の男。


 ちなみに『眠る番犬』亭とは、ユディの宿屋の名前だ。『無能』にぴったりの名だと揶揄(やゆ)されることも多いが、ユディは案外気に入っている。


「ごめんって、着いたのはまだ昼前だったから、先に用事を済ませてからで間に合うと思ったんだよ」


「ごめんで済めば、衛兵はいらない! あ~、くそっ! 今夜は朝までぐっすり眠って、疲れを綺麗さっぱり落とすつもりでいたのに」


 栗毛の男が謝っても、赤毛の男の嘆きは止まらなかった。


「悪かったって。お詫びにもっと高級な宿に泊まってもいいから」


 王都にはユディの宿よりランクの高いところが山ほどある。もちろんお値段もそれ相応なのだが、栗毛の男は奮発してそこに泊まろうと言い出した。

 彼にしてみればかなりの譲歩だったのだろう。しかし、これは逆効果。赤毛の男はギャンギャンと怒鳴り出す。


「はぁ~? 王都に『眠る番犬』亭よりいい宿なんて、ないし! ここはね、一晩寝ればどんな疲れもすっきり取れて、元気もりもりになれる宿なんだよ! 部屋もベッドも清潔で、宿の主人の人柄もいい! 料理だって、びっくりするくらい美味しいんだから!!」


 とても嬉しい高評価だが、宿の受付で怒鳴るのは止めてほしい。開けっぱなしのドアの向こうから、通りを歩く人々が何事かと覗き込んでいるではないか。


「お客さま――――」


「あ、そうだ! なら、明日は? 明日は空きがありますか?」


 宥めようとしたユディに、赤毛の男が迫ってきた。

 思わず腰が退けたが、不可抗力だ。


「あ、はい。明日早朝に立つお客さまがいらっしゃいますから、明日の夜ならばお泊まりになれますよ」


「だったら予約させてください! 明日また必ず来ます!」


 凄い勢いで頼まれた。


「おい――――」


 勢い込む赤毛の男を、栗毛の男は止めようとする。今日は別の宿に泊まるのだ。そこで解く旅装をまた纏めて別の宿に移るのは面倒なのだろう。


「うるさい! 黙っていろ。俺は何が何でも明日この宿に泊まるからな! いやならお前は来なくていい。俺だけでもそうする!」


 しかし、赤毛の男は折れなかった。けんもほろろに制止を退ける。


「あ! そうだ。今日の食事は? 食事はここで()れますか?」


 彼の中では明日泊まることは既に決定事項だった。興味はもう別に移っている。


「大丈夫ですよ。最近は食事だけご利用のお客さまも多いので、余計に用意しているはずですから」


「やったぁっ!」


 赤毛の男は、その場でピョンと跳び上がった。


「今日の定食メニューは?」


「ポークソテーとロールキャベツです」


 もっとも、そのポークは、パイアと呼ばれる猪の怪物の肉。ロールキャベツもまた然り。


「どっちも大好物です! ムニエルはありますか?」


「ええ。美味しい魚が手に入ったので」


 アスピドケロンという巨大魚の怪物だが……。

 言うまでもないことだろうが、食材はすべてローレンスが捕ってきたものだった。


「そっちも絶対食べます!」


 赤毛の男は、大食漢らしい。すっかり上機嫌になった彼は、しっかり明日の予約をしてから宿の食堂に走って行く。


「おい! 待てよ。俺を置いて行くな!」


 栗毛の男が、慌てて後を追った。


 嵐のような男たちが去り、ユディはホーッと息を吐く。



(最近、()()()()お客が増えたよな)


 ああいうお客というのは、ユディの宿屋をとても気に入って、強い執着を見せる人たちのこと。


 元々、ユディの宿にはリピーターが多かった。

 それは、開店当初から親切丁寧をモットーとして、泊まってくれる人が少しでも快適に過ごせるよう鋭意努力を重ねた結果であり、ユディはそれを誇りに思っている。


「居心地よかったよ」

「また来るよ」


 そう言ってもらえることが嬉しくてしかたないのだ。

 頑張って宿屋をやってきてよかったなと、思える瞬間でもある。


 しかし、ある時分からそんな言葉の中に、少しずつニュアンスの違うものが増えてきた。


「のんびりできて疲れがすっかりとれたよ」

「体が軽くなった」

「膝の痛みが消えたんだ」


 宿屋でゆっくり休めたから……だから、体調がよくなった。

 それは、誰にでも起こりうることで、特段変わったことではない。

 だから気にしなければ、それでいいだけなのだが――――。


「毎朝起きると腰が痛かったのに、今日は平気なんだ。この宿のベッドは特注なのかな?」

「スゴい! 鼻が詰まってないぞ。この時季は何をしても治らなかったのに。……ああ、空気が清々しい。この宿屋には清浄の魔道具があるんだろう!」

「しまった、眼鏡を置いてきた。ここの照明は特別なのかな? 明るくてよく見えるから、眼鏡を忘れてしまうんだよ」


 宿屋に泊まった翌日、そんな風に尋ねてくる客が段々と増えていく。

 みんな笑顔で、とても嬉しそうだ。


「特に変わった物はないんですが、お客さまが快適に過ごされたのならよかったです」


 一緒に笑いながらも、ユディの心は少し重くなった。

 それらは、すべてユディが『聖女』のスキルを得てからのことだからだ。


(俺のせいなのか?)


 ユディにスキルを使った覚えはない。

 それでも、そうとしか思えなかった。


 もちろんそれで悪いことなどひとつもない。客は元気になって、宿屋の評判は上がるのだから、Win―Winだ。


 単純に喜べばいいものを、ユディは素直になれない。


(だって、これは俺の努力の結果じゃない)


 頑張って認められて褒められたのであれば、ユディだってわだかまりなく喜んだだろう。これを機に、宿屋の規模を大きくしようとさえしたかもしれない。


 でも、何をしたわけでもないのに勝手に宿の評判が上がっていくのは、少しも嬉しくなかった。

 嬉しいどころか、悲しくてむなしくなってくる。


(これまでの俺の努力など大した価値はないのだと、突きつけられているみたいだ)


『無能』がどんなに頑張っても、意図せず発揮されるスキルの効果には勝てないのだと、見せつけられている。

 ユディは、そんな風に感じてしまうのだ。


 もちろん、誰と勝負しているわけでもなかった。

 それはわかっているのだが、心の隅に小さな(とげ)が引っかかる。


 普段は忘れているその棘は、先ほどのような客が現れる度、ユディの心を傷つけた。


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