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鐘がために英雄はなる  作者: こんぐま
第3章 想いの欠片
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20話 素直な二人

※今回は三人称視点のお話です。



「待ちやがれガキ共! ファイアーボール!」


「ライトニードル!」


 炎の玉と光の針がぶつかり合い、その衝撃で周囲の窓が一斉に割れる。


「べるお姉ちゃん、こっち!」


 幼い少女が建物の影から顔を出し、光の針を放った少女が頷いてそちらへ向かった。


 ここは、海底国家バセットホルンの中心“水の都フルート”。

 水深約三万キロの海の底にある都だが、空気に覆われているので他種族も住める環境にある。

 しかし、ここに他種族などいよう筈もない。

 ここは魚人達のみが住む事を許された王都である。


 その王都で、英雄の妹である幼い少女聖美優(ひじりみゆ)と、封印の巫女である少女ベル=クラライトが海賊達から逃げていた。

 二人を追いかける海賊の数は、同じく二人。

 しかし、どちらも手練れで、既にみゆの股間への音撃は防がれている。


「もう! なんでこんな所まで追いかけてくるの? あのおじさん達!」


「まさか水の都に潜入してる海賊に会うなんて思わなかったね。でも、何で私達の事が分かったんだろう?」


「通信用の魔道具マジックアイテムを持ってるみたいだよ」


 何故みゆがそんな事を知っているのか?

 それは簡単な事だ。

 みゆは音の魔法が使えて、遠くの音を聞き取る事が出来る。

 その力で、海賊たちの話を聞いたのだ。

 しかし、逆にそれがあだになってしまった。


 水の都にも海賊がいると分かった二人は、まさかと思い近くまで行って、確認をして直ぐに見つかったのだ。

 そして今のこの現状と言うわけで、身から出た錆と言える状況だった。


「まさかこんな損な役回りの任務の最中に、お宝が自ら来てくれるなんて思わなかったぜ! 船長にお前達を渡せば、一気に幹部にのし上がれる!」


「船長はこの都には近づけない。我等で捕まえて、褒美を頂く! 多少は痛い目にあってもらおう」


 海賊二人はそう言うと、それぞれがサーベルを手に取り構える。

 それと同時に、みゆとベルの二人は、人通りの多い大通りへと飛び出した。


「みゆちゃん駄目! ここだと他の人を巻き込んじゃう!」


「そんな事言ってる場合じゃないよお! それにここなら――」


 次の瞬間、海賊の一人が一気に距離を詰めて、みゆとベルの背中に向かって炎の刃を飛ばした。

 周囲にいた人々は悲鳴を上げ、みゆが振り向いてカスタネットを召喚する。


「消し飛べー!」


 瞬間――カスタネットの音撃から生まれた衝撃波が炎の刃を相殺し、周囲に火の粉が舞い散らばった。

 火の粉は周囲の建物に燃え移り、人々の騒ぎが更に悪化して増していく。


 炎の刃が消えさると、今度はもう一人の海賊のサーベルが刃を伸ばす。

 それは、まるで蛇の様にうねうねとした動きで伸びていき、数十メートル先まで逃げているベルとみゆを襲う。


「よいしょ!」


 みゆが掛け声を上げて楽器召喚でタンバリンを出現させる。

 すると、タンバリンが伸びてきたサーベルを受け止めて弾き、攻撃を防いだ。


「くそっ! あのガキはなんな――」


「これはなんの騒ぎだ!」


 ようやく騒ぎを聞きつけて、城から騎士が現れる。

 すると、それを見て海賊二人は顔を歪た。


「――ちっ。騎士が来やがった!」


「ここは退くぞ」


 騎士が来たおかげで海賊たちが逃げて行くが、これはみゆの作戦通りの結果だった。

 ここは王都“水の都”。

 騒ぎになれば、必ず城から騎士が来ると考えて、みゆはベルを連れて人の多いここへと海賊を誘いこんだと言うわけだ。


 しかし、ここから先は予想外。

 海賊二人が逃げて行くと、今度は別方向から来た騎士が二人、みゆとベルの目の前に現れる。


「止まれ! 黒い髪の人間!? 貴様等、どうやってここに来た!?」


「待て! この顔どこかで…………っ! 思いだした! こいつは“汚れた巫女”だ!」


 汚れた巫女と言う言葉を聞くと、もう一人の騎士がベルを鬼の様な形相で睨みつける。

 そして、腰に提げた剣を抜き取った。


「貴様のせいで俺の友は死んだ! 覚悟しろ!」


「べるお姉ちゃんのせいにするなー!」


 騎士がベルに向かって襲いかかり、みゆがカスタネットを召喚して音撃の衝撃波を食らわせる。

 次の瞬間、騎士は声にならない声で悲鳴を上げて、その場で泡を吹いて気を失った。


「股間も護れない人が、べるお姉ちゃんを悪く言うなんて百年早いんだからね!」


「み、みゆちゃん駄目だよ! この人達に手を出したら国家反逆者になっちゃう!」


「わたしが国家反逆者なら、この人達は英雄と巫女にあだなす世界の反逆者だもん!」


 最早完全にスイッチが入ってしまったみゆ。

 ベルが慌てて止めようと説得を試みるも、完全に聞く耳もたない状態だった。

 気が付けば、みゆがカスタネットの音撃を華麗に繰り出して、もう一人の騎士の股間を狙って一発で仕留める始末。

 ベルの顔は真っ青になり、せめてと股間に回復魔法を使おうとして、みゆに「汚いから駄目!」と止められる。

 そして、周囲は更に騒ぎ出し、騎士を呼ぶ声も聞こえて来た。


 これ以上は本気で大変な事になると思ったベルは、みゆの手を引っ張って逃げ出した。

 するとそんな時だ。

 路地裏へと続く横道から、二人を手招きする謎の手が現れる。


「なんだろう? 私達を呼んでる?」


「怪しいから無視しよう!」


「え!? で、でも、大事なお話があるのかも」


「べるお姉ちゃんあっまーい! 絶対路地裏に連れ込んで、薄い本が厚くなっちゃう展開なんだよ!」


「うすい本があつくなっちゃう展開……?」


「とにかく、絶対ぐへへな事になるから駄目!」


「ご、ごめんね、みゆちゃん。何言ってるのか分からないよ。とにかく行ってみよう!」


「あー! 駄目だってばー!」


 ベルが手招きに向かって走り、それをみゆが追いかける。

 そうして路地裏に入って行くと、そこにはねじり鉢巻きを頭に巻いた魚人の男が立っていた。


「ほらー! エッチな事されちゃうよ!」


「えっちな事……? 何言ってんだ嬢ちゃん?」


「ご、ごめんね。この子、想像力豊かなの」


 魚人の男を見るとみゆが騒ぎ、男は冷や汗を流して、ベルが慌てて謝罪する。

 と、そこで新たにやって来た騎士が、騒ぐ人々に二人の居場所を聞く声が聞こえて来た。

 それを聞き、男は真剣な面持ちでベルに視線を向ける。


「俺はハンガー、ただの大工でさあ。っと、話は後だ! 俺について来い」


「え? ついて……?」


「べるお姉ちゃん、この人信用出来る人だよ! 早く行こ!」


「――っえ?」


 さっきまで誰よりも警戒していたみゆの変わりように、ベルは驚いて視線を向けるが、みゆはベルを見ずに手を掴んで走り出す。


「み、みゆちゃん?」


「ちゃんと自分から自己紹介する人は良い人だから大丈夫だよ」


 何を根拠にって感じの理由だったが、何故か成る程とベルは納得して、みゆと一緒にハンガーの後を追う。

 なんとも直ぐ騙されてしまいそうな素直な二人だが、結果としてはのちの正解に繋がっていた。

 そうして二人が辿り着いたのは、騒ぎ立てる様な人どころか人気ひとけすら無い小さな教会だった。


「とにかく中に入んな」


 普通に考えれば、人気のない場所に連れて来た男は怪しいと判断して警戒するべきだが、みゆとベルは全く怪しまない。

 だから、ハンガーが教会の扉を開けて中に入れと言えば、何の迷いもなく教会の中に入って行った。


 教会に入って直ぐの場所には神父が待っていたのか立っていて、みゆとベルが入って来ると直ぐに一礼して二人を迎えた。

 そして、二人に続いてハンガーが教会に入り、外を確認してから扉を閉める。


「ようこそいらっしゃいました。私はこの教会の神父をしている者です」


 神父が話すと、ハンガーが神父の隣に立って、神父の方に手を置いた。


「いきなり連れて来て悪かったな、姉ちゃん……いや、巫女様。ここは先代の女王様が亡くなる前に個人名義で建てた教会で、現女王でも簡単に手を出せない所ってわけだ」


「えっと……?」


「ははは。ハンガーさん、いきなりそんな事を言われても分からないですよ。ちゃんと一から説明して差し上げないと。どうせ説明もせずに、いきなり連れて来たのでしょう?」


「おおっと、神父様には全てお見通しってか? 流石は神父様ってな」


 ハンガーはそう言うと、神父の肩に置いていた手で、背中をバンバンと叩き出す。

 神父はそれを嫌な顔せずに受け止めて、みゆとベルに「すまないね」と苦笑する。


「ねえねえ、神父さんとハチマキおじさん。他にもいっぱい教会があるのを見たけど、安全なのはここだけなの?」


「ハチマキおじさん? はっはっはっ。俺はこれでもまだ二十三なんだぜ? おにいさんって言ってくれよ」


「えー。でも、おじさんって感じだもん」


「こりゃ参ったなあ」


「そんな事より、安全なのはここだけなの?」


「そんな事ー? 流石は騎士に喧嘩売る嬢ちゃんだ。敵わねえなあ」


「ははは。そうだね。お嬢さん、他の教会も勿論悪い人はいないよ。でもね、先代の女王様のおかげで建てられたこの教会は特別なんだよ。だから、この教会だけが騎士の強行を断る事が出来るんだよ」


「そっかあ。じゃあ、ここで暫らくお世話になります。ね、ベルお姉ちゃん」


「う、うん」


 みゆのぐいぐいと行く行動に、ベルは圧倒されながら返事をする。

 そして、二人はハンガーと神父から、ここに連れて来られた説明を受けた。







「えーっと、つまり、昔めれかお姉ちゃんにお世話になったから、わたし達を助けてくれるの?」


 教会の出入口から場所を変え、ここは教会に隣接している宿舎の台所。

 台所に椅子……が無かったので、置いてあった小さな脚立に腰かけて、ハンガーと神父から助けてくれた理由を聞いたみゆが首を傾げて尋ねると、神父は「はい」と頷いた。

 因みに台所にいる理由は、神父が飲み物をと取りに行ったのを全員がついて行った結果、そこで話をしていたと言う単純な理由だ。


 それはともかくとして、二人が聞いた助けてもらえた理由は、メレカの過去と関係していた。

 メレカがまだ幼かった時、ハンガーと神父はメレカに助けられた事があった。

 だから、二人はメレカに恩を返す為にも、仲間であるみゆとベルを助けようと考えたのだ。


「それに、私たちはアマンダ様の処刑に納得していません。きっといつかこの処刑を止める為に、巫女様がこの都に来てくれると信じていました」


「あのお優しい俺達のアマンダ様が、国を裏切ったなんて信じられねえってな。絶対何かの間違いだ。亡くなられたブールノ様がいれば、絶対こんな事にはならなかった筈だ」


「そうですね。あの方はいつもアマンダ様を気にかけていました」


「気にかけてたって言うよりは、嫁にしようとしてたけどな」


「ははは。確かにそうかもしれませんね」


「ブールノって、だ…………ベルお姉ちゃん?」


「――っあ、ごめんね。何でもないの」


 みゆはベルに「ブールノって、誰の事?」と聞こうとしていた。

 だけど、それは出来なかった。

 ベルが涙を目尻に溜めていて、とても悲しい顔をしていたからだ。


 しかし、みゆは詳しく話を聞こうとはしなかった。

 何故なら、みゆは大切な人が死んでしまう悲しみを知っているわけでは無いが、悲しみを知っている人を知っているからだ。

 それは、自分の兄の事。

 みゆ自身はまだ赤ん坊だったので、父親が死んだ時の事を覚えていない。

 でも、兄を見ていれば分かるのだ。

 だからこそ、この時も詮索はしなかった。

 そして、みゆは何も気付かぬふりして話題を変える。


「でも、よく分かったね? べるお姉ちゃんはハチマキおじさんと神父さんと面識が無かったんでしょ?」


「面識はなくとも、あれだけ騒ぎになれば分かります。それに、巫女様は有名な方ですからね。しかも、その服装を見れば誰でも分かります」


「あ、確かにそうかも」


 神父が答えると、ベル以外の三人がベルの服装に視線を向ける。

 ベルの服装はいつも通りの露出度高めの巫女装束。

 どこを見ても短いその巫女装束からは、相変わらず胸の谷間と太ももが存分に見えている。


「べるお姉ちゃんの巫女服すっごいエッチで可愛いもんね」


「えっち!?」


 何故か今更えっちと言われてショックを受けるベル。

 ベル本人は今まで思いもしなかったのか、さっきとは違う意味での悲しみの涙を一粒流して、その場でうずくまってしょんぼりと肩を落とす。

 それを見て、みゆが慌ててベルの頭をよしよしと撫で始めた。


「しかし、巫女様の妹君はまだ産まれて間もないとお聞きしていましたが、まさかこれ程立派に育っていたとは思いませんでした。やはり、この国は他の国と断絶して情報が遅れているのですね」


「え? 妹……? べるお姉ちゃんにも妹がいるの!?」


「んあ? 嬢ちゃんは巫女様の妹じゃなかったのか?」


「違うよ。わたしはお兄ちゃんの妹だもん」


「お兄ちゃんって誰だよ?」


 ヒロを知らないハチマキおじさんことハンガーの疑問兼ツッコミは最もだが、それにみゆが答える前にベルが顔を上げて答える。


「私の妹はまだ産まれて三ヶ月だよ。それに兄もいるの」


「べるお姉ちゃんもお兄ちゃんがいたんだ!? わあ。一緒だね♪」


「うん。一緒だね」


 みゆとベルは微笑み合う。

 するとその時、教会の出入口の方から、大声で「誰かいないかー!」と言う男の声が聞こえてきた。

 そしてその声を聞き、ハンガーと神父の顔色が変わる。


「おでなすったな」


「はい。では、軽く追い払って来ますので、お二人は楽にしていて下さい」


 神父はそう言うと、みゆとベルに微笑んでから、教会の方へ歩いて行った。

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