6話 スラム街の酒場で働く看板娘
フウラン姉妹の案内で辿り着いた酒場の店内は、外見とは違って意外と綺麗だった。
隅々まで掃除が行き届いているし、少しお洒落な雰囲気で、カウンター席とテーブル席もそれなりにあった。
店員はカウンターに髭を生やした爺さんが一人と、ホール側にエプロンをつけた二十代前半に見えるウェイトレスの女性が一人。
恐らくどちらも種族は俺と同じ人間。
この店の雰囲気に合うお洒落な感じの服装とは違うが、それでもきっちりとした服装の店員だった。
だが、こう言っちゃ失礼だが、客層は店の雰囲気に全く合わない。
お洒落な店内には似合わないごつい体の男達。
偏見と言われてしまいそうだが、イメージとしては女子高生が好んで通うお洒落なカフェに、工事現場で働くごつい体のおっちゃん達がインスタ映えするドリンクを飲みに来てる感じだ。
本当に申し訳ないが似合わない。
と言うか、何故こんなスラム街にお洒落な酒場が? と思えてしまう。
「お兄ちゃんこっちー!」
不意にみゆに呼ばれて振り向くと、既に皆は少し広めのテーブル席に座っていた。
俺も急いで……と言っても歩いてだが、皆の許へと向かうと、ベルの隣に座らされる。
尚、みゆは俺のもう片方の隣に座っている。
もう片方が妹だとは言え、男が真ん中って、なんか居心地が……なんて考えているとウェイトレスがやって来た。
「いらっしゃい。見ない顔だね。観光に来たのは良いけど道に迷っちゃった? はい、これはサービスの水ね」
「ぴゅねお姉ちゃんがお腹が空いたから、ご飯食べに来たの」
「わざわざこんなごろつきどもが集まる酒場なんか来なくても、港の方に行けばお洒落なお店がいっぱいあるのに。あ、注文決まったら呼んでね」
随分とフレンドリーなウェイトレスだなと思いながら、ウェイトレスの後ろ姿を見送る。
それから直ぐにみゆがテーブルにメニューを広げて、真剣な面持ちでメニューを見始めたので、俺は今の内にとフウラン姉妹に船の事を聞く事にした。
「フウ、ラン、船は見つかったのか?」
「「気になっちゃいますよねん」」
「そりゃな。俺としては、さっさとこの町を出たいんだが?」
「「お気持ちは分かります。でも、残念ながら船は見つかりませんでした。そもそも、今は戦争を控えているから船を出せないって話になってまして……」」
「やっぱ予想通りだったって事か……」
覚悟はしていたが、先を急がなければならない状況で、出鼻をくじかれたのはかなりの痛手だ。
メレカさんを助けに行きたくても、その為の足が無ければどうしようもない。
フウラン姉妹の風の魔法で飛んでいける場所なら、どうにかして行く事も出来たかもしれないが、目的地は海底だ。
しかも、ウルベから聞いた話によると、水の都フルートは水深約三万キロと言う地球では考えられない程の深海にある。
そんな所に専用の船無しで行けるわけがない。
「なあ? 港町って、ここ以外には無いのか?」
「「ありますけど、ここ以外の港町って、ここ等辺じゃ全部バセットホルン領なんですよ」」
「マジかよ……。って事は、間違いなく危険だな」
「「はい。絶対問題が起きます。それなら、いっそこの町の船を奪って、そのまま海の中に潜った方が良いくらいですよ」」
「流石にそんな手は使えないな」
「「困りましたよね~」」
俺とフウラン姉妹が頭を悩ませていると、みゆとピュネちゃんが「決まった?」と話しだし、みゆが手を上げて「注文でーす!」と大きな声を上げた。
とりあえず俺とフウラン姉妹の話はここで中断だ。
ウェイトレスに話を聞かれて、俺達の正体を…………と、そこで俺は気がついた。
あれ?
そう言えば、さっき逃げた時にフードが頭から外れて、そっからかぶり直してないぞ。
よく見たら俺だけじゃなくて、ベルもみゆもフードが頭から外れてるじゃねえか。
「このチョコの実ケーキと、木ウサギのサイコロステーキと、ぺアップルのソーダのソフトクリーム乗せを二つとー、後は……」
みゆが次々と注文していく中、俺は心配になって周囲に視線を向けた。
酒を飲んだり食事をしたり様々な目的の客はいるが、俺達をわざわざ見ているような奴は一人もいなかった。
また騒ぎになると思ったが、そんな心配はいら無かった様で、俺は安心して飲み物を最後に一つ注文した。
ウェイトレスがメモに書き写した注文を繰り返して読み上げ、この場を去ろうとしたその時だった。
俺の安心は、この酒場に入って来た客によって、まっさらに消えた。
「あ、トビオさん、いらっしゃい。どうしたの? すっごい汗。私に会いたくて走って来たとか?」
「ごめん、ドンナちゃん。今日は冗談を言う気分じゃないんだ」
「ホントどうしたのさ?」
「汚れた巫女が港に現れたんだよ。あの女、やっぱり逃げやがった。追いかけたけど、一緒にいた黒い髪のガキの逃げ足が早くて見失っちまったんだよ。どうせあの連中は、この港町を魔族から逃げるのに利用する気だ。とっ捕まえて、魔族に差し出してやろうと思ったが出来なかった」
「ふーん。で? 注文はいつもので良い?」
「あ、ああ。そうだな。あと、水もジョッキでくれ」
「はいよ」
ヤバいと思った。
俺は咄嗟に目を合わせない様に、入口とは反対方向に視線を向けた。
だが、意味が無い。
店内に入って来た男が俺達に気づいちまった。
「あああああああああ!!」
男は声を上げて、俺達に指をさした。
そして、顔をみるみると親の仇でも見たかのような顔に歪め、俺達に向かって走り出した。
「こんな所にいやがったのか!? もう逃がさねえぞ! 元凶! 汚れた巫――――っごはあ」
「――――っ!」
俺は、俺達は、目を見開いて驚いた。
「うちの店で騒ぐんじゃないよ!」
男は倒れ、その場で気を失う。
今騒ぐなと言ったウェイトレスが男に見事なボディブローを食らわせて、一撃でノックダウンさせたからだ。
そして、ウェイトレスが倒れた男の顔に、持って来たばかりのジョッキに入った水をぶっかけた。
だが、よほどきついのを食らったのか、水をかけられても男は目覚めなかった。
店員が客にそんな事を……いや、そんな事よりも、何故男がウェイトレスにボディブローを食らわされたのか?
店の中で騒いだから?
そんな事で普通ここまでするのか?
正直、いっぺんに色々起こったせいで頭の思考が追いつかない。
そして、それは俺だけじゃない。
ベルもみゆもフウラン姉妹もピュネちゃんさえも気絶した男とウェイトレスを交互に見て、何も言えずにいた。
すると、ウェイトレスが苦笑を俺達に見せ、何故か申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんね~。まあ、気にせずゆっくりして行きなよ」
「お姉ちゃんかっこいいー!」
「あはは。ありがと。んじゃ、もう少し待っててね~。今店長が料理作ってるから」
「はーい!」
みゆが返事をすると、ウェイトレスが笑顔を見せて、男をサッカーボールの様に蹴って運びながらカウンターの方へと歩いて行った。
「「すげえ人でしたね。みゆちゃんがかっこいいって言うのも頷けるんだぜ」」
「とってもワイルドな看板娘さんですね~」
「う、うん。あの男の人、大丈夫かな……?」
「ベル……お前…………」
「え? 何? ヒロくん」
「いや、何でもない」
ベルが首を傾げて俺に視線を向けたが、俺は居た堪れなくなってそっぽを向いた。
なんと言うか、ベルは凄いなと思った。
あんなに罵倒され、辛くて悲しい気持ちにされたのに、気絶したあの男の心配をしたからだ。
俺にはとても出来ない。
正直、ウェイトレスに気絶させられていい気味だと思ったくらいだ。
俺の隣に座るみゆだって、フウラン姉妹やピュネちゃんに「ざまあ展開だね」なんて言って、首を傾げさせている。
それと比べたら、マジでベルが聖女か天使に見えてくる。
優しい通り越して甘すぎだ。
だけど……。
ベルに視線を向けると、みゆに「あんなの心配する必要無いよ」なんて言われて、眉根を下げて「でも」と困り顔を見せている。
……ベルらしいな。
やっぱり俺は、この子を――
「はい、これ。注文してくれた料理の前に、うちの常連が嫌な思いさせたお詫びだよ」
突然声がして振り向くと同時に、テーブルにでっかい器に山盛りに盛り付けられたポテトフライが置かれた。
「こっちは注文の飲み物だけどね」
そう言って続いて置かれたのは、間違いなく注文した飲み物。
いや、それより、まさかのお詫びで山盛りポテト。
驚いた顔でウェイトレスに視線を向けると、営業スマイルには見えない良い笑顔を向けられた。
「お姉ちゃん、ありがとー!」
「「感謝です~」」
「ありがとうございます~」
「あの、良いんですか? こんなに頂いちゃって」
みゆとフウラン姉妹とピュネちゃんがお礼を言うと、ベルだけが申し訳なさそうに尋ねた。
すると、ウェイトレスがベルに笑顔を向ける。
「良いの良いの。私の店に揉め事を持ち込むあの馬鹿が悪いんだから」
ウェイトレスが笑顔でそう言った次の瞬間、周囲の客がドッと大声を上げて笑いだす。
「がはははは! ドンナじゃなくてマスターの店だろ!」
「違いねえ! いつからおめえの店になったんだよ? なあ、マスター」
「うるっさいねえ! 良いんだよ! 私が働いてんだから私の店で!」
「言ってる事が滅茶苦茶じゃねえか! わははははは!」
周囲の客が笑いだし、ウェイトレスがふくれっ面で客達を睨みつける。
そして、客達が笑う中、ウェイトレスが俺達に視線を戻して「ごゆっくり」と言って去って行った。
「わたし、あのお姉ちゃん好き」
「とっても良い方ですね~」
「「この店に来て正解でしたね」」
「うん。なんだか、くよくよしてた自分が馬鹿みたい」
「ベル……そうだな。俺も見習わないとだ」
結局、みゆにベルを支えてあげてと言われたが、本当に俺は何も出来なかった。
この酒場に入って、あのウェイトレスのおかげでベルが元気になったのはありがたいけど、少し悔しいなとも感じた。
まさか、こんな所でこんな予想外な良い事が起こるなんて思わなかったけど、これだけでもこの酒場に入って良かった。
するとそんな時だ。
俺達のテーブル席の前に、大きな影が映る。
それは、ウェイトレスのものでは無く、ガタイの大きい男のもの。
「良かったなあ、ガキ共」
「――っ! お前は……っ」
最悪だ。
まさに一難去ってまた一難の状況。
俺達の前に現れた男は、あのシャーン海賊団のデリバーと呼ばれていた男。
そいつが俺達を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
不味い!
何でここに!?
いや、それより……くそっ。
流石に海賊相手じゃ、ウェイトレスのあの人に頼ってなんかられないだろ!
俺は急いで立ち上がろうとした。
だが、腰を浮かしただけに終わった。
何故なら、デリバーが俺達に背を向けて、右手を肩の上から見えるように出して「じゃあな」と手を一振りしたからだ。
そして、デリバーは一歩だけ歩き、直ぐに立ち止まって顔だけを振いて言葉を続ける。
「しっかし、驚いた。まさか、そっちの嬢ちゃんが、あの“汚れた巫女”だったとはな。だがよお、ここじゃあ、どんな糞ったれでも受け入れられる。ドーナに感謝するんだな」
デリバーはそこまで話すと、再び歩き出して酒場を出て行った。
ドーナ……?
って、ドンナさんの事だよな?
何で相性呼びなんだ?
「あんた達、デリバーの知り合いだったの?」
デリバーが酒場を出て行く姿を見ていると、不意に声をかけられて振り向く。
すると、丁度ウェイトレスが料理を運んで来た所だった。
「あれ、私の彼氏なんだ。不愛想だけど良い奴だろ?」
「彼氏いいいいいい!?」




