013 - 機械の墓場
寂れた風景に横たわるは、一面の焦土と化したかのような焦げ茶色の何もないフィールド。あるとすれば、オブジェクトであり、このフィールド名の所以たる大小様々な奇々怪々の機械があるのみ。それも、どれもこれも既に使い古した、否、壊れたものばかりで使えそうな部品は見当たらない。
此処はリ=アース大陸北東部に位置する三日月型の半島の入口。この地の名は、魔導兵器実験場。人々の記憶から忘れさられ、残るのは凄惨な末路を辿ったフィールド。
見渡す限りの赤い地平線の向こう側。《科学の夜》を引き起こした大戦の名残か、巨大な宇宙船のようなものの先端部が大地から大きく突き出ているのが印象的だ。
その名の通り、科学のアルカディアに対し、魔法が象徴とされているフォレスティだからこその機械。魔法を駆使し、原動力、あまつさえその力を武装として取り込んだ兵器が魔導兵器。
その力は巨大にして強大。だがそれは、己が身を焼くことを知らず、先祖は極めに究め、そして《科学の夜》を引き起こす一因と成り果てた。
荒廃した荒野に一陣の風が吹く。凩のように冷たいそれは肌を刺し、体温を奪い去っていく。僅かに震える身体を反射的に摩る中、何かが微かに耳朶を叩く。ガシャンと、金属を連想させるそんな音に視線を前へと向ける。
銀色の光を帯び、いや、嘗てはと言った方が正しいか。過ちをボディに刻んだかのように、嘗ては白銀の光を放っていたそれは黒く焼け焦げ、残る部分も煤けた鉄のように鈍い光に包まれている。
兵器ではなく、怪物と疑うようなフォルム。精巧に模したかのような頭部には真紅のモノアイ。その下部には何を打ち出すのか想像したくもない真ん丸な砲が覗き、だらんと下がる両腕には鋭く尖った鋼鉄の鉤爪、ロボットであることを裏付けるような逆関節に曲がった両脚。壊れかけを再現するかのように、所々からオイルが漏れ、バチバチと音を鳴らし火花が内部を照らす。
「これが魔導兵器とやらか」
その数は一機ではない。今まで何処にいたのかとツッコみたくなるようにワラワラと沸いて出てくるその様は、まるでB級ゾンビ映画を彷彿とさせる。
赤茶けた大地に立ち昇る硝煙はまるで暗黒の焦土。そしてその地に立つ無機質な機械兵。
いきなりなんでこんな場所にいるのかと気になるだろう。
事の発端は、ブリジット唯その一人に尽きる。
《 この前使った材料のついでに、ちょっと欲しいものがあるんだよね。ね、頼まれてくれない? 》
いつも通りのオーバーオール越しにその豊満な胸をぐいぐいと押し付け、わざとらしく瞳を潤ませながら。
ポニーテールで可愛い顔してちょいガテン系の女の子がそんな形でも寄り添ってきたらと、紳士な男性諸君も想像して頂きたい。どうだろうか。彼女の問いに答えは勿論イエスとなったことだろう。
また、この依頼を受けられたのは他でもない。フォレスティの方向性はギルド会議で決まったものの、肝心の任務への準備がまだ万全ではないということ。
任務をメインでこなすことになる少数精鋭ギルドらは大方の準備が整っているのだが、戦闘の際にバックアップをすることになるであろう大手ギルドがその足並みを揃えられていないために任務は数日後に先延ばし、というわけである。
話は逸れたが、そんなこんなな理由に加えて、場所も場所ということで行くことの出来るプレイヤーもそう多くはないらしい。何せここ魔導兵器実験場はエルフィンにほど近いフィールドでありながら、アクティブモンスターが闊歩し、何よりそのレベルも高く20台後半が出現モンスターのアベレージとなっている。
今現在のトッププレイヤーのレベル帯が30台後半だということを考えれば、中堅以上の熟練者でなければ訪れることは出来ても戦うことは出来ないというワケだ。
「でも、さすがに誰もいないってワケでもないんだな」
その独り言に返すものは誰もいないがしかし、戦闘のようなエフェクトがチラリと視界の端に浮かんでは消える。金属がかち合う甲高い衝撃音も聞こえてくるし、こっちと違ってソロではないようだ。
「さてと、律儀に待っててくれた……ってわけでもないか」
魔法にも似た波動が鼓膜を揺らすのに気づけば、砲口に光が収束しているところだった。
当然の如く、それは白色の物理系ではなく、赤みを帯びていることから火属性に属するスキルだと推測する。特徴としては、発火などの持続ダメージ。毒とは違い、DOT自体に火属性が付与されているため、耐性が無いと結構持っていかれるのが嫌なところ。
キュイーンと背景に鳴り響きそうな効果音が早いか、収束された光は赤色の稲妻を纏いながら撃ち放たれる。正しくレーザーと呼ぶに相応しいそれは、炎らしく大気を焼き切りオレ目掛けて突き進む。
速い。それに、だけじゃない。
狙いは流石機械といったところで確実に直撃コース。が、幾ら速いと云えど、この距離であれば余裕で回避は可能。
漆黒に包まれた足で赤茶けた大地を踏み抜く。スタートと同時にギリギリまで身体を屈ませ、肉迫するレーザーの真下スレスレを走り抜ける。髪の毛が数本、ジュッと音を立てた気がするが気にしないでおこう。
レベルに見合わない攻撃力。だが、そればかりに気を取られなければやはり弱点は見破りやすい。
レーザー発射と同時に足に装着されている刺々しい鉄の爪が地面に食い込んだのを考えれば、固定しなければならない程にその威力が高いということ。逆に言えば、足さえ破壊してしまえばもう撃つことは出来ないも道理。
ならば、話は簡単。
腰に提げる【黒衣の未亡人】を引き抜きすれ違い様に一閃。が、甲高くも綺麗な金属音に弾かれ、黒刃は衝撃と共にゆっくりと手元に戻って来る。
「カッてぇーな、オイ!」
壊れかけの見た目とは裏腹に鋼鉄以上の硬度を誇るらしいボディは、ダメージこそ入っているものの僅かでしかない。であるならば、通常攻撃以上の威力を出すしか他にない。
掌を開いて握り、感覚を確かめる。
衝撃に怯みながらも魔導機械の股を潜り抜け、マントとも云うべき黒いロングコートを翻しながら反転、背後から《ハイスラッシュ》での横薙ぎを再度脚目掛けて放つ。確かな手応えは音となり、その巨大な鉄塊は地面に崩れるようにして倒れ込んだ。
高レベルのモンスターへの手応えも束の間、倒れた機械はその節々から強烈な光を漏らし、全身から冷や汗が吹き出し嫌な予感を奔らせる。
両腕でガードしながらバックステップで全速力でその場を離れる途中、倒れ込んだ機械はそのボディを弾き飛ばし、自らを爆発させる。強烈な爆光が収まれば、それは既にフィールドに転がる廃品と成り果てていた。
「成程、こんな簡単な攻略法じゃ経験値にもなってくれないと、そういう事か」
《自爆》。よくあるスキルだが、レーザーを阻止しようと両脚を破壊することがトリガーとなっているらしい。しかも、自爆されてしまったら経験値は勿論、アイテムすらドロップしない仕様。
やれやれ、難儀なことを依頼してくれたもんだ。
フレイムギア。レベル26。今しがた倒し、後方を焼き尽くした魔導兵器の名前。成程厄介と何故か笑みを零している自分がいるのを知るのと同時、ブリジットのシニカルな笑みが浮かび上がる。
どうやら、修練も兼ねているようで、そもそもジニーがこの大事な任務前にはいそうですかとそんな簡単に許すことも今思えば無い。調達の裏にハイエンドプレイヤーとしての動きをマスターさせる目論見があってこそ、そしてそれは彼女たちの思惑通りということか。
「ま、楽しいからいいけどよ。次行くぜ、次ィィ!!」
鳴き声や咆哮の代わりのように響く足音を背に振り返れば、今しがた起きた火球のような爆発に気付いたのかさっきより群がっているギアの集団に向かって走る。
さっきとは違う。いや、属性違いか。
キラリと光る視線の先、砲口に奔る青いレーザー。フレイムギアとは違い、ボディに群青色のライトを走らせている。レーザーとの関係を察するに――
「アイスギア、ね」
レーザーが通る大地は瞬く間に凍土と化し、空気さえも凍てつかせていく。
フレイムギアのようにギリギリで避けるのは分が悪い。距離に余裕を保ちながら躱しつつ、近づいて攻撃が好ましいか。
角度は浅く、だがしかし抉るように斜め前へと走り出し、極端に狭い氷の世界を後ろ目に見遣り、そうして再度視線を前に戻せばアイスギアは目の前。黒刃を振り上げ《ハイスラッシュ》と叫ぼうと口を開いた刹那、聞き慣れない音が響く。
零れた音が鋭利な爪を持つ両腕からと認識したときには、既にそれは短い光と共に撃ち出されていて。瞬間的に《流星》を発動させ銃弾の嵐を掻い潜る。
「掌はガトリングかよッ……」
両の掌に見慣れない黒い穴が開いた音。視界を穿つ光は発砲によるもの。
流星に成った今、銃弾を避けることは容易いがしかし、懐のそれは遠方からの狙撃の比ではない。間隔も狭い懐では銃弾の嵐を避けきることは神速とはいえ物理的に不可能に近い。
気持ちに余裕が無い事と、否定的な思考が身体を反射的に後方へと追い遣る。だが、着弾にも余裕が出来るこの距離ならば、《流星》発動状態時なら幾ら連射されようと銃弾を避け続けられる。
軽やかなステップを踏み左右をジグザグに動く。後方からフィールドにも似た色の光線が迫れば、高揚した身体と意識は有無を言わさず最適な行動で、両脚で身体を弾き中空に逃れた。
ガコン。
何かが音を鳴らして落ちるような。ギアの背面に背負われるようにしてぶら下がるバックパック。その頂きには弾頭のようなものが追り上がってきていた。
主兵装の属性レーザーに通常遠距離攻撃のガトリングに加え、垂直誘導弾。
「おいおいマジか……魔法関係じゃねーか全然ッ……!!」
背中の装置から垂直に発射されたミサイルは尾に煙を引き摺らせながら、獲物を見つけたかのように空中で急に方向転換し飛翔する。
「雑魚相手に初お目見えとはちっと残念だがッ……《弐の太刀・雷刃》!!」
剣を高々と振り上げ言霊を紡げば、突然現れた雷雲から落ちる稲光が黒い刃に降り注ぐ。
それにしても、伝説級とはよくいったもんだ。
装備画面の【黒衣の未亡人】をよくよく見れば、付与スロットと同じようにスロットが空いていた。その一つ目には宝石のようなアイコンが埋め込まれていて、カーソルを意識的に合わせてみれば《壱の太刀・一閃》と説明欄が浮かび上がる。そして、それには熟練度なるものが存在していた。
武器に存在するスロットは他にもあるが、ことこれに関しては固有スキルが表記されるのだろう。熟練度のゲージが溜まれば何かしらが起きると思っていたが、案の定それは的中した。
弐番目のスロットに埋め込まれた宝石のアイコンには稲妻が数本と刃のように描かれていた。それがこれ――《弐の太刀・雷刃》
刀身に纏った雷を刃とし、複数ターゲット目掛けて攻撃する遠距離物理攻撃スキル。グラディエーターにとって危険な距離を埋めるための一手と成り得る。
頭上で稲光が激しく明滅し、バチバチと炸裂音が耳朶を叩く。
派手なエフェクトといい良いセンス。全く、テンション上がって仕方がない。
紫電を纏う、とは比較にならないほどの稲光を纏った黒刃を振り払えば、雷電は散り散りになって飛んでいく。
ミサイルをターゲットとしたかのように、次々と雷の刃が唸りをあげて蹴散らす。切っ先から放たれたそれは、まるで獰猛な獣――雷獣が如く。
本体であるギアに向かわないところを見ると、射程距離外かターゲッティング数の限度なのだろう。一人納得しながらも、眼前で爆発するミサイルの威力に改めて息を呑む。
一件攻守のバランスに優れたギアだが、スピードだけは鈍重な身体で鈍行。それが唯一の救いで、逆にそうでなければかなりの劣勢を強いられていたはず。
「ちょいと焦ったが、これで終わりだ――《壱の太刀・一閃》!!」
全てのミサイルが爆発した豪快なエフェクトを背景に最大の一撃の名を紡ぐ。
自身のいる中空から目標であるギアに向けて、視界が一瞬暗転する中で勝利を呼ぶかのように一筋の赤いアシストラインが現れる。それは、頭頂部にあるヘルムのバイザーのようなものに覆われているクリスタル――云わばコアとも考えられるだろうものへと伸びる。
ミサイルの煙の尾を引きながら上空から滑空するように急降下、次いで剣の間合いに入ると同時逆袈裟を放ちバイザーのようなプロテクターを破壊、二撃目の袈裟斬りで剥き出しになったコアを一刀両断に斬り捨てる。
払い抜ける瞬間、確かな手応えと共に背後から光の粒子が流れて来た。
糸が切れた人形のように動きを停止させたギアは腕を力なくぶら下げ、光の粒子を帯びていた砲口も静寂を取り戻す。ギアのHPバーゼロを示し、ガラスが割れる様に罅が入っては消し飛んだ。
「次は、アースギアにエリアルギアか」
着地と同時に踵を返し、揺らめく黒いコートが視界から消えるとアースギア、その裏にエリアルギアが援護するように控えているのが見える。
アイスギアとの戦闘中に属性レーザーを撃って来たアースギアのそれは、触れたものを石化させているようだ。生憎と、後方に陣取るエリアルギアの撃つレーザーがどういう効果かは判らないのが痛い所ではある。が、圧倒的に戦闘経験値の無い自分にとって、確かに恐るべき武装群だがしかし、パターンが割れたのであれば敵ではない。
「ブリジットに頼まれた材料の数がやたら多いからな。お前らに手古摺ってる暇はねーんだ、サクッと終わらせようぜ」
アースギアが砲身を固定するべく足の爪を大地に突き立てる。そのタイムラグとも呼ぶべき隙を埋めるべくエリアルギアがバーティカルミサイルを発射する。
「連携とはご丁寧にッ……」
舌打ち混じりの台詞を吐きながら迫り来る連装ミサイルに《雷刃》を放つも放たれる数が多過ぎて幾つかが雷の牙を掻い潜る。
そもそもバーティカルミサイルはその発射速度を飛躍的に高める為に開発された武装だというのを、どっかのwikiで見た覚えがある。背面に搭載されている装置の大きさを鑑みても、まだ数回はミサイルの雨が止むことは無い。
頭部のコアを破壊するにはギアの上から攻撃をすることが大前提だが、レーザーを空中で如何にかすることは今の自分には困難を極める。
いい加減大地を踏み抜き、ミサイルを突破するために跳びたいところだがそう出来ない歯痒さが唇を噛み締めさせた。
脳裏にあらゆるシチュエーションを過らせる。
どんなに頑張ったところで躱せない攻撃はある。
雷の刃が届かない、間に合わないミサイル群が容赦なく上空から降り注ぐ。大地を抉り小規模だがしかしクレーターを作るその威力は、流石と言わざるを得ない。直撃は免れたもののHPゲージが僅かに減少している。一弾一弾の威力は少ないものの、多連装ということもあって数発食らうと中々に応えるのは間違いない。
黒く焼け焦げた黒衣を見るも、もう気にする必要は無い。
フィールドを穿ち続けていたミサイルも弾が尽きたのか、もう飛翔する姿は無い。アースギアのレーザーも今しがた撃ち放たれたが、十二分に間に合う。
再び地面を踏み抜き中空へと身を乗り出し反転、真下にいる尚もレーザーを照射し続けているアースギアに向かってギロチンが如く《一閃》でコアを吹き飛ばす。
「これで、ラスト!!」
地面に倒れるよりも早く爆散したギアの向こう側に光を見る。視界を埋め尽くすほどの巨大な光が迫るも酷く落ち着いている自分を何処かで不思議に思いながら、リズムを刻みながらブーツの底で地面を叩く。
雷電を帯びるレーザーの真下を潜り、ガトリングの斉射を避けつつギアへと一直線に突き進む。ミサイルは恐らくさっきので打ち止めの筈だ。なら――
スライディングで股下を潜り抜け、背面のミサイルポッドを足蹴に跳躍、眼下にコアを見下ろす形から渾身の《ハイスラッシュ》を叩き込む。
コアに罅が入り、機体の節々から光が漏れ出せば、数秒も経たないうちに経験値となって掻き消えた。
「一機につき一個ってのが少し面倒だな」
フィールドに転がっているドロップをひょいと掴み取りながら愚痴を一つ。グローブくらいある大きな罅割れた玉は、稼働していたときのものと違い、その輝きは既に失われていた。
ギアがドロップするアイテム【破損したコア】。これが今回依頼された品だ。
それぞれの属性が落とすものによって異なり、微弱だが属性の源を残しているらしい。オレには用途不明だが依頼人曰く、これから戦争が始まったら幾らあっても足りないのだそうだ。
四つのコアを拾い上げカード化して本に仕舞い込む。ブリジットが指定した数はかなり多かった気がするが、正確な数は既に記憶の彼方だ。とはいえ、飽きるまで狩れば依頼分は問題無いだろう。
遠くで奴らの歩く音が聞こえてくる。
四機倒したとはいえ、リポップも早いしそもそも個体数がかなりの数。既に三機が射程圏内で、視界の遠くに確認出来るものが数機。
ノルマよりも戦闘間隔が短い方がダルいくらいだ。これが荒廃前には雑兵のようにいたというのが公式設定だといのうだから、これくらいの数は当然なのだろう。
「ん?」
何故感じたかは言い表すことは出来ないがしかし、確かに感じた違和感に従いその先に視線を移せば、火花を散らすパーティーがこの実験場において異なるものと戦っていた。
なんだあれ、見たことないな。
ギアが闊歩する中にプレイヤーと同じ大きさの人型のモンスター。黒い鎧のようなものに身を包み、否、包んでいる中身に肉体は無く、邪念とでも云うべき靄のようなものがその鎧に沿って人の形を成している。
見る限り複数人で押されているようだ。
プレイヤー側が弱いかどうかは定かではない。が、複数いたパーティーの内一人が爆散して消える。HPゲージをゼロにされ、セーブポイントに戻ったのだろう。
遠目だが、倒されたのは前衛プレイヤーのようで、その鎧は手を緩めることなくプレイヤーたちに凶刃を振り下ろし続ける。前衛ですらやられたモンスターを相手に、後衛プレイヤーだけで何とか出来る筈もない。まだ倒れることなく戦っているものの、数分もしない内に状況は瓦解し、全滅するだろう。
「クソッ……!」
どうこう考える間も無く、身体は曇天の下、機械の墓場を疾駆していた。
「ハァッ……ハァッ……」
身体が思うように動かないし、満足に呼吸すらもままならない。
杖を片手に構え詠唱を始めるが、それをカバーするアイツはもういない。あれだけ堅固なナイトを倒すやつが何だってこんなフィールドにいるんだ。
レベルは満たしてるんだぞ、チクショウ。そう悪態をついたところで戦況は変わらない。イラつく自分を抑えながら、横目で支援魔法を促すがしかし、視線を戻した直後それを後悔する。
支援を掛けようと詠唱を始めたが次の瞬間には大声で悲鳴を上げていた。自分を呑み込む大きな陰に獲物を振り上げる形無き亡霊騎士。弓で射るも、それを妨げるには余りにも無力だったのか、見向きすらせずそれは振り下ろされた。
ナイトにプリースト。レンジャーにウォーロックのオレ。ハイエンドプレイヤーからしたら、耳クソみたいなもんだが、普通のプレイヤーよりかは強い自信はあった。
此処のレベルアベレージもどっこいだし、サイトでの情報収集も怠らなかった。だというのに、何でこんな事になったんだ。
ギアを少しずつ集めては撃破を順調に繰り返していた矢先、突如として現れたそれをアイツが何とか堪えるものの最後は呆気なく屠られた。
なんだコイツは。こんなヤツ情報サイトに何も載ってなかった。禍々しさを通り越して、プレイヤーのような意志さえ感じる。
こんなところで、ソウルをひとつ失うなんてツイてねぇ。
「ちくしょうッ……」
ギロチンに首を落とされる気分ってのは、多分こういうものなんだろうなぁ。先に今回の狩りの清算の準備しとくぞ。
ウォーロックは諦めるように目を瞑り行く。が、次の瞬間には覚醒したかのように瞼を上げ、瞳はそれを追い駆けるようにして捉えていた。
「おっと、そこまでだぁッ……!」
視界の端に割って入った一つの陰。黒い鎧にコートを纏うグラディエーターらしき男だ。
振り下ろされたギロチンはナイトですら防げなかったというのに、その男は細見の大剣一つで遮って見せる。
「お前、まさか……」
銀髪に大剣。いつか見た《AGI》を地で行くプレイヤーが脳裏に過る。
晒しスレ以外でもその名前を知らぬものはいないくらいに、ある意味で名の知れたプレイヤー。
ネットゲームで名を馳せた男の名は――
「ん、オレか?オレぁアルマだよ」
恥ずかしそうにそう呟く男の背中は、何故かヒーローのように頼もしかった。