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第7話 二人で可愛くなる予定だったのに

「健人! 来年、二人でセーラーになろうぜ!」


十二月の夜、学ラン寮の談話室。


森川翔は、制服の希望調査票を広げながら、嬉しそうに言った。


向かいに座る長谷川健人は、思わず顔を上げた。


「……いきなり何?」

「だって、せっかくじゃん!」


翔は、調査票のセーラー組に大きく丸をつけた。


「俺ら、今年ずっと学ランだっただろ? 二年になったら、二人でセーラー着てみようぜ!」


健人は、自分の調査票へ目を落とした。


セーラー組。


学ラン組。


二つの選択肢が並んでいる。


実は、健人もセーラー組を選ぼうと思っていた。


黒い詰襟の学ランは気に入っている。


けれど、セーラー装にもずっと興味があった。


白い襟に、淡い青のリボン。濃紺のプリーツスカート。


廊下ですれ違うセーラー組の男子たちは、それぞれ少しずつ着こなしが違う。


リボンを大きく結ぶ男子もいれば、すっきりした形に整える男子もいる。


髪型によっても印象が変わる。


健人は、そういう細かな工夫を見るのが好きだった。


自分なら、どんな結び方が似合うだろう。


鏡の前で、いろいろ試してみたい。


そんなことを、以前から考えていた。


そして、できれば。


「……お前と一緒に?」


健人が尋ねると、翔はにっこり笑った。


「もちろん!」


翔は、椅子から身を乗り出した。


「二人で同じ制服着て、写真撮ろうぜ!」


健人は、少し考えた。


「……同じセーラー組なら、公式ペアには登録できないぞ」

「知ってるって!」


翔は、あっさり答えた。


二人は、一年生の春から付き合っている。


今はどちらも学ラン組なので、公式ペアには登録できない。


けれど、二人にとって、それは大きな問題ではなかった。


同じ寮で暮らし、毎朝一緒に登校している。


休みの日も、よく二人で出かける。


恋人として過ごすことに、学校の登録は必要ない。


「それよりさ、健人のセーラー姿、見たい!」


健人は、思わず顔を上げた。


「……俺の?」

「うん! 絶対似合うって!」


健人は、少しだけ頬が熱くなった。


「……そうかな」

「そうだよ! 健人、顔きれいだし!」


翔は、何でもないように言った。


健人は、思わず視線をそらした。


「……そういうこと、普通に言うなよ」

「恋人なんだから、いいじゃん!」


翔は、にっと笑った。


健人も、つられて笑ってしまった。


翔は昔からこうだ。


面白そうなことを見つけると、すぐにやってみたがる。


初めて二人で出かけた休日も、健人が予定していた店を三軒回るはずが、途中で見つけた雑貨屋に入ってしまった。


そのせいで最後の店には行けなかったけれど、二人で選んだおそろいのキーホルダーは、今も鞄についている。


健人は、鞄の持ち手に揺れるキーホルダーを見た。


それから、翔へ目を戻す。


「……俺も、セーラーにしようかな」


翔の顔が、ぱっと明るくなった。


「マジ!?」

「うん。もともと着てみたかったし」


「やった!」


翔は、机の上へ身を乗り出した。


「じゃあ、二人で可愛くなろうぜ!」


健人は、思わず吹き出した。


「……何だよ、その目標」

「いいじゃん!」


翔は、嬉しそうに笑った。


健人も、調査票のセーラー組に丸をつけた。


それから、少し照れながら言った。


「……まあ、俺も可愛くなってみたいし」


翔が、ぴたりと動きを止めた。


「……健人」

「何?」


「今の、もう一回言って」


健人は、目を丸くした。


「……何で?」


翔が、にやっと笑った。


「可愛いって言われたいんだ?」


健人は、慌てて調査票を伏せた。


「……別に、そういうわけじゃ」

「俺に?」


健人は、返事に詰まった。


翔は、楽しそうに笑っている。


健人は、少しだけ俯いた。


「……お前に、言われたら嬉しいけど」


翔が、満面の笑みになった。


「よし! いっぱい言ってやる!」

「……お前な」


健人は、顔をそらした。


でも、嬉しかった。


翔に可愛いと言われる自分。


二人ともセーラー服を着て、並んで笑っている写真。


健人は、まだ見たことのない春を想像した。


****


その日の夜。


二人は、談話室の机に一冊のノートを広げていた。


健人が普段から使っている予定管理用のノートだった。


「じゃあ、来年の計画を立てるぞ」


健人がペンを持つと、翔は嬉しそうに身を乗り出した。


「おっ、いいじゃん!」

「まず、制服の希望」


「二人ともセーラー!」


健人は、ノートに書き込んだ。


『二年生・二人のやりたいこと』


その下に、項目を並べる。


『① 二人でセーラー服を着る』

『② おそろいのリボンで写真を撮る』

『③ 同じ寮で、今までどおり一緒に過ごす』


翔が、横からのぞき込んだ。


「あとさ、可愛いって言い合う!」


健人の手が止まった。


「……何?」

「だから、毎日可愛いって言い合う!」


健人は、少し考えた。


「……毎日?」

「うん!」


「それ、予定表に入れることか?」

「大事じゃん!」


翔は、真剣な顔だった。


健人は、とうとう笑ってしまった。


「……わかったよ」


四つ目の項目を書く。


『④ 毎日一回、可愛いと言い合う』


翔は、満足そうにうなずいた。


「よし!」


健人は、ノートを見直した。


四つ並んだ項目。


どれも、考えるだけで楽しそうだった。


ただし、まだ確定したわけではない。


「……一月に正式申請を出して、希望者が定員を超えたら二月に抽選。結果がわかるのは三月だ」


翔は、うなずいた。


「知ってるって!」

「二人とも希望が通るとは限らないからな」


「うん!」


翔は、少しだけ考えた。


それから、にっこり笑った。


「でもさ、まず希望出さないと始まらないじゃん!」


健人は、思わず笑った。


確かに、そのとおりだった。


「……そうだな」


翔は、健人の手を取った。


「二人で可愛くなろうな!」


健人は、少し照れながら握り返した。


「……うん」


予定が全部叶ったら、どんな一年になるだろう。


健人は、ノートの最初の項目をもう一度見た。


『二人でセーラー装を着る』


その文字を見ているだけで、胸が弾んだ。


****


二月。


セーラー組の希望者が定員を超え、抽選が行われることになった。


一月には、二人ともセーラー組への正式な希望を提出している。


健人は、掲示板の前で足を止めた。


「……やっぱり抽選か」


隣の翔も、案内を見上げていた。


「結構人気なんだな!」

「……そうだな」


健人は、鞄に入れたノートのことを思い出した。


二人でセーラー服を着る。


おそろいのリボンで写真を撮る。


同じ寮で過ごす。


できれば、全部叶えたかった。


「健人」


翔が、横から顔をのぞき込んだ。


「そんな難しい顔すんなって!」


健人は、少し笑った。


「……いや、予定が変わるかもしれないだろ」

「そりゃそうだけどさ」


翔は、にっと笑った。


「結果が出るまでは、二人ともセーラーになれるつもりでいようぜ!」


健人は、少し考えた。


それから、ゆっくりうなずいた。


「……そうだな」


翔は、嬉しそうに笑った。


健人も笑った。


二人は、三月の結果を待つことにした。


****


三月。


結果通知が届いた日の夕方。


健人は、自室の机で封筒を開いた。


通知を取り出し、目を通す。


『セーラー組への希望は不承認となりました。二年生は学ラン組への所属となります』


健人は、しばらく動けなかった。


もう一度読む。


結果は変わらなかった。


「……落ちた」


声に出すと、少しだけ実感が湧いた。


来年も学ラン。


セーラー服は着られない。


健人は、机の上に置いていたノートを開いた。


『二年生・二人のやりたいこと』


最初の項目。


『① 二人でセーラー服を着る』


そこを、じっと見つめる。


翔と一緒に着たかった。


それだけではない。


自分も着たかった。


鏡の前でリボンを結んで、どんな形が似合うか試したかった。


スカートをきれいに着こなして、翔と並んでみたかった。


そして。


(……翔に、可愛いって言ってもらいたかったな)


健人は、そっとノートを閉じた。


そのとき、スマホが鳴った。


翔からだった。


『健人! 結果来た!』


健人は、少し迷ってから返信した。


『俺も来た』


すぐに返事が届く。


『俺、セーラーだった!』


健人は、画面を見つめた。


翔は希望が通った。


よかった。


本当に、そう思った。


でも、胸の奥が少しだけ痛んだ。


『おめでとう』


そう送ると、すぐに返信が来た。


『健人は!?』


健人は、短く答えた。


『落ちた』


少し間があった。


スマホが鳴る。


翔からの電話だった。


「……翔」

『健人! マジか……』


「……うん。来年も学ラン」


電話の向こうが、少し静かになった。


健人は、机の上の通知を見た。


「……予定と違うんだけど」


思わず、いつもの口癖が出た。


翔は、すぐには答えなかった。


やがて、少しだけ明るい声になった。


『……でもさ!』

「……何?」


『俺がセーラーで、健人が学ランなら、公式ペアになれるじゃん!』


健人は、目を丸くした。


確かに、そのとおりだった。


二人とも学ランだった一年生の間は、公式ペアに登録できなかった。


でも、来年は制服が違う。


登録資格ができる。


「……ああ。そうだな」


健人は、少し笑った。


翔も、嬉しそうに続ける。


『これ、結構いいじゃん!』

「……うん」


でも、翔はすぐに言葉を止めた。


『……あ』


健人は、少し首をかしげた。


「……翔?」

『……俺、今、順番間違えた』


「……何が?」


翔は、少しだけ声を落とした。


『健人、セーラー着たかったんだよな』


健人は、返事に詰まった。


『俺とおそろいにしたいって言ってたし。リボンも楽しみにしてたじゃん』

「……うん」


『なのに、俺だけ先に喜んじゃった』


健人は、しばらく黙った。


翔が嬉しそうなのは、嫌ではなかった。


希望が通ったことも、嬉しかった。


でも、自分が落ちたことまで、よかったことにはしたくなかった。


健人は、ゆっくり息を吐いた。


「……翔」

『うん』


「俺、お前がセーラーになれて嬉しいよ」

『……うん』


「公式ペアになれるのも、嬉しい」


翔は、静かに聞いている。


健人は、ノートの表紙に指を置いた。


「……でも、やっぱり俺も着たかった」


言うと、胸の奥が少しだけ痛んだ。


翔は、すぐに返事をしなかった。


健人は続けた。


「二人でおそろいにするの、楽しみだったし」

『……うん』


「自分でも、似合うか試してみたかった」

『……うん』


「……結構、がっかりしてる」


言ってしまうと、少し恥ずかしかった。


いつもは、予定が変わっても次の手順を考える。


できなくなったことがあれば、別の方法を探す。


でも、今回ばかりは、すぐに切り替えられなかった。


電話の向こうから、翔の声がした。


『……そっか』


健人は、目を閉じた。


翔は、少しだけ間を置いて続けた。


『俺も、健人のセーラー姿見たかった』


健人は、顔を上げた。


「……翔?」

『二人で並んで写真撮るの、めっちゃ楽しみだった』


健人は、胸がぎゅっとした。


翔も、同じ予定を楽しみにしてくれていたのだ。


『だから、残念だな』


健人は、少しだけ笑った。


「……うん」

『でもさ、健人』


「何?」

『四月になったら、俺のセーラー姿も見てくれる?』


健人は、目を丸くした。


翔は続けた。


『最初に、健人に見せたいんだ』


健人は、胸が温かくなった。


翔は、いつも前向きだ。


予定が変わっても、すぐに新しい楽しみを見つける。


でも、健人が残念だったことまで、消そうとはしなかった。


「……もちろん」


健人が答えると、翔は嬉しそうに笑った。


『やった!』


健人も、つられて笑った。


『それでさ』

「……うん」


『俺たちの写真も撮ろうぜ』


健人は、少し考えた。


「……おそろいじゃないぞ」

『知ってるって!』


翔は、明るい声で答えた。


『今の俺たちの写真!』


健人は、ノートを見た。


二人でセーラー服を着る。


おそろいのリボンで写真を撮る。


その予定は、叶わなかった。


でも、違う制服を着た二人の写真なら撮れる。


健人は、少しだけ笑った。


「……うん。撮ろう」

『よし!』


翔は、嬉しそうに笑った。


健人も笑った。


電話を切ったあと、健人はノートを開いた。


最初の項目の横に、何か書こうとしてペンを止めた。


『① 二人でセーラー服を着る』


まだ、叶っていない。


健人は、その項目を消さなかった。


代わりに、ページの余白へ小さく書き足した。


『翔のセーラー姿を、一番近くで見る』


それから、少し考えて、もう一つ。


『今年の二人の写真を撮る』


健人は、ノートを見つめた。


予定は変わった。


でも、全部が終わったわけではない。


そう思うと、少しだけ春が楽しみになった。


****


四月。


二年生の始業式。


健人は、学ラン寮の入口で翔を待っていた。


去年まで、二人は同じ寮から登校していた。


今年からは、翔がセーラー寮へ移っている。


待ち合わせ場所も変わった。


健人は、腕時計を確認した。


約束の時刻まで、あと三分。


すると、少し離れたところから声がした。


「健人ー!」


顔を上げる。


翔が、こちらへ駆けてきた。


健人は、思わず息をのんだ。


翔が、セーラー服を着ている。


濃紺の上着。


白い襟。


淡い青のリボン。


きれいに揺れるプリーツスカート。


見慣れた学ラン姿とは、まるで違った。


翔は、もともと表情が明るく、よく笑う男子だ。


少し長めの髪も、柔らかな顔立ちによく似合っている。


その翔がセーラー服を着ると、想像以上に可愛かった。


「健人!」


翔が目の前に立った。


「どうよ!」


両手を広げ、くるっと回る。


スカートのひだが軽く広がった。


健人は、しばらく言葉を失った。


「……健人?」


翔が、不思議そうに首をかしげる。


健人は、ようやく口を開いた。


「……可愛い」


翔が、ぱっと笑った。


「マジ!?」

「……うん。すごく似合ってる」


健人は、もう一度翔を見た。


白い襟も、リボンも、全部似合っている。


何より、翔が嬉しそうなのがよかった。


翔は、得意げに胸を張った。


「やった!」


それから、リボンを指さした。


「これ、朝からめっちゃ頑張った!」


健人は、胸元を見た。


結び目は少し大きかったが、きれいに形が整っている。


「……上手じゃん」


翔が、ぱっと笑った。


「だろ!」


健人は、思わず笑った。


「……何回くらい結び直した?」

「七回!」


「……頑張ったな」

「大変だった!」


翔が笑う。


健人も笑った。


本当は、自分もあのリボンを結びたかった。


冬休みには、結び方を調べたこともある。


鏡の前で試してみたかった。


その気持ちは、今も残っている。


でも、今は翔の姿を見るのも嬉しかった。


「……なあ、翔」

「何?」


「写真、撮っていい?」


翔が、目を丸くした。


それから、満面の笑みになった。


「もちろん!」


健人はスマホを取り出した。


翔が、にっこり笑ってポーズを取る。


健人は、少しだけ考えた。


「……ちょっとだけ、こっち向いて」

「こう?」


「うん。白い襟がきれいに見えるから」


翔が、嬉しそうに笑った。


健人は、シャッターを切った。


画面には、セーラー服姿の翔が写っていた。


明るい笑顔。


きれいな白い襟。


淡い青のリボン。


健人は、少しだけ笑った。


「……いい写真」


翔が、横からのぞき込む。


「うわ! めっちゃ可愛い!」

「……自分で言うのか」


「だって、可愛いじゃん!」


健人は、とうとう笑ってしまった。


そのあと、翔が健人の前に立った。


「……なあ、健人」

「何?」


「俺も撮りたい!」


健人は、目を丸くした。


「……俺を?」

「そう!」


翔は、にっこり笑った。


「今日の健人も撮らせて!」


健人は、自分の学ランを見下ろした。


去年と同じ制服。


黒い詰襟。


銀色のボタン。


特別な工夫はしていない。


「……俺、去年と同じだぞ」


翔は、少し首をかしげた。


「でも、二年生になっただろ?」


健人は、顔を上げた。


翔は、楽しそうに続けた。


「それに、俺は今日の健人も好きだよ!」


健人は、少しだけ頬を赤くした。


「……お前な」


翔は、スマホを構えた。


「ほら、撮るぞ!」


健人は、少し照れながら立った。


翔が笑う。


「もっと笑って!」

「……これでいいだろ」


「いつも俺と話してるときみたいに!」


健人は、思わず笑った。


「……何だよ、それ」


その瞬間。


シャッター音が鳴った。


翔は、画面を見て満足そうにうなずいた。


「……よし!」


健人ものぞき込む。


そこには、学ラン姿の自分が写っていた。


少し笑っている。


普段、自分ではあまり撮らない表情だった。


「……悪くないな」


翔が、にっと笑った。


「だろ!」


それから、健人の顔を見た。


「健人、格好いい!」


健人は、少し照れた。


「……ありがとう」


翔は、さらに続けた。


「あと、可愛い!」


健人は、思わず顔を上げた。


「……そっちも?」

「うん!」


翔は、楽しそうに笑った。


「さっきの笑った顔、可愛かった!」


健人は、返事に詰まった。


本当は、セーラー服を着て可愛いと言われたかった。


その気持ちは変わらない。


でも、今の自分を見て、翔が可愛いと言ってくれることも嬉しかった。


健人は、少しだけ笑った。


「……そうかよ」


翔が、にっこり笑った。


「そうだよ!」


二人は、顔を見合わせて笑った。


健人は、今日撮った写真をもう一度見た。


翔のセーラー姿。


自分の学ラン姿。


おそろいではない。


でも、どちらも嬉しそうだった。


予定していた春とは違う。


それでも、悪くない春だった。


****


新年度の公式ペア登録は、始業式の数日後だった。


健人と翔は、並んで受付へ向かった。


セーラー組、森川翔。


学ラン組、長谷川健人。


申請書に二人の名前を書く。


健人は、記入した内容を確認した。


氏名。


学年。


所属。


二人の情報に間違いはない。


「……よし」


健人がペンを置くと、翔が横からのぞき込んだ。


「終わった?」

「うん」


「じゃあ、出そうぜ!」


健人は、もう一度書類を見た。


翔が、思わず笑う。


「健人、もう確認したじゃん!」

「……念のため」


「大丈夫だって!」


健人は、少し笑った。


「……わかったよ」


二人で申請書を提出した。


受付の生徒が、内容を確認してくれる。


「はい、登録できました」


翔が、ぱっと笑った。


「やった!」


健人も笑った。


「……これで公式ペアだな」


翔が、健人の肩を抱いた。


「そう! 恋人で公式ペア!」


健人は、少し頬を赤くした。


「……声、大きい」


翔は、楽しそうに笑った。


「いいじゃん!」


健人は、少し考えた。


恋人であることは、前から変わらない。


公式ペアになったから、二人の気持ちが変わるわけでもない。


それでも、学校の制度でも二人の名前が並ぶのは、少し特別な感じがした。


翔が、健人の手を握った。


「なあ、健人」

「何?」


「これから、公式ペアの行事も一緒に出られるな!」


健人は、少し笑った。


「……うん」


翔は、にっと笑った。


「楽しみ!」


健人も笑った。


「……俺も」


それから、翔が少しだけ真面目な顔になった。


「……でもさ」

「何?」


「おそろいのセーラー、まだ諦めてないからな!」


健人は、目を丸くした。


翔は、にっこり笑った。


「来年、また一緒に希望出そうぜ!」


健人は、少しだけ考えた。


来年も抽選になるかもしれない。


どちらかの希望が通らないこともある。


今から結果を決めることはできない。


でも、もう一度希望を出すことはできる。


「……そうだな」


健人は、ゆっくりうなずいた。


「俺も、まだ着てみたいし」


翔が、ぱっと笑った。


「よし!」


健人も笑った。


叶わなかった予定を、無理に忘れる必要はない。


また、二人で相談すればいい。


そんなことを考えながら、二人は受付をあとにした。


****


九月。


自然観察実習が近づいてきた。


二年生の選択授業で行われる、自然公園での校外実習だ。


異なるクラスの生徒も合同で参加できる。


自然観察。


景観の記録。


植物の調査。


実習記録の提出。


健人は、寮の談話室で資料を広げていた。


自然公園の案内図。


実習の行程表。


観察ポイントの一覧。


その横には、いつもの予定管理ノート。


翔が、隣からのぞき込んだ。


「……うわ、すげえ」


健人は顔を上げた。


「……何が?」

「めっちゃ細かい!」


翔は、楽しそうに笑った。


健人は、少しだけ得意になった。


「現地で迷わないように、順番を確認しておいたんだ」

「さすが!」


健人は、案内図を指さした。


「まず、入口から水辺の観察地点へ行く」

「うん!」


「そのあと、遊歩道の橋を渡って、林の観察区域」

「いいじゃん!」


「最後は、広場で写真を撮って、集合場所へ戻る」


翔は、案内図をじっと見ていた。


「……なあ、健人」

「何?」


「ここ、見晴らし台って書いてある」


健人は、案内図を見た。


確かに、少し離れた場所に見晴らし台がある。


「……そこは、今回の指定コースから外れるな」

「景色よさそうじゃん!」


「でも、自由にコースを変えられる実習じゃないぞ」


翔は、少し考えた。


それから、にっと笑った。


「じゃあ、いつか休みの日に二人で行こうぜ!」


健人は、思わず笑った。


「……それならいいな」


翔も笑った。


「写真いっぱい撮ろう!」


健人は、うなずいた。


「……うん」


最近、二人はよく写真を撮るようになっていた。


春には、制服が変わった記念写真を撮った。


夏には、休日に出かけた街の景色を撮った。


同じ場所で、同じものを見ても、二人が気に入るところは少し違う。


翔は、面白そうなものを見つけるのが早い。


健人は、光の当たり方や背景を確かめて、きれいに写る角度を探すのが好きだった。


二人で撮った写真を見比べるのも、楽しかった。


健人は、何となくノートの古いページを開いた。


去年の十二月に書いた、二人のやりたいことリスト。


『① 二人でセーラー服を着る』


最初の項目には、まだ印がついていない。


二つ目の、


『② おそろいのリボンで写真を撮る』


も、そのままだった。


三つ目の、


『③ 同じ寮で、今までどおり一緒に過ごす』


も、予定どおりにはならなかった。


その下には、三月に書き足した項目がある。


『翔のセーラー姿を、一番近くで見る』


こちらには、春の日付と丸がついていた。


『今年の二人の写真を撮る』


これにも、丸がついている。


健人は、少しだけ笑った。


翔が、横からのぞき込んだ。


「……あれ?」


健人は、顔を上げた。


「何?」


翔は、四つ目の項目を指さした。


『④ 毎日一回、可愛いと言い合う』


「これ、まだ丸つけてないじゃん!」


健人は、思わず笑った。


「……毎日言ってるだろ」

「でも、チェックしてない!」


健人は、少し考えた。


それから、ペンを持った。


項目の横に、


『継続中』


と書き込む。


翔が、目を丸くした。


「……あれ? 丸じゃないの?」

「毎日だからな。今日だけで終わりじゃないだろ」


翔は、しばらく健人を見ていた。


それから、満面の笑みになった。


「……それ、いいじゃん!」


健人も笑った。


翔は、健人の顔をじっと見た。


「じゃあ、今日の分!」


健人は、少し首をかしげた。


「……何?」


翔が、にっこり笑った。


「健人、今日も可愛い!」


健人は、思わず目をそらした。


「……また急に」

「毎日言うって決めたじゃん!」


健人は、少し笑った。


それから、隣の翔を見た。


今日の翔は、リボンを少し大きめに結んでいた。


白い襟がきれいに整っている。


隣で嬉しそうに笑う姿が、よく似合っていた。


「……翔も可愛いよ」


翔が、ぱっと笑った。


「やった!」


健人も笑った。


翔は、ノートの文字をもう一度見た。


『継続中』


「……なあ、健人」

「何?」


「これ、来年も続けような!」


健人は、少しだけ顔を赤くした。


「……制服、どっちになっても?」


翔は、当たり前のようにうなずいた。


「もちろん!」


健人は、胸が温かくなった。


「……そうだな」


二人は、顔を見合わせて笑った。


****


十月。


自然観察実習当日。


朝から空はよく晴れていた。


健人と翔は、校門前で集合した。


翔は、いつもより少しだけリボンをふんわり結んでいる。


健人は、その姿を見て笑った。


「……今日、気合い入ってるな」


翔が、にっと笑った。


「せっかくじゃん!」


健人も笑った。


「……そうだな」


学校からバスに乗り、自然公園へ向かう。


到着すると、担当教員から実習の説明があった。


決められた観察地点を回ること。


移動は指定された遊歩道を使うこと。


写真は記録用として撮影してよいこと。


集合時刻を守り、勝手に列から離れないこと。


健人は、説明を聞きながらノートへ書き込んだ。


翔が、隣からのぞき込む。


「相変わらず真面目だな!」


健人は、少し笑った。


「……後で困らないように」

「頼りにしてる!」


翔が、にっこり笑う。


健人も笑った。


実習が始まると、二人はほかの生徒たちと一緒に園内を歩いた。


最初の観察地点は、水辺だった。


川沿いには、背の高い草が揺れている。


健人は、観察用のノートを開いた。


植物の特徴。


葉の形。


生えている場所。


順番に記録していく。


隣では、翔が嬉しそうに写真を撮っていた。


「健人! これ見て!」


健人が顔を上げる。


翔のスマホには、小さな花が写っていた。


「……きれいだな」

「だろ!」


健人は、花の形を確かめた。


「……これ、観察記録にも使えそうだな」


翔が、ぱっと笑った。


「マジ!?」

「うん。場所もわかるように、もう一枚撮っておこう」


「よし!」


翔は、少し離れたところから周囲の景色も写した。


健人は、その様子を見ながら笑った。


翔は、面白いものを見つけるのがうまい。


自分が見落としていたものにも、すぐに気づく。


健人は、そんな翔と一緒に歩くのが好きだった。


水辺での観察を終え、次の地点へ向かう。


健人は、案内図を確認した。


「……この先の橋を渡れば、林の観察区域だ」


翔が、前方を見た。


「あれ?」


健人も顔を上げた。


橋の入口に、柵が置かれている。


『橋梁点検のため通行止め』


健人は、足を止めた。


「……え?」


担当教員が案内板を確認し、管理事務所へ連絡を取った。


どうやら、急な点検で通行止めになったらしい。


教員は、実習の参加者たちへ説明した。


「橋は渡れません。ここから先は、管理事務所が案内している見晴らし台経由の遊歩道へ変更します。観察内容も一部変更しますので、班ごとにまとまって移動してください」


健人は、手元の行程表を見た。


橋を渡る。


林の観察区域へ行く。


広場で写真を撮る。


そこまで、順番を決めていた。


でも、橋は渡れない。


予定していた観察も、一部できなくなった。


健人は、思わず呟いた。


「……いや、予定と違うんだけど」


隣で、翔が顔を上げた。


「……健人」

「……何?」


翔は、少しだけ笑った。


「見晴らし台、行けるって!」


健人は、案内図を見た。


九月に、翔が行きたいと言っていた場所だった。


「……ああ」

「せっかくじゃん!」


翔が、にっと笑った。


「行ってみようぜ!」


健人は、少し考えた。


行きたかった観察区域は、今回は回れないかもしれない。


せっかく準備した行程表も、使えなくなった。


でも、先生が案内してくれる別の道がある。


翔が見たかった景色も、その先にある。


健人は、ゆっくりうなずいた。


「……そうだな」


そして、ノートを開いた。


予定していた行程の横に、小さく書き込む。


『橋:通行止め』


『見晴らし台経由に変更』


翔が、隣からのぞき込んだ。


「……おお!」


健人は、少し笑った。


「……じゃあ、こっちの道で観察できるものも記録しよう」


翔が、ぱっと笑った。


「いいじゃん!」


二人は、ほかの生徒たちと一緒に歩き始めた。


****


見晴らし台へ続く遊歩道は、緩やかな上り坂だった。


木々の間から、秋の光が差し込んでいる。


足元には、色づき始めた落ち葉が散っていた。


翔は、楽しそうに辺りを見回している。


「健人! こっち、めっちゃきれい!」


健人が顔を上げると、木の枝の間から遠くの山並みが見えた。


「……本当だ」


翔は、スマホを構えた。


健人も、景色を撮った。


予定表にない場所だった。


でも、思っていたよりずっときれいだった。


途中、健人は遊歩道の脇に並んだ木々に気づいた。


日当たりのよい場所では葉が赤くなり、木陰の葉はまだ緑色が残っている。


「……翔、ちょっと待って」


翔が振り向く。


「何?」


健人は、二本の木を指さした。


「同じ種類なのに、色づき方が違う」


翔は、目を丸くした。


「……本当だ!」

「観察記録に使えそうだな」


翔が、すぐにスマホを構えた。


「じゃあ、写真撮っとく!」


健人は、植物の位置と葉の色をノートに書き込んだ。


もともとの予定にはなかった観察だった。


でも、ちゃんと記録に残せる発見があった。


健人は、少しだけ嬉しくなった。


さらに歩くと、道が開けた。


見晴らし台だった。


その先には、広い空が広がっていた。


眼下には、川がゆっくり流れている。


遠くに山並み。


手前には、秋の色に染まり始めた木々。


光を受けた川面が、きらきら輝いていた。


「……うわ」


健人は、思わず声を漏らした。


翔が、隣で笑った。


「すげえだろ!」


健人は、ゆっくりうなずいた。


「……うん」


案内図では、ただの見晴らし台だった。


今回の観察地点ではないと思い、予定から外していた場所。


でも、実際に来てみると、想像していたよりずっときれいだった。


「……すごいな」


健人が言うと、翔は嬉しそうに笑った。


「だろ!」


教員から、休憩と写真記録の時間が与えられた。


生徒たちは、それぞれ景色を撮り始める。


健人もスマホを取り出した。


すると、翔が少し先へ歩いていった。


「健人! 俺、ここで撮って!」


健人は、顔を上げた。


翔が、見晴らし台の手すりから少し離れた場所で、こちらを向いている。


白い襟。


淡い青のリボン。


濃紺のプリーツスカート。


その向こうには、青い空と山並み。


翔が、にっこり笑った。


「どう!?」


健人は、思わず息を止めた。


可愛い。


セーラー服が似合うのは、もう知っている。


毎朝、一緒に登校している。


リボンの結び方も、翔なりに工夫するようになった。


でも、今。


秋の光の中で笑っている翔は、いつもよりずっと可愛く見えた。


健人は、スマホを構えた。


「……翔、もう少し右」

「こう?」


「うん。そこでいい」


翔は、にっと笑った。


「撮って!」


健人は、シャッターを切った。


画面を確認する。


青い空。


遠くの山。


そして、真ん中で笑っている翔。


健人は、少しだけ笑った。


「……すごくいい」


翔が、駆け寄ってくる。


「見せて!」


健人がスマホを渡すと、翔は目を輝かせた。


「うわ! めっちゃ可愛い!」


健人は、思わず笑った。


「……うん」


翔は、画面を見つめていた。


それから、健人の顔を見た。


「……なあ、健人」

「何?」


「次、健人!」


健人は、目を丸くした。


「……俺?」

「そう!」


翔は、スマホを持ち上げた。


「同じ場所で撮ろうぜ!」


健人は、自分の学ランを見下ろした。


黒い詰襟。


いつもの制服。


翔の白い襟と淡い青のリボンが、まだ目に残っている。


健人は、少しだけ迷った。


本当は、自分もセーラー服でここに立ってみたかった。


翔と同じリボンを結んで、同じ景色を背に写真を撮りたかった。


三月の通知を見たときの残念な気持ちが、少しだけよみがえった。


「……健人?」


翔が、顔をのぞき込んだ。


健人は、少し笑った。


「……俺、セーラーじゃないし」


翔は、しばらく健人を見つめていた。


それから、静かに言った。


「……うん」


健人は、少し驚いた。


翔は、いつものようにすぐ「関係ない」とは言わなかった。


「俺もさ」


翔が続けた。


「健人とおそろいで撮りたかったよ」


健人は、顔を上げた。


翔は、少しだけ笑った。


「今日だって、二人ともセーラーだったら、もっと楽しかったかもしれない」


健人は、静かに聞いていた。


翔は続けた。


「でも、俺、今日の健人の写真も欲しい」

「……今日の?」


「うん」


翔は、まっすぐ健人を見た。


「今ここにいる健人」


健人は、何も言えなかった。


翔は、にっこり笑った。


「来年セーラーになれたら、そのときも撮ろうぜ!」


少し間を置いて、続ける。


「でも、今日の写真は今日しか撮れないじゃん!」


健人は、しばらく翔を見つめていた。


その言葉が、胸に残った。


セーラー服を着た自分の写真は、まだ撮れていない。


でも、今の自分が翔とここに来たことは、本当だった。


予定になかった景色を見て、きれいだと思った。


翔のセーラー姿を撮って、可愛いと思った。


その全部が、今日の自分だった。


健人は、ゆっくり笑った。


「……わかった」


翔が、ぱっと笑った。


「やった!」


健人は、さっき翔が立っていた場所へ向かった。


見晴らし台の景色を背にする。


翔が、スマホを構える。


「健人! もうちょっと右!」


健人は、少し笑った。


「……こう?」

「うん!」


翔は、画面を確認した。


それから、顔を上げる。


「……健人」

「何?」


「俺のほう見て!」


健人は、思わず笑った。


「……カメラ見てるだろ」

「カメラじゃなくて、俺!」


健人は、顔を上げた。


スマホを構える翔が、嬉しそうに笑っている。


その顔を見たら、健人も笑ってしまった。


シャッター音が鳴った。


「……撮れた!」


翔が、嬉しそうに駆け寄ってくる。


健人は、画面をのぞき込んだ。


そこには、学ラン姿の自分が写っていた。


いつもより、ずっと楽しそうに笑っている。


健人は、思わず声を漏らした。


「……あ」


翔が、にっと笑った。


「どうよ!」


健人は、写真を見つめた。


「……いいな」


翔が、満足そうにうなずく。


「だろ!」


それから、健人の顔を見た。


「……健人、可愛い」


健人は、目を丸くした。


「……また?」


翔が、にっこり笑った。


「うん!」


健人は、もう一度写真を見た。


楽しそうに笑っている自分。


少し照れくさかった。


でも、嬉しかった。


「……俺さ」


健人は、小さく言った。


翔が顔を上げる。


「ん?」


健人は、少しだけ迷った。


でも、今日は言ってみたかった。


「……本当は、俺も可愛いって言われたかったんだ」


翔が、静かに健人を見た。


健人は、顔が熱くなるのを感じながら続けた。


「セーラー着て、リボン結んで。お前と並んで」


翔は、黙って聞いている。


健人は、少しだけ笑った。


「……俺も、可愛くなりたかった」


言ってしまうと、恥ずかしかった。


でも、胸の奥が少し軽くなった。


翔は、少しだけ考えた。


それから、健人の隣に立った。


「……健人」

「何?」


「俺、健人のセーラー姿、まだ見たいよ」


健人は、顔を上げた。


翔は、まっすぐこちらを見ていた。


「だから、来年また希望出したら、応援する」


健人は、ゆっくりうなずいた。


「……うん」


翔は、少し笑った。


「でもさ、今の健人もめっちゃ好き」


健人の胸が、高鳴った。


「……学ランでも?」

「うん!」


翔は、楽しそうに笑った。


「格好いいし、可愛いし!」


健人は、少しだけ笑った。


「……両方?」

「両方!」


翔は、満足そうにうなずいた。


「さっきの写真なんか、特に可愛い!」


健人は、思わず目をそらした。


「……お前な」


翔が、にやっと笑う。


「照れてる?」

「……うるさい」


翔は、声を出して笑った。


健人も、つられて笑ってしまった。


そして、もう一度写真を見た。


学ラン姿の自分。


翔に笑いかけている自分。


悪くなかった。


むしろ、この写真は結構気に入っていた。


健人は、少しだけ考えた。


それから、翔を見た。


「……なあ、翔」

「何?」


「二人でも撮ろう」


翔が、ぱっと笑った。


「もちろん!」


近くにいたクラスメイトに頼み、二人の写真を撮ってもらうことにした。


翔は、健人の隣へ立った。


「もっと寄ろうぜ!」


健人は、少し笑った。


「……うん」


翔の肩へ、そっと腕を回す。


翔も、嬉しそうに健人へ寄りかかった。


二人の鞄には、おそろいのキーホルダーがついている。


初めての休日に、予定を変えて立ち寄った雑貨屋で買ったものだった。


健人は、それを見て少し笑った。


あの日も、予定どおりにはならなかった。


でも、今もこうして、二人で同じものを持っている。


「はい、撮るよー!」


クラスメイトの声がした。


健人は、翔の肩を抱き直した。


翔も、こちらへ顔を向ける。


目が合う。


翔が、にっこり笑った。


健人も、自然に笑った。


シャッター音が鳴った。


「いい感じ!」


写真を確認すると、二人は並んで笑っていた。


翔はセーラー服。


健人は学ラン。


背景には、予定になかった見晴らし台の景色。


健人は、しばらく写真を見つめていた。


「……これ、いいな」


翔が、嬉しそうに笑った。


「だろ!」


健人は、写真を保存した。


それから、ふと思った。


帰ったら、ノートに書いておこう。


今日、予定していなかったこと。


でも、二人で見つけられたもの。


健人は、スマホをしまった。


「……翔」

「ん?」


「今日、ここに来られてよかった」


翔は、少し驚いた顔をした。


それから、満面の笑みになった。


「……だろ!」


健人も笑った。


二人は、先生の集合の声に応じ、ほかの生徒たちと一緒に見晴らし台をあとにした。


****


自然観察実習から戻った夕方。


健人と翔は、校舎の中庭にいた。


寮へ帰る前に、今日撮った写真を見ていたのだ。


「健人、これ!」


翔が、スマホを差し出す。


画面には、二人で笑っている写真。


健人は、少し笑った。


「……さっきも見ただろ」

「何回見てもいいじゃん!」


翔は、にっと笑った。


健人も笑った。


それから、鞄からノートを取り出した。


「……なあ、翔」

「何?」


「今日の予定、結構変わっただろ」


翔は、うなずいた。


「うん!」

「橋も渡れなかったし、観察する場所も変わった」


「そうだな!」


健人は、九月に作った実習の予定を開いた。


橋を渡る。


林の観察区域へ行く。


広場で写真を撮る。


その横に、今日の実際の記録を書き込んだ。


『橋が通行止め』


『見晴らし台へ変更』


『紅葉の違いを発見』


最後に、もう一つ書き足す。


『二人で、最高の写真が撮れた』


翔が、横からのぞき込んだ。


「……おお!」


健人は、少し照れながら笑った。


「……どう?」


翔は、満面の笑みになった。


「最高!」


健人も笑った。


それから、ノートを閉じた。


「……なあ、翔」

「何?」


「次に出かけるときさ」


健人は、少しだけ考えた。


「行き先だけ、先に決めようかな」


翔が、目を丸くした。


「……え?」

「細かい予定は、現地で決めてもいいかもって」


翔は、しばらく健人を見つめていた。


それから、声を出して笑った。


「……健人がそんなこと言うなんて!」


健人も笑った。


「……たまにはな」


翔は、嬉しそうに健人へ抱きついた。


「じゃあ、次も楽しみだな!」


健人は、その背中へ腕を回した。


「……うん」


しばらく抱き合ってから、翔が顔を上げた。


「……健人」

「何?」


「今日の健人、めっちゃ可愛かった!」


健人の頬が熱くなった。


「……またそれ?」

「何回でも言う!」


健人は、思わず笑った。


翔も笑う。


二人は、顔を見合わせた。


翔の笑顔。


いつもの、明るくて楽しそうな顔。


健人は、その顔が大好きだった。


「……翔」

「何?」


健人は、翔の手を取った。


「今日、ありがとな」


翔が、少し首をかしげる。


「……何が?」

「俺の写真、撮りたいって言ってくれたこと」


翔は、少し驚いた顔をした。


健人は続けた。


「……すごく嬉しかった」


翔の表情が、柔らかくなった。


「……そっか!」


健人は、ゆっくりうなずいた。


「……うん」


それから、少し照れながら笑った。


「……あとさ」

「何?」


「今日、俺もすごく可愛くなれた気がした」


翔が、目を丸くした。


健人は、自分の制服を見下ろした。


いつもの学ラン。


特別な飾りも、リボンもない。


でも、翔に写真を撮ってもらって、可愛いと言ってもらえた。


それが嬉しくて、自然に笑えた。


健人は、翔を見た。


「……お前に、そう思ってもらえたから」


翔は、しばらく健人を見つめていた。


それから、満面の笑みになった。


「……健人!」


勢いよく抱きついてくる。


健人は、少しよろけながら笑った。


「……ちょっと、翔!」

「大好き!」


翔が、嬉しそうに言った。


健人は、胸がいっぱいになった。


「……俺も」


翔が、顔を上げる。


健人は、その頬にそっと触れた。


「……大好きだよ」


翔は、嬉しそうに笑った。


健人は、自然に顔を近づけた。


翔も、少し背伸びをする。


唇が、軽く触れた。


いつもの、優しいキスだった。


健人が顔を離すと、翔は少し照れたように笑った。


「……健人から来た!」


健人も、少し顔を赤くした。


「……たまにはな」


翔は、にっこり笑った。


「……嬉しい!」


健人は、その笑顔を見て笑った。


それから、翔の手を握った。


「……なあ、翔」

「何?」


「今度の休み、どこへ行きたい?」


翔が、目を輝かせた。


「……もう決めていいの!?」


健人は、少しだけ笑った。


「……行き先だけな」


翔は、楽しそうに笑った。


「じゃあ、写真撮りに行こうぜ!」


健人は、ゆっくりうなずいた。


「……いいな」


翔は、嬉しそうに続けた。


「今度も、二人でいっぱい撮ろう!」


健人は、少し笑った。


「……うん」


二人は、手をつないで中庭をあとにした。


****


その日の夜。


健人は、寮の自室でノートを開いていた。


机の上には、今日の実習資料。


スマホの画面には、翔と二人で笑っている写真が表示されている。


健人は、去年の十二月に書いたページを開いた。


『二年生・二人のやりたいこと』


最初の項目。


『① 二人でセーラー服を着る』


これは、まだ叶っていない。


二つ目。


『② おそろいのリボンで写真を撮る』


これも、予定とは違う形になった。


三つ目。


『③ 同じ寮で、今までどおり一緒に過ごす』


こちらも、叶わなかった。


健人は、少しだけ笑った。


ずいぶん、予定が変わったものだ。


でも、四つ目の項目の横には、九月に書いた言葉がある。


『④ 毎日一回、可愛いと言い合う ――継続中』


健人は、その文字を見つめた。


今日も、翔に可愛いと言われた。


自分も、翔を可愛いと思った。


しかも、制服が違っていても、自然にそう言えた。


健人は、ノートの空いている場所に新しい項目を書いた。


『⑤ 違う制服でも、二人で写真を撮る』


その横に、今日の日付と丸をつける。


『⑥ 予定にない場所も、二人で楽しむ』


こちらにも、今日の日付と丸をつけた。


少し考えて、もう一つ。


『⑦ 翔に、可愛いっていっぱい言ってもらう』


書いた瞬間、健人は顔が熱くなった。


「……何書いてんだ、俺」


思わず笑ってしまった。


でも、消さなかった。


そのとき、スマホが鳴った。


翔からのメッセージだった。


『健人! 今日の写真、めっちゃいい!』


続けて、写真が一枚送られてくる。


見晴らし台で撮った、二人の写真。


セーラー姿の翔と、学ラン姿の自分。


二人とも、楽しそうに笑っている。


さらに、メッセージが届く。


『なあ、今度の休みも写真撮りに行こうぜ!』


健人は、少し考えた。


それから、返信した。


『いいよ。行き先、一緒に決めよう』


すぐに返事が来る。


『やった!』


健人は、思わず笑った。


そして、もう一つ送った。


『今日の翔、可愛かったよ』


少しして、返信が来た。


『健人もめっちゃ可愛かった!』


健人は、スマホを見つめた。


それから、少しだけ笑った。


「……そうかよ」


口ではそう言ったけれど、嬉しかった。


来年、どちらの制服になるかは、まだわからない。


二人ともセーラー服を着られる日が来るかもしれない。


また違う制服になるかもしれない。


でも、今の健人には、急いで決める必要はなかった。


健人は、ノートの最初の項目をもう一度見た。


『① 二人でセーラー服を着る』


そこには、まだ丸をつけていない。


健人は、そのまま残すことにした。


いつか叶ったら、きっと嬉しい。


でも、今日撮った写真も、ずっと大切にしたかった。


二人で笑っている。


翔はセーラー服。


自分は学ラン。


予定とは違う二人だった。


それでも、この写真は今までで一番好きだった。


健人は、ノートの最後に一行書き足した。


『⑧ これからも、二人で可愛くなる』


少し考えて、その横に小さく書く。


『継続中』


健人は、思わず笑った。


これから先、どんな制服を着るのだろう。


どんな場所へ出かけて、どんな写真を撮るのだろう。


まだ、わからない。


でも、考えるだけで楽しみだった。


健人は、スマホの写真をもう一度見た。


翔が笑っている。


自分も笑っている。


明日も、きっと何か予定が変わるかもしれない。


それでも、大好きな翔と一緒なら、また新しい楽しみを見つけられる。


健人は、ノートを閉じた。


『二人で可愛くなる』


それは、これからも続いていく、二人の約束だった。


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