恋という名の筋肉
俺はひさしぶりに道具屋に出向いた。
修理に出した鍋を回収しに行くためだ。
古い道具屋だが、腕は確かだ。
店には爺さんと、
他に女の子の客がいた。
しかし、か細いなーー。
足も細いし、色も白い。
明らかに体力がなさそうだ。
でも可愛い。
なんか緊張するな。
「よう爺さん。鍋は修理できてるか?」
俺は尋ねる。
「あぁ出来とるよ。確認してくれ」
爺さんは鍋を手渡してくれる。
おぉ、焦げまでなくなっている。
「爺さん。焦げまで取ってくれたのか?」
「ダメだったか。焦げをつけてやろうか」
爺さんは笑っている。
「ありがとうな。なかなかキレイにならないから、手を焼いていたんだ」
「手なんか焼いちゃだめだ。お前は料理を焼かなくちゃな」
爺さんは笑う。
「違いねぇな」
「あぁ紹介しよう。この子はマリー。一応冒険者じゃ」
爺さんは女の子を紹介した。
「あぁマリーです。よ、よろしくお願いします」
「あぁこちらこそ。アルフレッドです。冒険者ギルドの食堂の店主です」
ぎこちなく挨拶する。
はずかしい。
爺さんは俺をちらりと見る。
「この子はな。
膨大な魔力を持っておりながら体力が全くない。
体力を上げるには、魔物討伐をしなくてはいけないのだが、
戦闘に立つことがそもそも無理なんじゃ。
素晴らしい才能を持っておるのに、本当にもったいないの」
爺さんはぼやく。
体力がない?
体力を上げるには魔物討伐をしなくてはいけない?
は?
いったい何を言ってるんだ。
「爺さん。魔物討伐なんかしなくても、体力はつくだろう」
俺は言った。
「何を言っている。
冒険者はクエストに参加して、レベルを上げることで体力がつくんだ。
常識だぞ」
女の子も頷く。
俺は近くに重そうなものはないか確認する。
「爺さん。あの鎧は重いか?」
「あぁ重い。あれは重量級の冒険者のみが着れるしろもんじゃ」
「持ち上げても良いか?」
「いいぞ。持てるならな」
俺は重そうな鎧の前に立ち、膝を曲げ、腰を落とす。
そして大根を引き抜くように、太ももの力を活用して持ち上げる。
「おいおい。お前さん。そんな重いもの、よくそんなに軽々と持ち上げられるな」
爺さんは驚いている。
「俺は冒険者でもなんでもない。ただの料理人だ。でもな。体を鍛えている。だから持ち上げられるんだ。そのお嬢さんも、戦闘なんかしなくても、体力をつける事なんてできる」
俺は言った。
マリーは驚いた表情をした。
そして涙ぐむ。
「ア……アルフレッドさん。
それは本当ですか?
こんな私でも体力がつきますか?」
マリーは言った。
「もちろんだ。なんなら、俺が指導してやろうか?」
ついついノリで言ってしまう。
「お願いします」
マリーは深く頭を下げた。
俺は普段のマリーの食事から見る事にした。
毎日パンと野菜のスープと、たまにチーズ。
それが彼女の食事だった。
「もう少し食事に気を使わないと、体力が付かないぞ」
俺は言った。
「冒険者の仕事……、
低単価のものしか受けられなくって、
キツキツなんです」
マリーは申し訳なさそうに言った。
「なら、
うちでしばらくの間、手伝いをするか?
多少なら報酬を出すし、まかないもつく。
体力がつくまでやればどうだ?」
と俺は提案した。
「よろしくお願いします」
それからマリーは、
うちの食堂で手伝いをしつつ、
トレーニングをすることになった。
マリーの身体をチェックさせてもらった。
もちろんやましい気持ちはない。
筋肉のつき具合などを確認するためだ。
マリーは身体も固く、
あらゆる筋肉が脆弱だった。
そこで俺はホエイを飲ませ、
カロリーを少し多めに取らせるようにした。
まずは一週間、
トレーニングはなしで、食堂で働いてもらった。
始めの三日は、
すぐバテて座り込んでいた。
しかし三日を過ぎたあたりから、座り込むことが少なくなり、
二週間ほどすると、休憩時間まで立ちっぱなしでも大丈夫になった。
「マリー。最近疲れることが少なくなっただろう」
「たしかに。そういえば、疲れないし、眠くなることも少ないです」
「それは体力がついてきた証拠だ。カロリーが足りてないと眠くなることも多い。エネルギーを使わないようにするためにな」
「カロリーって何ですか?」
「うんとな。
食物の中にある魔力みたいなもので、そのエネルギーが多すぎると太り、少なすぎると痩せるんだ。
マリーはそのエネルギーが少なかったから、細かった」
「おぉ。すごいです。アルフレッドさん」
俺は褒められていい気分になった。
当たり前の知識が、ここでは役に立つ知識になる。
これはたまらない。
俺は元いた世界を思い出す。
トレーニングを始めた当初は、
あまり情報がなかった。
しかしSNSの普及で、トレーニングの情報が非常に多くなり、
俺の知識の価値も、どんどん下がっていったような気がしていた。
困っている後輩に、
軽くアドバイスをしても、
知識マウントみたいな顔をされた。
傷ついた。
教える事が嫌になった。
昔あった先輩後輩の関係性は、
希薄になった。
目を輝かせるマリーを見て、俺は言った。
「人を好きになったとしても、添い遂げられるとは限らない。
成功したいとしても、成功できるとは限らない。
でも筋肉は必ず振り向いてくれる。
君が正しいアプローチを続ければな」
「私頑張ります」
マリーは言った。
かわいい。
そう思った瞬間。
どきん。
心臓の鼓動が早くなる。
これは……、
中性脂肪値が高くなったのか。
それとも大胸筋か広背筋辺りの筋肉に疲労が溜まって、
心臓が誤作動を起こしているのか?
俺は脇の下辺りを揉む。
広背筋辺りが多少凝っている。
「どうしたんですか?」
マリーが心配そうに見ている。
「いや。急に心臓がどきどきしてな。大胸筋か広背筋辺りの筋肉の疲労を疑ってるんだ」
そういうと、
マリーの顔が急に紅くなった。
「……そ、そうなんですか。私、仕事に戻ります。しんどくなったら言ってください」
そう言い、厨房に戻っていった。




