見せ筋の恋
「マリー。あとは俺がやっとくから、帰っていいぞ」
外も暗くなってきたことだし、俺はマリーに帰るように促す。
マリーはモジモジしている。
なにかあるのか?
俺は目を細める。
「あの、アルフレッドさん。お酒を貰ったんですが、一緒に飲みませんか?」
マリーは恥ずかしそうに言った。
酒か……。
「俺なんかより、パーティメンバーと飲んだ方がいいんじゃないか?」
「あの人たち、酒癖が悪いから、嫌なんです」
マリーは膨れる。
「わかった。頂くよ。ちょっと待ってくれ、片付けてつまみを用意する」
「はい」
マリーは嬉しそうに笑顔を見せる。
可愛い笑顔に少しボーっとする。
俺はチーズと残りものを皿に盛り付けた。
「酒なんてひさしぶりだな」
「どれぐらい振りですか?」
「三年かな。四年くらいかもしれない」
「ずいぶん飲んでないんですね」
「そうだな。ホエイばかり飲んでるからな」
「お酒は嫌いですか?」
マリーは寂しそうに尋ねる。
「一緒に飲む人による。マリーとなら歓迎だ」
マリーは恥ずかしそうに笑った。
俺たちは、酒を飲みながら、たわいもない話をした。
それがとても楽しかった。
以前の俺は、
筋肉以外の話に興味がなかった。
それが、
マリーと話すとなるとまるで違う。
マリーが見つけたお花の話。
マリーが出会った犬の話。
どの話もとても楽しく思える。
「たまにはこういうのもいいな」
俺は呟いた。
「そうですね」
マリーの頬が紅潮している。
紅潮している女性の顔は魅力的に見えるらしい。
それはわかる。
しかし、
ここまで美しく見えるものなのか。
俺はそう思った。
「私、結婚勧められちゃって……」
マリーは寂しそうに言った。
結婚……。
その一言に、
俺の脳筋は崩壊した。
食事を摂れずに、
カタボリックを起こし分解しはじめた筋肉のように。
胸に痛みを感じる。
俺はホエイを用意し一気に飲み干す。
ダメだ。
回復の実感がわかない。
これはリアルなカタボリックじゃない。
心のカタボリックなんだ。
強張る表情をマリーは心配そうに見ている。
「アルフレッドさん。私が結婚すると嫌ですか?」
嫌だと答えたい。
でも、嫌だと答える権利が俺にあるのだろうか。
酒のせいか、
気付かないうちに、
俺は言葉に出してしまう。
「嫌だと答えたい。
でも、嫌だと答える権利が俺にあるのだろうか」
はっと俺は口を押さえる。
マリーは少し楽しそうだった。
この子は少しSっ気があるのか?
俺はそんな事を思う。
「あの……、アルフレッドさんは、私の事好きなんですよね」
マリーはつやっぽい目でそう言った。
突然鼓動が激しくなる。
「俺は脳筋だから、恋とかそういうのはよくわからない」
俺は深呼吸をする。
まるでこの食堂だけ時間が止まったように感じる。
「でも君の存在は、まるで毎朝のホエイのように、俺には欠かせないものになっている」
俺はホエイを一口飲む。
俺は席を立ち、おもむろにスクワットを始める。
意識してお尻を突き出す。
「体つくりにスクワットが欠かせないように、君の存在も俺には欠かせない」
俺は肩のストレッチを始める。
「君は僕のスクワットなのだ」
そう言った。
マリーの顔が明るくなる。
「私にとっても、アルフレッドさんは、ホエイであり、スクワットですよ」
そう笑った。
胸の辺りが暖かくなる。
「じゃあ結婚断らないとね」
マリーは笑った。
「でも。それじゃあ、私、貰い手ないかも」
マリーは小悪魔っぽい目で俺を見る。
大胸筋が俺に語りかけてきた。
「おい主人。ここは俺が立候補しても良いか? そう言え」
俺は何の戸惑いももたず、
「俺が立候補しても良いか?」
そう言った。
マリーは恥ずかしそうに頷く。
そして俺の胸に顔を埋める。
「よっしゃきたぁ!」
大胸筋の声が聞こえる。
そうか、俺の大胸筋はマリーを感じたかったのか。
「抱きしめろ」
今度は前腕屈筋群、前腕伸筋群、上腕二頭筋、上腕三頭筋達が俺に語り掛ける。
俺はきゅっと抱きしめた。
「うっひょう」
前腕屈筋群、前腕伸筋群、上腕二頭筋、上腕三頭筋達が叫ぶ。
「俺の妻になってくれ」
「はい。よろこんで」
マリーは言った。
マリーは目を閉じる。
こ、これは……、
キスなのか。
「当たり前だ。この脳筋が!」
口輪筋が叫ぶ。
俺は口輪筋を動かし、唇を尖らせる。
そして……。
ーーーー
俺は、
万年四位の目立たないボディビルダーだった。
モテたくて始めたボディビル。
ランキングが上がっても、女性と付き合ったこともなかった。
プロテイン代でエンゲル係数は高め。
投資は筋肉だけで精一杯だった。
満員電車、
エレベーターでは迷惑そうな目で見られた。
ガタイが大きいのに、よく風邪を引き。
上司にどやされた。
「お前の筋肉は見せ筋か」と。
会社の肉体労働は、
全て俺に回ってきた。
「鍛えられるし一石二鳥だろ」
と言われた。
合コンに行った事もある。
そこで彼女はいないと答えると、じゃあ彼氏はと聞かれた。
SNS投稿している同じジムの後輩のフォロワー数が俺より二桁多いと知った時、悔しくて泣きそうだった。
でも……。
今は幸せだ。
全ての苦しみが、
この幸せを際立たせるための布石だったと。
コントラストだったと、
そう思える。
筋肉は鍛えれば傷つく。
人もまっすぐに生きれば傷つく。
傷つくことは怖い。
傷つくことは痛い。
でも筋肉は休みと栄養を与えると、
もっと強くなる。
俺は何度も折れそうになった。
そしてきっと何度も折れたんだろう。
でも、
人は折れても立ち直れる。
折れたら添え木を当てればいい。
今はそう思える。
筋肉が好きだ。
ホエイが好きだ。
スクワットが好きだ。
そして、
マリーが好きだ。
好きに囲まれている俺は、
きっと幸せ者に違いない。
昔の俺にこう言いたい。
あんがい好きなものに囲まれている現実を知れと。
筋肉が好きなら、
もっと愛してやれと。
お前はブラック企業のオーナーかと。
END
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この作品は完結していますが、
反響があれば続編を書く可能性があります。
ブックマークしておくと、もし更新された場合に追いやすくなります。
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