八十迄冒険者を続けろ
「店主……、俺冒険者やめようと思うんだ」
ホエイを飲みながら、
唐突に常連のDは言った。
俺はDの身体を見る。
ケガはなさそうだ。
いったいどういう事だ。
「どうした?何かあったのか」
「店主よ。俺今年で三十五だぜ。もう寿命だよ」
35歳で寿命?
この世界は平均寿命が短いのか……。
「35歳って、そんなに寿命が短かったか?八十過ぎた爺とかもいるだろ」
「店主。あんたわかってねぇな。冒険者ってのは、寿命が短いんだ」
俺は考える。
選手生命のようなものか……。
「活躍できる仕事が少なくなるって事か?」
Dはホエイを酒のようにちょびちょび飲む。
「俺も昔のようには動けないからな」
その目はなにか寂しそうだった。
「やめようと思うが、もの悲しい……。
そんな感じか」
「あぁ、いろいろ思い出のある仕事だからな」
俺はボディビル時代の事を思い出す。
俺のいたジムに、
板さんというボディビルダーがいた。
御年八十歳。
現役のボディビルダーだった。
故障が多かった俺は、
なんでそんなに長く現役を続けられるのか興味があり、
一度、板さんと飲みにいったことがある。
俺は尋ねた。
「なぁ板さん。あんた八十だろ。八十といったら、お年寄りだ。なぜ現役で活躍できる」
板さんはぎろっと俺を睨みつける。
「この若造が。年寄り扱いするんじゃねぇ」
板さんは、上腕二頭筋をパンプアップさせる。
大きくはないが、圧が強い。
この圧は筋肉だけじゃない。
存在の圧だ。
「いや。すまない。板さんは若い」
俺は言葉を正す。
「まぁいい。
たしかにな、世間様からすれば、八十というのは、お年寄りだ。
でもな。
筋肉は発達する」
「そ、そうなのか」
「俺に言わせたらな。
人間、無理だと思った時から老化が始まり、お年寄りに近づいていくんだ」
「そ、そうか」
「たぶんな。俺はそう思う。逆にな。諦めなければ、百歳でも現役ビルダーでいられる」
板さんは、
鶏ささみポン酢にかぶりつく。
「……俺もだけど、ボディビルダーはケガをする。板さんはどうしてるんだ」
「あぁそれか。実はな。俺も昔はケガをよくした」
「板さんもケガを……」
「あぁよくしたもんだ。
お前……、
高重量に固執してるだろ」
「そりゃそうだ。高重量のほうが効率よく鍛えられる」
「それだよ。お前は焦り過ぎなんだ」
板さんは、俺の肩を叩いた。
ごつごつした手が、
俺の肩を優しく癒す。
焦り過ぎ……、
抵抗する言葉が出てこない。
「いいか。筋肉は薄く薄く鍛えろ。そうすることが故障しないコツだ」
板さんは、俺の目を見る。
「年輪を重ねるように、薄く薄く。そうやって鍛えろ」
その言葉は、俺にだけでなく、
自分にも言い聞かせているようだった。
「もしかして板さんも、厚めに鍛えたくなる時もあるのか?」
「あぁもちろんだ。
特にわけぇ連中を見るとな。
身体もでかいしな。
悔しくならないわけじゃない。
筋肉の発達具合、
スピードから、
たとえステをやってると疑っても、
目の前で高重量を上げてるのを見せつけられると、
俺も負けてられねぇってなるからな」
「わかるよ。その気持ち」
俺は呟く。
ステ。ステロイド。つまりは筋肉増強剤。
俺もステ常習者の煽りで、
ずいぶん心をすり減らした。
表面上はステは使っていないという。
しかし、疑惑は常に付きまとう。
異常に大きい僧帽筋。
異常に少ない体脂肪。
努力や体質ではない。
ただのチート(ズル)
実際、
尿検査などで発覚するケースも多かった。
五位六位の選手のステが発覚し、
四位に上がった事もあった。
秘かにかけられる個人輸入の誘い。
大きい。速い。絞れる。
俺も誘惑にかられたが、
手を出さなかった。
「板さんはナチュラルなんだよな」
俺は勇気を出して聞く。
「当たり前だ。
俺は何人もステでおかしくなった連中を見てきてるからな」
「おかしくなったってどうなった?」
「最悪なのが、男としての機能がダメになった奴だ。
悲しいよな。
モテたくて身体をデカくして、それが原因でダメになるんだから」
板さんは苦笑いをした。
「だからな。
短時間で大きくなると考えるのではなく、
八十まで現役を続けるにはどうしたらいいか考えろ。
そしてそこから鍛え方を考えろ。
薄く薄くが重要だ。
トレーニングを選手寿命を延ばす目的で使うんだ」
そう続けた。
俺は今度の大会が終わったら、
板さんのトレーニング方法を取り入れようとも思っていた。
こんな事が起こるとも知らないで……。
俺はDを見る。
このまま、Dをやめさせてもいいのか。
売上が減るじゃないか……。
いや、
悲しいじゃないか。
「名前は忘れちまったが、俺はずいぶん遠くの街に行ったことがある。
そこにな。
俺ほどではないが、筋肉のすごい爺さんがいたんだ。
年齢を聞いて驚いたよ。八十だとさ」
俺は言った。
多少の嘘はあるが、まぁいいだろう。
「店主が言うんだから、筋肉すごかったんだろうな」
「あぁ、その爺さんに長く現役でいる方法を教わった」
「俺にも効きそうか?」
「あぁ多少工夫は必要だろうが、大丈夫だろう」
「どうする」
「爺さんがいうにはな。短時間で強くなると考えるのではなく、
八十まで冒険者を続けるにはどうしたらいいか考えろ。
そしてそこから鍛え方を考えろ。
薄く薄くが重要だ。
トレーニングを寿命を延ばす目的で使うのだとさ」
「薄く薄くか……」
「俺はお前だけじゃなく、他の冒険者の寿命も伸ばしたい。
ここにいれば、俺もいるし、他の冒険者もいる。
つまりデータが取れるから、一人で工夫するより、ずいぶん楽だ」
「そうか、そうだな」
「あぁ、俺はお前の味方だ。お前が本当に辞めても良いと思える日まで、お前を支えてやるよ」
Dは涙ぐむ。
「よせよ。俺もお前にやめられちゃ、売上が減るし、そういう感じなんだ」
「ふふふ。わかってるよ。それでも嬉しいんだ。俺は冒険者を続けたいし、いつまでも店主の飯を食っていたい。これは俺の上腕二頭筋が言ってるんだ」
Dは上腕二頭筋の力こぶを見せつける。
「そうか。それは嬉しいな。筋肉に褒められるのが、一番うれしいよ」
俺は笑った。
店に人が入ってきた。
「いらっしゃい」
俺は声をかける。
こうやって、俺は筋肉たちを世話しているんだと思うと、お腹のあたりがくすぐったくなった。




