大胸筋がキレイな男は嫌いですか?
「大胸筋鍛えるぞ。大胸筋鍛えるぞ。
パンプアップするまで、大胸筋鍛えるぞ。
大胸筋。
大腿筋。
上腕二頭筋。
レッツ筋トレ。
そうだ鍛えろ!」
俺はいつものように、
筋肉ボウスの代表曲「筋トレ酒場」を口ずさみながら、
体を鍛えていた。
「しかし先輩、好きっすね。その曲」
たけしは白い歯を見せる。
「当たり前だ。
筋トレ酒場は、俺の人生を変えてくれた。
ひ弱だった俺をここまでパンプアップさせてくれたんだ」
「まぁたしかに。
その曲って、頭にこびりついて身体を鍛えなくちゃって、
思わせてくれますもんね」
「そうだ。そして二番が最高だ」
「大胸筋休ませろ。大胸筋休ませろ。
超回復するまで、大胸筋休ませろ。
大胸筋。
大腿筋。
上腕二頭筋。
レッツリカバ。
食って寝ていろ!」
俺は二番を大きな声で歌い出す。
周りのトレーニー達も釣られて歌い出す。
「たしかに最高っすね。
この曲でどれだけオーバートレーニングの奴が減ったか」
「俺もトレーニングを休んでいるのに、
ついつい腹筋とかしそうになる時は、
この曲を歌ってオーバートレーニングを避けている」
俺はそう言った。
……
ふと気が付くと、
俺は見知らぬ所にいた。
乾草の香り。
なんだココは。
先ほどまで、筋トレ酒場を歌いながら、体を鍛えていたはずだ。
俺はふと腕を見る。
な……なに!
上腕二頭筋が細くなっている。
大胸筋を見る。
あの豊かだったふくらみがない。
俺は自らの胸をもむ。
胸がない。
俺は卒倒しそうになった。
俺のいきがいが、俺の夢が消えた。
俺はベッドに倒れ込む。
ふわっと広がる乾草の香り。
俺はベッドを触る。
これはマットレスじゃない。
シーツはひいてあるが、下はただの乾草だ。
乾草のベッド。
ここはどこなんだ。
そして俺の胸はどこに。
あぁそうか。悪い夢を見ているのか。
目をつぶろう。
目覚めると現実に戻る。
……
暗闇が広がる。
「おい。おい。君……大丈夫か?」
声が聞こえる。
俺は目を開ける。
すると目の前に光があった。
そして光から声がする。
これは現実か?
とりあえず、
俺は聞いてみる。
「あんたは誰だ?」
「私かい。私は君らの世界で言うところの神だよ」
神……。
いったいどういう事だ。
「神がいったい何の用だ」
「何の用だって?
君……、やっぱり旅立った事を自覚してないんだね」
「旅立ったって?どういう事だ」
「ボディビル大会の直前だったよね」
「あぁそうだ」
「シェープをキレイに見せるために、かなり体重をしぼっていた。違うかい?」
「そうだ。俺らにとっては普通のことだ」
「そして君はデッドリフトで腰を壊しており、引退も考えていた」
「あぁ。そうだ」
「君はね。低血糖状態で、トレーニングをはじめた」
「あぁ。そうだ」
「君。腰ベルトをつけたかい?」
「……忘れていたかもしれない」
「それだよ。君がここにいる理由は」
「腰ベルトが理由……」
「腰ベルトをつけるのを忘れ、デッドリフトで腰が崩壊した。
激痛で倒れたところで、高重量のバーベルが頭に直撃し……
ここから先は言わなくてもわかるよね」
身体の中に、
激痛の記憶が一瞬戻る。
「そうか……、
神様、実は今日、新しいフレーバー。たこ焼き味のプロテインが届く予定だったんだ」
「心残りなんだね。大会も心残りだっただろう」
「いや。大会はもう良いんだ。万年四位くらいで、スポンサーもなし。プロテイン代で生活キツキツだった。
もうやめて、実家のたい焼き屋を継ごうと思っていたところだったから」
「じゃあ、最後はたこ焼き味のプロテインが気がかりなのかい?」
「いや。それも違う。俺、本当はチョコレート味のプロテインが好きなんだ」
俺は自分に正直に生きてこなかった人生を振り返る。
「でもSNSでフォロワーを喜ばせるために、いろんなプロテインの食レポをしていた。
それでプロテインメーカーが、たこ焼き味を出したから、話題作りのために注文したんだ」
たこ焼き味を出したから、話題作りのために注文したって。
そんな事をして、何が楽しい。
利益になるのはプロテインメーカー。
俺には収益も入らない。
リンクをクリックして買ってくれれば、アフィリエイト収入は入るが、
微々たるもの。
3年やってるが、振込の最低報酬にも届かない。
ボディビルダーなのに、スポンサーにもなってもらえない。
「それで君は転生するんだが、今度は別の人の人生を生きてもらう」
「そういうシステムなのですね」
「あぁそうだ。まぁ楽しんでよ」
そう言い、光は消えていった。
頭が割れるように痛くなる。
俺は次の人生を、
どう生きる……。
……
「アルフレッド。アルフレッド」
誰かの声がする。
俺は目を開ける。
そこには小太りのおばさんがいた。
誰だ。
そしてアルフレッドって誰だ。
「アルフレッド。ようやく目覚めたのかい。急に調理場で倒れちまって、驚いたよ」
おばさんは言う。
ずきん。
頭に電気信号のようなものが走る。
他人の記憶が流れ込んでくる。
そうか……、
俺はアルフレッドという男に転生したのか。
ということは。
アルフレッドという男は死んだのか。
「あぁすまん。驚かせたな」
俺は頭をかく。
頭には毛がなかった。
ボウズ頭か……。
前世では長髪だったのだが。
ちょっと待てよ。
もしかして、
ボウズ頭だと、腰を痛めることもなかったのか……。
ボウズだけに……。
ダメだ、ダメだ。
明らかに動揺している。
「ちょっと、頭を打ったのか。記憶が混乱しているようだ」
俺は言った。
「あぁ、そういうのあるよね。まぁ大丈夫。しばらく休みなよ」
そう言い、おばさんは出て行った。
俺は服を脱ぎ、筋肉を確認する。
筋肉はなくはないが、全体的にか細い。
腰や腱を確認する。
故障はないようだ。
試しに、
プッシュアップを始める。
一、二、三……十回が限度だった。
Vシットを始める。
だめだ。
一回もできない。
プランクは?
二十秒が限界か……。
スクワットは十五回が限界だった。
俺がトレーニングを始める前よりは、体力はあるが、体力があるとは、お世辞にも言えない。
旅立ったことで失った。
筋肉を取り戻す。
俺の目的が一つできた。
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