第40話「恐るべし壁ドン」
「……結局、気絶したまま戻ってこんか……。」
リリスは腕を組み、石畳の上に毛布で包まれた雅を見下ろす。
頬は紅潮し、にやにやと笑ったまま完全に昇天している。
「いやぁ、まさかあんな勢いで倒れるとは……ちょっと触っただけっスよ?」
リリスはふむ、と神妙に頷いた。
「……想定以上の威力じゃったな、壁ドンは……。魂に直接訴えかける“高位結界術”これほどまでとは……」
「違うと思うっスけどね……」
バルがぽりぽりと頬をかきながら、毛布の中の雅の頬を軽くつつく。
「……うぅ……はっ……きら……きら……ビーム……」
寝言のようにうわごとをもらす雅。
頬は真っ赤に染まり、息も荒い。夢の中で何かと戦っているらしい。
「魔法……少女…みやるーん……変身………」
「おぉ……どうやら戦場におるようじゃな……」
その目が、静かに細められる。
「……“変身”、か……」
──こうしてその日の修行は、雅の“壁ドン昇天”をもって幕を閉じた。
翌日・朝──
──天明寺・居間。
「師匠っっ!! おはようございますっ!!」
ピシャーンッと勢いよく障子が開く。
元気いっぱいに飛び込んできたのは、昨日あれだけ劇的に気絶したはずの雅だった。
「……復活、早いのう」
湯を啜っていたリリスが、ちらりと雅を見やる。
「はいっ! 今日も修行の続きをお願いしますっ! 昨日は……あの、私、どこまでやってましたっけ?」
「………………は?」
リリスの手が止まる。
「……お主、覚えておらぬのか? 昨日の修行の結末を」
「け、結末……?」
雅はきょとんとした顔で首を傾げる。
「えっと……魔眼の気配を感じて……それで……あれ、気づいたら布団の中でして……」
「……………」
「ひょっとして、私……寝落ちしましたっ!? す、すみませんっ! 修行中に……!」
「…………」
リリスはじっと雅を見つめる。その目は、昨日の“壁ドン事故”の全てを思い返している。
(あやつ……完全に記憶を飛ばしおった──)
「……結界術、恐るべし……」
「へっ?」
「なに、気にせんでよい。記憶がないということは、魂が“安全な記憶領域”に避難したのじゃろう。魔力干渉の好例じゃ」
「そ、そうなんですねっ……! 魔力ってすごい……!」
リリスは湯呑を置き、すっと立ち上がる。
「……では本日は、“変身”について指導する!!」
──第二の修行編、開幕である。




