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32、思惑。

 世の中、俺を中心に回っているのではないかと本気で思うほど、最近の俺は運が良い。


(お兄ちゃん、なにニヤニヤしているの?)

(あっ、なんでもない)

(そう?)

(そうだ)


 いけない、いけない。また調子に乗ったら、必ず酷い目にあう。


 以前襲われた教訓を、思い出すのだ。


 だが、思い出しても笑いが込み上げてくる。


 だって屋敷に貰ったうえに金貨五十枚だぞ、屋敷を貰っても今のところ使い道はないが、金貨五十枚は十分使い道がある。


 最近はお金に対して麻痺しているが、金貨五十枚は日本円で五千万円相当の大金だ。


 普通に考えたら大喜びして、踊りだしてもおかしくない金額だ。


 宝くじが当たった感覚に似てるかもしれない、当たったことないけど。


 兎に角、怖いくらいの運の良さで、店を広げていくぞ!


 その後、俺はメイド達や庭師の方と挨拶を交わし、今後の事を説明する。


 説明と言っても「旅の途中なので、暫くは今のままでお願いします」と、伝える事しかできなかったが、本当の事だから仕方ない。


 立派な屋敷に住みたいとは思うが、俺は夢に向かって進みだしたばかりだ。


 支持して頑張ってくれてる人達がいる以上、こんなところで止まってはいられない。


 屋敷の事を皆に任せた俺は、一度ジェームズの所に戻り屋敷のお礼を述べた後、まだ旅の途中なので改めて伺うと話をして別れた。


 本当なら、ジェームズと出会った場所までテレポートして、再び帝都までドライブする予定だったが、どうしても戦争が気になり、予定変更して早めに帝都に行くことにする。


 俺は抱き着くリリを両手で支えながら、大空を駆け抜けるようにテレポートを連続で使用する。


 方向さえ間違えなければ、テレポートでの移動は飛行機よりも早い。


 景色を見る暇もないほどのスピードで、あっと言う間に帝都に着いた。


 ただ、想像通りテレポートでの旅は味気なく、移動するだけで何も楽しくなかった。


 異世界を旅するなら、ドライブで決まりだな。リリも喜ぶし!


「帝都って、こんなに人が多いんだね」

「だな、想像以上に人が多いな」


 帝都の街並みはザードと変わらないが、兎に角人が多く店の種類や数も圧倒的に多い。


 俺とリリは帝都を走る乗合馬車に乗って移動中だが、乗合馬車が町中を走っていることも帝都が想像以上に広く、平民が利便性にお金を使うことからも、景気の良さを露わしてるもいえる。


「お兄ちゃん、今日は何するの? 奴隷を買いに行く?」

「いや、もう遅いから屋台でも回って美味しいの食べようか?」

「良いの?」

「勿論だ」


 乗合馬車を降りた俺とリリは、日が暮れるまで二時間程度しかないので、目に付くお店や屋台を見付けると、片っ端から手に入れてアイテムボックスに収納する。


 取り敢えず買っておいて、後でマンションに帰ってからゆっくり食べるつもりだ。


 勿論買うのは食べ物だけじゃなく、リリに似合いそうな髪飾りや服、それにお店で働く従業員たち全員の土産も買っておく。


 毎回新しい街に着くたび、俺はリリに服を買ってあげるが、その度にリリの笑顔が見れて幸せな気持ちになる。


 娘の機嫌を物で釣ってるみたいで多少は気が引けるが、忙しくなると彼女に留守番ばかりさせているので、その償いだと俺は思っている。


 仕事で滅多に娘に会えない父親も、こんな気分なのだろうか?


 そういえば「仕事で疲れて家に帰っても、子供の顔を見れば疲れを忘れるよ」と、リーマン時代の先輩が話していたが、最近の俺も似たような事を考えている。


 俺も先輩と同じように、良き父親になれたら良いけどな。


「リリ、そろそろマンションに帰るぞ」

「うん」


 短い時間だったが、帝都を満喫した俺達がマンションに帰ろうかとしたとき、スマホでよく聞く緊急アラートが頭の中で響いていた。


 な、なんだ? なにが起こった!


 緊急避難テレポートが発動されました。緊急避難テレポートが発動されました。


 場所は、ゴーテリア異世界雑貨一号店。場所は、ゴーテリア異世界雑貨一号店。


 至急連絡を取ってください。至急連絡を取ってください。


 繰り返します。


 緊急避難…………


 ストップ、ストップ、ストップ。ーーーフー、収まったか……


(お兄ちゃん、何かあったの?)

(あぁ、今すぐ孤児院に行くぞ)

(う、うん!)


 俺の顔を見たリリは何も言わずに抱き着いてきて、それを確認した俺は孤児院にテレポートした。



 ★ ★ ★ レディアーノ視線



 突然御主人様が大翔様に別宅を譲ると申されたとき、ハッキリ言ってやり過ぎだと思いました。


 確かに大翔様は命の恩人で御座いますが、その事を差し引いてもお屋敷を譲ることに納得はしていません。


 あのお屋敷は、御主人様が幼い頃に今は亡き御主人様の母、セリーヌ様との思い出のお屋敷のはず、それをいとも簡単にお譲りするなんて、何かの間違いだと思いましたが、あの光景を見てしまったら、大翔様の力の凄さも理解できます。


 だが、それを差し引いても、納得はできません。


「失礼致します」

「忙しいところ悪いな」

「いえ、問題御座いません」

「そっか、それでレディアーノ、君が見た大翔の印象を教えてくれ」

「恐ろしいです」

「恐ろしいか…… どこが恐ろしいのか、話してくれ」


 御主人様に呼ばれ執務室に顔を出すと、御主人様は机から立ち上がり、滅多に見せない真剣な表情で私に質問してきます。


 よほど大翔様の事を聞きたかったのか、御主人様は私が近寄る時間も惜しいらしく、自ら歩いて私に近寄ってきました。


 それだけ、大翔様の事が気になったのでしょう。


「実は………… 」


 私は別宅で起こった奇跡みたいな出来事を、御主人様に正直に話します。


 こんな嘘のような話、普通なら信じないと思うのですが、御主人様は疑う様子はまったく御座いません。


「突然消えて、次に現れた時は新築に生まれ変わっていたと言うのか」

「えぇ、信じられないと思いますが、本当の話で御座います」

「いや、大翔なら、有り得るかもしれないと考えていた」


 大翔なら有り得るとは、どういう意味で……


 もしかして御主人様は、最初から大翔様の事を知っていたのではないでしょうか?


「御主人様は、いつから大翔様の事を気に留めていたのですか?」

「彼が、私の前に現れてからだ」

「はて、確かに行き成り現れましたが、一流の冒険者にもスピードを自慢する者もおりますが、それとの違いはありましたのでしょうか?」

「全然違う、彼一人なら君の言う通りだが、彼はリリを連れて一瞬で現れたのだ。ー--幾ら小さい子供とはいえ、それなりの重さはあるはずだ。それを一瞬でだ、本当に行き成り現れたのだ。スピードで片付けるには、無理がある」


 言われてみれば、確かに子供とはいえ、人一人を抱きかかえたまま目に見えない速さで移動するのは、不可能な気がします。


「おまけに盗賊を打ちのめした、あの魔道具だ」

「あれには驚きましたが、あれ以上の魔法も存在します。そんなに気になるものですか?」

「あれは何かを打ち出す魔道具だ。実際盗賊の体内から鉛が出てきた」

「鉛ですか?」

「あぁ、鉛が出てきた。これは想像だが、もし、あの魔道具を大量に作れるのであれば、帝都など一瞬で侵略されてしまう」

「そ、そんな、まさか」


 確かにあの魔道具の威力は凄かったが、威力なら魔法のほうが遥かにある。


 それなのに、そんなにあの魔道具は脅威なのですか?


「疑いたくなる気持ちも分かるが、それが現実だ」

「魔法よりも、威力があると仰るのですか?」

「威力だけなら魔法のほうに分があるだろうが、魔法のスピードは幾ら早くても目に見える。だが、あの魔道具から飛び出した鉛は目に見えなかった。つまり気付いた時は、あの世に旅立っているってことさ」

「………… 」


 言われてみれば詠唱を必要とする魔法と違い、あの魔道具は詠唱を必要としなかった。そのうえ目に見えないスピードなら、魔法師が魔法を使う前に終わっているかもしれない。


「しかも、あの魔道具は、連続で鉛を飛ばすこともできる」

「確かに左様ですが、貴重な魔道具は数が少ないもの、所詮二人程度なら問題になりません」

「量産できるとしたら?」

「まさか、あのような特殊な魔道具が、量産できるとは思いません」

「そうか? リリが両手に持っていた魔道具は、二つともまったく同じ魔道具に見えたけど…… 」


 そうだった。彼女が両手に持つ小型の魔道具は、私の目にもまったく同じように見えた。


 そんな、まさか……


「私の予想が正しければ、彼は目にも止まらぬスピードで移動できるか、瞬間移動できるかだが、リリと一緒に現れたことから推測すると後者だと思う」

「瞬間移動ですか…… 」


 そんなこと、有り得るのでしょうか?


「あの武器と瞬間移動を使えば、彼は完璧な暗殺者だ。瞬間移動なら彼を捕まえても直ぐに逃げられてしまうだろう。また彼を殺そうとして、もし失敗すれば逆にこっちが殺される可能性が極めて高い」

「お言葉ですが、殺害するなら毒殺という手もあります」

「彼の手札が、あの武器と瞬間移動だけならばな。もし、他にも手札があれば、なにもかもおしまいだ」

「それは、そうでしょうね…… 」

「実際彼の手札は、他にもあったんだ。さっき君が言ってた、屋敷を消す話がそうだ。ーーーそういえば、彼が私を助けた際、地面に穴を開けたり壁を出現させたりと、不思議な魔法を使っていたな」

「は、はい…… 」

「あれだけの事を一瞬で行ったんだ、もし彼が本気を出せば、彼はこのザードの建物全てを消すことも可能ではないのか?」

「ーッ! そんな、まさか! いや、でも…… 」


 そんな事ができると考えたくはないが、この目で見た事は現実で疑いようもなく、だとしたら本当に……


「慌てるな、まだ想像の段階だ」

「さ、左様でしたね」

「だが、彼の事は注意して見守る必要がある。それに、悪い話ばかりではないようだからな」

「それは、どういう意味でしょうか?」

「実はここニ、三か月で、彼は既にザードに店を五店舗もオープンさせている」

「大翔様は、お店を経営してるのですか?」

「それが、どうも奴隷を買って、その奴隷に全て任せてるようだ」

「そ、それは幾ら何でも、商売を舐めているとしか思えませんが」


 常識で考えれば新しい街に店を出すときは、それなりに時間が掛かるものだ。たとえ一店舗であったとしても、信頼を得るためには最低一年以上は掛かります。


 それを僅かな時間で五店舗だなんて、しかも経営の全てを奴隷に任せるとは、ハッキリ言って無謀を通り越して、無知としか思えません。


「ところが、その五店舗全てが繁盛している」

「そんな事、有り得ません」

「そう興奮するな。それに、実際そうなんだから、しょうがないだろ」

「失礼しました。それで、どのような商品を販売しているのでしょうか?」

「化粧品やお酒など、何でも販売する感じの店らしい」

「それだけで、そんなに繁盛するものなのでしょうか?」


 そのような商品は、ザードなら珍しくもありませんのに、いったいなぜ……


「兎に角、彼を他国に取られるのは惜しい。敵に回せば、この国の未来が無くなる可能性がある」

「………… 」

「幸い彼は、悪い人間ではない」

「左様でした」

「だから、彼をこの国に縛り付けられなくても、敵だと思われないように注意深く接するように。分かったな」

「畏まりました」


 大翔様が敵に回れば、帝都の未来が終わってしまう。


 御主人様は本気で考えているようですが、段々私もそう思えてきて震えが止まりません。


 次に大翔様と出会ったとき、私は普通でいられるのでしょうか……


「明日帝都に出かける。今度は護衛を五十人に増やせ、この前みたいに襲撃されたら困るからな」

「畏まりました。それで帝都には、どのような御用で?」

「皇帝に会ってくる。一刻でも早く、大翔の事を伝えないといけないからな」

「畏まりました」

「それからロザンヌに、大翔が屋敷に戻ったら逐一報告するように指示を出しておけ。更にあの魔導具だが、もし手に入るようなら手に入れろと伝えろ。だが決して無理はせず、決して大翔に疑われないように、最大限の注意を払うことも忘れずに伝えろ。良いな!」

「か、畏まりました」


 まさか、このような大事になるとは、夢にも思っておりませんでしたが、御主人様の話が事実なら、大翔様は神にも悪魔にもなり得る存在だと言えるかもしれません。


 今後の帝都の安寧のため、大翔様の秘密を暴くことと、なんとしてもあの魔導具を手に入れなければ……


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