31、怖い!
「大翔、命を助けてもらった礼には足りないが、これを受け取ってくれないか」
翌朝、俺とリリはメイドの案内で昨日と同じダイニングで朝食を取ることになり、公爵夫妻に一晩泊めてもらったお礼を言うと、ジェームズから公爵家の家紋入りの短剣を手渡された。
「これは?」
「別に大した物ではない。ただ、この短剣には我が公爵家の家紋が彫り込んであるから、ドリッシュ帝国でトラブルに巻き込まれたときに、これを見せれば必ず大翔の役に立つだろう」
十分役に立つ代物だろ!
それって、公爵家が俺の後ろ盾になってくれるという話なんだろ、それをさらっと言われても困る……
ん? 別に貰うだけなら困らないか。
「そんな貴重なものを、俺なんかに渡して良いのか?」
「ハハハ。そんな事言わないでくれ、君は命の恩人なんだ。それくらいするさ」
「そっか、それなら、遠慮なく頂くよ」
貴族から短剣を貰う話をラノベで読んだ気がするが、役に立つなら断る必要もないよな、売れば結構高く売れそうだしな。
勿論、売らないぞ。たぶん……
「それから、これも受け取ってくれ」
ジェームズは、無造作に茶色の袋をテーブルの上に置く。
「ん? これは」
「金貨が五十枚入っている。旅の土産でも買ってくれ」
旅の土産に日本円で五千万円相当なんて、小市民の俺には使えねぇよ!
それに五千万円を土産に使えるほど、そんなに友達も多くねぇわ!
まっ、ありがたく貰っとくけどね。
奴隷を買う資金と考えたら、お金は幾らあって困ることはない。
「旅の土産って…… でも、ありがたく頂くよ」
「あぁ、是非そうしてくれ。それと、ザードの街に私の使ってない屋敷があるが、それも受け取ってくれ」
「そんな簡単に言うなよ! 怖くて、受け取れるわけねぇだろ」
確かに俺は彼にとって命の恩人だが、短剣に金貨だけでも十分貰い過ぎなのに、そのうえ屋敷を受け取ってくれだと、いくら俺でも怪しいと思うわ!
「ハハハハハ、怖いときたか。ー--大翔、私は君の事を買っている。君が命の恩人だということが一番大きいが、君の能力にも興味がある」
「そ、それは…… 」
「勿論、君が話すまで聞くつもりはないが、このまま縁が切れてしまうのは惜しい気がしてな。君が屋敷を受け取ってくれれば、たとえザードに縛り付ける事はできなくても、君との縁が切れることはないだろう。それが私の思いだから、屋敷を受け取ってほしい」
貴族に利用されるのは嫌だが、今の俺は大勢の従業員を抱える一企業家でもある。
断ることは簡単だが、後ろ盾になってくれる貴族がいれば、結果として従業員を守ることにも繋がる。
俺の我儘で断っていいのか?
(お兄ちゃん、さっきから黙ってるけど、何考えてるの?)
(リリ、俺は貴族に縛られたくないが、俺の我儘で貴族との関係を絶って良いものか、リリはどう思う?)
(リリは、お兄ちゃんが好きにすれば良いと思う。どうしたいのか、お兄ちゃんの気持ちが一番大事だよ)
(俺の気持ちか…… )
(うん)
(分かった。ありがとう)
(うん)
俺の気持ちが一番なら、結論は決まっている。
「ありがとう。喜んで頂くよ」
従業員の幸せが、俺の幸せでもある。これが、今の俺の一番気持ちだ。
「そうか。凄く嬉しいよ。早速で悪いが、屋敷を案内しよう。レディアーノ、悪いが馬車の準備を頼む」
「馬車の準備は宜しいのですが、午後からロイス男爵との打ち合わせもあります。そちらは、宜しいのでしょうか」
「あぁ、そうだった。ー--まぁ、仕方ない。ロイスは待たせておけ」
「そりゃ、ダメだろ! 屋敷なら今度でも良いから、打ち合わせを優先してくれ」
「そうはいっても、このまま大翔に逃げられると、困るからな…… 」
「逃げるって、逃げませんよ!」
男爵との打ち合わせよりも、昨日会ったばかりの俺を優先させるなんて、本当に公爵様か?
あっ、公爵様だから、男爵なんて待たせても平気なんだ。
いやいや、納得してどうする。
兎に角、男爵に悪い気がするから、ジェームズには男爵と打ち合わせしてもらおう。
「だが、大翔の能力なら、すぐにでも逃げられるんじゃないか」
ーツ! もしかしてテレポートのこと、薄々感づいてる?
ジェームズ達を助ける時、散々テレポートとアイテムボックスを使ったからな。
バレてもしかたないか……
「そ、そんなこともないが…… 」
「ハハハハ。悪い、悪い。大翔は、すぐに顔に出るから面白いな」
「ハァ、兎に角俺の事は良いので、男爵との打ち合わせを優先してください」
「分かった、そうするよ。屋敷の案内はレディアーノに案内させよう。レディアーノ、任せても良いか」
「畏まりました」
「だが大翔よ、この町を出る前には、必ず顔を見せてくれよ」
「勿論だ。いろいろしてくれて、ありがとう。ジェームズ」
俺はジェームズの気が変わらないうちにさっさと公爵家を出ると、レディアーノの案内のもと頂いた屋敷を訪れることにした。
★ ★ ★
公爵邸から一時間ほど馬車に揺られた町外れの静かな場所に、ジェームズから頂いた屋敷があった。
「おいおい、別宅って言ってたが、これって東京ドームより広いんじゃないか」
ジェームズが簡単に受け取ってくれと言ってたから、普通より大きい程度の屋敷を想像していたが、敷地は東京ドームより明らかに広いうえ、屋敷も公爵家よりは小さいが、それでも金閣寺の五倍はあるぞ!
デカい、デカすぎる。こんなの貰って良かったのか?
ジェームズが何を考えているのか、分からない。
ハァ、やっぱり、断っておけば良かったよ、段々怖くなってきた……
「お兄ちゃん、東京ドームってなに?」
「あぁ、うん。なんでもない。アハハハ」
「ふ~ん。別に良いけど」
「アハハハ」
ヤバいヤバい。あまりにも驚いて口に出てたか、気を付けないとダメだな。
それにしても、こんなの譲るなんて、ジェームズはいったい何を考えているんだ?
「大翔様、こちらが屋敷の鍵になっております。それから屋敷を管理してるメイド達が五人と庭師が一人おりますが、彼女達の給金二年間分は公爵家が支払いますので、安心してください。ー--さてと、後ほどメイド達には挨拶をして頂くとして、先に屋敷の中を案内しましょう」
広大な敷地に、少し古いが立派すぎるお屋敷、更にメイドが五人と庭師が一人、その給金までも公爵家が二年もみてくれるなんて、至れり尽くせり過ぎる。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖すぎる!
ジェームズは、いったい何考えているんだよ!
俺を愛人にして囲いたいのか! そんな気、俺にはないぞ!
「お兄ちゃん、ここ、お兄ちゃんの家なの?」
「そうみたいだけど、どうしよう…… 」
「なんか、凄いね! 今住んでるところの、何倍もあるよ」
「いやいや、何十倍もあるよだろ!」
「さぁさぁ、大翔様、こちらが玄関になります」
俺とリリがあたふたしてる間にも、執事のレディアーノは淡々と屋敷を案内していく。
「お兄ちゃん、玄関だけで今の家よりも広いよ。凄いね!」
リリの言う通り、玄関が今俺が住んでるワンルームマンションよりも遥かに広い。
「玄関は、お客様が一番最初に目にする所。それ故、貴族ほど玄関に拘るのもので、たとえ別宅と言えども、手を抜くことは御座いません」
「へぇー、そういうものですか、すごいですねー」
「お兄ちゃん、喋り方が変だよ」
「ゴホッゴホッ」
くそー、リリに言われるなんて。
緊張するな、緊張するな。俺は、日本でも数百億を一瞬で稼いだ男だぞ。
これくらいの屋敷なんて、いざとなれば俺にだって買えるんだ。
あぁ、ダメだ。ロビーの豪華なシャンデリアを見たら、足が震えてきた。
あっ、でも、シャンデリアの蝋燭に、火をつける瞬間が見れるチャンスかも!
あああああ、こんな時に、いったい何を考えているんだぁぁああー!
頑張れ俺、現実から逃げようとするんじゃない!
「大翔様、少しだけお待ちください。ロザンヌ、少し来てくれ」
「レディアーノ様。急に参られて、どうしたのですか?」
「勝手に入ってきて悪いが全員を集めてくれ、大事な話がある」
「畏まりました。少々お待ちください」
ロザンヌと呼ばれた三十過ぎの女性は足早にロビーを出ていくと、十分ほどして他のメイド達と庭師の男を連れて戻ってきた。
「全員揃いましたが、何用でしょうかレディアーノ様。それから、こちらの方は?」
「それを今から話します。まずは話を聞いてください」
「畏まりました」
まだメイド達に、話を通してないのかよ。これって、行き成り俺が屋敷の主人になりましたってパターンだよな、絶対揉める案件だよ。
昭和のテレビドラマかよ……
いや、この場合M&Aか、よその会社に買収されて窓際に追い詰められた、哀れな社員みたいな感じか。
だから、こんな時に、俺は何を考えてるんだよ……
ハァ、俺のせいじゃないからな、文句ならジェームズに言ってくれよ、ある意味俺だって被害者だからな。
「行き成りで悪いが、ルーベル公爵の言葉を伝える」
「「「「………… 」」」」
「皆には迷惑をかけるが、今日からこの別宅は大翔に譲った。俺に仕えたように、今日からは大翔に仕えるように頼む」
えっ、それだけ?
今後の話とかは、一切ないの?
「ルーベル公爵の話は以上だが、質問はあるか?」
「レディアーノ様、今後の話は後ほど聞かせてください。それよりも、もしかしてルーベル公爵様は、こちらの大翔様に屋敷をお譲りになるほど信頼を寄せているのでしょうか?」
「当然だ。そうでなければ大事な屋敷を譲ったり、貴方達を貸し出したりしない」
「左様ですか、ならば問題ございません。大翔様、これから宜しくお願い致します」
「「「「宜しくお願い致します」」」」
えっ、良いの? それだけで、良いの?
レディアーノさんの簡単な話だけで、俺の事を信頼してくれるの?
違うか、それだけジェームズが皆に慕われ、信頼されているってことか。
まさに、理想の上司だな。
それなら俺も、新しい特技を使わせて貰おうかな。
せっかく屋敷の主になったんだから、そこで働く人達に少しでも快適な空間を与えたほうが良いよな。
俺は、簡単な挨拶をすると皆に屋敷の外に出てもらい、屋敷をアイテムボックスに収納すると、屋敷の時を遡らせた後、再び元の場所に屋敷を戻した。
すっかり新築になった屋敷は、陽の光を浴び輝いていた。
「やっぱりお兄ちゃんは、最高の魔法使いだよ!」
「ありがとう!」
リリが抱きついてきて、俺達は盛り上がっていたが、レディアーノを含めた他の人達は、口を大きく開けたまま完全に固まっていた。
少しは、緊張する俺の気持ちが、分かったかな?
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