062 やってみよう!
塔はすでにヌエボデンジーから見える場所まで移動しているようだ。
ノアはエルフ領からすでに早朝出発し、現在は海岸線を右手にヌエボデンジーへの長い距離をひたすら疾走している。
同時に出たエルフ領の戦士達は、森を突っ切り、山を越えて、草原を走りヌエボデンジーを目指すらしい。
彼らは非常に健脚な種族で、駆け足程度なら休みなく走っていけるらしいので、下手をするとノアより先につきそうだ。
上空から見るとリアス式海岸になっているため、非常に道はグネグネと遠回りするように続いており、飛んでいけばどれだけ短縮になるかとやきもきする。
今ノアに乗っているのは、小さくした精霊の、ブーモ、ヒポポ、ピジョの3匹、猫のゼウスとルナがラゲッジスペースに、運転は親父、助手席にママ、美月とエザキエル、そして今回から旅を一緒にすることになった、エルフのハイベールがセカンドシートだ。
ハイベールはこの世界に現れるときに、結構年齢を若くしたらしく、美月とそんなに変わらないくらいに見えるが、すでに親父よりも生きているそうだ。
今まで見たエルフは結構二十歳以上に見えることからも、このハイベールは子供っぽい仕草が似合う子で、おしゃべり好きなようだ。
美月といい旅の仲間になれたようで、今もかしましくしていることだろう。
俺とヤタに乗ったルミナは上空から異常がないか見ながら、ノアに先行している。
もちろん5人の小人達もそれぞれの相棒にくっついている。
「ダイチ、私も塔に行きたいです。でも、足手まといだよね。」
ルミナは塔に行くメンバーから外されてからかなり落ち込んでいて、見ていても可哀相になってくる。
「さすがにルミナに肉弾戦はさせたくないな。あの塔の魔物を攻略するまでは、俺達の帰りを待っていて欲しいんだ。」
何度か慰めたり説得しようとしたけれど、あまり効果はあがっていない。
塔の進路は、ほぼ街道沿いだったらしく、今走っている道に沿っての移動だったらしい。
遠くに集落が見え始め、それを親父に伝える。
でも、なんか遠目に見て違和感があるのだ。
ヤタと一緒に一気に加速し、集落の門前に降りると、様子がおかしい。
どこの集落でも人影が見えないことがあっても、人の気配はするものだが、この集落には人の気配がない。
「ルミナ、なんか様子がおかしくないか?」
「ええ、人の気配がありません。確か昏倒した人たちのために、治療ができる人などが派遣されているはずなのですが、まったく人がいないようですね。」
今では塔の脅威も遠くなったため、集落は安全地帯のはずなのに、それを感じることができないのだ。
とりあえず、ヤタは上空で警戒させることにし、俺とルミナで集落の中央へと進んでいく。
中央には集会所のようなものがあり、本当ならばそこで治療などが行われているはずだった。
集会所の中を覗いてみると、この集落の違和感の原因がわかった。
俺達が飛んできた反対側の屋根に、丸い大穴が開いていたのだ。
上空から俺達を見ていたらしいヤタがクアアア!っと声を上げる。
「ちょっと上からもう一度見てみよう。」
ルミナをおんぶし、50mほど飛び上がると、上空から来た俺達から見えなかった方向のほとんどの家屋の屋根にやはり穴が開いている。
その穴は屋根を溶かしたようにできており、燃やしたり壊した様子はなかった。
「この集落はなにかの襲撃を受けたんだろうね。抵抗の跡がほとんどないから、寝ている間にやられたのかな。」
追いついてきた親父と一緒に集落を見て回ると、ほとんどの家で寝床が片付けられていなかったことから、深夜から早朝にかけて襲撃は行われたのだろう。
しかも空を飛んで、屋根に穴を素早く開けて、寝ている人間をさらえるようななにかにだ。
「これは恐らくサキュバスと、ガーゴイルの仕業ではないでしょうか。サキュバスは寝ている人を魅了する魔法を使いますし、ガーゴイルが吐き出す毒息は物を溶かすと言われています。」
ハイベールがエルフの知識で該当しそうな魔物を教えてくれる。
「そうよ。ついでに・・・「エザキエル?」・・・その通りです。目的は塔の中の魔物達の餌でしょう。私達魔族がいなくなったため、塔の中にいる魔物達は野生に近くなっているはずです。翼のある魔物が食料調達係になっているのでしょう。また、統制がとれているようなので、それぞれの階層のボスあたりが命じているのではないかと推測いたします。」
「餌ですって!?人の命をなんだと思っているのよ!早く助けに行かないと!」
「失礼ですが、餌の命など気にもいたしません。それに塔に入った瞬間に捕食されていることでしょう。」
なんということだろう。塔の中の魔物達は、人を餌にして生きているのだ。
ママはエザキエルを鞭で叩いているが、エザキエル達がいなくなったことで起こった食人行動だ。
それにエザキエルが喜んでいるようだからやめたほうがいいと思うぞ。
ハイベールに集落の様子を精神通話で他のエルフ達に送らせたあと、俺達はその集落を後にし先へと進むことにした。
塔の先端が見えてきた頃、これまでに通った3つの集落が同じような状況になっていることを確認し、俺達は愕然とした。
4つの集落の戸数は合わせると240くらいになるが、その家に家族3人で住んでいたとすると、700人以上は行方不明になっていることになる。
この状況は即座に魔神討伐に参加しているみんなに知らされたが、どうやら昨夜のうちに一気に事はなされたようで、どれだけの魔物があの塔にいるかを考えると薄ら寒くなった。
「塔がヌエボデンジーから視認できたようです。恐らくあと2日ほどでヌエボデンジー上空でしょう。また、デンジーレや周辺からの援軍は2日後に間に合うかどうか微妙なところのようです。」
「大知、上空から塔やヌエボデンジーは見えるか?」
「塔は見えるけど・・・ああ、見えているようだ。ルミナの位置まで上がってみるよ。」
ルミナがいる上空まで上がると、海の入り江に沿って、大きな町が見えてくる。ちょうど俺達と塔とヌエボデンジーが同じくらいの距離だろう。
確か塔は人が歩くくらいの速度で進んでいるはずだから、ノアでなら5時間ほどで追いつけるのではないだろうか。
「親父、たぶん夕方くらいには追いつけそうだぞ。休憩してさくっと昼飯にしようか?」
道端にノアを止めて、エルフ領で作ったサンドイッチを食べる。
運転しながらでも食べられるものだが、すでに半日運転している親父を休ませるためでもある。
「親父大丈夫か?運転は結構気を使うんじゃない?」
「さすがに目にくるな。腰も痛くなってきたし、動かないときついよ。」
この世界の道は平坦な場所なんてない。
ぬかるんだり、穴が開いたり崩れていたり。
安心して余所見なんかできない状況で、ずっと路面とにらめっこはつらいだろう。
岩や崩れた場所なんかは俺がすぐに教えられるが、それでも運転はらくじゃないし、振動は腰にくるだろうな。
「ルミちゃん!ハイベールと一緒にヤタに乗ってもいい?」
「いいわよ。でもピジョに乗らないの?」
「だってあいつ背中に人を乗せてること忘れて、平気で宙返りするんだよ?しかも、飛びすぎて迷子になるし!」
困ったもんだな。まあ、ママの言うことは聞くみたいだし、戦闘力も肉弾戦では精霊No.1っぽいからね。
色とりどりの果物がはさまったサンドイッチを平らげて、俺たちは再び出発した。
だいぶ双子の太陽が傾いてきた頃、目の前にとんでもない大きさの塔の下部が見えてきた。
黒い球体のような底があり、その底から地上までは20m程度の距離がある。
球体の上には円周上にまわしのような足場があり、一箇所だけ入り口を確認できた。
円周の直径は軽く1kmはありそうだ。
あの下に入ると魔力を奪われてしまうそうだが、俺達にも影響するのかな。
底の直径に対し、その高さは4倍ほどありそうだ。
もう規模が大きすぎて把握できないが、一般的な古いダンジョンもそれぐらいはあるだろうから、先細りなのを考えると、もしかしたらダンジョンとしての規模は小さいほうかもしれない。
まだヌエボデンジーまでは一日以上の道程が必要そうで、なんとか間に合った感じだな。
親父と打ち合わせた結果は、夜をまたずに塔を追い越し、足止めを試してみることにする。
足止めは土魔法でとんでもないものを作ってみたいと言ってにやりとした親父にまかせることにした。
他のメンバーはノアに拘束したエザキエルを残し、見張りにハイベールとヒポポを残すことにした。
ヒポポには、すこしでも変な動きをしたら、すぐに潰すように命じてある。
「親父、外壁を本当に壊すことは不可能か、それから中でどんな魔法を使えるかってことをとりあえず試したいんだけど。」
「ああ、どんどんやってみろ。俺とブーモはたぶん足止めの準備と実行で動けなくなると思う。」
「なにする気だ?」
「さすがにグレン○ガンは無理だが、なんとかマクロ○サイズに挑戦するんだよ!」
「ロボット禁止。」
「なにいいいいいいいいいい!なんのための土魔法なんだよ!」
「いいから、すり鉢みたいな山をつくれないかな。」
「面白くないからやだ。」
「ママ~!親父にお仕置きお願い!」
「やればいいんだろう!わかったよ!てか作戦もわかったから、もうお前は少しでも塔に傷をつけてみろや。」
こっちを見て鞭をぱしん!っとやっただけのママにここまで怯えるとは。
親父の行動制御がかなりらくになったね。
親父の話だと、魔法はどうやら塔の表面に吸い込まれるように消えるそうだ。
ママの氷の槍と親父の土の槍はそのまま吸い込まれていったそうだ。
唯一、ピジョのドラゴンブレスは吸い込まれずに表面で広がったそうだが、焦げ後なんかはつかなかったらしい。
それから、バンバンドでの突撃は、突いても斬っても叩いても、傷はつかなかったし、ママの鞭なんかもただ滑っただけのようだ。
ピジョの爪も、表面には傷しかつかなかったそうだ。
よし、とりあえずダンドリル全開で突っ込んでみるか。
「ブーモ、ダンドリルに魔力を流しながら全力で突っ込むよ。かなりフィードバックがありそうだから、しっかり掴まってろよ。」
「わかったお。がんばるんだお。」
俺が向かう方向の外壁に向かって、ママとルミナが魔法を放っているが、なるほど、そのまま表面を素通りして中に向かって吸い込まれるように消えて行っている。
いったいどうのような材質なのか、現代人の知識にもない材料なんだろうな。
ママ達に一旦下がってもらい、一点突破を思い描いて構える。
どうせなら、この一撃で塔を倒してみたい!とか思いながら、風魔法で竜巻をイメージすると、俺は一気に加速した。
さて、勝負だ!
お待たせしました。
とか言いながら、あまり進んでいなかったり。




