アルス訓練場2
ハンマーの運命やいかに!?
とはいえ、そんなモブキャラ特に気にはなりませんよね。
それよりも理熾は初めて武技をこの目にします。
瞬間。
「ドゴン!」という音と共にハンマーが吹き飛んでいった。
数mも宙を舞い、受身も取れずに地面に転がる。
その光景を理熾、アイゼン、エリルが眺める。
「リオ様すみません。
ダメです。
これでご容赦下さい」
ハンマーを殴った左腕を引き戻しながらそう言ったのはエリルよりも大柄なマッチョだった。
頭はつるりと剃り上げられたいかつい顔。
なのに愛嬌がある、彫りの深い美形だった。
「髪が無いのに美形なのは本物だなぁ」とか理熾は思ってた。
さっきまでの怒気はもう残っていなかった。
「ルルガ・フィードと申します。
団長の兄で、副団長をしている。
部下の無礼をどうか許して欲しい」
と頭まで下げた。
騎士といえば貴族の位を持つ者である。
そんな者が簡単に頭を下げるのはあり得ない。
だが、ルルガはあっさりと頭を下げた。
恐らく団長に下げさせるよりは余程良いという判断なのだろう。
「良いですよ。
それより今のはなんですか?」
「《拳打》という武技です。
といってもただ殴るだけなんですけどね」
「知りませんか?」と気さくに返答をしてくれる。
初めて見る武技に理熾は少し高揚する。
確かに威力を考えれば凄まじい。
人間が横に飛ぶのだから。
それほどの打撃を与えられるのはとても魅力的である。
だが内容が分からない。
横合いからの一撃で、見れたのは殴った瞬間だけなのだ。
発動の準備、体勢その他を全く見れていない。
これでは盗むことなど出来ない。
「もいっかい見せて。
ほら、あそこに転がってるのが「戦闘訓練がしたい」とか言ってたし。
僕が相手するのがダメなら、もう一回くらい相手してあげてよ」
理熾は「力が有り余ってるみたいだからさ」と付け足してハンマーを指差す。
本人が言い出したことである。
しかも「相手してやる」とまで言ったのだから、断れるはずが無い。
アイゼンもエリルも仕方ないという顔をしている。
少なくとも客の機嫌を損ねたのだ。
何より非は明らかにハンマーにあるのだから。
「ふむ…仕方ありません。
手加減はするのでご容赦を。
代わりに《拳打》と《蹴撃》をお見せしましょう」
そうしてハンマーに向き直る。
ふらふらしながら立ち上がってきたそいつは理熾とルルガの言葉に青ざめる。
自分がさっきまで何を言ったのか、本当に理解していなかったらしい。
相手が理熾じゃなければ処罰されていたのだから。
「副団長ちょっとまっ「ふん!」」
そうして出された右足での蹴りは回し蹴りのように半円を描く軌跡でハンマーの胴を捕らえる。
その威力は高く、ハンマーの身体はくの字に折れる。
そのまま《拳打》に繋げると、先程と同じように数m吹き飛んで地面を転がり止まる。
今度こそKOだ。
きっちり意識を刈り取ったらしく、起き上がるそぶりが無い。
これ以上介入されないように黙らせたのだろう。
なるほど。
打撃の瞬間に魔闘技みたく魔力を纏えば良いんだ。
瞬間、ってのが難しいけどそれだけでこの威力かぁ。
というかそれなら僕って蹴る時は基本的に《蹴撃》使ってたんだなぁ。
と武技の内容を把握する。
たかが見ただけではあるが、理熾には高い【体術】とそれに【魔力感知】を持つ。
このため魔力を使う武技は見れば分かるようだ。
今まで武技を見たことが無かったので見ただけで分かるかは半信半疑ではあったが。
恐らく投影訓練も行えるはずである。
やり方や手順、結果も簡単。
となれば《拳打》も《蹴撃》も基礎の武技なんだろうね。
多分この技術をベースに他の武技を使うんじゃないかな。
と見当をつける。
格闘系の武技を見たことが無いので適当ではあるが外してはいないはず。
何より知らずに出来るレベルの技術が凄いはずが無い。
それにルルガが先程「知りませんか?」と意外そうにもしたのだから。
「ありがとうございます。
すっきりしました。
次からは僕が相手するので気遣わないでくださいね」
理熾はそう言って、謝罪を受け入れる。
ハンマーを殴るより余程有意義な技が見れたのだから。
ただし暗に「次は無い」と付け足すのは忘れない。
「それは良かった。
団長、リオ様は私が案内しよう」
「では頼もう」
アイゼンと理熾だけでは恐らくまた同じトラブルが発生するからだろう。
騎士団側からしてみれば理熾は部外者で、しかも子供。
何事かと気にかけられるのは勿論、突っかかられる可能性もある。
アイゼンも事務方なので場違いだと思われてわざわざ突込みが入るかもしれない。
見学をさせるなら騎士の中の誰かと、という話にもなるが…人選が難しい。
その点ルルガは人当たりが良く、面倒見もいい。
何より身内…兄なので気兼ねなく頼める。
そういった思惑があってルルガに理熾を託した。
「アイゼン。
お前はどうする?
ただの見学だから付いて回らなくても構わんぞ」
「いえ、ノイズ様に言いつけられておりますのでお供します」
「二人共僕のわがままですみません」
「いやいや、客人が気にすることではありません」
「そうですよ」
そんな感じで見学が始まった。
まずは基礎を説明してくれた。
結果、基礎は本当に基礎だった。
とにかく走る。
平地のランニングではなく凄まじい悪路。
川あり山あり崖ありの凶悪な悪路をひたすらに道なき道をただただ踏み進む。
しかもわざと重い鎧を身に付け、5人一組で隊列を崩す事無く走り切る。
その5人は上官からの指定や抽選、ランダムまで色々ある。
決まった面子で走るわけではない。
スタートとゴールだけを決め、コースは一番手が即席で決め、それについていく。
一番手は順繰りで交代していくため、足が遅い者が前に来ると後ろが楽になるらしい。
逆に一番手で足が遅いと後ろが早いので地獄だそうだ。
歩くことは構わないし、助け合いや連携なども率先してやれと言われている。
リアルで「ファ○ト一発!」をやるらしい。
この訓練の目的は
1:基礎体力の向上
2:状況判断能力を養う
3:選択肢の増加
4:行動の最適化
の以上4つらしい。
1は言うまでも無い。
2は悪路を移動するので、地形に対して先読みが出来なくてはこける。
こけると全員のタイムロスに繋がるためこけられず、瞬間的な判断能力が向上する。
何より毎回違う面子をお互いが上手に使い分けねばタイムロスという状況が判断力を研いで行く。
3は毎回違う面子で走り、しかもコースが違うため、考え方・見方が広がる。
更に連携を求められるので各人の判断が違うことに気付かされる。
これによって緊急時の視野が狭まることを防ぐ。
4は以上3点を総括していき、訓練外でも最適化を行うことが自然にできるようになる
と、そんな説明を受けながら裏山的なところを走っていく新入り騎士を眺める。
それを見た時の理熾の感想は一つである。
「あ、これやった」と。
つい先日の緊急依頼では延々と走り、追い掛け回された上に戦闘までこなしたのだ。
鎧は身に着けていなかったが、平原あり、森あり、罠ありと大変スリリングだった。
しかも常時最適な足場の判断を瞬時にしなければならない上に、背後はウッドウルフ。
止まれば死ぬ、こけると死ぬ、速度が落ちても死ぬと緊張感と危険度は訓練の非ではない。
実戦なので当然だが。
なので特段訓練の内容について思うことも無かった。
これが実戦と訓練の差なのだろうということで。
少なくとも訓練としては上々だろうとも思う。
鎧の重量は最初は20kgから、最大で200kgまで。
「亀○人じゃないんだから…」とも思うが、分かりやすく能力アップが見込めるので実用的なのだろう。
何せ全身運動を強いられる上に判断力も鍛えられる。
加えて連携も必要だ。
一番手は前、そして置き去りに出来ないので背後を。
その後は中継者なので前後を。
最後は前方と、落し物や問題が無いか背後を気にしなければならない。
表面的であるが、必要な要素を満たす訓練だと言える。
だがこの訓練についていくだけの体力を新人に求めるのもどうかなぁ、とか。
初っ端からこれでは付いていけない者も続出するだろうなぁ、とか。
そんなことを理熾は思っていた。
事実この走り込みでの退団率が一番高い。
「騎士にまでなって何故走ることしか出来ないのか」ということで。
潜り抜けた団員からすれば「誰でも出来る事すら人より上手くないのに何を言っているんだ」ということらしい。
全くその通りである。
秀でているモノが無くてどうやって人を救うのだろうか。
「というのが、我が騎士団の基礎となります」
「ルルガさん、敬語やめよう。
様付けもやめよう」
「ん…そうか?
それはありがたい。
俺も敬語は好きじゃないんだよな」
「ですよねー。
まぁ、気軽にいきましょう」
と口調や呼び方変更にルルガも巻き込む。
理熾からすれば貴族の位というものの重みが分からない。
貴族として気を張られてもこっちも疲れる。
平民としての立場を押し付けられても困るし。
それならもっと気楽に接して欲しいのだ。
「それにしても騎士って大変なんだね」
「こういう肉体労働に加えて座学もあるしな。
馬鹿だと作戦行動が出来なくて、全軍を危機に晒すから」
「あぁ…なるほど」
と先程のハンマーを思い浮かべながら考える。
作戦行動に限らず、何が引き金になるか分からない状況下で勝手に動かれても困る。
例えただの会話だとしても、相手や状況で結果が変わる。
言質を取られ、それを利用される可能性もある。
そこを理解していない者が多いと、上司としては気が気でないのだろう。
ともかく。
基礎訓練はひたすら走りこむ。
こなれてきた辺りで『走った後』に型や陣、軍行動の訓練である。
理由は疲れきっていて変な力が入らないため、刷り込み作業が簡単だからだそうだ。
やはり型や戦闘時の動きというのは個人独特の癖が存在する。
それを逐一叩き直すのは難しい為、癖すら出せないくらい疲れた時に覚えさせるのだそうだ。
合理的ではあるものの、強引なので理熾としては「ご愁傷様」以外の言葉が見つからない。
だがそれをすると全く同じ動き(体格などの差はあるが)をする集団が出来上がる。
この時点で脅威である。
「動き自体はそんな大したことじゃない。
本当に基礎の基礎だしな。
けどこれが出来てないと、軍行動が出来ないから徹底させる」
「そこから発展させていくって感じかな?」
「あぁ、その辺りは流石に秘密だがな」
ルルガが茶化すように笑う。
アイゼンは静かに見守るようについてくる。
この辺りの説明が出来るのはルルガなのでアイゼンはだんまりなのだ。
集団戦の刷り込みを終えてから先は個人技の習得である。
走り込みを徐々に減らし、型などに比重を置いていく。
走り込みは単なる体作りという位置づけなのだろう。
完全に走り込みが消えることは無いが、その分の時間を実戦訓練に使う。
そして武技やスキルの習得に移る。
ここまで来ると騎士としてそれなりの戦力になるそうだ。
ちなみにさっきの噛ませ犬はこの辺りになるそうだ。
一般人としては強くても、騎士としてはようやくスタートに立ったばかりといったところ。
集団戦を仕込まれてはいるが、個人技はこれから。
だからそれ程実力は無いらしい。
だがハンマーにしてみれば走り込みやら、型の訓練、そしてようやく訓練場にて実戦訓練に到達した。
なのに訓練場にあっさりと理熾が見学に来てしまった。
今まで見学すら出来なかった場所に、だ。
だからハンマーは「この場に立つのにどれ程の苦労をしたか」と怒りに燃えたのだろう。
理熾が子供だったことも拍車を掛けた。
「子供の討伐者が、神聖な訓練場に踏み入れるなど!」という風に。
八つ当たりもいいところである。
そんなことを基礎訓練を説明しながらルルガが申し訳なさそうに話す。
理熾としては「やはり〆とくべきだったか」とか思ってしまう。
八つ当たり先にされるいわれはないし、今後がうっとうしい可能性が高い。
だから付き添ってくれている二人に改めて念押しした。
「次は潰す」という風に。
二人は顔が引きつる他ない。
何せルルガの腰くらいしかない子供がそんなことを言うのだ。
冗談でも新人騎士レベルと打ち合えるとは思えない。
勝手に〆られていれば良いというのは統一意見だ。
それについてはとやかく言うつもりは二人には無い。
少なくともハンマーに関しては自業自得である。
理熾さえ怪我が無く無事であれば。
「リオ君。
そうは言っても仮にも騎士だ。
そんな簡単には負けんと思うぞ」
とはルルガの言。
本音は『リオ君が凄いのは知ってるが、騎士もそれなりだから怪我するしやめとこうぜ』である。
むしろいくらEランクと言えどもあっさりハンマーが負けたらカリキュラムの修正が必要になるレベルだと思っているのだ。
「それに客人が毎度訓練に参加するというのも困ります。
対応が追いつきませんので是非とも回避してもらいたいものです」
とはアイゼンの言。
こちらは『毎度喧嘩売って歩く奴を量産したくないから我慢してね』というのが本音である。
どちらにせよ戦って欲しくは無いのだ。
ハンマーが勝てば客人に怪我をさせて騎士の評判が下がる。
ハンマーが負ければ討伐者に戦力が劣ると騎士全体の格が落ちる。
本当にあいつは何をやってくれたんだというのが二人の意見である。
「ルルガさん、大丈夫だよ。
ただの実戦訓練だからね?
勝ち負けはそんなに問題じゃない。
それにアイゼンさん。
僕みたいなタイプはそんなに居ないよ。
ほら、見学者が無いからアイゼンさんもラフな格好だしね?」
とあっさり論破する理熾に二人は天を仰ぐ。
『この子はこちらが困っている理由を理解している』と二人が分かっているからだ。
分かってないなら言いくるめられるだろうが、本当に困った子供である。
しかも
「あ、実戦訓練とかってそもそも参加出来たりするかな?」
とか爆弾を放り込んでくる。
エリルが指摘したように本当に訓練しにきたのだ。
行軍方法や作戦立案などはともかく、騎士の訓練方法は別に秘匿しているものではない。
だから見学も参加も別に構わない。
現に理熾もしっかり見学しているのだから。
ただし『領主から認められれば』という一文が付く。
一般人が入ってこられては訓練がまともに出来ないからだ。
その点を理熾は抑えて来ているので断るのが難しく、それらを理熾が理解しているからさらに始末に終えない。
だからルルガは脅すように危険性を説く。
「参加は構わない。
が、怪我もすれば死ぬこともありえる。
その覚悟を持っての言葉として聞いて良いんだな?」
「良いよ。
というか討伐者なんてそんなもんでしょ?
騎士の人達は『領民を守る』という意識があるかもしれないけど、僕は違う。
単に自分の為だけに力を揮うし、身に着ける…だから怪我も、死も、全部僕のものだよ」
だが理熾はあっさりと問題ないと告げる。
どの道この程度の訓練で怪我をするなら先は無い。
それに怪我をした際を考えて治すことも視野に入れるべきだ。
これから何をするかは分からないが、十分に危険ごとが待っているはずなのだから。
「ルルガ副団長。
リオ君は本気みたいですね。
訓練なら勝敗などという話にもなりませんし、一戦設けるというのはどうでしょうか」
とアイゼンが進言する。
彼は理熾の事をノイズ…ひいてはギルバートから頼まれた身なのでこの発言は結構重い。
副団長のルルガとしても、そこまで言うならという気もする。
「分かった、念の為団長立会いの下で行おう」
そう言って承諾した。
初日にて理熾の目的は達せられたことになる。
ハンマーが突っかかってこなければ切っ掛けが無かったことを思うと、微妙ではあるが。
その後訓練場に戻り、戦闘訓練を眺める。
その辺りでルルガがエリルに先ほどの訓練参加を伝えに行ってくれた。
まさか副団長を伝令に使うとは思わなかったが。
今回の見学した武技は《拳打》、《蹴撃》。
それに剣の《斬撃》、《切り払い》、《斬り上げ》の3つ。
槍の《刺突》、《乱突》、《打ち流し》、《打ち払い》の4つ。
斧が《両断》のみ。
他にも弓技で《影矢》、《二の矢》、《乱れ撃ち》、盾でもこっそりと《打ち抜き》というものも見学した。
こんなにもあっさりと武技を知ることが出来るとは、昨日までが何だったのかと愕然とする。
そもそも武技は秘密にされている訳ではない。
戦闘を生業としていれば嫌でも目に付く。
オークとかゴブリンを殴ってる場合じゃなかった…。
多分ギルドの訓練場行けばこれくらいいつでも見れるよね…。
という後悔をして。
だが実際に訓練しているかというと微妙だと理熾は思っている。
今は魔物や魔獣が多いので訓練してる場合じゃないのだ。
というか魔物や魔獣を相手に訓練した方が余程儲かる。
実戦が訓練というのもなかなか無茶な話ではあるが、その日暮らしの討伐者には仕方ない話でもある。
対して騎士は、万全の体制で戦場に出る。
騎士は家名を背負う立場上は簡単に死ねないのだ。
平時であれば騎士達も訓練によって技術を磨くのだが、今は非常時。
魔物・魔獣の数が多くて訓練時間が無いのだ。
今この場に残っているのは戦場に出すには早いが、走り込みの訓練を終えた者達。
それと訓練の監督者である。
なので見知った技は武技としては練度も低い。
その辺は理熾からすると気にする部分ではない。
今までゼロだったものがプラスになっただけでも十分なのだから。
と収穫を胸にこの日は帰宅するのだった。
お読み下さりありがとうございます。
知っているか、知らないか。
たったこれだけのことで能力とは劇的に変化します。
知識とはそれだけの力を持つ、一つの能力なのです。




