あけみやの朝
祝賀会も終わり、いつもの朝がやってきます。
昨日の宴の名残はいろんな意味での残骸です。
片付けって本当に大変ですよね。
ぼけーっと視線を上げる。
そうか、昨日食堂でそのまま寝ちゃったのか。
そう判断するまで時間は掛からなかった。
どうやら朝の営業は中止らしい。
それもそうだ。
前日を宿泊ごと貸し切っているのだから、翌日の宿泊客はここで歓待を受けた討伐者だけである。
だからあけみやは前日から本日の夕方までは領主の貸切なのだ。
ギルバートが持つ店だから出来るのか、領主だから出来るのかはさておき。
追い出されずに済んでとてもありがたいことである。
「うーん…」
と伸びをする。
変な体勢で寝ていたはずだが、特に違和感は無い。
まぁ、伸ばすと「ペキペキ」という音はするのだが。
それにしても回りは死屍累々である。
誰かが起こして回らなければならないことは明白だが、セリナにそれが出来るとは思えない。
討伐者といえば荒くれ者である。
故に体格は大きく、筋肉質なので重い。
今回に限っては男連中ばかりだから更にめんどくさいのだ。
ここは昨日の司会者に頑張ってもらおうと姿を探す。
食堂の隅でセリナと話をしている司会者を見つけたので声を掛ける。
「おはようございますセリナさん。
それと司会者さん」
「おはよう、リオ君。
君は早いね」
「おはようございます、リオ様。
昨日は大変な失礼を…申し訳ありません」
司会者が理熾に対して様付けになってる。
頭を掴んだことが余程効いたらしい。
健やかな上下関係が築けたようで大変良いことである。
けれども。
「様とか要らないよ。
それとあんなのが今後無ければ良いよ」
と気軽に返す。
理熾も別に怒った訳ではなく、単に困っただけなのだ。
手札は多ければ多いほどいいのだから、切り時は見極めたいだけ。
あんな場でなければ躊躇無く伝えているかもしれない。
「ありがとうございます。
申し遅れました。
私、ギルバート様に仕えるノイズと申します」
と頭を下げながら自己紹介される。
何だかギルバートといい、ガゼルといい、ノイズといい。
後付けで名乗るのを止めてほしい。
まぁ、僕も突っ込んで聞かないのが悪いんだろうけど。
見た目は若く、整った顔立ちをしている。
だがこの世界の見た目はそれ程役に立たない。
フィリカですら200を超えるのだから。
「それでリオ様。
本日お昼くらいはお手透きでしょうか?
ギルバート辺境伯がお会いしたいので予定を知りたいと申しまして」
流石は従者。
客人扱いをしたい理熾にとても丁寧だ。
昨日の脅しも効いているかもしれないが。
「うん、大丈夫。
って辺境伯…?
え、伯爵なの、ギルバートさん!?」
と驚く。
理熾の知識での爵位は公爵、伯爵、男爵くらいしかない。
しかも順番が良く分からない。
男爵という名前の芋があるくらいだから、それよりは上だろうというくらい。
だから伯爵ってすっごく位が高いくらいの認識しかない。
「そんな人が守衛とかやってていいのか」と思う。
そんな様子を可哀想な目で見ながらセリナが言う。
「ごめんね、リオ君。
お父さんそういうのが見たくて黙ってること多いのよ」
だったらセリナが教えてくれても良さそうなものだが、似たもの親子と言うことか。
本心では楽しんでいるからこそ、黙っているのだろう。
ギルバートさんが領主って言った時に微妙な顔してたし!
「あぁ、またか」って顔だったし!
「あぁ」とがっくりと肩を落とす。
とはいえ、気にしたら負けである。
逆に考えるべきだ。
ギルバートは『肩書きが無くても生きられる人』なのだ。
多くの人は能力に見合った肩書きを持つ。
が、背景が強力であればあるほど『肩書きが一人歩きする』ものだ。
それは日本でも良く見た。
『大人だから』とか、『先生だから』とか。
都合の良い勝手な解釈の元、能力に見合わない権能を行使する人達を。
理熾の狭い交友ですら存在するのだから、どの世界にでも居るのだろう。
だからギルバートは『後付け』で肩書きを伝えたのだろう。
別に伯爵だと知らなくても良いし、知ったからと対応を変える必要が無いように。
と、そう思うことにする。
「では、ギルバート様にはその通りにお伝え致します。
時間は…そうですね、11時くらいに。
昼食をこちらで取ると言うことでよろしいでしょうか?」
「うん、それで。
ついでにギルバートさんに『覚悟してね☆』って伝えてね」
覚悟の内容は伝えない。
というか、別に何をする気もない。
ただ単に「少しは懲らしめたい」だけである。
「…承知いたしました」
頬を少し引きつらせながらそう言って下がるノイズ。
彼はギルバートの元に向わねばならない。
だがそうは問屋がおろさない。
いや、理熾がさせない。
「あ、違う違う。
そうじゃないや。
ノイズさん、進行役として、この状況はどう思う?」
と食堂を指差し引き止める。
「どうにかしないとね?」と言外に伝えてくる理熾に目に見えてノイズの表情が引きつる。
この場を片付けてもらわねばならないのだ。
けれど理熾は『命令をする立場』にはない。
なので遠回りであるが『ノイズの判断で行動する』という風に仕向けたのだ。
「進行役なのに最後まで見なくていいの?」という風に。
もしかするとセリナもどうしようかと相談していたのかもしれない。
すぐにセリナも乗ってくる。
「あら、ノイズさんがどうにかしてくれるの?
ありがとう」
とセリナがノイズに先じて手を打つ。
『ノイズが行ったであろう結果』に対して「ありがとう」と言ったのだ。
これではノイズが動かなければ明確にセリナの感謝を不意にしてしまう。
何より辺境伯の娘の言葉を無視するわけにもいかない。
セリナにそんな権限は無いし、ギルバートも命じないだろうがそういう問題じゃない。
というよりその前に「進行役」という言葉で縛られたのでさらにどうにもならない。
「……分かりました。
人を集めます。
まだまだ早いですので、お昼までに叩き起こしましょう」
そういってノイズは去っていった。
応援を呼んでさっさと片付けるのだろう。
「ついでに洗い物までしてくれると助かるのに」とセリナと笑いあった。
「そういえばフィリカさんは?」
「リオ君の部屋で寝てると思うよ?」
あっさり答えるセリナ。
何故だ。
部屋の主を差し置いて部屋で寝るなんて!
とか思うが、この酒と男臭い食堂で女性が寝るのは拙いと思い直す。
少なくとも理熾が女だとしたら絶対嫌だ。
それほど身嗜みを気にしていないフィリカでもそうなのだろう。
それくらい討伐者は『男臭い』のだ。
「そっかぁ」
「あ、リオ君。
朝ご飯いるかな?」
「うん、欲しいけどこんな状態で大丈夫?」
「ノイズが何とかしてくれるでしょ」
そうあっけらかんと答える。
あの従者はセリナの信頼を得ているらしい。
それとも『何とかさせる』のだろうか。
そのまま厨房に入って朝ご飯を作ってくれるセリナを眺めながら思う。
あぁ、ご飯を作ってる姿って良いよね。
と。
理熾が料理を作る機会はそれ程無かった。
単に母親が作ってくれていたからだ。
今までそれ程『料理を作る姿』というのは見なかったように思う。
「ご飯が出来たよ」と呼ばれて食べに行くだけで。
よくよく考えれば食事を作るのは大変な手間だ。
時間を掛けて作ったものでも、食べてしまえば一瞬なのだ。
それを手間や時間を惜しまず『作れる』というのはとても凄いことなのだ。
「ごはんまだー?」の言葉がどれほど無茶な注文だったのかを今更ながらに思う。
ま、家族相手の食事だから手間も時間も惜しんでたけどね、お母さんは。
手間も時間も掛けずに作った料理だったが不味いわけではない。
そう思うととても料理上手だったのだろう。
効率や最適化を考える理熾の癖はその辺りの遺伝かもしれない。
ということは僕でも料理が上手くなる?
この世界でも調理できるともてるのかな?
と多少の余裕が出来たことでそんなことを思う。
別にもてたいとか思ってるわけではないのだが。
酒臭い男を椅子から蹴落として座って、テーブルに頭をごろごろさせながら待つ。
こうしているととても気持ち良い。
木のテーブルが優しさを伝えてくる感じがする。
頭がとろけそうになってまた寝入ってしまう寸前でセリナに声を掛けられた。
「朝ご飯は余りものです」
そういって手早く出された料理は「ザ・朝食」という感じだった。
パン、スクランブルエッグ、ベーコン、それにスープ。
確かに軽食ではあるが、量がある。
ベーコンはしっかり塩味、肉の味がするし、たまごはふわふわ。
相変わらず驚くほど美味い。
特にスープ。
理熾がお酒をほとんど飲んでいないとはいえ、少しは口にした。
その酒の感触を洗うような味と香りなのだ。
胃の中、口の中、鼻の奥。
酒が、臭いが通ったであろう箇所を爽快に洗い流してくれるようだ。
だからと言ってきつい香草という風でもない。
スープなのに香ばしい匂いがして、あっさりして口に優しい。
一体何のスープなのだろうとも思う。
酔い覚ましとして定番なのかもしれないが、凄く美味しい。
あけみやの食事にハズレが無いことを改めて思う瞬間だった。
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ありがとうございます。
何となくようやくここまで来たな~って気分です。
今後ともよろしくお願いします。




