穏やかなる日常4
いくら最低討伐難易度Aランクになってる霊亀を相手にしたって言っても、出てからたった二日の遠征で片腕を失くして帰ってきたなんて信じられる?
あ、けれど目的地はその中にある迷宮だったしそうでもないのかな……。
何だかリオ君を相手にしていると世間的な設定難易度を疑うようなことが多すぎてよく分からなくなるんだよ。
でもね?
確かにライムとかレモンが大変だったのは分かってるよ?
私もあんな怪我人見たの初めてだったし、慌てるのも無理はないと思ってるよ?
でもさ、
「すぐに教えてくれないのは違うと思うんだよ」
「うん? 何か分からないことでもあったか?」
「あ、いえ……大丈夫です」
そう言って机に広げた書類を拾い上げて顔を隠し、お爺様の視線から逃れた。
ライムの治療が優先だったのも仕方ないよ?
そのために危険な迷宮内で訓練してきた、とか意味不明な発言も飲み込める。
でもさ、崩れ落ちるほど全力を注ぐってどうなの?
平気な顔で立ってたリオ君がいきなり倒れただけでも驚くのに、慌てて支えてみたら変に軽くて。
抱きかかえたらいきなりわき腹で、そのとき初めて『左腕がない』って知ったんだよ?
叫ぶわけにも行かずに呆然とするしかない私の気持ちを考えて欲しい。
元々軽い身体のに、左腕分さらに軽くなったリオ君を抱えてベッドに寝かせ、ネーブルたちに事情を訊いてようやく状況を教えてもらった。
何でそんなに無茶ばかりするの、と心配とか不安とか苛立ちとか喪失感とか。
仕事もせずにそんな考えばかりが頭をめぐっていると、布団の中から「ふわぁ」と声が上がってようやく随分時間が……半日くらい経っていたことに気付いたんだよ。
「あ、おはようセリナさん。ライムの調子はどうかな?」
「――っ! 君は、そんな有様で、まだ人の心配をしているの!?」
「え……? あー、また倒れちゃいましたね。気を付けないと。
セリナさんが運んでくれたんですか? ありがとうございます。それでライムは……」
「ライムは大丈夫だよ! リオ君のバカ!!」
いろいろと考えていたはずが、リオ君の能天気な態度を見て、急激に苛立ってベッドの縁をボフンと叩きながら部屋を後にしちゃった。
扉もかなり強めに閉めてしまった向こう側で、リオ君が「えっ、えーー?」と困惑している声が微かに聞こえたのを覚えている。
少しだけ溜飲は下がったけれど、いつもいつも私を心配させてばかりのあの子を懲らしめる方法は無いのかな。
それにだよ。
ライムの容体が落ち着いた途端出て行っちゃうなんて、ほんとリオ君って落ち着きがない。
しかも理由が『あと何日かで霊亀消えちゃうから』だなんて信じられる?!
何より腕を失くした本人が『霊亀の素材を取ってきますね!』って張り切って発表したのを聞いて思わず怒鳴ったのは許してほしい。
確かにリオ君たちは元々拠点探しに迷宮を探していたけれどね?
しかもそこで遭遇したのが移動形態に変わった霊亀で、そのままだとただのAランク以上の魔物扱いにしかならないのもわかる。
当然、ほっといちゃえば拠点にするなんて無理だし、どうにかして元に戻さないと話にならないのもわかる。
寝込んだライムと疲れ切ったレモンを置いていくのも正しいと思うし、元々霊亀は災害指定で危険だから全員で向かったのもわかる。
時間がないのも、この魔境遠征が失敗できないのも、ラボリの関係者としてよ~~~く知っている。
でも、百五十層からなる迷宮を……それも幻焔竜なんてSランクの魔物を討伐したばかりなのに!
――ダンッ!
色々なことを思い出して机を叩く。
はぁ、駄目だなぁ私。
どんどん余裕がなくなってる気がする。
「リオ君たちの件で疲れているのは分かるが、気を抜くと罷免されかねないぞ?」
「そ、そんなことリオ君はしないよ!?」
慌てて否定したけれど……よく考えてみるんだ私。
ラボリと魔境遠征で資産管理をしているセルジの仕事量とは比較にならない。
人が増えた今は警備担当のリンクスもずっと忙しくしてるし、リゼットも五都祭から後、一気に増えた面接や応対を担当してくれている。
あれ……もしかして私、思ってたより働いてない……?
「クビにされたらどうしよう……」
呼吸が浅くなるのを感じ、思わず手を止めぽつりと口にする。
現実感が押し寄せてきてぐすりと鼻をすすって考える。
そういえば私は自分で職場を選んだことない?
しかも前のあけみやも全部お父さんの紹介だし、次の働き口ってどうすれば……?
「なんで孫をいじめているんです。このクソジジイは」
「クソジジイってお前……仮にも夫に向かって……。いや、悪かった。そんなことはあり得ないぞセリナ」
「本当に?」
「同じ仕事量をこなせる奴などそうおらん」
「……はぁぁ、阿呆ですかあなたは。答えが違いますよ。こういうときは信頼の話をするのです」
「え? あぁ、そうか! リオ君がセリナを手放すはずがないじゃないか!」
「及第点も上げられませんよ。まったく……数字ばかり見ているからセリナの心を踏みにじるのですよ」
「……いや、しかしだな?」
おどおどとするお爺様の姿を見て少しだけ気が和らいじゃった。
けれどお婆様はいつにもまして攻撃的な気が……?
視線を向けるとふわりと笑ってくれましたが、すぐに目が引き絞られました。
「セルジの言いたいことはわかりますよ。セリナ、集中できなければ一度席を外しなさい」
「え……?」
「そうイライラしていては判断に険が入ります。その判断はちゃんと貴方のものですか?」
ふと読み込んでいた書類に目を落とす。
考え事をしていたからか、見覚えのない案件を手に取っていたことに驚いてしまう。
そういえば昨日の午後辺りからの内容をちゃんと覚えて……とサッと血の気が引いていく。
「ど、どうしよう!?」
「落ち着きなさい。決裁後の書類もちゃんと保管してあるでしょう?」
「ある! あります!」
「それで全部ですか?」
「わ、かりません……」
「今日の分は誰も取りに来ていませんね。では昨日渡した決済をシュフル家に調査させましょう」
「はいっ!」
すぐに人を呼びに席を立とうとするけれど、お婆様が「やっておきますから貴方は休憩でもしてきなさい」と私の動きを止めた。
でも、ただでさえ仕事量が多いのに、失敗を人に押し付けて休憩だなんて……。
お婆様の意図するところが分からず、お爺様に視線を向けた。
「分かっていないようですねセリナ。浮ついた気持ちだったから、約一日分の仕事の見直しが必要になったのですよ?」
お婆様は基本的に優しいけれど容赦がない。
鋭い言葉に思わず「う……」とうめいてしまう。
「幸いにも捗っていたわけではありませんし、大した遅れにはなりません。
しかしまずそのことを貴方が自覚しなくてはいけないというのに取り乱すばかり……はぁ……」
「そんなあからさまに溜息吐かなくても……」
「とにかく休憩を取りなさい。いっそ一日開けても構いません。
いえ、せっかくなので二・三日休暇を取ってリオ君たちと遊びに出ますか」
「さすがにそれは……」
「一昨日と同じように働けるなら私も何も言いませんよ?」
ここ数日がいろいろありすぎて心がざわついてるんだよ。
そんなこと言われたらずっと仕事できないかもしれないのに。
睨むようにお婆様を見て「……いじわる」と口に出す。
「孫可愛がりが酷いジジイと吊り合うためには仕方ないのですよ」
「ちょっ、おれのせいか!?」
「でしたらもっと厳しくなさい。次は私が甘やかす番ですよ」
「お、おぅ……? いや、待てそれではおれが手伝い始めた意味がなくなる!」
「そんなことは知りませんよ。というより、セルジが手伝い始めたのはギルバートのせいでしょう?」
え、どういうこと?
と疑問符が浮かぶ私の横でお爺様が「まぁな」と天井を見上げていた。
「いくらなんでも宿屋と領地を同じに考えられるわけがない。というか新人代官が担える仕事量と内容じゃないんだよな」
「えぇ、いくら変な指揮官が付いていようと無茶ですね」
「リオ君の指名って聞いてるけど…?」
「そもそもリオ君は平民と聞いているし、そりゃ『迷い人』の世迷言だろ。
内容を知らなきゃ何とでも言えるから、だからこそギルがその話を断るか補佐をつけるべきだった」
「ねぇ、セルジ。ギルバートが止められなかったなんてことは無いわよね?」
「……だとするとますます貴族側に引き入れたいものだな」
お婆様の指摘に、お爺様が一拍の間をおいてそんな呟きを漏らす。
本人は「少数パーティの指揮官だ」って謙遜するけれど、私たち貴族は目的のために取捨選択する能力を高く買っている。
特に『仕事に合わせた人選』は、びっくりするくらい型にはまっていて、少しずつ手が増え始めてるんだよね。
そうなると我がラボリとしては手放せないわけで、お爺様みたいな話もよく出てくる。
またかぁ、って思っていると耳聡く拾い上げたお婆様が「嫁でも宛がいますか?」と実効策を放り込んで来た。
「だが奴隷相手に嫁がせるのはなぁ……いや、待てよ。
縛る内容を『服従』から『婚姻』に変えればアルス領主も奴隷契約の破棄に頷くか?」
「あら、良い案ですね。後は元奴隷でも構わないと頷く相手が見つかれば良いだけですね」
「おれたちの後継だと思われれば引く手数多じゃないか?」
「地位や金銭目的の者をセリナの下につけるのは嫌ですね」
「ある程度は仕方あるまい。事実、権力は持てるのだからな」
「では他勢力になびかないか、不釣り合いな権力を振り回さないか、ですか」
「他勢力? もうそこまで検討しているのか。あぁ、だから地位の話に繋がるわけだな」
「セリナの領地を害虫に食われてはいけませんからね」
「いや、そこはネーブルの忠誠心で縛るべきだろう?」
「人の心は変わりゆくものですよ。いつも同じ思いで行動しているとは限りません」
「そんなことを言いだせば誰も引き入れられないではないか」
「ですから選定が必要だと……条件のみに縛られてしまえば手痛いしっぺ返しに遭いますからね」
ネーブル! 何だかどんどん話が進んでるよ!
というかラボリは私の領地じゃないし、まったく知らない間に引き返せないところまで行っちゃったらリオ君爆発しない?
何よりネーブルが全力で逃げ切りそうなんだけど……あ、でも二人掛りなら頷くしかなくならない?
いやいや、それより前にラボリに引き入れるにはネーブルとかお父さんの了承がいるんだよ!?
秘密の宝庫だからね!
とりあえず早めに教えてあげたほうが良いかもしれない、なんて思っていると、話題は少しずれていた。
「ともあれ、まずは目の前のことか」
「えぇ、一刻も早く平定しなくては誰も来てはくれませんからね」
「平定はされているのでは……?」
「これで? いやいや、セリナ。こんなもの、開店準備も終わっていないようなものだぞ」
「そうですよ。あけみやは女将が居なくては回らない宿でしたか?」
考えるまでもなく私は「ううん」と答える。
そんなことがあるはずがない。
だってラボリ赴任が決まってからほとんど間を開けずにこっちに来たしね。
あけみやでの引継ぎもスムーズに進んだし、今の経営状況も悪くないらしい。
残念だけど、私が居なくてもやっていけるんだよね……と少し悲しい気持ちになる。
「残念だけど私が必要ってわけじゃないかな」
「そうでしょう? けれど悲しむ必要はありませんよ」
「あぁ、安定した運営状況で逐一権力者が右往左往している方が余程問題だからな」
「ですね。今のように代官が執政官の真似事をしているラボリは異常なのですよ」
「え、でもお父さんは随分忙しいように見えるけれど……?」
「アルスも人材不足は似たようなものだし、何より領地の規模が違う。一緒にしてはギルが可哀想だ」
「それでも十年前くらいから安定し始めましたけれどね」
「もうそんなになるのか。いやはや、お互いよく死なずにここで働いているな」
「あの頃を経験していればこの状態も大したことないのですけれどね……まぁ、私たちも年なのでしょうね」
いや、この状況で『年だから』なんて言われたら……本当に私なにやってるの、って思っちゃうんですけど?!
そもそも『あの頃』ってアルス赴任の初期だよね?
そんな超マイナススタートと比較されたらどの領主も楽してるって思われるんじゃ……。
お爺様を筆頭に『クライン家と仕事をするとすぐにハードルが高くなる』って言われるのは、こういうところなんじゃないの?
仕事の質や量に静かに戦慄する私をよそに、ネーブル引き入れ工作に戻っていた話題をお婆様が打ち切りました。
「っと、違いますよ。セリナを休ませてあげましょう」
「ある程度の決裁もこちらが引き受けよう。何、金の絡まない案件など存在しないからな」
「時間も労力も物資も何もかも、金銭で取引が成立しますからね」
「そういことだ。とはいえ、おれは過度に口を挟むつもりは無いから期待しすぎてはいけないぞ?」
「あ、はい。って、え、私、休む感じ?」
「そう言ってるだろう? 上司も居ないことだし、遊んで来るといい」
「そうですよ。貴女が作っているラボリを散策してきなさいな」
目の前に積まれていた書類を二人にさっと取り上げられ、私の机の上には急ぎの案件がなくなった。
少し先の書類に手を伸ばそうとすると、お爺様から「ジジイの戯言と聞いてもらえんようだ」と悲しげに言われ。
その正面で審査書類に目を通していたお婆様からは「内心ではあのババアうるさい、と蔑まれているのでしょうね」と大きな溜息を吐かれる。
いやいや! 本当に大変な時に手を貸してくれたお二人相手にそんなわけないでしょう!?
慌てて反論しようと顔を上げると、こっちへ視線も向けずに『シッシ』と追い払うように二人そろって手を振っている。
えぇ……私邪魔なの? 夫婦水入らず的なそんな感じなの?
「セリナ、仕事は重要だがあくまでも生活の一部だぞ」
「そうですよ。ギルバートのように仕事漬けなどなってはなりません」
「いや……お父さんは必要に駆られたんじゃ…?」
「だとしても、セリナが同じである必要はないでしょう」
「そうじゃそうじゃ。さっさと遊びに行ってこい。日々を過ごすにあたって趣味は必要だぞ。無いなら探してくるんだ」
「それなら……お菓子でも作ってこようかな……?」
「構わんよ。だが屋敷の材料は使わず、全部外で調達してくると良い」
「え、時間が……」
「掛かっても構わん。荷物持ちも使え。手配も含めてやってこい」
「説明がもはや指示ですね。セルジがそんなだからセリナが……」
「きょ、教育は親の仕事だろう!?」
「私よりも先にラボリで補佐しているというのに……」
「くそぉ! もうお前もここに居るではな――」
何故か私の教育についての論争が始まり、いたたまれなくなって「行ってきますっ!!」と叫んで執務室を飛び出した。
背後ではまだ言い合いが静かながらしっかりと続いていた。
えぇ……私、そんなにできない子なの?
お読みくださりありがとうございます。




