穏やかなる日常3
ライムが運び込まれた部屋にドタバタと全員が駆け込んでいく。
この異世界は、回復系の道具や魔法が数多くあるため、怪我に強く病気に弱いという面白い構造をしている。
また、一般人でも日本のアスリート並みの身体強度を持っており、これは日常的に力作業を必要とするのに加え、スキルや魔法が普及しているからだ。
となれば『病気に弱い』というのも、あくまでも『怪我と比較して』であり、日本的な発想で言えばわりと超人の巣窟だったりする。
といった前提を加味して考えても、ライムの状態はあまりに酷かった。
ライムが受けた幻焔竜の尻尾は、削るように打ち据え、張っていた防御結界を軒並み叩き割って到達した。
その際に見えた魔力の残滓は全員の知るところによるが、弾き飛ばされた先にあった岩石は、ほぼ無防備のままぶつかっているのだ。
いくらフィリカ製とはいえ、服の防御力のみでの激突は、幻焔竜の攻撃を受けたライムの身体にはかなり厳しいものだったに違いない。
結果として肌には多くの裂傷が刻まれ骨が見え。
骨折はもとより内臓のあちこちにも損傷を与え、挙句に右足の膝から下が無くなっていた。
一目見て息があると判断できないほどの状態で転がるライムを発見した時のスミレは、悲鳴すら上げずに崩れ落ちたほどだ。
それをハッサクが冷静に生死判定を下し、呆然とするスミレの横で回復薬をバラまきながらネーブルに伝えた。
ハッサクも相当消耗していたが、先に回収したレモンを引きずり、スミレを叱咤してラボリに送り込んだ。
まだ大氾濫で魔力が荒れている場での転移はスミレには難しかったため、一度迷宮の魔法を使ってヴァルトル近くまで移動してからだったが。
そうして極寒の地と化した幻焔竜の迷宮の最奥で、ネーブルと理熾が小さな睨み合いを挟んで【神聖古術】を手にする。
理熾の持つ【スキル取得】のお陰で、習得は一瞬でも使いこなすことは難しい。
特に先人も居ない稀少魔法であり、修練を積んでの取得ではないため、何から始めていいかもわからない。
本来なら戸惑うところだが、理熾自身は<重時空間士>の取得に至るほど、指導者の居ない技術を使いこなしてもいる。
時間さえかければどうにでもできる……と、やはり指導者が居ない中で理熾は手にしたスキルを酷使した。
時間を稼ぐため、リコに【干渉魔法】を渡して【時魔法】を掛けてもらって時差を二倍に固定。
さらに周囲から魔法補正、スキル補正、装備特性を駆使した時点で既にライムが居た時と同じだけの速度で回復する。
ここにまだ使えない【神聖古術】を自身に掛けた。
傷の治りが早くなる方法を模索するため、そしてネーブルから厳命された『ライムより先に治療する』のを担保するため。
刻一刻と馬鹿みたいに消費していく魔力と体力を、回復薬と魔法薬をこれでもかと使い、これまでため込んだ血魔石型の吸命・吸魔を開放して完治を急ぐ。
こうして表面上だけ綺麗で中身がボロボロだった理熾の肉体は、迷宮に来る前と同等の体調にまで復帰した。
唯一違うのは左腕が存在しない……いかなパッシブお化けの理熾でも欠損部位の再生までは果たせなかったのだ。
実験と実践を繰り返し、理熾の治癒作業はリコと【干渉魔法】と【神聖古術】の交換や休憩を挟み、一日もの時間が掛ってしまった。
ちなみにこれらの修練は、ネーブルの強弁により迷宮内で行われた。
というのも、ライムの状態を見た後の理熾が、こうした前提を無視して何をしでかすか分からないからだ。
緊急時での命令無視が平時に直撃した嫌な例であり、理熾は少しばかり反省することとなる。
それでも緊急時になれば同じような行動を採るのだろうが。
理熾の修練時には既にラボリへと派遣されていたスミレは、人の入れ替え、情報の受け渡しとラボリ・アルス間を忙しく飛び回っていた。
そのいずれもがライムの命を繋ぎとめることになるため、手は抜けないと緊張したまま。
そんなスミレから一日遅れで帰還した理熾たちは、凄惨な姿のままベッドに横たわるライムと、幾分マシなレモンの二人を直視する。
だが、そこから先の記憶は理熾に余りない。
積み重ねた疲労に文句を言うでもなく、ただひたすらに指示に従い能力と技術を使い倒しただけだ。
ライムが目を開けたのは二日後で、気力・体力・魔力を使い果たした歓喜に震えた理熾は、逆に崩れ落ちて一日ぶっ通しで寝ていたほどだった。
つまり幻焔竜を倒してから四日後、ようやく理熾は一息つける状況になったわけだ。
しかし――
「え、出発から二日で戻ってきた?」
「どうやら霊亀の中と外じゃ時間の進みが違うらしいな。
ほら、主人が【時魔法】を使って時間稼ぎやってた感じに似てるか。
ちなみにライムが到着してから、俺たちが顔を出すまで大体一時間掛かってないらしいぞ」
時差を使った修練を思い出し、ネーブルが説明する。
だとしても百五十一層なる巨大迷宮の攻略が、いろいろあったとはいえ十日ほどというのは貴族組にも衝撃的だった。
ラボリに集中する戦力の高さを改めて実感させられ、セルジはガーランドの行く末にトオイメをすることが増えていく。
ともあれ、理熾たちが霊亀迷宮へ出発してから今までを合わせてもまだ四日しか経っていなかった。
「そっか、ならファロさんの魔境攻略もほとんど進んでないんだね?」
「おう。ようやく出発したくらいのものさ。急ぐ必要はなかったかもしれんな」
「時差があるなんてわかんないし、知っててもどれだけの差があるかわかんないから同じだよ」
「それもそうだな。ラザフォードが掌握した今ならともかく、途中で戻ってくると入るのに苦労するわけだしな」
過去に霊亀に挑んだSランクが数時間後に倒していることを思えば、時差については予想が立つ。
が、実証するまえに攻略した方が早いし、時差がなければ単なる時間の浪費でしかない。
どのタイミングでも時間的な猶予はなかったので、最善を貫いたことは間違いがない。
「ライムの容体は安定したみたいだね?」
「あぁ、元々ライムには《極限治癒》の術式があったからな。
アレと用意できる道具で助からないなら誰を連れてきたって余り変わらない」
「それについては抗議をしたいね!」
「命で償おうか?」
「一々ネーブルは重いんだよ!」
「奴隷だからな?」
「はいはい」
という一幕で話は終わってしまう。
色々思うことはあれど、見捨てることも含めた指揮官の仕事を押し付けてさえ、『子供のわがままを聞いてもらっている』とネーブルの言い分に納得している。
だからこの話はもう終わり。
むしろ【神聖古術】を手に入れた幸運だけを拾い上げる。
理熾は既にこの魔法を使い倒し始めている。
起動に術者の、維持に周囲の魔力を吸い上げる古代魔法は、近代魔法に比べて性能的には劣る。
しかし魔力負担が劇的に改善されるため、延々と使用し続けられる利点もあるのだ。
だからリコに【神聖古術】を預け、理熾に向けて活性化を掛け続けてスキルの育成する。
また、理熾には【限界突破】 に似た基礎能力の向上と共に強制的な成長を促す。
日常的な筋トレを強制的かつ無意識に行うという、なかなか無茶苦茶な使い方だった。
幼馴染すら含んだ関係者全員が理熾の頭のおかしさを笑ったのは言うまでもないだろう。
「それでさ、霊亀ってまだいるんだよね?」
「急いで出てきたからな。一応ラザフォードが停止の指令は送ったらしいがどうなってるかは分からん」
「あー……幻焔竜も言うこと聞かなかったしね」
「そういうわけだ。ファロには二日前の現在地を伝えていたから、誤差程度で問題ないと思うぞ?」
「そっちじゃなくてさ。霊亀の素材取りに行かない?」
「んんっ!?」
「ほら、ラザフォードさんが居ればある程度言うこと聞くだろうしさ」
「いや、実証されたわけじゃないんだぞ? というかまたAとかSランクに喧嘩売るつもりか?」
ネーブルの眉間に皺が寄る。
大事を取って寝ていろと全員から言われてベッドに沈む理熾は、軽く布団を掛けなおしてネーブルの視線を避ける。
命を危険に晒すとどうなるかを先刻学んだばかりだろうが、という視線から。
しかし理熾の口から出たのは
「霊亀の素材って存在すると思う?」
「はぁ? それを取りに行くって話じゃないのか?」
「そこも含めて知りたいんだよね。だって元は迷宮だよ?
いきなり霊亀になるっておかしいよね? だから僕はどっちかと言うと詩織の《戦想衣装》を想像してるんだけどね」
「霊亀自体が魔法的に作り出された動く装備?」
「うん。だから魔力が尽きると消えるんだよ。餓死した霊亀みたいな感じでね」
「なるほどな。活動する鎧みたいな扱いか? いや、あっちはモノがあるか。
バタバタしてて考える時間がなかったが、言われてみれば強力な迷宮核が外装を取り繕っているだけとも言えるな」
「そこで問題なのが、装備を魔法で顕現するのか、それとも道具に魔法を掛けて装備してるのかってところ」
「あんな形の道具はないが……」
「あれだけの魔法生物だし、形状変化くらいできそうだよね」
「霊亀の形状の違いは背に乗る風景くらいだからな……となれば、形状変化型の場合は素材が取れる?」
「とは思うんだけど、餓死した霊亀って迷宮しか残ってなかったんだよね?」
「……まぁ、年に一回ほどしか調査に出てなかったらしいし、間で何かに持っていかれた可能性はあるがな」
「とにかく調査は必要ってことで」
「了解した。どうせ街道建設もそうすぐには到達しないしな」
理熾との話を聞いたネーブルは、メンバーには間違いなくラザフォードは要るだろうと素材回収の方法を軽く模索する。
とはいえ、ライムとレモンがぶっ倒れているこのタイミングでそんなことをするのも大変なだけだ。
できるのならもう少し時間を空けて……とネーブルが考えた時に、そもそもファロが到着するまでに霊亀状態をどうにかしなくてはならないことに思い至る。
どちらにせよ近い内にラザフォードの派遣は必須になりそうだ。
思考に埋没するネーブルは「ところでさ……」と口にした理熾に視線を上げる。
「セリナさんの機嫌どうしたら直ると思う?」
誰も挑戦したことのない霊亀の秘密を暴こうとしていた迷い人が貴族の娘の機嫌を気にして眉を下げる。
前日にあったひと悶着を思い出し、やれやれとネーブルは肩を竦めて「自業自得だろ」と突き放す。
問題ばかり引き起こしやがってざまあみろ、という思いもかすかに乗っていた。
「そんなこと言わずに一緒に考えてよ!」
「はぁ……たまんねぇなぁ」
無理難題を押し付けられ、呆れるのはいつも通りの光景だった。
お読みくださりありがとうございます。
この章って意外とゆるゆる進んでいますね。
設定考えたり、戦闘シーンを書くのも大好きですが、こういうのもいいですねぇ。




