激戦のあと
日本から連れ去られた時、二人は何も思っていなかった。
しかし、異世界に降り立った瞬間に実感することになる。
この世界には頼れる相手が誰も居ないのだと。
強烈な孤独感を抱え、隣に立つ相手だけが最初で最後の寄る辺で、だからこそ二人一緒に生き抜く決意も無意識に同時に固めていた。
能力は高かったので、生き残ることは容易かった。
しかし、その高い能力から『孤独』を強要され続けた。
それは【神託】であり、神持ちの称号であり、部隊長の立場でもあり、多くの戦場でもある。
彼女たちは唯一信頼できる親友とすらもすぐに引き離され、戦場で死線をくぐる毎日を強いられ続けた。
神持ちの存在を隠すため、二人が部隊長をしている公務はもとより、個人的な時間ですら制限を受ける。
部隊長に二人が就任してから急激に下がったとは言え、依然死亡率の高い最前線に配属された隊員をいつ欠くかも分からず、駒扱いしなくては心が砕ける。
元々精神的にも強かった二人だが、本人たちも気付かぬ内にゆっくりと摩耗していく。
そして何より常に孤独がいつまでもまとわりついて離れない。
そんな殺伐とした世界に身を置く二人が、理熾の存在を知った時点で居ても立っても居られなかった。
だから公式の立場からいち早く飛び出そうとしたし、どんな手を使ってでも再会に固執した。
彼女たちの中で、理熾は『平和の象徴』だったから。
再会してからこれまで、自分たちの話をするのも、理熾の物語を聞くのも、それこそ準備や訓練や実戦ですら楽しかった。
極限まで危険を抑えた、理熾らしい戦況の作り方に気が抜けていたのは確かにあったが、逆にどれだけ緊張感漂う戦場でも笑って駆けられた。
今までの苦労や苦悩が嘘のように何をするでも物語のようで、ただただ楽しく世界が明るく感じていた。
何もかもを楽観的に、何もかもがご都合主義で進んでいくと…何故か二人は錯覚していた。
けれど、理熾の半分が灼けたことで、現実は変わらず残酷だと思い知らされた。
ここで理熾を失えば、一体何を指針にこの世界に立てば良いのか分からない。
二人が蓋をしていた孤独の口が開いてしまう、そんな瀬戸際が今だった。
理熾に縋っていたわけではない。
けれど理熾の存在によって大いに救われたのも確かだった。
ネーブルやフィリカのように止める手段を考えられないのも、スミレやライムのように治療のために駆け寄れないのも。
すべては現実を直視した時、取り返しのつかない喪失を経験してしまわないか…そんな恐怖に足が竦んだ。
詩織は大火傷で立ち上がった理熾を見て。
穂波は大怪我のまま立ち回る理熾を見て。
距離の差はあったものの、衝撃の強さは変わらない。
だから二人は揃って立ち上がれない。
「以前のお前らは知らんが、俺たちはこんな無謀な主人に付き合ってる。
すぐに立ち上がれないなら、この遠征を最後に国へ帰れ。
わざわざ危険に突っ込む主人を見て苦痛を味わうより、気楽に英雄やってる方が楽だろ?」
結果主義のネーブルにしては随分と親身な答えをくれてやる。
ただ、その言葉は余りにも突き放していた。
この遠征が失敗すれば、この場の全員含めてガーランドごと滅びる危険な賭けでもある。
だから成功が絶対条件で、成せば魔境の脅威は格段に減る。
そうなれば国から格下げされた二都市には改めて英雄として迎え入れられることだろう。
また、二番目の協力を得られているため、辞職や待遇改善も見込める。
それこそ『英雄』を蔑ろにはできないのだから。
聞いているのかいないのか。
大した反応を寄越さない二人に溜息を零し、ネーブルは「答えは霊亀攻略までに出せば良いさ」と付け加える。
この二人は今回の遠征に戦力として参加している以上、使えないなら切り捨てる。
同行は許しても、護衛まではしてやれない…たとえ重大な欠損や命を落としても『荷物』のことまで構っていられない。
そうした優先順位をネーブルが履き違えることはない。
「フィリカ、今日はこの階層を掃除して野営だ」
「ん? これだけの怪我人連れて迷宮探索続行か?」
「なっ……」
「ちょっ!」
ネーブルの言葉を聞き流していた二人が、フィリカの解説に立ち上がろうともがく。
それを承知のネーブルは、盛大に溜息を吐き出して続ける。
「日程が詰んでるんだぜ?
辺境の同盟国を巻き込んだ遠征の失敗を主人に被せるつもりかよ」
「置いてくるだけでも構わんだろ」
「入った方法を忘れたのか?
迷宮から出るのはできるだろうが、どうやって霊亀の中に戻ってくる気だ。
高位の<空間使い>二人を揃えるだけでも大変なのに、こじ開けるだけの魔力を誰が捻り出すんだよ」
「ふむ…魔力供給を私やシオリが担当しても、問題はやはり属性差か」
すべての問題を一手に解決するための遠征は、だからこそ小さな問題では止められない。
それこそギルドや国家規模の戦力を投入している以上、個人の生死よりも集団の収支が優先される。
煽った側のラボリが、それも元々難易度の高い遊撃一人の損失程度で退いていい場面ではなくなっているのだ。
当然元二国の団長をしていた二人も問題の一端を担っている。
理熾の身を案じて抗議を上げようにも、そもそも巻き込んだ側の二人が今更どの面下げて口を開けるというのか。
失敗の責任は、遊撃のリーダーであり、ラボリ領主の理熾が背負うことになるのだから。
「しかしリオ君のテントは出せないだろう?」
「何も全員入れる必要はないさ」
意図を理解しているだろうフィリカに、大げさに肩を竦めるネーブルが答える。
理熾という足枷があるため、どうせしばらくこの場からは動けない。
【以心伝心】も使い、全員に聞かせるには丁度良かった。
「主人が暴れたとき用のフィリカと、荷物持ちのスミレ、治療役のライムさえ入れればな」
「非戦闘員はどうする?」
「部屋自体は余ってるわけだし、中に入れるのは構わんさ。
あぁ、さすがにレモンは使いすぎたから…いや、これからまた使うんだけどな」
「くく…ならさっさと回復させてやらんとな」
フィリカは腰に備えたポーチをごそごそと漁り、羽織ものを運ばれたレモンの頭にばさりと被せた。
どうやら効果は今理熾が着ているものとほとんど同じで回復薬のように回復補助の効果を得られる。
しかも薬品やスキルとは別系統の特性なので相乗効果が見込める。
注意が必要なのは装備品への『特性』のため、魔力を消費してしまうこと。
身に着け続けるのも毒であったりもする。
「ともあれ、仕事が終わったならレモンには寝床を使わせてやってくれ。
ラザフォードと……ついでにあそこでへばってる二人も中で待機だな」
「ほう…? いやにあの二人に優しいじゃないか」
「馬鹿言え、あんな状態で見張りされる方が恐ろしいだろうが。
それなら中に入れて『魔力タンク』にでもした方が遥かにマシだ」
「まったく、リオ君の部下は随分と人使いが荒いな」
「そりゃ仕方ない。俺らの主人が一番人使いが荒いからな」
横たわる理熾を指さすネーブルは、戻ってきたスミレとハッサクにさっさと指示を送る。
「スミレはそのまま片側の門を維持。
レモンが復帰したらハッサクの指示で二人を送って掃討開始、周囲1kmの『動くもの』は全部狩れ」
ハッサクは小さく溜息を吐いて頷き、レモンはまさかの残業に「うへぇ」と不満を見せる。
だがそれ以上にスミレが「ネーブルさん…?」とか弱い手をプルプルと握り締めていた。
「そんな怖い顔すんなよ。
ちゃんと主人の近くで居させてやるんだから」
「あの状態のご主人様を外に出しておく気ですか!」
「お前の《障壁》で囲えば外でも十分快適だろ。
さっきまで空に居たわけだし、門を維持したまま《障壁》を出せない道理はないしな」
ネーブルは「そこはお前の技術に期待してるさ」と何とも人任せな結論に至る。
それもスミレが普段よりも気を入れて壁を作れば安全まで確保されるおまけ付き。
彼女に頑張らない理由などなかった。
だが―――
「自分が傍に居れば前線と繋がる門も近くにあるわけですよね?」
「魔物でも入り込んで来るってか?
門を小さくすれば良いし、フィリカが守ってるから問題ないだろ」
「門を小さくしても魔法の一部が飛び込むかもしれないじゃないですか!
もう! すぐにテント出すのでフィリカさんとライムさんは中で治療してください!」
「いやぁ、スミレも賢くなっておっさんは嬉しいぞ?」
「嫌味な褒め方しないでください!」
プリプリ怒り出したスミレは手早くテントを広げて魔力を通し、魔力の吸い上げを一時的にオフにする。
制圧担当のフィリカや治療をするライム、何よりも体力や魔力をゴリゴリ減らしながら治癒し続ける理熾から吸い上げるわけにはいかないからだ。
テキパキと動くスミレを見るネーブルは『考えて動けるようになってきたな』と感心した。
それに引き換え…と、戦力だけは一級品の幼馴染たちに視線を向けて改めて溜息を吐いた。
お読みくださりありがとうございます。
しばし小休止といったところです。
それにしても振り返ってみると理熾のダメージがでかすぎることに今更気付くもやし。
霊亀戦は寝て過ごすのかな…?




