制限の果て
Bランクとの遭遇も、今や一つの出来事でしかなくなってしまっていた。
とはいえ、今回の合成魔獣も、魔法ではなく肉体を主戦力とするタイプ。
斥候から鍛冶士、魔法士までもが揃っているこのパーティでは、相手がどのようなものでも対応できるとは思うものの、未だ魔法を扱う相手に遭遇したことが無いのは気がかりだった。
その思いを特に持つのは指揮官を任されるネーブルで、魔法士をまったく相手取ったことのない理熾でもある。
いや、理熾は学園迷宮の攻略時に、学生相手に一度中級魔法を攻略していたか。
そうした懸念を世界が感じ取ったわけではないのだろう。
が、今目の前に居るのは、その『魔法戦闘』を強いられる中でも上位に属する魔物だった。
「さすが二十六階層…悪の魔眼球の群れとはなぁ…無視するか?」
呆れの混じる声色で問うたネーブルだが、答えは分かり切っていた。
うきうきとした視線を送る理熾を見れば、訊ねる必要性すらないのだから。
「まさか! 今度こそ僕が行くよ」
「あのな…悪の魔眼球ってのは【幻惑魔法】を得意とする魔物だ。
単体はCランクでも、十も二十も集まれば余裕でBランクに数えられる。
それを目の前に居る数十体「正確には五十一だな」って数を相手に、なんで単騎で戦うんだよ馬鹿」
「今まで空気だった【状態異常耐性】の効果が…あ、【自然調整】に集約されたんだっけ」
ハッサクによる追加情報により、正確な数を知ったネーブルは、さらに上がった難易度を辟易する。
だというのに、ネーブルの馬鹿主人発言を気にするでもなく、理熾は目の前の機会に目を輝かせていた。
「何でも良いが、耐性スキルを過信してると痛い目に遭うぞ。
まだこっちに気付いていない今なら、スミレの門とシオリの魔法で封殺できるだろうが」
「それだと僕の魔法戦の経験値が上がらない」
確かに一方的に攻撃し、高いLvを獲得するのはこのパーティでは簡単になりつつある。
しかしただステータス強化に勤しむのでは意味がない。
常に足りない状況で成果を出し続けて来た理熾は、あえて『足りない状況』で戦いたがる。
そんな戦闘経験を手に入れるためだけに危険を背負う理熾の強い言葉に、ネーブルは思わず絶句する。
このメンバーであれば恐れるに足らないのは周知の事実。
現に、理熾はネーブルの戦法を否定していない。
余裕が無ければ理熾も無視か、門を使った奇襲で殲滅に賛成する。
先制攻撃が行えない方が稀だし、だからこそ緊張感も緩んでしまう弊害がある。
であれば、これらはすべて実戦を見据えた練習であり、何よりもこれまでの道程を肯定する大事な確認でもある。
だが、準備を怠らない理熾にとって、これはまたとない機会でもあるのだ。
故に、普段言わないわがままを発動した理熾を引き留めるだけの材料を、この場の誰もが持ち合わせていなかった。
「はぁ…分かった、注意点を上げていくぞ」
「そうこなくっちゃ!」
「はしゃぐな馬鹿主人。
まず、あいつらを視認することすら難しい…今回はこっちに<暗殺者>と<空間使い>が居たから先に発見できたと思っておけ」
こうしてネーブルによる即席の悪の魔眼球の講義が始まった。
いわく。
最も面倒なのが悪の魔眼球が得意とする【幻惑魔法】だ。
この魔法単体では感覚器を狂わせるだけで済むのだが、悪の魔眼球にもなると誤認させた事象が具現化する。
というのも、【幻惑魔法】による炎に包まれたとき、誤解した世界が本当に炎をまとう。
魔法の根源でもある『世界への直接干渉』を可能にする、特別高度なスキルなのだ。
また、世界を騙すほどの強力さはなくとも、対象者の勘違いを引き起こすことは簡単だ。
たとえば幻に囚われた相手は剣で切られたとの勘違いで裂傷を負い、欠けもしていない足の感覚が消失してしまう。
感覚器が訴えるまま、身体や精神に傷を刻まれるのだ。
それほどに強力な魔法を持ちながらも単体がCランクの理由は、多くの魔力を消費するために【時魔法】と同じく息切れが早いのだ。
何よりこれは他の魔法でいくらでも代用が効いてしまい、同レベルならば直接攻撃のできる方に軍配が上がる。
応用範囲は広いものの、『幻惑』の名で分かる通り、これは双方の想像力によって効果と深度が変わる。
つまり嘘だと確信している者には効かず、信じる者ほどその強制力は大きいという、使いにくさも一級品の魔法になる。
こうした特徴を持つ悪の魔眼球への対抗策は簡単で、ひたすら挑発して逃げて息切れを狙うのが最善。
ただし、それは敵が単体だった時の話だ。
今回のように、複数の悪の魔眼球を相手にする場合、【幻惑魔法】は相乗効果を得て回避が難しくなる。
また、警戒すべきはそれだけでなく、【幻惑魔法】の合間に撃ち込まれる、本物の攻撃魔法だ。
やつらは特徴的な魔法として【幻惑魔法】を扱うだけで、根本で魔法士タイプであり、個体差はあるものの感覚的に理解できる自然四属性のいずれかが扱える。
全てが【幻惑魔法】ではないため、目に見える魔法の回避を怠るのも悪手にしかならない。
魔法は高度な技術を必要とするために同時行使が非常に難しい。
当然、悪の魔眼球も同じなのだが、複数体が相手になると、この同時行使が実現してしまう。
これでは回避・防御するのも難しく、厄介さが倍増する。
ちなみに悪の魔眼球の見た目は、大きな眼球に触手を持つタコのような形状。
吸盤は存在しない代わりに体表がうねうねと文様がうごめく、なかなか醜悪な魔物。
バンシーのように魔力や生命力を吸い上げて育つらしく、何日も拘束されて衰弱死を迎えるとのこと。
悪の魔眼球の名の由来である『幻惑で悪夢を見せる目玉の魔物』に恥じない。
浮遊こそしないものの、地面を這う四つ足の獣や二足歩行の人とは違い、木々に触手を絡ませて立体的に群れは回遊している。
鬱蒼とした海藻地帯を漂うクラゲを想像すると分かりやすいかもしれない。
「つまり悪の魔眼球の魔法は全部防いで、その上から攻撃を叩き込めばいいってことかな」
「えらい脳筋な答えだな…。
パーティで戦うなら手の数も足りてるからそれが正攻法にはなるが…」
「理熾君、三人でやる?」
「うん、あたしも参加するけど」
「んー…いや、二人は僕がダメだった時に助けてほしいかな」
理熾はニコリと笑って《障壁》の端に立つ。
眼下に見える、悪の魔眼球の群れに焦点を合わせ、軽く作戦を練る。
「そうそう、リオ君。
悪の魔眼球相手に魔法戦はあきらめた方が良い」
「…どういう意味ですか?」
「仮にも『魔物の魔法タイプ』だ。
霊亀とまではいかないが、敵の魔力圏の中に突入するから、ほんの近場でしか魔法が使えない。
遠距離攻撃なら《岩石弾》や《火炎弾》なんかの魔法を使うより、《亜空間》の方が優秀だと思うよ」
「なるほど…起点を燃やす《炎陣》みたいな中級魔法も厳しいですね」
「元来中級魔法は出力がでかい。
だから基本的に魔力圏を超える魔力量で発動するが、抵抗分威力が下がったりするので無駄な消費になるだろうな」
「特に今回は敵の数がネックってわけですね」
「そもそも群れに単独で戦闘を仕掛けるのは馬鹿だからな?」
笑いながら告げるフィリカだが、それでも止めない。
彼女はあくまでも理熾の良き隣人でしかない。
理熾は「それでも」と口にする。
「僕はもう負けてはいけない」
呪文のように小さく頷いて《障壁》を超えて足を踏み出す。
落下する理熾の周りには、百を超える《岩石弾》が浮かんでいた。
お読みくださりありがとうございます。
次回、理熾が大暴れの予定です!




