ウラルフィンチ論争2
「まだ、あるのか…?」
「リオ君、私達お腹一杯だよ?」
先程の話で胸焼けすらする、食欲をなくした貴族二人は呻くが理熾も引けない。
理熾の中では、魔境関連よりもこちらの方が優先順位は高いのだから。
「まずはこれを試食してみてください。
もしかしたら知ってるかもしれませんが、すごく美味しいですよ?」
取り出したのはヴァルトルで手に入れたウラルフィンチでダシを取った琥珀色の透き通ったスープ。
先程ネーブルがシレっと口にしていたものは、ヴァルトルの屋台で一口味見させてもらい、味を占めた理熾が豪快に鍋ごと買い取ったスープだった。
実は店主もたまたま手に入れた食材で、右往左往して何とか仕上げたものらしい。
味は良いが庶民が歩く市場で、興味本位に口にするには余りに高く、売れ行きが悪く困っていたとのこと。
焼鳥と合わせて朝から客が理熾とネーブルを合わせて数人なら泣きが入るのも無理はない。
全く売れなかったスープが即座に完売し、ホクホク顔の店主からそんな話を聞いたネーブルは、生き生きと新たな交渉に入った。
次に狙うのは屋台に並び、程よく焼けて良い香りのする焼鳥と仕込み済みの肉…そして檻に入っていた生きたウラルフィンチだ。
量や値段を考えると訝しむ店主だが、不良在庫が捌けるとあって嬉々として応じ、思いの外安価で手に入れた。
ちなみに一羽5000カラド…鶏ほどの大きさの食用鳥が日本円にして50万もの大金だったが、辺境に持ち込むことを思えばこれでもまだ安いらしい。
ネーブルが提示した安めの買値に飛びつくくらい切羽詰っていたようだが、ガーランドでも珍しいこの肉の味を試食するには最適の品々だろう。
結局あの店主に利益はあったのだろうか、と理熾は少し不安になった。
全員にスープを取り分けて配る理熾とネーブル。
様々な意味でのお土産だ。
「相変わらずうめぇな」
「あぁ、腹が膨れてても入るからな」
とはレモンとライムの感想。
さっぱりとした中にも濃厚な香りと風味がある優しい味に、ビリッと塩と香辛料が利きいて香ばしく炙られ、割かれた肉がアクセントに入っていた。
先程とは打って変わって緊張感も解れ、他の面子も口々に頬を緩ませ好意的な感想が並べられた。
「わぁ…凄い深みがあるねこれ。
誰が作ったの?」
「そこらの屋台のおっさんだよ。
調理法もそう凝ったもんじゃないらしい。
ウラルフィンチをそのまま丸ごと沸騰させないように煮込んで、後は…主人?」
「あ、うん。
これが『具』の焼鳥ね」
食材に目敏いセリナも、供給量が著しく少ないウラルフィンチは口にしたことが無かったようだ。
暖かいまま《亜空間》から取り出された焼鳥を各自の取り皿に乗せていく。
からりと焼き上げられた鳥肉は、スープに入っていたものとは食感や味の濃さが違って別の美味さを引き出す。
「ウラルフィンチは確かもっと内陸の鳥だろう?
この辺なら確かに珍しいかもしれないが、これが何なんだ?」
各自が舌鼓を打って賞賛する中、セルジの疑問はもっともだ。
試食が一巡した辺りで理熾がその答えを告げる。
「養殖しようかと思って」
「は?」
「養殖」
「これを?
何処で? どうやって?」
「迷宮内に専用階層を作って放し飼いにして」
「嘘だろ…?」
「割と本気。
セルジさんも『特産物が欲しい』って言ってたし、卵は超高級品でしょ?
この鳥の養殖が難しいのってスペースの確保だけみたいだから、ラザフォードさんが居れば多分安定供給できるし、いいかなって」
このやり取りにセルジは頭を抱え、ウラルフィンチの知識を引きずり出す。
獰猛とさえ言えるこの鳥は、非常に賢いこともあって檻で飼うことは不可能ではない。
だから養殖の発想が生まれることは自然だが、ストレスなのか運動不足なのか、檻のサイズが小さいと肉や卵が途端に不味くなる。
そう、美味くなくなるや味が落ちるのではなく、不味くなるのだ。
しかも一般的とされている『年齢=卵の数』が、多くとも3個と味に加えて数まで激減するというおまけつき。
これだから5個を越える卵の評価が異常に高くなるのだ。
この条件を受け入れ、広大な土地を囲い、ウラルフィンチの養殖が考えられたこともある。
しかしどれだけの大きさの檻が必要なのか、はたまたどれだけの生産性があるのかなど、養殖に着手するための情報が余りに足りなさ過ぎた。
加えて、安定的もしくは安く簡単に手に入るようにするための養殖で、巨大な檻まで必要となれば天然物と何が違うのか、という話にもなる。
何を言っても相手は空を飛び交うのだ。
最初から難易度が違う。
それを理熾は迷宮という天然の檻でやろうと言い出したのだ。
何処の世界に災害を引き起こしかねない魔物の中で養殖産業をはじめようというのだ。
それも元々住み着いている魔物ならともかく、食用にする動物を放り込むなど余りに馬鹿げていた。
しかし考え方としては悪くなかった。
檻の概念が必要なのは個体数や成長、健康の管理をするためで、年齢と共に味が増すウラルフィンチには欠かせないだろう。
ただ卵に関しては巣を探し当てて目印を置くくらいしか方法が無いので考える必要がある。
それでも出荷用の確保の可能性を思えば微々たるデメリットと言えるだろう。
絶品のスープを嚥下して頬を緩ませるネーブルは、二人の貴族のことなどお構い無しに続ける。
「開拓で出るゴミは公共事業扱いだから領主の管轄だが、それ以外は住民負担になる。
ゴミ捨て場くらいは設置してるだろうが…それならそろそろ村のゴミ処理問題が浮上するだろ?
どうせだからそのゴミの回収を事業にして迷宮に食わせて、魔境産の魔物を鳥に回せば良い。
低級の魔物を迷宮とウラルフィンチ用に生餌で入れとくのもありだしな。
竜種飼うより戦力的にも数的にも調節は簡単だし、よっぽど健全な養殖だと思うぜ」
「良い案だが一体誰が管理すると思ってるんだ…」
「何ならもっと難易度の低い四足の草食獣でも構わんさ。
産業目的は後回しにして、飼育係り兼任の研究員でも雇い入れておけば村で金も回るしな」
「だから人を雇えないとあれほど…」
「だいぶ視野が狭まってるなセルジ。
狙う相手はあくまでも『研究員』だ。
そうすれば『秘密を漏らした時点で研究成果を取り上げる』と言えば身動き取れないさ。
ここでしかできない内容であるほど『研究者』は逃げられなくなる…どうだ、面白くなってきたろう?」
ネーブルは酒を口にしながらニヤニヤと笑い、対面に座るセルジに説明を続ける。
こんなことを考えていたのかと嫌になるのと同じく、最初からネーブルも雇用問題に巻き込めばよかったとセルジは悔やむ。
「だから使う研究員は、新人で発言力が小さい方が望ましい。
流出しても握り潰せるし、対価も安く済んで『実験』にはもってこいだ。
そうだな……三子とか四子以降の下級貴族で農畜産業に興味がある、とかどうだ?」
セルジの脳内でネーブルの条件に合う人材を検索するが、思い浮かばない。
大領主ともなると与えられる役目もあるが、そうそう分担することも無いため、社交界に顔を出すのはギリギリ第三子まで。
メルカノ家の子供が全員社交界に出ているのは各々の能力が高いからだ。
また、伯爵家の階級まで上がると木っ端貴族の顔も出てこないので、余計に条件は厳しくなる。
噂程度なら…と考えるがやはり出てこず、結局「…学園に打診してみるか?」と代案を出すに留まった。
「何で権威のあるところから人を連れて来ようとするんだよ。
本人の興味や資質があれば知識なんぞ後付けで十分だし、むしろ無学の方が俺はありがたいね。
欲しい知識や実践の場を与える俺達は『感謝の対象』になり、得た成果を握るがために『裏切れない身内』になる。
あえて貴族を指定したのは『情報の価値』や『契約の重み』を理解しているからだ。
最低限の教養さえあれば、商人でも一般人でも良いからもっと緩く考えろ。
どうせいつかは何らかの産業が必要と考えるなら、この面子が居る間は迷宮を実験施設と割り切った方が得だぞ?」
話を聞くセルジは『どうにかネーブルを貴族側に引き込めないか』と本気で唸る。
金を動かすことに長けたセルジは、仕事の質や内容、やり方などを含めた選別・効率化が得意分野。
セリナの人を見る目や人事能力は高いが、『人材育成の宿』を切り盛りしていたことから、人を選ぶ習慣が無い。
むしろ送り込まれる者に、できる仕事を与えて育てるのが上手く、これは『宿屋』という状況固定が招いた弊害とも言えるだろう。
その点作戦遂行能力のみを問われるネーブルは、提示された仕事に人を宛がうのが上手かった。
育てる選択肢はそもそも無く、最初から『使える者』を引き入れる脅迫を含んだ手腕は非常に高い。
今回の件もセルジやセリナの仕事を増やす気は無く、労働力を外から入れることを前提に考えていた。
「わざわざ面談を求めて足を運ぶやつ等には悪いが、そんな『当たり・外れ』に構ってるほどこっちも暇じゃない。
だからまず必要なのは、有象無象の中から『当たり』を取り出す選別者だ。
セリナが毎回顔を見てやる必要はない…門前払いしてやれ。
それでいくらか時間が作れるだろう?」
「面談にも結構時間割いてるから確かに…」
「あれは人を見る目を育てる場だぞ。
この時期に来る欲塗れのヤツラを全て省けるかのな」
「今はそんな無駄なスパルタはいらねぇだろ…暇な時にやれよ」
ネーブルは呆れるように言い放つ。
ギリギリでも仕事を回しているからこそ、セルジはセリナに助言をしなかった。
人を宛がっても、自身で処理しても、セリナの成長になるからだ。
「手放したい仕事の内容・条件を洗い出せば俺が人側の条件を上げてやる。
そこからハッサクが『当たり』を連れてくるから、そいつ等の面談をして採用・不採用を決めてくれ。
ただ俺達は短期任務が多くてな。
長期雇用の想定はできても、実績と経験が無いからこっちの選別結果を過信しすぎるなよ?」
「ありがたいが…そこまで手を出す理由は?」
全く手出ししなかったネーブルを不思議に思ったセルジが聞く。
放置していても理熾と配下達に大きな支障が無い。
いっそ放置するためにセリナを巻き込んだのだから。
「美味いメシに美味い酒、奴隷とは思えない高い給金。
維持するコストを考えれば少しくらい手を貸す気になるさ。
あ、ラボリの仕事増えるから、明日からの遠征2時間カットな主人」
「えー…まぁ急がないし良いけどさ」
ネーブルは仕事を引き受けるだけでなく、ちゃっかりやることも減らしていた。
お読みくださりありがとうございます。
予想通りの方が多そうですね(笑




