時間の使い道
スミレと理熾の二人による探索結果で周囲2kmの調査が終了した。
魔境でこの範囲の探索に掛かる人員は、部隊編成をした50人に時間はおよそ一週間。
それも拠点から表層部をジリジリと奥へ移動しながらというのだから難易度はお察しの通り。
そんな範囲をたった一日で終えた二人は
「いやぁ、緊張したねぇ」
「はい。
ですが上手くいって良かったです」
と緩い会話をしながらラボリでセリナ達と夕食を共にしていた。
同行した四人は苦笑いで済んでいるが、セリナがフォークからポロリと料理を落とし、セルジは余りのことに口を開けて絶句する。
非常に珍しい光景が生まれた。
「リオ君、やはり公開調査にしないかね?
たったそれだけでヴァルトルから莫大な金を引っ張れるぞ」
気を取り直したセルジはかなり真剣な目で理熾に聞く。
しかし本人は「信じてもらえないからしません」の一言で会話が終了。
《亜空間》にたんまりと魔物の死骸があるので証拠は十分だが…恐らくそこまで。
ハッサクが作成した地図を提出したところで説得力に欠けて信用されずに破棄されるだろう。
自己満足だから意味があるわけで、信じさせるには同行してもらうくらいしか方法がなく、同行されれば<空間使い>がバレる。
セルジは「そうか…残念だな…」と守銭奴らしさを滲ませていた。
「やっぱり表層部には迷宮無いのかな?」
「さてなぁ…そうぽんぽん見付かるようなものじゃないからな」
「いっそラザフォードさん連れて行くのもありなんだけどさ」
「あんな危険地帯に二度と行きたくない」
一度で懲りたらしいラザフォードは即座に断った。
引きこもりに拍車が掛かっている気がするが、挑戦した過去を思えばその答えも仕方ないかもしれない。
まぁ、迷宮を見つけた時点で連れ込む予定なので、彼の言い分が全てが通るわけではないのだが。
「日帰りで魔境探索とは…<空間使い>は既存の流通を破壊する存在だな」
ラボリ開拓の際に《転移門》を使ったセルジからしても、魔境のような秘境中の秘境を気軽に行き来するのは理解に苦しむ。
魔境探索はいつからピクニックになったのだ、という風に。
「その分数が少ないみたいですけどね。
僕も正確に門を開けようと思ったら25kmが限度だし」
「少し延びたか?」
横からのネーブルの問いに理熾は「5kmくらいね」と返答。
最新情報を仕入れたネーブルだったが、かの主人は今なお成長中だと思うと大人として立つ瀬が無くなる。
本人は器用貧乏とは言うが、特化した道具によって万能性を手に入れているので、そろそろ専門家としての立場も危ういかもしれないとの危惧も生まれる。
「でもクラスアップで一番変わったのは感知能力かな。
空間と重力のお陰で近距離の索敵能力が上がったんだよね」
「重力で?」
「うん、周囲の重さも感知するから、ある程度重さがあれば気付くんだよね」
「…ハッサク、言ってる意味分かるか?」
「一応、な。
重量があるってことは、接地面が少しは沈むだろ。
それを空間感知と重量感知で拾ってるってところか。
俺だと足場の軋み音とか振動になるが…それ程遠くまでは無理だろう?」
「そうだねぇ…5mくらいかな。
でもその範囲なら壁越しでも分かるよ」
ハッサクの解説に気楽な返答をする理熾。
その高すぎる感知ゆえに眠ることも難しくなりそうなものだが、上手く制御しているらしく目元にクマもない。
ネーブルは溜息で答えるに留めて先を促す。
スミレと理熾の砲台コンビは遠近にほぼ死角無し。
しかしどんなことにもメリットとデメリットが存在するように穴はある。
特にスミレ側では門の開閉と人形の中継・動作の関係で魔力を多大に消費する。
このため、いっそ魔法薬のプールに沈む方が早いんじゃないかと思う速度で消費する。
消耗品を湯水の如く使うのはいつも通りだが、それでも50人を一週間連れまわすより遥かに安いので誰一人気にしない。
「時間はまだまだ習得中。
重力と似てやることは倍率変更くらい。
向きが無くて出力調節だけなんだけど…それがまた魔力を大幅に使うんだよね」
「時間の改竄か。
単に火や水を出すとはやはり違うわけか」
「みたいだね。
簡単な方は速度を抑える《遅延》。
でも相手に使うことは無理だから空間を《遅延》で固めて《障壁》みたいな感じで使うことになると思う。
その反対で早くする《瞬速》の方は使い勝手が良いかな」
「あー…自身の周囲を包むように空間ごと速度を上げる、だったか?」
「そうそう。
その中で僕は普通に動いても、相手には早く見えるってやつ」
この辺りは相対的な話になる。
たとえば5倍速の時間で歩いていると、1倍速の相手からは走っているよりも早く感じてしまうのだ。
このように《瞬速》中は、無茶な稼動を行わなくても相対速度が跳ね上がっていく。
【重力魔法】と同じく倍率指定なのが使いにくいが、それでも速さは今までの比ではなくなる。
「だがそれは敵に触れた瞬間意味が無くなるだろ?」
「え、そうなの?」
「『自分を含む空間の速度調整』だろ?
つまり相手に触れると速度調整の対象空間に相手も含まれるはずだ」
一般的に<時使い>は支援の魔法士になる。
味方に目印を身に付けさせて《瞬速》を起動すれば効果中は通常の動きでも過大な速度を叩き出す。
対して身体の一部が15cm程の距離まで近接すると新規の効果範囲と認識され、同速倍率になるため使用者と利用者はオン・オフに気を配る必要がある。
このため利用方法は相対速度を利用した高速移動を基本とし、死角からの遠距離攻撃か前衛の移動手段とするのが主だ。
これらを逆に考えれば、敵対者は使用中にその15cmの距離に近付きさえすればよく、効果範囲が広がることで<時使い>に消耗と負担を与えられる。
そこに元々消耗の激しい魔法で常用するのが難しいとくれば、最悪逃げ回っているだけで十分な攻略法と言える。
<時使い>との戦闘は頻繁には無くとも攻略法としては難易度は低い部類。
ついでに術者本人は魔法士の中でも『支援に寄る』だけで特化しておらず、攻防共に中途半端な位置づけで本当に何とでもなる。
希少クラスとはまったくもって使いにくい特徴を兼ね備えている。
「てことは遠距離戦かぁ…」
あっさり近接戦闘を投げ捨てる理熾に、ネーブルは思わず「は?」と口を開ける。
他の面々もいきなりの方向転換に『?』を浮かべていた。
「撃った矢は通常速度だけど、『撃つ速度』は上げられるよね?
たとえば技後硬直が3秒あるとして、30秒間に10回《紫陽花》が撃てます。
さて、この時に5倍速の《瞬速》を自身に掛けると30秒間に何回武技が使えるでしょう?」
一般的な対策かと思いきや、鬼のような答えが返ってきた。
つまり0.6秒に1回の頻度で《紫陽花》が放たれるのだ。
逃げる暇も場所も無く、ただ耐えるしかない未来が広がる。
一体この子供は何と戦うつもりなのだろう、と周りの大人はぐったりとする。
「主人が一般人を虐殺する気になれば数十秒で村が壊滅するような内容だぞ…」
「そんなことしないよ。
ま、《紫陽花》は足止め用だから攻撃力のある攻撃は別で必要だけどね」
ケラケラしながら答えるものの、大した強さの無かったはずのクラスをあっさりと強化する発言だった。
ただこれは潤沢な魔力と処理に加えて術者自身も戦える理熾だからこそ言える打開策。
魔力が無くとも殴り合えるため、常に切札の一枚として持っていられるから現実味があるだけだ。
<時使い>は消耗が激しいことで有名なので、存在が知られた時点で消耗戦を強いられる。
希少性が祟って数が少なく、消耗も激しいので戦況を覆せたとしても所詮一時しのぎ。
元気な間に倒しきれなければ、後は『回復する前に』と最優先目標が<時使い>になるだけだ。
対人戦闘の場合は見付け次第殺せ、的な感じの未来しか見えず、そうそう日の目を見ることも無いはずだった。
「ちなみに今の全力で何倍速だ?」
「2倍が限界。
遅くするのは簡単だからほぼ止めることも出来るかな」
「その辺はさっき言ったように《障壁》と変わらんって事だな」
「違いは完全に透明なくらいかなー」
「だったら《結界》の方が使い勝手が良さそうだ」
「消耗具合を思うとどうしてもねぇ…ほんと【時魔法】使えないなぁ」
そんなに希少魔法をポンポン使う方がおかしいんだ、と思うネーブルだったが黙っていた。
何だかんだで希少三属性に加え、装備で四属性を扱う理熾は十分頭がおかしいのだ。
「明日も同じ感じで行こうか。
ハッサク、どの辺りを目指せば良いかな?」
作戦会議という名前の夕食会もそろそろ終わりの時間が近付く。
明日の予定を手早く決め、魔境探索の初日はお開きになった。
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