波紋の始まり3
どうやら俺はとんでもないことに首を突っ込んだらしい、と気付いたのが遅すぎた。
まさかその足でヴァルトルのギルドに馬車で送迎されるとは思っていなかったからだ。
しかも受付に顔を出して渡された手紙を見せた瞬間、「こちらへ」とそのまま連行されて支部長の部屋へと案内されてしまった。
その余りにもスムーズな手配に情報整理も満足に出来ず、困惑と焦燥感だけを募らせた。
この間、たったの…いや、怒涛の30分。
混乱に拍車を掛けるには短くも長い、まさに丁度良い時間だった、と今更ながら思う。
これも狙っての事なのだろうか…?
「何だその小僧は」
扉の向こうで待ち受けていた『勝利者』の二つ名を持つファロ・ボーウェンは不機嫌そうに声を上げた。
相手が誰でも気にしないのかこいつは、と思いながらも押しかけたのはこちらだと思い直し、すぐに挨拶をする。
「お初にお目にかかります。
ガルヴァーニ公爵家の次男、アレン・ガルヴァーニです」
「で、その次男坊がヴァルトルギルドに…いや、俺に何の用だ」
「マスター、ユスカ様からです」
「相変わらず貴族ってのはめんどくs…」
どう考えても貴族相手にする言動ではない。
苛立ちを通り越して驚く俺を他所に、封書を開けて読んだファロの動きが止まった。
「へぇ、たまには面白いもんを持ってくるじゃないか…アレン、って言ったか?」
「はい」
「ヴァルトルの討伐者を四人貸してやるから、とりあえず五都祭で優勝して来い」
何を言っているのかさっぱり分からなかった。
いや、意味は分かる。
だが『とりあえず』で勝ち抜けるほどその大会の難易度は低くないはずだ。
余りのことで思考が空転する俺は何とか「どういうことでしょうか?」と問いかけた。
「貴族ってのは頭が良いんだろう?
馬鹿な俺の心情を察してくれないかね」
「情報が少なすぎます」
「頭が堅いなお前。
戦場で真っ先に死ぬタイプだ」
「なっ…」
「読んでみろ」
「…お借りします」
そうして渡された封書の中身を確かめる。
内容は至極簡単なものだった。
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うちの末っ子の力を見せてあげよう。
君のところの選りすぐりとそこの次男を五都祭に出場させておくれ。
それと君が本気になれるよう、面白い情報も付けてあげる。
かの迷宮を末っ子が過去最短・最少数で突破したらしいよ。
後、そのメンバーうちの子より若くて優秀っぽい。
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たったこれだけかと思う反面、この内容で何故ファロは本気になるのかがさっぱり分からなかった。
しかしこの短い文をどれだけ読んだところで背後など読めそうに無い。
「アレクセイ最速突破を果たしたメンバーの説明をしてくれ」
話の流れが速すぎる。
よく分からないままに情報を求められているのは非常にまずい気がする。
しかし口を挟める雰囲気でもない。
「メルカノ家のアシュレイ様。
そして討伐者Eランクのリオと、Gランクのスミレの三名です」
「へぇ…あのアレクセイを三人でか。
頭が良いのかイカレているのか判断が分かれるところだな。
だがいくらなんでもランクが低すぎるな…ユスカを呼んでくれ」
「ダメですよ。
一緒に来なかったということは『そういうこと』でしょう?」
「っち…この『招待状』も歯抜けだしな。
相変わらず貴族ってのは面倒なやつらばかりだ。
アイリーン、その二人の資料を急いで手配してきてくれ」
「承知しました」
さらっと流されてしまったが、何がどうなっているのかさっぱり分からない。
ただこの書面を読んだだけで状況が動いているのが恐ろしい。
「どういうことでしょうか?」
「簡単に言えばだ。
ぽんぽんと新記録が出るってのは、そいつにとって『難易度が低い』ってことだ。
5層程度なら『運が良かった』でも通るが、アレクセイは30層。
幸運で乗り切るには余りにも長い。
そしてCランクパーティでも手を焼くのに、Eランク以下の参加者にとって『難易度が低い』ってのはおかしいだろう。
つまり護衛のランク設定がおかしいか、アシュレイってメルカノ家の末っ子が馬鹿強いかのどっちかだ」
一息に語るのは状況やランクの説明。
余り詳しく知ろうとしたことも無いのだが…そうか、単にランクが低いだけで弱いと考えるのもダメなんだな。
つまりアシュレイは、あのリオの実力を見抜いて…いや、カルロ様の方か?
「…だが、後者で説明するのはまず無理だ。
護衛ってのは、敵と同じ実力だと意味をなさず、圧倒的に勝っていて初めて『護衛』となる。
でないと状況の遷移に振り回されて護衛者が実力すら出せないからだ。
しかも30層を移動するとなれば事故の可能性を含めて考えると『ちょっと強い』程度じゃ物足りない。
もし後者を推すなら、アシュレイは単独でCランクパーティ以上の戦力を抱えていないと説明が付かない」
なるほど、であればCランクパーティの俺達を蹴散らしたリオは最適だろう。
だが闘技場での出来事を俺の口から告げるわけにはいかない。
そんなことを考える横で「一人で突破するなら逆に難易度は下がるんだけどな」と手紙をつまんでひらひらと揺らしながら語る。
「で、そいつらと相対したか?」
「闘技場で少し」
「ほう、戦ったか。
やるじゃないか次男坊。
アレクセイを苦も無く突破するパーティに挑むなんてな」
「事故のようなものです。
それにその件については、お互いに交わした約束により語れません」
「なるほど、口止めか。
当然そう来るだろう…何せ相手は『リオ』だからな」
「ご存知なのですか?」
「ははっ、ギルド所属の討伐者だぞ?
探せば見付かる…が、『不在』が隠してるみたいでな。
ラボリで大氾濫が起きるまでさっぱり知らなかったぜ?」
そう言って戻ってきた受付から資料を受け取りながら続けた。
この受付、膨大な情報から所属さえ違う、たった二人の資料をこの短時間で持ってくるとは仕事が早すぎるぞ。
「そのリオって討伐者だが、面白い経歴持ちだ。
初めての依頼がアルスで起きた3・4ヶ月ほど前の緊急依頼。
この時にアルスの『不在』が直々に引っ張り込んでいる。
その対価が『ステータス開示拒否権保有のEランク』という例外っぷり。
この時点で『何かあります』って言ってるようなもんだ。
それからはすべて効率の悪い『後受け』の依頼。
つまり討伐後に換金していただけだ。
ま、間にリザード討伐ってのがあったがそれは付き添いだしな。
そうこう言っている間にお前が話したアレクセイで護衛依頼。
ガートルード公爵が『護衛を認めている』という時点でやはり何かある。
結果、華々しい記録と共にラボリへと向かい、すぐに大氾濫の鎮圧だ。
大氾濫の件でDランクに上がっているが…感覚的にそれでもまだ低いだろう。
気付けば手にしてあった奴隷達も少し気になる…なるほど、スミレってのはリオの奴隷なわけか」
『面白い経歴』どころじゃない。
討伐者の功績なんてものは現役中に一つや二つ…いや、一つでもあれば十分だ。
それが短期間でそれだけの目立つ結果を手にしているなら、最早歴戦という表現では温すぎるような内容だ。
大氾濫の鎮圧だけでも大概なのに、たった数ヶ月の出来事ということを思えば余りにも濃すぎる。
「…私が聞いてもいい情報なのですか?」
「何だ知らなかったのか?
だったらちゃんと耳を塞いどけよ」
「また無茶を言って…。
ここで聞いたことを外で使わぬようにお願いします」
「というわけで、お前はこれで俺と共犯だ」
やられた。
そういう思いしかない。
ユスカ様もこれを見越して俺をファロ・ボーウェンへと引き合わせた可能性が高い。
あの人の目的は『アシュレイを広告塔にする』、『リオの情報を集める』、ついでに『アレンの謝罪手伝い』だ。
下手をすると『アシュレイで遊ぶ』という目的が俺の謝罪より高いかもしれないくらいだ。
「ユスカの案に乗るのは癪だが、リオってのは確かに見てみたい相手だ。
てかこれ、メルカノ家に負担ゼロじゃないのか?
何処にも名前書いてねぇし…アイリーン、何とか出来ねぇか?」
「発生する経費を回せばいいのでは?」
「そりゃいい。
裏側で依頼主に仕立て上げるか」
「とはいえ。
アシュレイ様はともかく、この討伐者二名は名目がありませんね」
「俺がアルスのマスターなら強権も使えるんだが…ヴァルトルじゃな」
頭をひねるというよりは責任転嫁を考えているような会話だ。
そこへ共犯扱いされて参加させられる俺の身には誰もなってくれない。
「しかしDとは微妙なランクだな。
俺の予想では最低でもBはあると思うが…。
いや、待て逆か。
『Eランクじゃ大氾濫を止められない』だ」
「だからBだと予想を立てているのでは?」
「視野が狭すぎる。
もっと状況をよく見ろ坊ちゃん。
この報告自体は公的な発表になる。
つまり『疑うことが間違い』だ。
だがな、そこがそもそもおかしいんだよ。
さっき言ったように、Eランクでは不可能なことをEランクがやってるんだ。
実力がBならそれでもいいが、上がったのもたった一段階…Dでしかない。
つまり公表された記録だけで判断すれば『実力は大したことないが大氾濫を止めた』ということになる」
だからBだと考えているのでは?
という当然の疑問しか浮かばない。
ここから何が発展するというのだろうか。
「なら逆に『大した実力が無くとも大氾濫を止めた事実がある』のは何故だ?
こじつけた答えだが『誰かから結果を買った』んだよ。
稀にそんな馬鹿なことをするやつも居る…が、それ自体は黙認されている。
一時的に上がったところで結局そのランクを維持出来ないからな。
だが後受け依頼ばかりを受けるこいつは別だ。
依頼を受けないから失敗ゼロの失点ゼロ。
非効率でありながら、ランクを維持するだけの成果を出している。
つまり要所でランクを上げている、このリオに関してのみ、この馬鹿げた『ランク詐欺』が成立するんだ」
「なるほど。
普通なら積み上げた実績での昇格ですからね。
その過程でふるい落とされるはずが、実績を『積まないこと』によって回避されている、と」
こじつけもこじつけの理論だが、その反面相手の主張を飲んでいるのが絶妙だ。
リオとの契約の穴を見付けた程度では話にならない。
これが日常かと思うと目がくらむ気分だ。
「くく…思ったより早く穴が見つかったな。
これだけ隠れようとしているんだ。
わざわざ個人戦に出てくるわけも無いよな。
ならアシュレイを含むリオ、スミレを集団戦に引き出す案は無いか?」
「目的はリオなのでは?」
「もう忘れたのか次男坊。
経費をメルカノ家に請求するためにはアシュレイは必要なんだよ。
俺の一存で動かせる額にも上限があるしな。
何より相手はあの辺境アルスだぞ?
ちょっとした理論武装程度ならこっちが潰される。
だったら『口を出さない味方』は多い方が得だろ?」
そう言って考え込む。
隣に立つアイリーンと呼ばれた受付も同じくだ。
それほどまでにアルスは強固なのかと思い知らされる。
人族の最果てを守護するだけはある、と考えるべきか。
「考えていても仕方ないな。
リオとスミレに対する情報が少なすぎる。
ガルヴァーニ家はこの件について何処まで手を出せる?」
「…私の手が及ぶ限りは」
「つまり役立たずか。
っけ、どいつもこいつも『俺のせい』にしやがって」
「それでもやるのですか?」
「当然だ。
魔境を攻略するには人がいるからな」
父が言っていたように、魔境を攻略することを考えているらしい。
それがいつになるかは分からないが、10代の俺達を巻き込む辺りそう遠くないのだろう。
であれば、あのリオという戦力は必要だ。
「関係者を巻き込む、というのはどうでしょうか?」
「何だそれは?」
あの時、使者はスミレに手を出そうとしたらしい。
それに対しての反応が劇的だったことを思い出して告げる。
そう、俺達を半壊させるほどに怒りを携えて…な。
「本人は飄々としています。
しかし周囲の危害が発生した場合、反応が劇的に変わります」
「ほう、面白い情報だ。
続けてくれ…考えがあるんだろう?」
「先ほどのファロ様の話で気になりました。
『不在』の便宜を受け、アルス領主の公的な了承を得ています」
「だから攻略が難しい」
「はい。
ですがおかしいと思いませんか?
対外的には『ただのEランク』ですよ」
つまりそこに『何かがある』と。
その何かに関して、こちらが『有利な理由』で埋めてしまえば良い。
周囲への危害を利用するなら、これほど明確な穴は無い。
俺の言葉を聞き、ファロ・ボーウェンは愉しそうに笑った。
「くく…どうしたアレン。
たった数十分で悪くなったな?」
「そうでもありません。
元々自分勝手な性格です。
それに既に『共犯者』なのでしょう?」
「違いない。
だが何故急に協力的になった?」
「アシュレイ様を捕まえる手段を考えねば損しかありません。
それと魔境攻略の際はガルヴァーニ家…いえ、私にも一声掛けて欲しい」
「お前も参戦する、と?
足手まといじゃないのか?」
「かもしれません。
ですが知らなければそれ以前の問題です」
「まぁ、その程度の条件なら構わんさ。
戦力はあるに越したことはないしな。
ガルヴァーニ家も無駄に死なせるようなこともしないだろ。
つまり今回の件はお前のお家事情で、しかも得点稼ぎになるってことだな」
「………っ!!」
「くっは、顔に出しすぎだ。
だが別に責めようって話じゃない。
損得勘定は…特に『切り捨てる覚悟』が重要だ。
その年でユスカに使われるのは伊達じゃないらしいな」
やはりユスカ様に利用されたらしい。
俺の何処が人を使うのが上手いというのだ。
流されるまま流されて、何とか喰らいつくことしか出来ないじゃないか。
「では本題といこうか。
アルスを黙らせ、リオとアシュレイを釣り上げる方法の模索だ。
泥の大半は俺が被ってやろう…どうせ戦うことしか出来ん身の上だからな」
そう言ってファロは豪快に笑った。
このギルドマスターは目指す目的にまっすくで、だからこそ強いのだと理解した。
そして外の評価に敏感で、打算的に動く自身のことを考えると余りにも情けない。
方向性が全く違ってきたが、今回のことで大きく自分の中で何かが変わると仄かに感じた。
お読みくださりありがとうございます。
といった感じで、アレンとファロの協定は結ばれました。
お互いが利用し合う大人な関係です。
さて、今大会誰が一番得をするのでしょうか。




