格上との戦闘2
この忙しない中でも、スミレが意図的な移動を心掛けていたことを、スイフトは追いながらも見抜いていた。
だから木材兵へとゆっくりと、微々たる距離を必死にも詰めていたことに当然ながら注意していた。
それがたとえ行動不能にさせた確信があっても、障害物として、そして一回戦を思えば何かしらの布石に使うことすら含めて考慮に入れていた。
むしろ殴り合いの距離でそんなことをしている(出来ている)魔法士に対して驚愕の思いを抱いていたくらいだ。
しかし流石にスイフトとしても、まさか自爆攻撃をしてくるとまでは考えていなかった。
既に役に立っていないが、だからと言って味方を切り捨てることに等しい行為をするはずがない。
いくら魔物とはいえ、流石に可能性としてすら頭に浮かぶことすらなかった。
ただ事前のスミレの返事に引っ掛かりを感じ、研ぎ澄まされた戦闘カンが激しく警鐘を鳴らした結果
「あっぶねぇ…。
使い魔ごと相手吹き飛ばすとかどうかしてるぞお前」
と減らず口を叩ける程度には、何とか回避に至った。
だが、余りに予想外だった手に、ただ幅広の大剣を翳して盾にしただけの逃げの一手しか打てなかった。
その恥も外聞も忘れての遁走だったことを思えば、今大会初めて窮地に立たされたとも言えるだろう。
ついでに愛剣には多大な負荷が掛けたことについては拍手喝采の域に達している。
故に
「だが、その判断力には高評価だ。
武器を要所できちんと使い捨てることも出来るとはな」
周囲を吹き飛ばして粉塵を巻き上げた、土煙の向こうに居るだろうスミレへと声を掛ける。
視界の悪い中、観客と実況者は熱狂的な声を上げていた。
中でも『可愛い見た目に反した恐ろしい一手!』とか『味方を捨て駒にするなんて驚きの冷酷さ!』だとか。
スミレが静かなのを良いことに実況は言いたい放題である。
そうしてこの起死回生とも言える不意打ちは、単にスイフトのスミレへの評価が更に上がっただけに留まるかに思えた。
土煙が晴れた向こう側。
布が被った何かの傍に立つスミレは、無防備にも目を瞑っていた。
スイフトは訝しげな視線を送るが、恐らくあの行為には何かしらの意図があるのだろうと考える。
だが、それすらも食い破ってこその『格上』だ、とも。
腰を落とし、踏み込む一瞬前。
ギシ、と布の中が音を上げた。
たったそれだけでスイフトの研ぎ澄まされた感覚が危険を知らせる。
攻撃の初動を中断し、様子見へと移行する。
スミレの魔法士としての腕は尋常ではないが、それは防御に偏りすぎている。
一対一であの程度ならば、手間は掛かっても追い潰すのは時間の問題だと『言い訳』を入れて。
「『火は肉に、灰は骨に、滓は血に。
器を満たせ、踵を鳴らせ、魄を宿せ』…さぁ、顔貌を上げて〝コッペリア〟」
スミレの詠唱と共に布が取り払われる。
下から出てきたのは新たな木材兵…ではなく、スミレとよく似た『人型』だった。
スイフトは眉を顰めて疑問を口に出す。
「ん…?
なんだ…いや、嬢ちゃんまさか…」
「自分は<魔物使い>ではなく、<人形遣い>です」
理熾達以外全員が勘違いしているであろう事実を指摘する。
そしてこれこそがスミレが新たに取得したクラスだった。
『こ、これは…スミレ選手、会場全てを騙していたぁぁ!
確かに一言も<魔物使い>を名乗ってはいませんでしたがこれは予想外!
木材兵を歯牙にもかけなかったスイフト選手もこれには驚きでしょう!』
戦闘能力の無い便利屋の<空間使い>はもう居ない。
精密な座標認識に魔力の高効率運用、理熾の発想で新機軸の使用方法を備えたことで、近接戦闘にすら耐えられる高い防衛性能を獲得。
加えて《亜空間》の利用によって高威力の攻撃手段も手にし、どの場面でも対応出来る汎用性の高い魔法士が誕生した。
しかし、他者の前ではリスクが高く使えないという致命的な問題がある。
《拡張空間》と混同させられる《亜空間》はともかく、転移系の魔法はありえない。
《障壁》も一応他の無属性魔法で代用が利くが、希少性が高くギリギリ問題ない程度でしかないため出来れば見せたくない。
ダメダメ尽くしで、これではいくら戦力を誇っていても役に立たない。
そしてスミレは何処までいっても<空間使い>で、近接戦闘に介入する技量を持っていてもやはり魔法士でしかない。
そこへ流し込まれたのはネーブルより学んだ、指揮官視点の『出来ないことは出来る者にやらせれば良い』という発想。
さらには圧倒的な戦力を誇るレモンが苦戦したBランクの魔物、亡者の繰手から派生した考えの具現化。
つまり彼女が欲したのは『戦闘の代行者』。
「っは…それで『魔法士』を名乗っていたわけか。
そうか、低ランクの『木材兵を従える』ってのは良く分からんと思っていたがそういうことか」
「はい、一回戦では聞き入れてもらえませんでしたが」
上がりきった息を整えながらスミレは答える。
時間稼ぎに付き合ってくれるのは非常にありがたい。
「ある意味、<魔物使い>は対極の存在です。
あちらは『魔力を持つ生物』を対象にしますが、<人形遣い>は『無生物の操作』ですから」
「そりゃ、勘違いもする。
俺もその『人形』を見なきゃ納得出来ないからな」
だから木材兵は使い魔ではなく、スミレにとって単なる装備品。
装備品が更に武具を身に纏うというのもおかしな話だが、そもそも生物は《亜空間》には入れられない。
オレガノも《拡張空間》に棲み付いているのだから。
全てはこの<魔物使い>という思い込まさせるための仕込みだったのだ。
そうすればスミレのクラスや能力は誤解されたままだった。
だから先ほどのような自爆という不意打ちの手も打てた。
しかし木材兵では太刀打ち出来ず、不意の一手ですら大したダメージも無い。
結局隠し玉の人形を引っ張り出す羽目になった。
それほどにスイフトとスミレの戦力差は歴然なのだ。
対するこのスミレによく似た人形は、フィリカが手掛けた完全な特注品。
魔物としての強度を持つ木材兵の身体能力を遥かに凌駕し、スミレの代わりに戦うお人形。
「まさかこんなに早く出すことになるとは思いませんでしたが…」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「えぇ、では…いきますよ?」
この試合、初めてスミレが攻勢に出る。
無手のコッペリアはスイフトへと足を踏み出す。
速度は無いただの徒歩。
無防備にしか見えないコッペリアはゆっくりと前へと進む。
直線的ではあるものの、スイフトが無言で大剣を振るった攻撃は掛け値なしの本気。
いくら見た目がスミレに似ていたところで、敵の『道具』を気遣うような殊勝な感性は持ち合わせていない。
そのスイフトの大剣を、人形はただの腕を翳すだけで受け止めた。
「《結界》!?」
「木材兵でも使っていましたよ?
少し予習が足りないんじゃないですかね」
「は、言ってくれる!」
自律行動する魔物と違い、人形を扱いながら他の作業をするのは余りにも難しい。
だからこそ<魔物使い>と判断された部分もある。
だというのに、目の前のスミレはそれらを両立するという離れ業をあっさりと行っている。
スイフトは『優しく』などと言っていられない相手だとスミレの脅威度を引き上げ、コッペリアと相対する。
改めて右上段からの切り落としをフェイントを交えつつ放つが、先ほどまでと一線を隔す強靭さで、細く分厚い《結界》が刃筋を逸らす。
大剣が腹を見せながらコッペリアの横を通り過ぎる瞬間、無茶な動作で左腕が跳ね上がり、威力の乗っっていたはずの重い大剣が弾き飛ばされる。
その一撃でどうやらどうやら発動が早く、隙も非常に小さい武技である《拳打》を使用しているらしいとスイフトが悟る。
弾かれた大剣の勢いに制動を掛けている時間は無い。
スイフトの力を更に乗せて半回転し、先ほどと反対の左側から大剣の背による殴打を試みる。
コッペリアが殴り飛ばした分の威力も乗っているので早々止めることなど…そう考えていたスイフト。
だが、そんな高威力の打撃は《結界》の発動すらなく、掬い上げるような右拳の迎撃で、コッペリアの頭上へと逸れる。
そんな完全に逸らされた攻撃の威力を回収するにはスイフトの姿勢が悪すぎた。
だというのに目の前の人形には重心などという概念は無いらしく、ゆっくりとした歩みは一切止まっていない。
つまり大剣の届く範囲にも関わらず、無遠慮にスイフトの間合いを削り続け…一切の躊躇いも無く放たれる前蹴り。
『両手を使っているので次は足だ』といわんばかりの雑な攻撃だが、速度と威力が桁違いだ。
攻撃の出掛かりを察知していたスイフトは、重い大剣の制御を諦め、むしろ引かれるように横へと回避する。
空気を震わせてすぐ傍を掠める《蹴撃》を体感し、ドッと心臓を締め上げる。
スイフトは逃れた先で力を逃がすように低く沈んで姿勢を整える。
まだ数瞬の時間がある、と判断して次の攻撃へと移行する。
そこへ横合いから降り下ろされるコッペリアの踏み抜きを、十数cmの移動で辛くも回避しつつ、切り上げによる迎撃。
だがそこにはまたも分厚い《結界》の層が存在し、大剣が外へと滑る。
地面を踏み抜かんばかりに強打したコッペリアの蹴りは、どうやら《震脚》ではなく《蹴撃》。
スイフトが気付けた理由は、踏み固められた硬い地面がえぐれるように土砂を巻き上げる馬鹿げた威力を間近で見たからだ。
もし《震脚》なら、踏みしめた部分だけが沈むだけで済むはずなのに。
寿命が縮みそうな攻防だったが、結局はスイフトがただ攻撃を避けただけの現実が横たわるのみ。
攻撃を逸らされては《拳打》が、《結界》で止められては《蹴撃》がスイフトを襲う。
ただ単発の一撃だが、地面をも割り砕くような攻撃を受ければどうなるか分かったものではない。
フェイントを入れたところで引っ掛からず、たとえ動作が遅れたところで《結界》がスイフトの攻撃を阻む。
お互いに決め手に欠けると言えるそんな攻防も、実況や観客達は関係ない。
瓦礫を切り飛ばし、地面を殴り割るようなド派手な肉弾戦に会場は盛り上がる。
これの何処が大剣使いと魔法士の戦いだと誰が言うだろうか。
スイフトは倒すことよりも得意な距離を維持することへとシフトする。
一撃必殺の相手に常に博打を打てる心臓は彼には無い。
そうして少しの余裕を取り戻し、
「ちょっとしたお人形遊びかと思ったんだがとんだ嬢ちゃんだ」
「褒め言葉へのお返しは負けでどうでしょう?」
「口まで上手いとはな。
やっぱり惚れちまいそうだぜ」
そんな軽口を叩きながらも大剣を振るう。
だがコッペリアを叩き潰す手は勿論、まともな攻撃すら当てられない。
それに先ほどまでは術者に近い位置で、《結界》と【竜鱗】の二重展開でスイフトの攻撃をやっと防いでいた。
それだけスミレに有利な状況下で『やっと』だという意味だ。
だというのに今は遠距離に展開されるだけの《結界》が突破出来ない。
ついでに人形まで動かしながら…と、術者に不利な条件ばかりを上乗せした状態だというのに明らかに強度が増しているのだ。
手品の理由がスイフトにはさっぱり分からず、内心では諸手を挙げて賞賛する以外何も出てこない。
「まさかコッペリアと拮抗するとは…」
「へっ、この程度大したことは無いぜ?」
ただ、スミレの戦闘経験の無さが致命的なところをスイフトは見抜いていた。
それ故のハッタリだった。
真実は痩せ我慢だとしても、相手に伝わらなければ十分な手札になる。
そのハッタリは相手を焦らせたり、退かせたりする一因になることもあるので馬鹿にならない。
が、そのハッタリで事態が好転するとも限らない。
「手札を晒すのは余り良いことでは無いのですが…」
スイフトの予想通り、軽口を叩ける程度には余裕があるように誤解したスミレは諦めたように呟いた。
そして手を突き出して
「『着装』」
と一言告げると、コッペリアはスイフトを力ずくで弾き飛ばして少し距離を取り、腹部へと右腕を深々と突っ込む。
コッペリアの体内にはスミレとの繋がりを強固にする血魔石が鎮座する。
その周囲は、魔力を通すと小規模の《拡張空間》が展開するようになっており、まさに今その機能を使っている最中だ。
また、《拡張空間》の中での魔法運用は可能。
つまり血魔石を経由した《亜空間》の運用がコッペリアの体内で行える。
結果、コッペリアは体内から『スミレが《亜空間》に保有する道具を自由に取り出せる』ことになる。
「何だと?」
と呟きが漏れる。
そんな動揺を知られては先ほどのハッタリを見抜かれてしまいかねないというのに。
木材兵は剣と盾を持って戦った。
であれば、目の前の光景はおかしなものではない。
たとえスミレによく似ている華奢なコッペリアも、結局は人形…同じというだけだ。
だが、握り締めるのはスイフトと同じような重量のある大剣。
その性能はフィリカの作というだけで十分に伝わるだろう。
しかも問題は重量を中心とした数々の『人が扱える上限』を無視した、箍の外れた馬鹿げたもの。
強度を全て『大剣自体の強さ』に頼り、重量の軽減すら行わずに攻撃系特性を詰め込んだ極限の特化武器。
「決して受けないでください」
「は?」
そんなスミレの忠告がスイフトの脳に染み渡るまで時間は掛からなかった。
何せその理由を実体験したのだから。
どんな特性を付けているのか、超重量の大剣を持ちながらも速度は衰えない。
地面を踏み抜くような威力で蹴ったため、速度が落ちるはずだというのに、むしろさらに速度を増すコッペリア。
余りのことに驚くスイフトは回避が間に合わない。
「くっ…!!!」
あの地面を割るような威力をまともに受けては腕ごと持っていかれる。
だが受けなければそのまま真っ二つだという状況に、背後へと跳んで衝撃を逃がしながら剣を沿えて耐える。
振り下ろされた大剣は、受けたスイフトを盛大に吹き飛ばし、地面を抉るように叩き割って止まった。
その破壊痕は戦場に小さくない亀裂を生み、土煙を撒き散らした。
「だから『受けないで』と言ったのに」
スミレは少し申し訳なさそうに告げる。
スイフトとしても、威力を逸らせるための動作に全力を注いだ。
どれだけの威力があろうと、受け止めなければ効果が無い…はずだった。
この惨状を思えば確かにスミレの言う通りだが、本当の意味はそこではなかった。
ガラガラと瓦礫を崩して立ち上がるスイフト。
何処かに強く打ちつけたらしく、頭から少し血を流していたが、逆に言えばたったそれだけ。
あれだけ派手に吹き飛んだくせに随分と元気そうだった。
スイフト健在という状況に歓声が沸き立つ。
しかし土煙が晴れると、その声もすぐにしぼんでしまった。
彼が持つ、シンボルとも言える大剣は半ばで折れていたのだ。
いくら装備が消耗品だとはいえ、戦闘中に壊れるのは最悪だろう。
「こりゃ無理だわ。
俺じゃ勝てんから棄権するぜ」
大剣の柄をぽいっと気軽に捨ててスイフトが諦めた。
その所作には余りにも『これは仕方ない』という思いが込めれていた。
たった一合武器を合わせただけで折れるような愛剣でも無いのだから。
その瞬間、理熾と同じかそれ以上に観客が沸き立ち、その煩さに戦った二人は顔をしかめる事となった。
お読みくださりありがとうございます。
登場時からずーーーーっと考えていたスミレのクラスがようやくお披露目です。
超長かった!
けどやりきった感がある!




