苦労性の領主
シュミット達をラボリに置き去りにする訳にもいかないのでスミレの待機は前提。
その他の面々も開拓地側での手伝いをすることとし、理熾はネーブルとラザフォードを連れて一足先にアルスへと帰還した。
他にも色々と手伝いを言い置いているので、この中で最も忙しいのはスミレかもしれない。
とはいえ、ラザフォードを組み入れるという時点で、全員にそれなりの対応が発生したのでスミレが特別と言うわけではない。
むしろそのためにこれから暫くはバタバタ続きなのだから。
一旦あけみやに顔を出し、食事の追加発注と昨夜戻れなかったことを謝罪してから領主館へと移動した。
今回の訪問の目的であるギルバートへの報告と交渉をネーブルに一任。
対する理熾はオレガノのウォーターソファに沈みながら、ノイズの出してくれたお茶に口を付けてほんわかしていた。
ちなみに連行されたラザフォードは状況の分かる大人であったため、ネーブルの隣で小さくなっていた。
領主の執務室でありえないほどの寛ぎっぷりの理熾だったが、その隣で語られる内容は非常に重く、それどころではないというのが本音。
開拓地の現状、亡者の繰手を含む大氾濫の顛末。
果てはシュミット、デリックの評価と対策の不十分さの指摘や成果・被害に至るまでのほぼ全てだ。
たった一日・二日報告が開いただけとは思えない濃さに、流石にギルバートも頬を引き攣らせる。
そして搾り出したのは
「なるほど、苦労を掛けたようだな」
という何とか体裁を保った一言だった。
フィード家ではないので魔物の脅威度を正確に測れはしないが、聞く限り理熾達が居なければ全滅なのだから仕方ない。
もしかするとアルスまで逃げ延びてから討伐という目もあったかもしれないが、そうなると他の地域が甚大な被害を出す。
結局あの場で殲滅する以外の方法を取れば、ギルバートは今のように頬を引き攣らせるだけでは済まなかったはずなのだ。
「まったくだ。
この多大な不始末どうしてくれる」
そんな絶望的な状況を知るネーブルは強気に出れる。
むしろラボリ開拓に携わった面々の『お守り役』を押し付けられた感が強かった。
相談役という扱いとは言え、これだけの色々を背負わされた覚えは無いし、背負うには重過ぎる。
今回はたまたま何とかなっただけなのだから。
「それでシュミット達は使えるようになったかね?」
「おい、話を逸らすな。
隣で遊んでる子供が暴れるぞ?」
「え、僕に振るの?」
暢気にお茶をすすっていた理熾は驚くが、暴れる気が無いのは明白で皆適当に流してしまう。
その一拍ほどで少し余裕を取り戻したギルバートは苦笑いを一つ入れ
「といっても、だ。
今回の働きに見合う報酬が思いつかん。
とりあえず討伐した魔物はそちらが貰ってくれて構わないが…」
「倒した魔物が当人のものなのは当然の権利だろう?」
「うむ…だから『今回大氾濫で討伐した魔物全て』にしよう」
「デリック達が倒した分も含むってことか?」
「その通りだ」
つまり誰が倒したかなど関係なく、ラボリの開拓地に転がる魔物の死体全てをくれるということらしい。
これが討伐者達を使っていた場合は一悶着の案件だが、防衛に際して主に働いた領主側から出した者達ばかり。
ギルドから参加の探索者が中に入っているか、生産系なので関係ない。
慰労金を乗せての休養で話が終わらせられるので、こういう話にもなるのだろう。
そんな破格とも言える申し出だったが、ネーブルは即座に「却下」と返事した。
「…理由を聞こうか?」
「俺らに片付けろって言ってるんだろ?
そんな面倒な報酬があってたまるか。
それに踏み潰されてグズグズになった死体からまともな素材が取れるわけ無いだろ」
「全てこちらで処理しよう」
「報酬という形で押し付ける気満々かお前…。
処分にも手間と金が掛かるんだぞって…いや、だからな?
俺はそんな報酬は『いらん』と言ってるんだ」
「だが働きを金には換えられんだろう。
開拓地に加え、50人近くを生還させているんだぞ?
最高額の奴隷の金額に人数を掛けて算出するか?」
「貸し…」
「は、やめてくれ。
これ以上はわしの良心が破産する。
というか何が欲しいんだそっちは」
これ以上の無益な交渉はしたくない、という表れだろうか。
何せネーブルがした報告に加え、後ほどシュミット達からも報告は出る。
そちらの方が正確な反面、ネーブルの言葉通りの証明となって反論が封じられてしまう。
だから今の『確証の無いあやふやなタイミング』で出来る限り手早く話を終えてしまいたいのだ。
どう考えても非はギルバートにあったのだから。
付け加えるなら白紙の小切手を切るほどの大放出だったのは、『理熾』という主人が無茶な要求をしないという確信もあったからだ。
だが、今の『交渉相手』はネーブルだということをギルバートは失念してしまっていた。
「なら、あけみやの支配人…セリナ・クラインをくれ」
「は?」
「俺達の食事事情はほぼ全てセリナが握ってるからな。
あけみやの中心人物なので心苦しいが、要るものといえばセリナだな」
「…本気で言っているのか?」
「他にくれるというならば領地だな。
そこに屋敷を立てて管理と調理場をセリナに任せるとかどうだ?」
「リオ君、本気か?」
ネーブルの語りに冗談の色が見えず、ギルバートは理熾へと確認をする。
急に話を振られた理熾は特に気にせずオレガノに沈んでぽやっとしていた。
何故なら心強い味方が交渉の前面に立っているのだから。
「おいおい、誰に確認してるんだよ。
交渉事を一任されてる俺としてくれ。
今うちの主人はただの飾りだ。
ま、条件の最終決済は俺じゃないだけどな?」
「『貴族の娘を貰う意味』を理解しているのか?」
「いやいや『表向き』は違うんだろう?
社交場にも出てないなら居ないのと同じだ。
何より俺達は、あけみやの経営者に、従業員の融通を頼んでいるだけだぜ?」
その者の血統は勿論だが、養子という手もある以上、周囲に認められなければならない。
社交場に出ていないとは、つまり世間に『貴族として認められていない』という点を突いている訳だ。
知る人ぞ知る、などという言い訳は基本的に通用しない。
とはいえ黙っていても『伯爵家の娘』なことには変わり無いのだが。
「…嫁にやるのではなく、調理師としてか」
「いや?
管理・運営まで含めるからな。
あけみやと同じ支配人って立ち位置で迎え入れたいと思っている。
やることは大して変わらんから、本人に負担も無いはずだ」
「引き抜きか」
「否定はしないさ。
金よりよっぽど欲しいんでな」
肩を竦めるような仕草を交えて話を進めるネーブル。
理熾達は非常に性質の悪い恩人だ。
力と金を持ち、メルカノ公爵家という貴族とガゼルというギルドへの人脈まで持ってしまう。
付き合い方を間違えれば牙を剥く…ことは理熾の性格上ないだろうが、表面上そんな勢力に育ってしまっているのだ。
だからネーブルの説明にギルバートは答えを出さない。
「ふむ…それで領地もか?」
セリナの引き抜きを棚上げし、要求内容を一つずつ潰していくのだろう。
それらに気付いているネーブルは気にせずに「あぁ、ラボリを貰いたい」と口角を上げ答えた。
「は?」
「今開拓中のラボリだ…。
って『地名』としてはまだ無いんだっけか。
まぁ、まだ周辺が更地にもなって無いんだから、今なら俺達の好きなように出来るだろ?」
「…迷宮はどうするつもりだ」
「そういえばそんなモノもあったな。
まぁ、俺達の領内の話だから、こっちで何とかするさ」
「初めての領地で迷宮管理だと?
ネーブル、お前ふざけてるだろう?」
「いや、大真面目だぜ?
俺達の展望は明るいからな。
どうせ今後必要になるし街道も敷く予定だ。
そうだな…領主側から人員を斡旋してもらえると助かるな」
「さらに人まで出せと…?」
「『技術者を貸してくれ』ってことだよ。
何と驚くことにうちの子供はかなりの金持ちでな、仕事の対価も十分払えるんだぜ?」
茶化すように語る内容はギルバートも知ることだ。
いや、理熾が持つ資金の大半はアルス領からの報酬なのだから知らないはずも無い。
ついでにガゼル、ガートルード、フィリカともつるんでいる事を含めるとやはりえらく性質が悪い。
薄く青筋が浮かぶギルバートに理熾は若干引くが、ネーブルはそ知らぬ顔で返事も待たずにさらに押し込む。
「まぁ、別に良いんだ。
今言ったことは所詮俺達が『欲しがるもの』なだけだからな。
報酬としてもらえるだなんて思ってないさ。
往々にして対価というものは安く見積もられるものだ。
それがたとえ金どころかガゼルとギルバートに『貸し』まであっても…なぁ?」
などと実に楽しそうに煽る。
要は『お前等権力者は結局踏み倒すよな?』と言っているのだ。
余程ラボリで大変な思いをしたようだ。
まぁ、理熾パーティが総出でかなり追い詰められた戦場なのだから、これくらい仕方ないのかもしれないが。
『借り』があるのは確かで、しかも『咎人の収益』、『ラボリ開拓』、『未開拓迷宮の調査』の支払いもまだ終わっていない。
迷宮の調査に関しては理熾が立候補したので安くはなるかもしれないが、攻略してしまっている以上は報酬が必要になる。
これらを分割で支払う話だったのだから支払いが残るのは当然で、ここへ今回積まれた『大氾濫からの防衛』まで含めれば目も当てられない。
だがそんなことを言われてしまえばギルバートとしてはぐうの音も出ない。
たった数人規模のパーティなので握り潰せないことも無いが…。
『出来る事なら対応する』と言った手前、ここで突っぱねるのは随分と難しく、してしまえば信用が失墜する。
それにここで関係に亀裂を入れていい相手でも無く、何よりネーブルがいやらしいのは『難しいが出来なくは無い』というを点を突いているところだ。
ぴいんと無音が支配する威圧感の中「くく…まぁ、いじるのはこの辺にしておこうか」と沈黙を破ったのはネーブル。
「ネーブル貴様…」
「そうかっかすんなよ。
ちょっとからかっただけだ…本題に入るぞ?」
「はぁ…まったく。
年寄りをいじめてくれるな」
先ほどまでの怒気と対策法をすぐに放棄し、深く溜息を吐き出し返事をする。
ネーブルが退いたから良いものの、理熾が『無茶な要求が通る程度に貢献している』以上、押し通すことも可能だった。
そんなことを改めて認識し直し、ギルバートは『やはり中央の方がゆっくり過ごせるだろうな』などと疲労を混じらせ考えていた。
お読みくださりありがとうございます。
こんな感じで暫くネーブルが頑張っていきます。
理熾の仕切りは逆転系ですが、ネーブルの仕切りは追い詰め系ですね(‘‘




