【幕間:神域】神様の失策
理熾は私が出したラボリの【神託】を無視したようだ。
まぁ、理熾がラボリに居なくとも完遂出来る【神託】だから別に構わんが。
とはいえ、末っ子への嫌がらせを含む、公爵家子息の願いを叶えるために首都ガーランドへ向かうとは意外だな。
その面白い取り合わせに、思わずにやりと笑みが浮かぶ。
クーリアが心配していたように、激減した能力値でいきなりのラボリ迷宮攻略はリスクが高い。
そのラボリには私が過去送り込んだ<迷宮創造者>が居る。
こいつも理熾とは違う意味で予想を裏切り続けたヤツだ。
顔を合わせたところで、殺すどころかまともに攻撃することも無いだろう。
そういう意味ではラボリも随分と安全なはずなのだが、念のために内部を観測していく。
既に4層以外は罠だらけか…相変わらずの作りだな。
って、理熾が蠱毒を作りかけたあの魔物の出所は『ラボリ3階層』の大氾濫が原因だと?
距離を考えれば確かにおかしくは無いが…。
何だってこのタイミングで『本来の目的』を達成しようとしてるんだ…。
相手が理熾達じゃなければ明らかに被害が出てるじゃないか。
はぁ…しかし間接的に物事を進めようとするとどうしても誤差が出るな。
視点を理熾に戻すと転送員と仲良くガーランドを散策中だった。
暢気なものだが、周囲への気配りは怠っていないらしい。
大通りをそれなりの速度で走る馬車から転送員が距離を取るように、注意を逸らしたり自然に割り込んでいる。
対応に卒が無さ過ぎて気持ち悪い子供だな…もしかしてあれは能力値を使いこなすための『リハビリ』なのか?
わざわざ思考を覗き見するほどでもないので、そんな疑惑はそのまま放置したが。
そして翌日にはアレクセイ行きを決めていた。
確かに『死なない迷宮』として名高いアレクセイはリハビリにはもってこいだろう。
だが…余りにも決断が早すぎるだろう。
それにラザフォードが着々と準備を進めているラボリにも目を向けてもらいたいものだ。
アレでは致命的なタイミングでかち合う可能性も否定出来ないからな。
アレクセイを攻略するために理熾が取る方法は、驚くほど効率的なものだ…分からなくは無い。
転送員を使えば、地図があれば…いや、理熾が持つ奴隷達を参加させればDランクの迷宮など散歩と変わらないだろう。
ある意味で末っ子の【庇護の宿命】が正常に働いているといえるな。
あの加護は『庇護者が向かう危険性を感知・排除する』という、未来に対する野生のカンのようなものだ。
結果を見れば好転しているように感じるのは、単に『危険・困難・失敗を行動の開始時点で避けている』だけ。
また、無意識の内に先手を打っているため、『結果を変えている』という訳ではない。
効果は強力なのに、その効力の単純さ故に労力としては最小限という低負荷。
それだけに留まらず、加護が持つ許容量の空白部分で全方位の能力を底上げしている。
この加護は本来頭を使って考えねばならない失敗時のリスクをほぼ無視出来る『成功を約束された加護』と言えるだろう。
『庇護の宿命』という加護名からしてそのままだしな。
と、加護の中でも随分と優遇されたものなのだが…末っ子を見ると良く分かる。
この加護は『自分は大丈夫だ』と信じ切れる者ほど強い反面、その思いが強いほど『脆い』という偏りを持つ。
危険の本質を見抜く事無く回避するため、脇が異常に甘くなる。
後先を考えなくとも、初動でほぼ何とかなることが確定していることが大半なので『突発的な不利』に弱い。
『本能を代用』し、理解せずに回避するので、逆に言えば『理性的に回避する事象』にも対応出来ない。
また、向かう先に『失敗』を置かれてしまうと一直線にぶつかる。
回避に動くことも出来るはずだが、加護のせいか、性格のせいか。
『状況に合わせて』というのが絶望的に不得意な者ばかり。
自身の行動を信じるが故に、むしろ分かりやすい死亡フラグでさえ勢い良く玉砕してしまうほどだ。
その最たるものは理熾との対決だ。
理熾は見た目や気配、立ち振る舞いから『本能的に危険と判断するのが難しい相手』に分類される。
どちらかと言えば経験・理性で警戒する相手だからな。
指揮官や斥候者であれば、違和感を感じ取って警戒するだろうが、末っ子にその能力は無い。
『何かおかしい』と加護が訴えたところで回避に向かうだけの情報収集や打開策を持たないからだ。
結果、あのようにあっさりと失敗した…まぁ、最後には勝ちを譲られていたがな。
石や《遠当て》を使わずとも、あのポルンを投げ込めば勝てていた訳だし。
しかし…アレクセイの攻略依頼を引き受けた理熾は、学園で地図の授受を明確に禁止させ、可能性のありそうな騎士団で差し止めた。
挙句ギルドから買い取る(失敗すれば禁止場所が増えるだけ)など…可能性を一々潰すなんて子供の考えることじゃないぞ。
いくら『負けない戦い』が上手くとも、そこまで念入りにする必要が何処にあるんだ。
お前には切札となるだけの配下が居るというのに、と呆れてしまう。
とはいえ、相談や実行時には指揮官や斥候者を利用している辺り、やはり『使う』ということに長けている。
そうして学園迷宮と呼ばれるアレクセイへと足を踏み入れていった。
予想通りというべきか、それとも予想外というべきか…。
5層ごとに地上へと戻るという一般的な攻略を行っているが、その帰還が異常に早く、4日で15層を突破していた。
正攻法ではあるのだろうが…本当に頭を抱えたくなるような潜伏探索。
一般的に『過酷な探索』をあっさりとこなす様は、順調としか表現出来ない。
やはり低いスキルを重複使用して上位者と肩を並べるのはスフィアではありえん発想だな…。
一点集中で育てた方が最終的には効率が良いしな。
そして迷宮がいくら広大だからといっても、一度に数百名の者が居る中、回避しきるのは無理だろう。
浅い階層は人が、深い階層は魔物が多くなるため、その度に足止めを喰らうはずだ。
それらを含めれば、このまま順調に進むとして合計二週間くらいか…それまではこちらも理熾に意識を割かずに済むな。
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そう考えていた数日後。
「主様!!
理熾様がっ、理熾様がっ!」
早くもクーリアから声が上がる。
感情の投影も上手くなったものだと感心しつつ、状況を確認するまでに時間を要するのはいただけないな。
結論から言えば、躍進を続ける末っ子パーティの秘密を探る相手を一網打尽にするために、理熾を的にした大規模な『鬼ごっこ』を行うと言う。
しかも既に実行は決定されており、その証人として学長が名前を挙げている、か。
この馬鹿天使は、この出揃った状況下でどうしろと言うのだ。
報告にしても介入にしても遅すぎるでは無いか。
「………理熾に考えがあるんじゃないか?
少しは庇護者を信用したらどうなのだ。
それとも理熾は無謀な勝負を吹っ掛ける馬鹿だと言いに来たのか?」
「いえ、違いますよ?
私が言いたいのは『これから始まる理熾様の無双シーンをライブ中継しましょう!』ということです!」
ただの馬鹿だった。
呆れるような内容ではあるものの、参加者に名前を連ねている者を検索すると名の売れている者も居る。
個人単位での戦力として考えれば理熾に軍配が上がるだろうが、パーティという枠で行動する彼等を思えば苦戦を強いられるだろう。
そんな中、飄々としている理熾を見ると、何か考えがあるのだろう。
なるほど、確かに見たいという衝動に駆られてしまう。
その都度頭の中身を見てしまえば楽しみもなくなるしな。
そう思えば良いタイミングで声を掛けられたかもしれない。
「ふむ、面白そうだ。
明日の鬼ごっこ開始前に改めて見に来よう」
「承知しました!
神算鬼謀の熾烈な戦い…あぁ、後世に残すために録画しておきましょう!」
「それは…勝手にしてくれ」
「はい!」
どうしよう。
何だか馬鹿が加速していいないか…?
感情に振り回されているように見えるのだが、感情値は一定…なんだこの状況は。
割合で出す数値だから、上限が上がれば同じ割合でも絶対値は違うとかそういうことか?
だとすれば最高まで上り詰めた時が怖いな…少し留意しておこう。
翌日。
膝と手を地面について私を迎えるクーリア。
一体何の儀式だと考えていると、目の前に繰り広げられる映像を見て納得した。
「…なるほど、戦場を『広げた』のだな。
契約にサインする際に指摘する者が居れば破綻する内容だが…発想としてはありえず、契約を結べば立証は不可能。
最初から戦う気すら無いのに喧嘩を吹っ掛けるとはとんだ詐欺師だな」
和やかなあけみやの光景を見せられ、思わず笑ってしまう。
理熾にしては随分と過激な解決手段だと考えていたのは間違いではなかったらしい。
そしてこの様子なら契約中である、今日一日はアルスで過ごすだろう。
しかし休憩と敵性の排除という相反する内容を両立させられるのは転送員が居るからだな。
ここ最近の使用頻度が異常に高いが大丈夫なのか?
今のところは問題なさそうだが、気にしておいた方が良いかもしれんな。
「まさかこのような方法を取られるとは…。
理熾様にしては随分短絡的だなとは思ってたんですが…」
「まぁ、理熾にも休養は必要だ。
せっかく策を弄してまで手に入れた有意義な一日。
魂量の回復を考えればもっとゆっくりしてもらいたいものなのだがな」
「そうです!
私の楽しみよりも理熾様の健康の方が大事です!
今日といわず、ずっと…一生ゆっくりしていてもらえませんかね?!」
「ダメに決まっているだろ」
私はそう嘆息するしかない。
さて、ならば見るべきものは無いな。
作業に戻るとしよう。
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そして気が付けばもうアレクセイの最終層へと手を掛けていた。
それを知る理由は、クーリアがまたも血相を変えて駆け込んできたからだ。
いい加減理熾の行動に慣れてもいいんじゃ無いかと思う。
まぁ、毎回違うタイプの問題を引っ張ってくるがな。
「アレクセイの守護者として双頭犬が召喚されています!!」
Dランク迷宮ではありえないBランクの守護者。
これでは慌てるのも分かる話だ。
そういえばEランクのイルマでもCランク相当の迷宮亜竜の群と遭遇していたか。
なかなかあることでは無いが、こうも続くとは…そういえば最初の大規模戦闘ではハイオークが相手。
ということは、毎回想定よりも格上と戦っているのか…よく生き残っているな。
しかしどうしたものか。
特殊攻撃の少ない、単純な物理特化型。
いくら破格の力を持っても、獣である以上、技術は人に劣る。
そして理熾は無駄にその技術を持っているため、恐らく一番対処しやすいタイプの特化型の双頭犬なら何とか対処するだろう。
それにどちらにせよこの双頭犬を倒さねば末っ子との契約が反故になる。
であれば、その進路を阻む双頭犬は【神託】を取るための犠牲にしてしまおう。
最悪死ぬことも無いし丁度良い。
「クーリア、【神託】の準備だ」
「はい!
警告を促すのですね!」
「内容は
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【神託】
迷宮の最奥を目指せ
達成内容:アレクセイ迷宮の守護者討伐
アレクセイ迷宮の突破に精を出す君に試練を与えよう
現在の守護者は鬣と尻尾の一本一本が蛇になっている黒い双頭の犬
討伐ランクB相当の『オルトロス』
この魔物が居る以上、今年の突破者はゼロとなる
見事この魔物を討ち果たし、最速突破の栄光を手に入れよ
報酬
アクティブスキル:魔戦氣
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ということにしておこう」
「煽ってどうするんですか?!」
今までも結局手を出せないこちらまでも出し抜いて突破してきたではないか。
監視をつけるために守護天使化させたが、早計だったかもしれない。
まったく…過保護にもほどがある。
「問題ない。
かなりの魔力を持っていても身体強化に回すただの獣なら理熾は対処する。
それにこのランクならまだ投剣が効く。
この機会だから今まで手を加えられなかったスキルの整理をしてしまおう」
「整理、ですか?」
「基礎スキルを持ちすぎだ。
これでは負担にしかならん。
利便性を上げるために用意した【看破】も放置されているしな」
はてさて。
この戦いは、ある意味で理熾が歩んだこれまでの集大成だ。
特化型を討ち滅ぼす万能型誕生の瞬間はもうすぐだ。
ふふ…お手並み拝見といこうでは無いか、理熾。
お読みくださりありがとうございます。
急遽挿入した話になるので、少し文章構成が荒いかもしれませんがご了承ください(。。;




