戦後処理
「この度は尽力いただきありがとうございます」
俺達が待つ会議室にシュミットが入るなりこの対応だ。
どう考えても全滅の目しかなかった今回の件を丸く収めた感謝は計り知れないだろう。
全員が極度に疲弊しているものの、最悪と比較しても実害はそれだけだしな。
「よせよせ、堅っ苦しい。
疲れてるんだからもっと気楽にさせてくれ」
と俺は手をひらひら振って話を進める。
デリックによると今回のラボリ防衛戦において、警備兵として参加した四名が死亡。
七名が命に関わらない重傷で、その他は擦過傷を含む軽傷。
後衛を含めれば全員が疲労困憊といったところだった。
なるほど…俺達が撤収する間に取りまとめた内容としては十分な情報だ。
Dランクの魔物も何体か居たらしいことを思えば上々の戦果と言えるだろう。
だがそれは単なる『数字上の話』でしかない。
十分な戦果とはいえ、この結果にシュミットは顔を青くして絶句した。
何せ警備兵の総数から言えば、半数以上が死亡か重傷だからな。
これではここから通常の行程でアルスへ帰るのはかなり難しい。
「申し訳ありません。
全ては私の力不足です」
「い、いえ…デリック騎士長はよくやってくれました」
「いえ、私ではなくネーブルが指揮を執っていればと…」
何だこの茶番は?
気が緩んで元に戻って…じゃねぇな。
むしろ悪化してないかこいつら。
そんな反省会は今いらねぇんだよ。
だがまぁ…デリックは『激戦の直後』で、逆にシュミットは『まだ終わっていない』訳だしな。
ある程度精神的に消化出来なきゃ話も進まんか?
俺は思わず「はぁ…」と一つ息を吐き、
「俺が指揮を執ってればそれこそ全滅だ。
何のために『二手に分けた』と思ってる?
逆に聞くが、デリック騎士長なら『俺の代わりが出来た』のか?」
「………」
「シュミットのせいで被害が出たんだから気持ちは分かる。
だが、今考えなくてはいけないことは何だ?
責任の所在は帰ってから領主様にでも判断してもらえ。
それよりも放置してある『戦士達』をどう扱うかを先に考えろ」
「そ、その通りです!」
まったく…何で俺がこんな立ち位置なんだ。
もっと楽な仕事のはずだったんだがな…。
「すぐにこの場から逃げましょう!」
「ばかぁ!?」
「えぇ!?」
シュミットの言葉に俺は反射的に頭を抱えて思わず叫んだ。
いくら戦闘に関して何も分からないとはいえ、それは酷すぎるだろう。
デリックも苦笑いしてる場合じゃねぇ…ちゃんと止めろマジデ。
「はぁ…とりあえず方針だけは出してやる。
細かいところは他のまとめ役とすり合わせて決めてくれ」
呻くようにシュミットの意見を退け、方針を伝える。
とりあえず夕方に差し掛かろうとしている今、この場から動くのは馬鹿のすることだ。
ハッサクのように夜目が利く者が居たとしても、全員じゃない。
だというのに夜に動こうとする時点で本当にお察しだ。
ちゃんと戦える武装集団ですら難しいような真っ暗の夜の森を歩くとか、今のこの状況だと高ランクの魔物がうようよ居る闘技場で介護するようなもんだぞ。
しかもこの疲れ切っている者達を引き摺って行くとかどんな鬼畜だ。
数日掛かる場所に移動するって指示出して誰が今すぐに立ち上がれるんだよ…。
ということを丁寧に順序立てて説明してやると、涙目になりながら頷いた。
うん、俺は悪くない。
指揮能力云々じゃなく、この辺は『戦っていないがために万全な状態』のシュミットだから出る発想なんだろうが…止めるやつが居なきゃ迷惑極まりないな。
だから動くとしても明日から。
そしてやることは何も難しく無い。
今夜を乗り越えるだけの最低限の状況を作り出せば良い。
柵を置くために畳んだ全てのテントを引っ張り出してまずは休養だ。
加えて主に使う者は小屋に引き篭もってた非戦闘員と後衛で資材配りをしていた者。
これは疲労の度合いから考えて当然だろう。
「今すぐやることは警備兵を休ませることだ。
重傷者をすぐに雑魚寝部屋に移動させ、治療と休養を取らせろ。
そいつらは今回の遠征じゃ役に立たんから静かにさせといてやれ。
軽傷者も今のままじゃ役に立たんから、最低でも1時間程は休ませてから雑用に使え」
どうせ使えないのだから、さっさと『使える状態』になるように調整すべきだ。
道具や人の性能を引き出せないのは、多くの場合『使用者が悪い』んだからな。
「それと即席で良いから、作業する区域の中央に休憩所をすぐに作れ。
夜寝るためのテントはその後で良い。
方法はそうだな…適当に長い杭を2本立て、天辺から地面に斜めに布を渡し、同じく地面にも布を敷く。
そうすれば『∠型』の簡易休憩所が作れる。
ちゃんと座る部分が日陰になるようにな。
休憩に雑魚寝部屋を使っても良いが数が足りん。
それに雑魚寝部屋は『警備兵』に空けてやれ…後は交代で作業に励んでくれれば良い」
疲労を訴える頭を捻じ伏せて考えを広げる。
俺が行う小隊運営の規模を大きくして考えればとりあえずは大丈夫だろう。
細かい分担はこいつ等がやってくれるはずだからな。
後は何だ…?
あぁ、夜の哨戒とかも必要か。
俺達で言えばハッサクに頼むんだが、一人にばかり負担を掛けるわけにもいかないし、交代要員も準備しておかないとな。
「デリック。
夜までは人の出入りが激しいから良いが、夜警用の人員も確保しておけ。
それと二人共、必ず最低4時間は寝ろ。
連れて来ている者は皆優秀だ。
だから一日くらい何とかす…いや、何とかさせろ。
その為の指示は『問題が発生しても対処出来る』ように頭を絞ってやれよ?」
今すぐに思い付く限りの対策を並べ立てる。
目を白黒させながら相槌を打って必死に理解しようとしている。
理解と平行して対策が浮かんでいれば良いが…。
まぁ、開拓地の運営はシュミット、警備の担当はデリックと役割分担出来るから何とかやるだろう。
おぉ…最後に言い忘れてたな。
「ちなみに『俺達』はアテにすんな」
と言い放つとシュミットは「えぇっ!?」と驚く。
アテにする気だったのかよ…。
確かに遊ばせるには勿体無いが、俺達はもう十分働いただろうが。
だから
「とりあえず今日は何も出来ない。
だから今夜過ごせるだけのテントを用意しろって話だ」
「そ、そうですが…」
「難しく考えずにやりくりしてくれ。
つーか外の面子も指示待ってるだろうし、さっさと出て行ってまずは炊き出しだな」
俺はそう切り上げて部屋を出る。
ぼけっとしている暇は無い。
これから夜が迫ってくるのだから、時間との戦いだ。
ま、後は俺達以外の戦いだけどな?
・
・
・
不機嫌を隠そうともせず、ネーブルは
「誰だこいつは」
と猫の首根っこを掴んだような状態で主へと問い掛ける。
ここは理熾が出したテントの中。
リビングで全員が集まって各々くつろいで居るところだった。
「や、やぁリオ君。
このこわーいお兄さんを止めてくれないかな」
情けない顔で「たはは」と乾いた笑いをしながら助けを求めるのはラザフォード。
理熾の視線を感じ、すぐにぺいっとネーブルは床へと放り出した。
疲労を押して入った小屋で発見した不審者が、『理熾の関係者』だと聞かされた時のネーブルの絶望感といったら想像に難くない。
一気に身体が倍ほどの重さに感じつつも、ラザフォードを引き摺ってきたネーブルの苦労が滲む。
そんな思いが表情にも滲んでいたらしく、談笑していたはずのテント内は一気に沈黙に変わり、全員が理熾を見る。
ただ当の本人は『そういえばそんな人も居たなぁ』的な感想しか出なかった。
色々ありすぎたから仕方ないとも言えるが。
「そうだねぇ…今回の件の主犯かな?」
考えながらも理熾が口にする内容はかなりの威力でもって周囲を凍らせた。
室内が殺気立ち、そんな気配を叩きつけられるラザフォードは滝のような冷や汗を流して頬を引き攣らせる。
理熾の話していた『仲間が怖い』ということを、今まさに嫌というほど噛み締めていた。
そんな中でもネーブルは戦闘後という意味で気が立っている周囲とは違い、冷静に「どういうことだ?」と先を促した。
「この人、<迷宮創造者>なんだよ」
「何だそれは?」
「細かいことはまだ聞けてないんだけどね。
簡単に言うと『迷宮をいじくれるクラス持ち』かな」
「聞いたことのないクラスだな。
ハッサク、アシュレイ、知っているか?」
ネーブルはガーランド貴族のアシュレイ、情報収集者のハッサクへと声を掛ける。
一番情報としてアテに出来る二人共は、ただ静かに横に首を振るのみだった。
「新クラ…いや、希少クラス?
もしくは国家的な秘匿クラスか…?
何にしてもこの面子が全く知らないとなると随分と問題だな…って、確認してないのか?」
「【診断】はしてないかな。
でもスキルを使ってるところは見てるよ」
「そうそう、ぼくは凄いんだよ?」
自身の価値を上げられる機会と思ったラザフォードがいきなりねじ込んでくる。
明らかに主張すべきところが間違っていた。
警戒感を滲ませながらも、返答は明らかに呆れるような仕草のネーブル。
「…凄いとか自慢してる場合か?
この件の主犯だったら100%縛り首だろ?」
「えぇ!?
魔物の群に襲われたのがぼくのせい!?」
「その話しかしてないぞ…」
余りの残念具合に項垂れる。
こんなヤツに振り回されたのか、という風に。
だが内容を聞いていない以上はネーブルも断言出来ない。
「それで、何でそういう結論になったんだ主人?」
「迷宮内の制御が出来てたからかな。
後、ラボリは5層が最下層で守護者とも会ってきた」
「えぇ!?
てことはもう『未開拓』じゃないの!?」
「黙れアシュレイ。
今、大事な話しをしている」
「うぐ…でもこれは重要なことなんだよ!」
引き下がらないアシュレイに対して理熾は律儀に答える。
どうせ返事が無ければ話の腰を折られ続ける。
残念ながら好奇心が前に出る辺りの悪癖はまだ矯正されていないらしい。
「あー…ごめんね。
攻略したといえばしたことになるかな」
「うぅ…酷いよリオ君…。
ボクも最下層行きたかった…」
「核は見てないからまた行こうか」
「うん…」
アシュレイが落ち着いたのを見計らってネーブルが溜息混じりに先を促す。
「ラザフォードさんの…って、その人ラザフォードっていう名前なんだけどさ。
能力はさっき言ったように迷宮内をいじくれる。
大氾濫は『大規模な迷宮改造の結果』ってことじゃないかと思ってるんだけど…どう?」
「確かに4層目の改装はしたが…」
「と言うわけ。
多分だけど4層に居た『生物』はその時に外にはじき出されてるはず」
効果範囲が4階層の全てではいくらハッサクでも感知・対処は無理だろう。
そうなると当然の疑問が出てくる。
全員を代表してネーブルは問う。
「主人は何で残れたんだ?」
「多分《障壁》で咄嗟に周りを囲ったからかな?」
「…俺にも分かるように頼む」
「効果範囲は『4層』だよね?
【空間魔法】の《障壁》って『空間を隔てる』から、指定された『4層』って範囲から外れたんじゃないかな?」
理熾は「予想だけどね」と付け加えた。
要は4層という箱の中に《障壁》に包まれた別の箱を用意したようなものだ。
対象が『生物』であれば、その箱は無視される。
流石に中身の確認まではしないだろうという意味で。
だがその意見に対する反論はラザフォードを含め出なかった。
想像の域を出ないから仕方ない。
「となるとラザフォードはギルバートに突き出す必要があるな」
「だねぇ。
でもクラス的におかしいから信じてもらえないかもね?」
そう、余りにも逸脱したクラスだ。
他者を操作するというのは<動物使い>などのクラスがある。
しかしそれはあくまでも通常規格の動物や魔物でしかない。
それが『迷宮という巨大な魔物を扱いきれるのか』という疑問に繋がるのだ。
なにせ管理迷宮と言えども結局は定期的に『掃除している』だけでしかない。
迷宮に手を加えるのも、単に転送用の魔法陣を敷いているだけ。
どちらかと言えば人側が寄生している側で、共生するために知恵を絞っているのだ。
これでは『迷宮を操作する』と言えるわけが無い。
だというのにラザフォードのクラスは、それらの常識を踏み越え迷宮を扱える。
信じる信じないの前にある、前提を崩すような内容なので、そもそも対応してもらえるかも微妙な線だ。
そこまで考えてネーブルは
「はぁ…その前に情報収集は必要だな」
と言ってラザフォードを軽く睨む。
明らかな面倒ごとが目の前にあるのだから、視線くらい鋭くもなるだろう。
ネーブルの視線にびくりと肩を震わせたが何かを出来ることも無い。
「おかしい…【診断】の通りが悪い。
いくつかの項目が潰れてるが…お前まさか【隠蔽】でも持ってるのか?」
「い、いや…?
ぼくには【迷宮創造】くらいしかないけど…?」
ネーブルは「ふむ…」と思案顔になる。
このどう考えても敵しか居ない状況下で嘘を吐けるとは思えない。
それだけの胆力と頭があれば理熾に捕まる訳も無く、戦力としては不安の残るネーブルが連れてこれるのもおかしい。
言動を思えば穴だらけ、動きを見ても素人くさい。
となれば考えられるのは『本人が理解していない特殊性がある』ということだろう。
「主人、一室借りるぞ。
明日にでも報告上げるから、今日はもう寝ておけ」
「うん、ありがと。
あ、それとこの人、迷宮に限り魔力使わずに何か出来るから注意してね」
「リオ君何故それをっ!」
「いや、迷宮から出る時に【戒めの鎖】つけたままスキル使ってたよね…?」
呆れるように言う理熾に、ネーブルはまたもラザフォードの評価を『企むような頭は無い』と改める。
それにしてもせっかく休めるはずだったのに、と指揮官は嘆くしかなかった。
お読みくださりありがとうございます。




