ラボリの迷宮創造者2
世界がひっくり返ったことに理熾は身構えた。
しかし変わり行く景色を目の当たりにし、既に遅いことも知った。
先程アガタと初めて遭遇した、広い部屋へと移動していたからだ。
『<迷宮創造者>』という新たな情報が入って来た時に改めて考えるべきだったのだろう。
たとえ方法や対策が思い浮かばずとも、問答無用で叩き潰すという選択肢は取れたのだから。
だからもう少し踏み込んで考えていれば良かった、と理熾は反省する他無かった。
ただ初めて世界がひっくり返った時にそれを考えろというのは酷だろう。
まさしく『何もしていない』のに、景色がガラリと変わってしまえば(変わり方もおかしかった)動揺くらいする。
それに同行してた三人や地上と連絡が取れなかったり、何処にいるかが分からなかったりと同時に余りに多くのことが起き過ぎた。
取れるであろう対策を逐一検証する時間もなく、思い浮かぶ優先順位を消化して行動するだけで精一杯。
結局何故『こういうこと』が起きたのかを考えていなかった。
それを今ようやく理解した。
迷宮という魔物が引き起こした現象などではなく、<迷宮創造者>という絶対者が起こした強制的な変化なのだと。
だが今まさに行われた所業は《転移門》などではない。
空間圧縮式の落とし穴もそうだが、『空間を渡っている』訳ではない。
どちらかと言えば今回のものは迷宮内を空間ごと『交換している』ように思える。
その仕切りの単位は部屋なのか、階層なのか、それとも任意なのかは分からない。
ただ、少なくとも<迷宮創造者>は迷宮内において、随分と自由度が高いことを理熾は知った。
「アレ、驚いてない?」
ひょろ長い中年男はへらへらしながら理熾の様子を伺う。
しかし余り動揺をしない理熾を見て不思議には思ったらしい。
「一度同じ目に遭ってるからね」
対する理熾が無駄口を叩くのは情報収集のため…何か喋れば御の字だと。
ただどう見ても隠すタイプでは無さそうで、むしろ得意気に説明してきそうなタイプだ。
だが、『何を問えば良いか』が思い浮かばず、何か勝手に情報を零して欲しいというのが本音だ。
理熾が遭ったのは階層の変化という違いはあるが、恐らく根本は同じなのだろう。
『迷宮の改装権限を持つ』と予想出来るので、模様替えにも何かしら制限があるかもしれないが難しくは無いだろう。
つまり目の前の中年男は、いつでも同じような変化が起こせるということだ。
「へぇ…それでもココまで来れた、と?
なるほど、君は随分と腕が立つようだね」
腕を組んで仁王立ちする姿は先程までと同じ。
加えて余裕を見せているということは、この場において何か秘策でもあるのだろうか。
理熾はそんな風に推測を張り巡らせる。
そして今居るのは自分ひとり。
頼ることも、縋ることも出来ない代わりに失敗しても被害者は自分だけ。
自分のことだけ考えれば良い、他人に迷惑の掛からない状況ほどやりやすいものはない。
と理熾はそんな風に気楽に構える。
「ふはははっ!
苦節10年、ようやくこの時が来た…」
何だか随分楽しそうだが、10年もラボリに篭っていたのだろうか。
だとすればとんだ変人である。
既にその片鱗は随分と見せ付けられているが。
理熾は呆れて半眼になりつつある目を必死に開いて様子を見る。
何だかもう、隙だらけだからとりあえず一当てしようかと思っていると中年の雰囲気が変わった。
「そら、守護者のお出ましだ!
ぼくを捕まえたければこいつをまず倒してもらおうか!」
天井へと顔を上げて両手を広げた、まさしく『Yの字』のポーズ。
物凄くキメに来ているようだが………何も起きない。
呆れが最高潮に達してきた理熾は、待ってやる義理も無いので前屈みへと姿勢を移した。
「あれ…来ない?
おっかしいなぁ…あ、ほらおいでおいで!」
聞く耳持たずに突っ込んだ理熾を見て必死に何かを呼び出す。
握った拳が届く直前、まさしく後一歩のところで理熾は弾かれるように軌道を変えて通り過ぎた。
この理熾の取った回避行動は、中年に脅威を感じた…なんてことは無い。
気を張っていたことで【直感】が新たに背後に発生した気配を感じ取ったからだ。
『なんじゃ喧しいのぉ』
「まったく、ちゃんと来てくれないと困るよ骸骨の愚賢者」
『今までこんなことなど無かったではないか。
それをぶっつけ本番で『ちゃんと』など嫌がらせじゃろう』
「うるさいっ!
良いからお前はあの子供を追い返すんだ!」
中年は理熾を指差してアガタに命令を飛ばす。
その様子を見て戦うことも視野に入れ、理熾は方法を模索する。
アガタに負傷を与えることは出来るだろう…が、討伐しきれるとは限らない。
何より【直感】を含めた感覚が知らせる背筋を撫でるこの怖気。
真正面から戦って勝てる相手とは到底思えない。
そもそも不死者は弱点以外の耐性が尋常ではないので、ただの負傷では意味が無い。
そう理熾が頭をめぐらせていたのだが…
「はははっ!
この迷宮の守護者相手ならいくら君でも勝てまい!」
『いやじゃ』
「って、えぇぇ!?」
『良い反応じゃな』
「何でだ!
お前は迷宮を守るために存在してるんだろう?!」
少し離れていた距離をツカツカと詰め寄る中年と、ぷいとそっぽを向く骸骨頭。
そんな非常にシュールな光景が繰り広げられる。
理熾は無言で身構えたまま訝しげな視線を送るに留まるが、当人達…特に<迷宮創造者>はそれどころではないだろう。
自分が捕まるかどうかの瀬戸際なのだから。
『その通りじゃ』
「だろう!?
だったら早く追い出してくれ!」
『しかし、わしは『おぬしを守るため』に居る訳ではないからの』
「なっ!?
迷宮を害する相手だぞ!」
『そうなのかリオ』
名を呼び、真剣な声色で問いただす。
その行動に<迷宮創造者>は不信感を募らせる。
この解答が分岐点…間違った返事をすれば即座に戦闘開始となるだろう。
だが理熾は既に答えを持っていた。
「核を持ち帰る気は無いかな」
『だそうだが?』
理熾の返答を聞いたアガタは、脅すように吐き出していた濃密な暗い気配を霧散させ、ゆっくりと<迷宮創造者>へと向き直る。
イタズラを仕掛けた子供のような『してやったり』という空気が漂うのは余程ストレスを溜めていたからだろうか。
確かに迷宮の守護者というのは核を守るのが仕事。
そして天敵といえば核を目指す討伐者や探索者と言える。
だが理熾の目的は違うため、『仕事』として割り振ることが出来なくなったらしい。
どうやら<迷宮創造者>は迷宮に対しての命令権しか持ち合わせておらず、守護者は管轄外なのだろう。
対する切札を使えなくなった<迷宮創造者>といえば…
「嘘だ…せっかくの見せ場が…ありえない…」
などと絶望感漂ううわ言を呟くのみ。
『クカカッ!』と嬉しそうなアガタとは余りにも対照的だった。
が、そこではまだ終わらない。
「ええい!
こうなれば!」
そんな台詞と共に屈めていた身体を翻すと、空から魔物がポロポロと降ってきた。
とっておきの切札が使えないのならば、数で押すという訳なのだろうか。
恐らく空間圧縮式落とし穴で捕獲していた魔物達なのだろう。
疲れを滲ませつつも強化と狂化を施されているように見える。
『なるほど、確かにその方法は効果的だ』と理熾はすぐに納得する。
人が生物として格上の魔物に対抗出来るのは、主に『知恵』と『準備』いう点で優位に立っているからだ。
それを魔物の配置変更などで強襲を掛けられるようになれば、途端に難攻不落の要塞と化す。
魔物を呼び出した時点で、迷宮という戦場では中年が持つスキルは随分と厄介なものだと理解を深めた。
着地した魔物達は<迷宮創造者>とアガタをチラ見だけして視線を外すと、出現した全ての魔物が理熾を睨み付けるように対峙した。
今登場した魔物とアガタのことを考えると『<迷宮創造者>は迷宮の魔物に襲われない』ということが見えてくる。
中年の部屋に鍵や罠が付いていなかったのはこのためだろう。
そして周囲を見渡し比較した結果。
攻撃の出来ない<迷宮創造者>と、完全な格上である守護者を外した『対処しやすいエサ』が理熾という訳だ。
理熾は改めて『なるほど』と感心する。
仲間意識など無くとも、同じエサを目的にすればそれなりの共闘が実現するという訳だ。
が、それは相手側の理屈。
異種混合の魔物に囲まれる理熾には負けてやる義理も理由も無い。
それが強化されているとしても。
そっと《亜空間》から【魔女の一撃】を取り出し、理熾は魔物と相対する。
硬い石畳のような地面へガツンと音を鳴らして突き立てて柄に手を乗せる。
何処から見てもスコップにしか見えないものを、何に使うのかとアガタと中年は驚きと共に見る。
中年は『何故逃げないのか』と思い、アガタは『何が始まるのだ』と考えていた。
惑わせるという意味で見栄えとしては最良だろう。
そうして一瞬の注目を経て魔法を展開する。
理熾が知る魔法はそれ程無く、その中でも使う魔法は初級のものを選択した。
「何だその魔法はっ!!」
『ほぅ…今代の魔法士は器用なのだな』
一人は驚愕、一体は感心と、それぞれの反応はかなりの温度差があった。
そんな魔法の余波に揺らぐ空気の向こう側で、理熾は酷薄に笑って告げる。
「大サービスだよ?
僕が本気を見せるなんて滅多に無いんだからね」
蹂躙劇が始まる合図だった。
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