未開拓迷宮ラボリ2
リザードのテントでお互いの進捗報告を終えると、全員アルスへと帰還した。
その理由というのも、わざわざ外泊をして疲れる必要は無いという、このパーティでは考えられないような酷いもの。
いくらテントが優秀でも滞在するには『魔力を奪われ続ける』ので、あけみやと比較するとはやはり劣ってしまう。
他にも手に入れた素材各種を解体に回すためという理由もあったが、容量に余裕があるのでこれはついでだったりする。
そうして素材として回収した30体ほどの諸々は、フィリカに見せて要・不要を教えてもらい、全てギルドへと持ち込んだ。
フィリカが目を輝かせるような素材は残念ながら無かったが、それでも良質なモノばかり。
『生きたまま死んでいる』という表現しか出来ないような、よく分からない評価を貰うほどだった。
やはりレモンの手際は群を抜いているらしい。
そんなこんなで久々に会ったジンは、またも大量な解体依頼に顔を引き攣らせつつも引き取ってくれた。
そろそろ個人的にお礼が必要かもしれないと思う瞬間でもある。
何せ理熾達パーティの依頼数は質か量か、もしくはそのどちらもが他とは比べ物にならないほど多いのだから。
翌日、フィリカやギルドへの所要を終わらせ、一度ラボリへと全員で向かう。
誰にも『アルスへ帰った』ということは伝えていないためだ。
ついでに理熾達は人前には顔を出さずに迷宮へと向かう。
昨日迷宮から直接地上へ…というかテントへと帰還したため、迷宮内で泊まっている形になっているからだ。
理熾が踏み込んだ投剣の血魔石を頼りに、スミレが《転移門》を開いて抜けた2階層の終点から探索開始。
目の前に3層への入り口がある場所で、この行き来が出来れば迷宮探索は飛躍的に速度が上がる。
とはいえそんなことが出来る<空間使い>は限られているが。
ちなみに前日に攻略した1・2階層の地図は既にネーブルに献上済み。
その地図を他の探索パーティに配布するかは、かの指揮官の采配に任せることとした。
きっと上手くやってくれるはずである。
パーティの面子は昨日と変わらず四人。
居残り組みも今頃はラボリでお手伝いしているだろう。
「今日の目標は?」
迷宮へと降り立ってハッサクがまず聞いた。
確認のタイミングとしては遅いかもしれないが、そんなことが出来る程度にはこの迷宮の難易度は低い。
とはいえ、理熾達にとっては、という制限が付くが。
「昨日と同じで2階層くらいかなぁ。
でも別に急ぐ必要も無いし、1層ずつ念入りに調べても良いかも?」
「なら地図の完成を目指して探索するとしよう」
「理由は?」
「探索速度が速すぎて他の探索者に警戒されるからだ」
ハッサクは気楽に答えながら、昨日解除したはずの近くにある罠を確認しに行く。
確かにアレクセイでも目を付けられたことを思えば一理ある。
正確な情報開示さえしなければ良いという考えもあるが、それでは『攻略時』に齟齬が発生してしまう。
例えば前日までの告知が3層なのに、『10層の守護者を倒して核を収穫しました』では話にならない。
いくら情報開示が義務ではないとはいえ、これほどの落差があれば悪目立ちが過ぎる。
特にE・Gで構成されている低ランクパーティともなればなおさらだ。
結局、虚偽報告を上げて遅く見積もっても、後々で痛い目を見るのは自分という訳である。
であればあえてゆっくりと1層ずつ探索して地図を完成させ、売る情報を制限した方が良い。
例えばわざと行き止まりに向かうように公開するとか、追いつけるように最短距離を開示するとかだ。
全てを知るということは『誘導する権利を持つ』ことと等しいのだから。
理熾が「そっかー」と納得の声を上げている間に、ハッサクは少し先にあった罠をしゃがんで確認するとやはり元通り。
しかも解除と言わず、確かに持ち帰った法陣機雷が復元していた。
単に発動前に戻るのではなく、新たに設置され直すと考えて間違いないだろう。
それにしても、次の階層を見付けた直後に仕掛けられている機雷には流石に悪意を感じる。
「なるほどね。
こんな風になるんだね」
現状を確認したハッサクの背から放たれる理熾の声は存外に明るい。
このただただ面倒な事態を前に、何故そんなに楽しげな声を出せるのかと訝しげに視線を理熾へと送り
「何でそう楽しそうなんだ?
毎度毎度罠を解除してまわらないといけないんだぞ?」
「んーでもさ。
『同じ場所に同じ罠が設置される』なら、地図を完成させれば本当にただの『収穫場所』だよね?」
得意気な顔でそんなことを言う。
言う通りなのだが、その発想がそもそもおかしいと昨日確かに突っ込んだはずなのに、未だにその考えは変わらないらしい。
少なくともわざわざ『罠を収穫する』という目的でパーティを組んでまでラボリにもぐることは無いだろう。
明らかに赤字なのだから。
「まぁ、今のところ、だけどね。
もしかすると昨日と違う罠があるかもしれないから危ないしさ」
現状を分かっているのかいないのか。
パーティから見る理熾はいつも通り飄々としていた。
ハッサクは溜息を吐きながら立ち上がって法陣機雷に近付き、片手間に解除しながら話を続ける。
「まぁいいか。
とりあえず地図の公開状況はネーブルに一任するとして。
1層ずつ丁寧に探索した方が全体的に問題になら無そうだな」
「変に張り切って罠に引っ掛かっても困るしね」
「いや、そうとも限らない。
さっき主人が言ったように、今後罠の配置が変わる可能性もある。
そう思えば先に地形や罠の場所を把握していた方が、『変化具合』が分かって事故も減るだろ?」
2分と経たずに作業を終えたハッサクが理熾に法陣機雷を渡しながら理由を説明する。
昨日の罠と同じなのだから解除方法も変わらない。
単に面倒なだけで時間は掛からなかったが、本当に同じ作りかどうかは確認しながらの作業だった。
ちなみに昨日の魔石(法陣機雷)。
容量を使い切る形で入れられていたのは、中級火魔法の《炎陣》だった。
砕ければ魔石を基点に発動するので扱いには注意だが、威力・範囲・効果時間は共に大したこと無い。
ただ詠唱を省略出来る(投げつけるという動作は必要だが)と思えば利便性はかなり高い。
「んー…でもさ。
『罠の配置』を変えることが出来るとしたら、『迷宮の形』も変えられる気がしない?」
その言葉に理熾を除くパーティ全員が息を呑む。
確かにその可能性はありえる。
いや、実際に『迷宮の形』としても見える落とし穴や吊り天井。
それが修復されていることを思えばある程度の変更は十分考えられる。
そんな予想を聞いたアシュレイは「でも探索しないと意味無いし…」と悩み、レモンは「そんなこともあるのか」とぼやくだけ。
共に探索には全く役立たずだった。
対するハッサクは
「確かに無くは無い。
だが迷宮の『地形変化』は単なる『罠の復元』よりも遥かに大きな力が必要なはずだぞ?
そんなに簡単に間取りが変えられるなら地図は無意味だし、わざわざ大氾濫とか起こさずに変化させるだろ?」
「あー…そっか、確かにね。
魔物とか呼び戻すのも一苦労なんだから、改装がお手軽ならわざわざ一度追い出したりしないよね」
何処まで行っても『迷宮は魔物』ということを考えれば、そこまで理屈に合わないことをする訳が無いという合理的な答えである。
使えない二人とは違う考察に理熾も納得顔で頷く。
「それでは向かうか」
「うん。
ところでレモン」
「おう?」
「今日は僕が前に出るから邪魔しないでね」
「邪魔って…。
まぁ、それなら俺は中衛をやれば良いんだな?」
「うんうん。
後衛のアシュレイさんを守ってね」
「え、ボクも前に出るけど?」
「「「それは邪魔(だ)」」」
「う………はい…」
三人同時に止められてアシュレイは気落ちしつつ大人しく引き下がった。
ネーブルが念押しした『理熾に従う』というのが効いているかもしれない。
「まぁ、僕もここの敵に慣れてないからね。
様子見して大丈夫そうなら一緒に前に出てもらうよ」
理熾の提案にあっさりと「うん!」と上機嫌に答えるアシュレイ。
それを見た二人が「扱い上手いな…」とか「手玉に取ってるよな?」とかぼそぼそと囁き合っていた。
アレクセイを共に攻略した仲なのだから、これくらいは当然だというのに。
3層目は人工物的な壁・天井に広い通路という、昨日突破した1・2層とほぼ同じ造り。
相変わらず法則性は見出せず、単に迷宮内に適当に通路と広場を作って舗装した感じ。
唯一違うのが、この3層目からは『扉』という要素が増えているという点だ。
つまり1・2層は通路や交差路や広間という風に、広さや長さの大小があるだけの一繋がりの空間だった。
それが3層からは区切りという要素が増えたために、『部屋』というものが出来てしまったことになる。
そんな新たに追加された要素である扉を見つめ
「これ、多分まずいよね?」
「だろうな…」
理熾の問い掛けに呻くように返事をするのは斥候のハッサク。
隊列は昨日と同じでハッサクを先頭に置き、中衛を理熾とアシュレイ。
そして後衛をレモンが務める。
戦闘時は前から順に理熾、ハッサク、アシュレイ、レモンに配置換えだ。
レモンの位置取りが全体をカバーする中衛で無い理由は、単に最後尾からでも平気で前衛を守れるからだ。
「何がだ?
扉で区切られてるなら邪魔者が入らないって事だろ?」
二人の会話に割って入ったのはレモン。
これは戦闘者としての意見。
増援・不意打ちといった不確定要素を排除出来るので、目の前の敵にだけ焦点を合わせられ、随分と戦闘が楽になるからだ。
「そうだねぇ。
戦うだけなら良いんだけどさ。
んーレモン、例えばさ…森の中でお腹が減ったらどうする?」
「そりゃ食料探すだろ。
森の中なら獣とか魔物探せば食事にはそれほど困らん」
「そうだよねぇ。
でも部屋だとどう?」
「そりゃ探索するだろ」
「扉を開けられればね」
「うん?」
レモンとアシュレイは首を傾げる。
扉が開けられない道理などない。
そもそも扉と言うものは開け閉めするために取り付けられているのだから。
「いや、問題は僕達じゃないよ。
ここに居る『魔物』の方が問題なんだよ」
知能があれば確かに開け閉めも出来るが、魔物や動物にとっての扉は『壁』と変わらない。
つまり部屋に放り込まれた彼等にとっては『四方を囲まれた狭い崖下に落ちたようなもの』という訳だ。
そんな壊れるとも限らない崖をわざわざ壊そうなんて発想は起きないだろう。
扉のノブが、レバーであれば偶然引っ掛かるなどでまだ分からなくは無い。
だが、残念ながら握るタイプの丸ノブ型。
仕組みを知っていないと簡単には開けられないし、最悪鍵が掛かっている可能性まである。
扉はともかく開閉部の蝶番などを考えれば強度はそれほど無いかもしれない。
だが壊そうとしたのがたまたま扉の場所なら良いが、壁に突っ込んだら自滅するしかない。
とにかく部屋が出来るということは檻と変わらない訳だ。
「あー…なるほど、最悪が蠱毒発生って訳か?」
少し考えて至った結論は確かに重たい事実だ。
生き残るために敵を狩り、その密度が濃いほどに発生する蠱毒。
起こしかけた理熾からするとトラウマの言葉でもある。
だが
「だったらまだ良いんだけど…いや、良くは無いかぁ」
「うん?
なら何が最悪なんだ?」
「お腹が空いています。
扉を開けて僕達が現れます…貴方ならどうしますか?」
「あぁ…一気に襲ってくるってことか」
項垂れるようにレモンが言う。
そう、蠱毒のようにお互いを狩り合った強力な単体が相手だと確かに手強いだろう。
しかしいくら強かろうとも、こちらは複数人でパーティを組んでいるのだから逃げることくらいは簡単だ。
そもそもレモンが一対一で負けるなら本当に誰も勝てないのだし。
しかし複数で襲い掛かられれば、いくらレモンでも処理能力を超える可能性はある。
そう、レモンが負けることなど考え難いが『守りきれないこと』はありえるのだ。
その上檻が開けば視線を独り占めにしてしまい、開け放ったのが『空腹時の食事』なのだから一気に殺到する準備は整っている。
我先に突貫する敵達がどれだけ存在するかも分からないのだから、理熾達としては不用意に扉を開けられない。
そんなちょっとした手詰まりの状況に、思わずだらしなく「へらっ」と笑ってしまう頭脳労働が苦手なレモン。
「いや、笑ってる場合じゃないよレモン」
「つってもなぁ。
片っ端から全部開ければ良いんじゃね?
一回目は諦めて開けて風通しを良くしとけば、二回目以降は随分楽だろ?」
「だがそれも難しい」
理熾とレモンの話を聞き流しながらも扉の向こう側を索敵していたハッサクが否定する。
その理由と言うのも
「罠が復元するんだから『扉が閉まらない理由が無い』だろ?」
「くはぁ…罠といい扉といい。
何とも性悪な迷宮だな!
いっそ全部の扉ぶっ壊して様子見るか?」
「え、でもそれじゃダメでしょ?
法陣機雷が元に戻ってる以上、同じように閉まってる可能性が高いし…リオ君はどうする気なの?」
アシュレイまで参加してくる。
しかし打開策ではなく、単なる質問だった。
内心で『これは減点だなー』と理熾は緩く考えながら対処法を語る。
「《転移門》使えば簡単だよ」
「え、何それ?」
「あ、そうか」
「なるほどな」
聞かされた方法にハッサクとレモンはあっさり首肯する。
単に『向こう側が見えない』というのが問題なのだから、見てしまえば解決する。
中を確認した上で扉を開けるか迂回するかを考えれば良いのだから。
「え、何で。
ボクだけ知らないの?」
「んーほらこれ僕達の裏技なんだよねー。
ていうか、アレクセイでも説明したのに実は分かってなかったんだね?」
そんなことを言いながら理熾は小さな《転移門》を開く。
実際に見た方が理解は進むだろうから。
場所は扉を挟んでほんの50cm先の部屋の中。
この近距離で、しかも小さい門を開けるくらいなら練度の低い理熾でも出来る。
よくよく考えれば『壁越しの偵察』が出来るこの方法は破格の性能を誇るだろう。
「おぉ!
凄いよリオ君!」
「煩いよアシュレイさん。
これホントに向こうと繋がってるんだから、音が漏れるよ」
興奮気味に理熾を揺さぶるアシュレイの頭を押し返しながら諌める。
すぐに口を塞いで「ご、ごめん…」と小さく呟いた。
たまたま部屋の中には何も居なかったから良かったが、これが空腹時の肉食系魔物だと躊躇無く突っ込んでくるはずである。
そのまま門の角度を調節しながら中を確認し終えた理熾は、ハッサクに開錠を頼む(鍵の有無は分からなかったが)。
念のための奇襲に備えて理熾とレモンが身構え、ハッサクが扉を開けた瞬間に理熾を先頭に飛び込み周囲の最終確認。
【直感】も大人しいのでやはり部屋の中には敵は居なかったようだ。
アシュレイが絡む前に確認を終えられたのは僥倖だろう。
最悪乱戦にもなった可能性があったのだから。
ふぅ、と息を抜いて臨戦態勢から通常時に戻って話を続ける。
「その方法があれば斥候とか要らないな」
「いやいや、無理だよ。
単に空間に穴を開けるだけだから『お互いに分かる』しさ。
今回は遮蔽物があったからまだマシだけど、ハッサク相手だと役に立たないよ」
「確かに…単に『近付く』んだから、斥候の索敵に引っ掛からない訳が無いか」
「そうそう。
少なくとも違和感は持つと思う」
というやり取りはいつもの事。
どんなことにも有利・不利が存在する。
それらは使い方で補え、だからこそその方法を模索するために頭を捻る。
そして理熾は「それに」と続けた。
「この方法って今のところ僕とスミレしか使えないから何か考えないとねぇ」
「ある程度の気配察知なら【諜報】に入ってはいるが、正確性を問われると難しいしな」
「だよねぇ…。
でもいくら魔力や疲れが小さいからって扉がある度に使ってたらキリが無い。
どれだけ部屋があるかも分からないし、そんなことで消耗してちゃ戦うことも出来ないしさ」
魔法薬を使ってのドーピングもありだが、空中を《障壁》で歩いて索敵するとは訳が違う。
あれは『便利だから』という理由だが、こちらは『必須行程』となってしまうだ。
どんなことでも『やらなくてはならないこと』に分類されると途端に重い枷となるのだから。
「でも代案も無いし、今日はとりあえずこの方針で行こうか」
「消耗は大丈夫そうか?」
「んー…とりあえずは?
スミレなら多分問題無いんだろうけどね」
止まっていても仕方が無い。
それならばさっさと地形を把握してしまった方が遥かに魔力や疲労の節約になる。
そうして3層の探索は続行された。
お読みくださりありがとうございます。
週一の更新になったのに文字数が以前の倍近くになってて書いてる量が減ってない気がする…。
おかしいなこんなはずでは…(。。;




