未開拓迷宮ラボリ3
扉で区切られ、多くの部屋が発生した3層。
扉という要素が増えたからかは分からないが、罠の密度が少し減ったように感じる。
ただ、それほど有利になった訳でもなく気休め程度。
やはり『罠があるかも』と思うだけで精神的疲労は着々と蓄積していくものだ。
「休憩しようか」
いくつ目かの扉を開けて言い出したのは理熾。
頭にハピリアを乗せたアシュレイに疲れが見えるためだ。
いくら図太いアシュレイでも罠という不確定要素に常に狙われているというのは堪えるらしい。
理熾はそんな失礼なことを思いつつ指示を出す。
「ハッサクはこの部屋のチェックを念入りにお願い」
「了解した」
「レモン、周りの扉閉めてきて」
「うん?
安全確保にとりあえず全部開けていくんじゃ無いのか?」
「そうだけど、逆に閉めとけば今は平和でしょ?」
「なるほど」
蠱毒や群れを誘発する『部屋』という檻だが、自分が閉じこもってしまえば強固な要塞となる。
魔物達にしてみれば通路の先が閉じた扉だと単純に行き止まりにしか思わないのだから。
そうして周囲を確認している内に出すのは、使用すれば快適空間を約束してくれるフィリカ謹製のテント。
ただの休憩を取るだけには十分過ぎる環境だ。
「さーって。
とりあえずお茶しようか」
ハッサクとレモンはまだ戻っていない状況で、理熾はそう言って用意をするためにキッチンへと向かった。
アシュレイも手伝いに立とうとしたが「良いから座って休憩してなよ」の一言でソファーに腰を下ろしている。
何よりこの面子で一番美味しいお茶を出せるのが【調理】持ちの理熾だから仕方ない。
相変わらずの器用貧乏はどの場面でも一定以上の効力を発揮する。
アシュレイは独り頭に陣取っていたハピリアを膝の上に下ろし、共同スペースのソファでちょこんと座っていた。
そこへ周囲の警戒を終えてテントに戻って来たハッサクがアシュレイの現状を指摘した。
「アシュレイ、気を張りすぎているようだが体調はどうだ?」
「え、そうかな?
自分じゃ分かんないかな…」
「だとすれば重症だな。
力が入りすぎてガチガチだぞ?」
「え?」
ラボリ迷宮に入って二日目(しかもちゃんと宿で休息している)だというのに、身体が全体的に強張っている。
適度に力が抜けていた昨日を思えば、一体何があったのだろうかと首を傾げるような状態だ。
普通は日を追う毎に慣れていき、それと共に疲労して油断が前に立つというのに、逆に緊張し過ぎとは理屈に合わない。
「手を開いて力を抜け。
強張った肩を動かすために腕を回せ。
それと呼吸が浅くなっているから意識的に深く呼吸しろ。
まだ2時間も探索していない…この短時間で疲れるには早すぎるぞ?」
「え…うん…」
言われた通りに手をニギニギと開け閉めし、そこで初めて『手を握り締めていた』ということを自覚するアシュレイ。
腕を回し、肩や背中をほぐして深呼吸もする。
確かに随分と身体が硬くなっていた。
「…お前の場合は逆かもしれないな」
「逆って?」
「敵が居ないから気を緩めるタイミングが分からないんじゃないか?」
ハッサクがそう指摘した。
確かに3層に入ってからまだ一度も敵を見ていない。
だからこそ緊張感が高まり続けていっているのだろう。
通路を歩けば罠に怯え、扉を見付けては『向こうの状況』を思って緊張する。
部屋に突入して『魔物は居なかった』という安堵を感じる間もなく、中にあるかもしれない罠の確認。
それらが終われば今度は『何故魔物達は居ないんだろう』という疑問が顔を出す。
昨日はそこそこの遭遇率だったというのに。
理熾に至っては『せっかくレモンが下がったのに』と悔しがる始末だ。
それでも斥候補助として道具の出し入れや《転移門》を作っているので仕事しているのだが。
敵陣真っ只中なのだから、緊張感を維持するのは大切だ。
むしろ緩んだ時にこそ危険が舞い込むのだから、気が気でないのも分かる。
しかし、それでも張り詰めすぎるのはよくない。
アシュレイ以外の面子(スミレ除く)はその辺りの手抜きがとても上手い。
工作員をやっていた四人はともかく、理熾も含まれるのは単独行動が多いからこそだ。
「そうかも…?
アレクセイの時はこまめに休憩時間取ってたしね」
「体力の無い後衛が居るから仕方ないだろうな」
「あ、そうか。
だからボクとリオ君の二人で探索した時は休憩無しだったんだね」
と改めて納得して仄かに笑う。
アレクセイでは本当に後ろについて行っただけなんだな、と今更感じながら。
そして何気なく「だから4時間も休憩無しだったんだね」とぼそりと呟いた。
「は?
何処の強行軍だよ…危険な迷宮内をずっと歩いてたのか?」
「え、うん…いや?
本気で走ったりゆっくり走ったり立ち止まったり歩いたり…?」
思い返してみると理熾は周囲の状況を読み取りながら先行していた。
追い掛けていたアシュレイよりも遥かに負担が掛かっていただろう。
それでも平気でやり遂げている辺り、理熾はアシュレイとは一線を隔す何かを持っているのだと錯覚する。
しかし迷宮を駆けた本人の感想とは違うものをハッサクは思い描く。
「嘘だろ…いくら何でも無茶すぎるだろう。
…まさかその間に戦ってたりしないよな?」
「えっと…何回か?」
アシュレイの返答にハッサクは「嘘だろ…?」と頬を引き攣らせて絶句する。
確かに以前、理熾はアルスの森でコボルト達と一戦交えている。
長時間走り、戦い通しだったことを思えば、アレクセイ迷宮でやらかしたマラソンはそれ程大きな負担では無いのだろう。
ただしそれは理熾に限る。
目の前でぽけっと首を傾げている子供は別だ。
能力値に任せただけの理熾の行動(走り続けるなど)についていける者は極めて少数。
そしてその者達は能力に加えてスキルを使いこなす、まさしく『一流』と呼ばれる者達だけだ。
だというのに平気な顔して「まさか回復薬を掛けながら走るとは思わなかったけどね」と笑う目の前の子供は明らかにおかしい。
このナリで、我等が主人と同等の運動能力を持つことを思えば、『世の中どうなっているのだ』とハッサクは嘆くしかない。
何せ一流達はアシュレイほども若くないはずなのだから。
「それが休憩代わりか…」
「みたいだね?
いやぁ、あの時は大変だったねー」
和気藹々、とまではいかないまでもハピリアを撫でながら気楽に話が出来るまでにアシュレイは落ち着いていた。
そこへ入り口であるテントの巻き布を降ろしてきたレモン、お湯を沸かして茶器を手にした理熾が参加する。
強張っていた身体から力が抜けたアシュレイを見て「あ、元気になってる」とは理熾の感想。
アレクセイを思えばこんな短時間でへばるはずが無いと思っていたので少し心配していたのだ。
「主人、一つ提案だ」
「どうしたの?」
「休憩を1時間に最低一度は取ろう」
「良いけど理由は?」
「時間で区切らないと誰かが潰れるまで取らないからだ」
「あー…なるほど。
うん、そうしよう」
と理熾はすぐに採用する。
理熾の場合、【体術】のお陰で人よりも遥かに疲労しにくい。
しかも周囲に居る者達を考えれば『普通のペース』も分からない。
となれば時間で区切るのが一番分かり易いし、休憩を取れば気持ちをリセット出来るので生存率も上がる。
この要請を受けない理由も特に無かった。
「それと、一応念のために言っておくぞ?」
「え、うん」
「4時間も緩急付けて移動しながら戦闘出来るやつはほとんど居ないからな」
「…え?
あー…アレクセイ!
いやぁ、アシュレイさん平気な顔っていうか楽しそうに走ってるし、水差すのもなぁって」
暴露した理由は、外野が聞くと唖然とするような内容だった。
実際へばっていれば休憩も入れただろう。
スミレが一緒の時は適度に取っていたのだから。
「えぇ!?
結構疲れてたのにそんなこと思ってたの?!」
「あ、疲れてたの?
なのに学食でご飯取って来てくれたりしたんだね、ありがとう」
素直に感謝の言葉を述べる理熾に、少し頬を赤くしながらアシュレイはたじたじになる。
余り感謝されることに慣れていないのかもしれない。
「え、う、うん…って、今更…?
ボクは逆にリオ君が疲れてるんだと思ってたんだけどなぁ」
「それなら誘っちゃダメでしょ…」
「それもそうだね?」
そんな子供同士の会話を繰り広げつつも理熾は紅茶をカップへと注いでいく。
美味しい淹れ方は知らないが、【調理】のスキル補正があるのでそこらの素人よりは随分とマシなはずである。
そこへ《亜空間》から甘い茶菓子まで追加で取り出し、完全に息抜きタイムと化した。
それぞれ一口付け、ほぉっと漏らす息と共に緊張も抜けていく。
「それにしても扉があるだけで一気に進めなくなったな」
「そうだねぇ…」
ハッサクの言葉に理熾が相槌を打つ。
今までハッサクが行ってきた要塞などへの潜入探索は、不確かだったり粗悪だったりするものの基本的に地図ありき。
そしてその地図を更新するため、または地図上で把握出来ている重要なモノの奪取や破壊を目的としていた。
逆に地図の無い潜入とは、目的の所在不明の上に退路の確保も出来ないので『死んで来い』という意味でしかない。
つまり高難度の探索というのは事前準備がものを言うのだ。
だというのに、今回は理熾達が情報収集も担う開拓者。
対象となる迷宮の事前情報は『罠がある』のと、その罠は『解除しても復元する』の二点のみ。
総合すれば要塞のような作りだというのに、地図はもとより敵の種族、強度、密度も分からない。
これではまともな『迷宮探索者』は進めむのも難しい。
特に3層目から発生した扉が邪魔すぎる。
完全に隔たれてしまうために簡単には索敵が出来ない。
今のところ敵は居なかったが、これからもそうとは限らず、逐一立ち止まって確認する必要が生まれるからだ。
これでは労力と時間が掛かって仕方が無い。
「もういっそ確認せずに《転移門》で強襲仕掛ける?」
「ふむ…用心しすぎて進めてないんだから一手ではあるな」
「でしょ?」
理熾の提案に同意するのは先導役のハッサク。
門を使った丁寧な偵察だが、こうも空振りではただただ『面倒』というデメリットが前に出る。
「だがダメだな。
部屋の中の安全が保障されていない」
「そっか…確かに部屋に罠が無いとは限らないからね」
これも今のところ部屋に罠が仕掛けられていたことは無い。
だが罠とは心理の裏を突くものなのだから、気を許して良いところでもない。
どちらかと言えば【索敵】などのスキルに引っ掛かる魔物より、機械的な罠の方が寸前まで気付けずに危険な場合もある。
「だったら逆に引き込もうか。
とりあえず、扉に付いてる罠とかの仕掛けの確認だけしたら蹴破ろう」
ほんわかとした雰囲気で紅茶をすすりつつ語る言葉は随分と灰汁の強い内容だ。
ハッサクは「は?」と声まで出して疑問符を浮かべる。
しかし同じパーティであるはずの殲滅者と同行者は成り行きを見守るだけ。
どちらにしても『探索の指針』という意味では役割が違うがもう少しどうにかならないものだろうかと理熾とハッサクは思ってたりする。
「だってさー。
通路は確認済みでしょ?
だったら扉が無くなれば引き入れられる」
「一番問題になってた『敵の数が多い可能性』はどうするんだ?」
「うん、だから『蹴破ろう』って話になるんだけどね。
蹴り飛ばした扉は『攻撃』として部屋の中に一直線に飛んでいくから、相手の攻撃を一拍遅らせられる」
「いや、だから目立ってどうする。
結局集中して狙われることに変わりないだろうが」
「確かに扉を部屋の中に蹴り飛ばせば嫌でも目立つ。
でもさ。
扉って部屋よりも狭いから、囲まれることはないよね?
逆に言えば通路の広さも考えればそこまで同時に襲って来れないはずだし『敵対者を制限出来る』ってことにならないかな」
「確かにある程度数を削ることは出来るだろうな。
だが立体的な配置の場合はどうする?
例えば足元や壁に昆虫型、腰の高さに動物系、天井近くに飛行型だった場合は?」
ハッサクの問いに理熾は「うーん」と解決策を探す。
今のところ動物系と不死系しか見てないだけで、確かに他の種族がいないとも限らない。
特に虫や鳥は迷宮の周辺にもいるし、そこまで珍しい訳では無い。
「うん、その場合は扉よりも小さく《障壁》を張ろう。
とにかく『制限』すれば良いんだから、《障壁》で『入口』を削れば良い。
ぁーそれだけじゃなくて通路側にも《障壁》張って狭くすれば相手にする数はかなり減るよね」
「なっ…」
そんな理熾の解決策にハッサクは驚く。
通常の魔法士は《障壁》などの防御魔法を『障害物のように』は使わない。
防御魔法はあくまで『攻撃に対する盾』でしかないから、誰もこの発想には至らない。
特に魔法を扱う者がその認識なのだから、メインで使わないハッサクからそんな答えが出てくるはずが無い。
だが問題は他にもあった。
「…まかり間違って『やばいの』が出てきたらどうする気だ」
「それを言い出したらさっきまでと一緒でちゃんと見て回るしか無くなっちゃうかな。
でもやばいのが居たら扉くらい壊しちゃうから気休めじゃない?
やばいのを避けて迂回してる間に扉とか壊して徘徊されて鉢合わせするよりは、場所が分かってる内に手を打った方が楽だと思う」
「なるほど、どちらにせよ誘導して撃破か。
まぁ、この作りじゃどう足掻いても正面突破だし一度やってみるか」
こうして理熾が提案した攻撃的かつ迅速な迷宮探索案が承認された。
後は実行して修正していくのみである。
「よーし、そうと決まれば休憩終わりね。
《転移門》って【空間魔法】育てるには良いんだけど、こう何度も使うのは面倒なんだよね」
全員が『面倒なのが本音か?』と思ったが口には出さない。
理熾しか使えないのだから、文句を言う権利はあるだろう。
それに代案として出した方法はそれなり以上に効果がありそうなのだから口を挟む理由も無かった。
お読みくださりありがとうございます。




