地図の行方
執務室を後にし、カルロの私室へと移動した。
この場に居るのはカルロ、アシュレイ、理熾、スミレ、ロッソの五人である。
表向きは雇用条件の話し合い。
加えて今後の方針について。
しかし今目の前で繰り広げられているのは、荒ぶるアシュレイを取り押さえる作業だった。
「納得いかない!!
ボク頑張ったよ!?
頑張ったんだよ、泣きそうだったけど!!」
「こ、こら、暴れるなっ!!」
カルロが必死に涙目のアシュレイを背後から羽交い絞めにして抑え付けているが意味が無い。
平気な顔して腕を振り回し、絶賛駄々っ子中である。
護衛であるロッソはどうすれば良いのか分からず微動だにしない。
この場合はアシュレイを止めれば良いと理熾は思うのだが。
「落ち着きなよー」
「落ち着けるかぁぁ!!!」
「とりあえず煩いんだけど」
「うぅ…リオ君が冷たい…」
ぱたり、と途端に動きを止める。
ホッと一息入れたカルロを横目に理熾は油を注ぐ。
「感情の起伏激しいよね」
「誰のせいだ!」
「自分じゃないの?」
「うがぁぁ!!」
「落ち着け!!」
相対する理熾はこんな感じで我関せず。
あしらうにも程があるレベルである。
ちなみにこの部屋、防音ではあるものの振動くらいは伝わる。
しかし周りにはアシュレイが荒れているくらいにしか思われないので別に良いのだが。
飲み干したカップをテーブルに置いて理熾は説明を始める。
「まぁ、アシュレイさんだけで終わればそれで良かったんだよね」
「どういう意味?」
理熾の言葉に改めて動きを止めた。
今度こそカルロはホッとし、アシュレイから離れる。
抑えようと近付くと巻き添えを食らう上に、近くに居ると今度は逆に危なっかしくて簡単には離れられないからだ。
それでも目に剣呑な光を宿しながら理熾を見ていたが。
「僕が出るとどう考えても悪い方に進むっていうのは説明したよね?」
「うん」
「だからだよ。
出ないで良いならそれでよかった。
けれど残念ながら一発目から日数が厳しかったからねぇ」
「そうだぞ。
私もお父様に睨まれたくないんだからな。
わざわざリオを出して綱渡りせざるをえないこちらの身にもなってくれ」
「ぅ゛…」
交渉さえ上手くいけばそれでよかったと二人は言う。
しかし最初からこの流れになるだろうとも思っていた。
久々に会うアシュレイがまともに交渉を始める。
その時点で誰かの入れ知恵があると思うだろう。
そうなると何処まで想定しているかは分からないだろうが、話を聞くだけ損だという判断に行き着く。
だからこそガートルードは条件の一つ目で無茶な日程を組んできた。
過去最速の期間をそう簡単に塗り替えられるはずが無い。
本来であればこれで詰みとなるが、いつもなら無茶な条件だと拒否するか、逆に知りながらも受けるか。
どちらに転んでも即座に反応するのが『アシュレイ』だが、どちらもせずに詰まった。
その普段とは違う反応に『これは入れ知恵か、賢くなったのどちらかだ』と認識を強めた。
どちらにしてもガートルードにしては面倒な話で、警戒を更に一段階引き上げる結果になったのだ。
反論も同意も無かったことで条件の見直しは行われず、そのまま『勝手にパーティを選ぼう』という話に移行してしまった。
こちらの条件は厳しいというよりは無理な話だ。
とりあえずアシュレイの暴走を止めるためにも、一度は見せて『ここまでするぞ』という脅しを掛ける。
受け入れるなら話を進め、ダメなら条件の見直しだが、それに際しても脅しが効いてアシュレイが譲歩する事になる。
カルロの護衛が誰であってもガートルード側に損は無いのだ。
そこへ理熾が来た。
これに思わぬほどガートルードに受けた。
カルロの思惑を誤解した挙句の絶賛。
しかもカルロは一言も嘘は言っていない。
間違いなく『とっておき』なのだから。
恐らく理熾が出なくとも日数の緩和などの譲歩はある程度行われただろう。
『恩を押し付ける』のも交渉の一つで、今のアシュレイではダメだが今後に利いてくる。
アシュレイが成長すればするほどガートルードに頭が上がらなくなるという先行投資である。
家族間でそんなことをするのだから面倒な話であるが、『権力を持つ』というのはそういうことなのだ。
だが理熾が現れたことでむしろガートルードは引き入れを画策した。
巻き込む形で考えを改め、さっさと条件を決めてしまったのだ。
アシュレイやカルロ、そして理熾からのちゃちゃが入らぬよう、口を挟めないほど強引に素早く。
それだけの『立場の差を見せ付ける』というのも一つかもしれないが、そうでなければ後半の足早な展開は辻褄が合わない。
逆に言えば理熾が出ただけで、アシュレイが受けていたであろう『貸し』を潰し、面倒で綱渡りになりかねない余計な交渉を省けたのだ。
ガートルードの勘違いに感謝しかない。
これらの対策はハッサクによって巧妙に隠されたスミレの《転移門》を通じてネーブルが【人心掌握】による予測を展開。
同じくネーブルが【以心伝心】で理熾へと繋ぎ、理熾とネーブルの二人掛りでガートルードの攻略を行ったのだ。
他の面子が出てこなかったのはこういった裏方作業に従事していたからというのも一つだったりする。
相変わらずの有能振りを発揮する理熾達だが、それでもなおガートルード一人を相手に数の暴力でようやくあの条件を引き出したのだ。
難易度が高すぎるとしか言いようが無い。
そして身内であるカルロが一番の敵だったというのを彼が知るのは約1ヵ月後という訳である。
何にしてもかなり無茶な交渉だったことをアシュレイは知るべきだが、手の内は晒せないがためにカルロと理熾の功績として伝える。
奴隷達の協力なので主人の功績に違いは無いが、それでも理熾は手柄を取り上げてる気がして嫌だったりした。
「しかし…いきなり来た時は驚いたぞ」
「うん、ごめんね。
でもアシュレイさんが家に着くまでに話を終わらせておかないとさ。
先にカルロさんと話が出来るかも分からなかったし」
「そのお陰で上手く行ったんだがな。
だが父を手玉に取るなんてことは二度としたくないな。
終わった後で発覚したら『成長したな』とかって喜ぶだろうが、途中でバレたら何を言われるか…」
「バレる訳無いって。
こっちには【庇護の宿命】があるんだよ?
普段は何も考えてないアシュレイさんが振り回してるから『ただの幸運』だけど、計画的に使えば最初から成功してるようなもんだし」
「…そこまで見越して?」
カルロは驚きの表情を浮かべる。
理熾は相変わらず何でも使うというスタンスなだけなのだが。
「そりゃねー。
それだけ強い加護があるなら『ご利用は計画的に』だよ。
むしろ今までが酷すぎるんだから、これくらい普通だと思う」
「うーむ…なるほどな。
だが流れを考えれば誰もが同じ結論に至りそうだが…」
「うん、だからこそってのもあるかな。
これだけ準備して、相手の行動や心象まで操作して、それでもダメならやっぱり『行かない方が良い』って訳」
「面白い使い方だな」
「いやいや、条件が明確じゃないから役立たずだよ」
例えどんな加護があろうとも、それが使えるかどうかという点でしか理熾は見ない。
アシュレイにしか使えないなら、それはもう他の者にとってはただの邪魔な加護でしかないのだ。
「でも今回一番良かったのは僕の情報が無いことかな」
「違いない。
13歳でEランクという時点でお父様の目の色が変わったからな」
「確かこの国って15歳で成人だっけ?」
「あぁ、だからどの職業でも普通は15が最年少になってるんだ。
しかし討伐者や探索者は実力さえあれば良い。
逆に言えば実力が無いと名乗れないから、わざわざ年齢制限を掛ける必要が無い」
「おー…僕程度が実力者だってさ」
「いえ、ご主人様は十分実力者ですよ?」
「そうだな。
公爵を詐欺に掛けるんだからな」
「えー…詐欺なんて酷いなぁ。
僕は一言も嘘吐いてないよ?
Dランク迷宮の最速突破の自信はあるし、同じランクのパーティを護衛したこともある」
「…情報が一切足りてないぞ」
「聞かれなかったしー」
と悪びれる風も無い。
この上、今回の件に最適な『実力が飛びぬけたGランクの配下』を5人も抱えているのだ。
ガートルードは一体何のために『Eランク以下に限る』という制限をつけたのか…。
そんなことを思うとカルロとしては溜息しか出ない。
それらが普段から『勝てない』と思う父親に対して行われたことなのだから。
まさに理熾の初見殺しが完璧に決まり、その片棒まで担がされていることに罪悪感すら感じる始末だ。
「ま、そんな訳で。
とりあえず何とか思惑通りって感じかな。
いやぁ、やっぱり<空間使い>って便利だわ。
だって僕の情報を手に入れるまで公爵でも後1ヶ月掛かるんだからね」
「全くだ。
知らせよりも本人が先に来ては対策など取れないからな。
それで、報酬は何が良い?」
「んー…今のところ何にも考えてないからなぁ」
理熾はそんなことを言ってアシュレイに目を向ける。
今回の顛末を順序立ててカルロと話をしているだけだというのに、それを聞いているだけでどんどん凹むアシュレイはやはり賢い。
彼女の場合は出発点しか見ていないので、過程と結果を覚えさせて考えさせれば迷惑な行動も少しずつ減っていくだろう。
「あ、でもアシュレイさんは既に貸し4つだからね」
「えっ、何それ!?」
カルロとの話からいきなり矛先が変わったアシュレイが驚く。
他のカルロとスミレは『当たり前』という雰囲気しかない。
「獅子猿からの救出、ラボリ迷宮探索許可の案、アレクセイ迷宮最速突破の案、迷宮探索許可の交渉。
アルスに送ったのは勝負に負けたから。
ガーランドに送ったのは僕が言い出したから。
それぞれのお供はカルロさんのお願いだから。
それと学園に《転移門》で送ったのはおまけしてあげよう」
「―――ッ!」
指折り数える理熾に絶句するアシュレイ。
理熾は友達のカルロとは『友達の一人として護衛する』という話をしている。
だからアルスへ、ガーランドへという移動やその間の護衛は理熾の行動とも一致するため問題ない。
しかしそれ以外は完全に別。
獅子猿に関しては判断が微妙だが、本人がその場で『アシュレイではない』と言ったのだから別枠。
その他は『アシュレイからの依頼』なのだから当然の請求だ。
報酬も無しに討伐者を動かせるとでも思っていたのだろうか。
むしろ理熾はそちらの方が気に掛かるくらいだ。
「迷宮探索の報酬はカルロさんだから、アレクセイ迷宮探索で貸し一つ。
もしラボリも付き合って欲しいって言うなら…うん、どっちかに貸し一つだね?」
「とんだ悪徳業者だなッ!!」
『理熾に貸しを作る』というのがどれだけ面倒なことかを理解しているカルロは嘆く。
しかし最早手遅れだろう。
最初に条件を提示して巻き込まない方が悪いのだから。
理熾は悪びれることも無く「えー良心的でしょー?」と緩く笑う。
実を言うと『加護持ち』と聞いて理熾は一瞬嫉妬していた。
嫉妬というよりは『僕も欲しい』と単純に物欲に駆られたと言った方が良いかもしれない。
しかしその加護も『最悪の回避』、『結果の好転』という理不尽に強力であるものの、余りにも使い難いものだった。
予測の出来ない結果というのは、予想して動く理熾やネーブル達にとっては本来相性の悪いものだからだ。
だがその使い難い加護も強力であることには違いない。
アシュレイ自身がそれなりに強いため、死亡率・負傷率は元々高くなく、そこに更に『最悪の回避』を持つ。
発動条件等はまだ分からないが、『アシュレイにとっての不幸の回避』であれば身近な者もその対象となる可能性はある。
不幸に首を突っ込む可能性の高い理熾の傍に、そんな効果があるというなら非常にありがたい。
護符やお守りみたいな意味で。
そんな打算的な考えで最初は付き合ってはいたものの、結局嫌悪感を抱くことなど無かった。
感情的な行動をしても、理解さえすれば抑えられる。
なら説明をして理解させてしまえば素直な分、我が強い大人を相手にするより遥かに楽だった。
その結果、現在のように理熾が一方的に貸し付ける形でアシュレイの首根っこを握っている。
別に逃げられるならそれで良いし、むしろアシュレイにとってはその方が良いとまで考えていたのに、だ。
だから理熾は『こっち側に来ちゃったねぇ』と考えつつ固まったままのアシュレイを眺めていた。
そんなガートルードとの交渉を終えた翌日の7月2日。
スミレはネーブルに呼ばれてアルスに戻っていて、またも夕方に合流との事。
対する理熾はアシュレイが作成した一覧表を片手に朝から学園を回った。
優先すべき去年と一昨年の攻略者は予想通り全員拒否。
ついでに攻略者の教諭、更には一覧表に上がった合計12人全員に声を掛けたが同じ回答だった。
決定した成績が変わるのだから当然の処置だとも言えるだろう。
挙句、教諭側から学園へ話が伝わり公式に『地図を欲しがる試験者が居ますので注意して下さい』と通達がなされた。
『何をどう注意するのか』を明確にしていないが、どう考えても暗に『渡すんじゃねぇぞお前等』という訳だ。
その地図の交渉は極短時間で行われたため、まだお昼になったところである。
学園の中庭であけみやの食事を取り出してぱくついて
「地図はやっぱり集まんないねぇ」
とぼやくのも仕方ないが、予想通りなので特に落胆することも無い。
後はどのタイミングで攻略を始めるかを考えるだけである。
「今日はリオ君一人?」
「アシュレイさんか。
うん、スミレはアルスに行ったよ。
それと地図の交渉は全滅だったよ」
「え?!」
そんな理熾のあっさりとした報告に聞き間違いかとアシュレイが驚く。
地図があるのと無いのとでは大違いだ。
その前提がいきなり崩れてしまったのだから。
「もう一回言って?」
「学生・教諭相手の地図の交渉はダメだったよ。
ついでに譲渡禁止のお知らせまで流れてるっぽいしね」
「どうすんのさ!?」
「後は騎士団かなー。
断られる可能性あるけど…ていうか、断って欲しいかなぁ」
「何でッ!?」
「『地図が手に入る』っていう可能性が全部潰れるから。
まぁ、思い付く限りの可能性は、だけどさ。
後は僕達が最速でクリアすれば良いだけでしょ?」
「そうだけど…それが難しいんじゃないの?」
本来は優秀で何事にも首を突っ込み、しかも結果だけを見れば良い方向へと転がる。
そんなアシュレイが、何故か不安気にしている。
出会った当初はもっと自信満々だったはずなのに、と日が浅い理熾は急激な変化に首を傾げる。
どう考えても準備段階で手を打つ理熾を目の当たりにしているからだった。
「簡単だよ。
だって地図はもう持ってるし」
「………何であるの!?」
理熾はお昼を口に放り込みながらあっさりと告げた。
驚くアシュレイに説明を続ける。
「ラッフェルのギルドで取り寄せたから」
「は?」
「前にギルドは迷宮の地図を集めてるって話をしたよね?」
「…うん」
「で、ガーランドで地図を買おうとしたら『取り扱いが無い』って言ってたよね?」
「うん、言ってた」
「だからラッフェルで買ったんだよ」
「ごめん、意味が分からない」
アシュレイの言い分は尤もなものだった。
理熾も分かると思ってはいなかったので説明を続ける。
「ギルドは地図を持ってるけど、売らない。
それはガーランドだからで、その中に『ジオトラント国立校があるから』だよね?」
「た、多分…」
「だとすればそれ以外の場所で買うことに制限が掛かっていない可能性があった。
だから別の都市で地図を買ったんだよ」
「え、そんなに簡単に…?
だったら他の人は何で持ってないの?」
「んーそこはほら、タイミングかな」
「タイミング?」
「そう、タイミング。
試験が始まってから手に入れようとしたら遅い。
往復で半月以上掛かるから、地図を手にした時点で手遅れの可能性が高いからね。
だから本腰を入れるなら準備段階…もっと、ずっと前から用意しないといけない」
最低でも2週間以上前、出来るならもっと前から準備するべきだと理熾は説く。
納得しか出来ない内容なのでアシュレイは黙って頷く。
いかにアシュレイが持ち込んだ今回の件が難しいかが分かる言葉だ。
しかし解決していない問題がある。
「でもそれくらいなら何とかしない?」
「多分何とでもなるよ。
それこそ目敏い商人ならタイミングを合わせて手に入れることも可能だからね」
「え…?」
「でもさ、良く考えてみてよ。
『アレクセイ迷宮の地図だけを買う』って時点で確実に学園生徒への貢物か何かでしょ?」
「う、うん…」
「だったらギルドはその地図を売るのを拒否すると思わない?
だってその地図を転売すれば貴族から結構な額を引き出せるし、何より学園に睨まれる。
敵対したくないんだから、そんなことは絶対にしないし、そうならないためにも警戒もしているはず」
「余計にダメな理由しか見当たらないけど?」
「でしょ?
だから手当たり次第に思い付く迷宮の地図を買い集めた。
その中に『たまたまアレクセイ迷宮の地図が入ってただけ』だよ」
特に何事も無いように理熾は言うが、アシュレイは無茶苦茶だという印象しか受けない。
『必要な一つ』を手に入れるために、『不要な全部』を手に入れたのだ。
その印象を拭うことは出来ないだろうが、それが事実だった。
お読み下さりありがとうございます。




