公爵家の使者2
騎士団の窓口は基本的に面倒なものだ。
それは過去に受け持っていた私が良く知っている。
一日に一人で何人・何十人もの相手をし、しかも伝えられる内容が千差万別。
そんな問い合わせを一手に聞き受け対応するのだから大変なのは言うまでもないだろう。
基本的に忙しい職場で、問い合わせが集まる場所となれば当然のように問題が発生しやすい。
また、忙しさの予測が立てにくく、他の部署のように緊急出動みたいなことも出来無いので出ている者だけで対応しなくてはならない。
逆に仕事量に関係なく一定数の者を配置し、来るかもしれない市民のためにも窓口業務を閉鎖する訳にもいかない。
何と融通の利かない人力の職場だろうかと何度も嫌気が差したものだが、それらに加えて『褒められる事が少ない』という非常に残念なところだ。
ただ今となっては私も多少の出世をして責任者の一人となった。
最前線である窓口ではなく、書類仕事と共に窓口で対応出来ないような『更に面倒な市民』を受け持つことになる。
面白い話で『面倒な市民』というのにもいくつかパターンがある。
明らかに騎士団への嘆願とは違った問題を持ち込む者(例えば鍵をなくしたから開けて欲しいとか)。
被害者面して駆け込み、調査の結果徒労に終わる案件(勘違いならまだ良いが、何らかの偽装工作だったりすることもあるので腹立たしい)。
捕縛するほどの問題では無く、当人同士の話し合いで終わらせるようなことを陳情しに来る者(彼氏と仲直りしたいとか)。
説明の出来ないこと必死に説明しに来る者(何が言いたいのかさっぱり分からないからどうしようもない)。
などなど、色々とある。
その中でも殊更面倒な事柄が『前例の無い案件』だ。
一度でも起こっていれば対処法が幾通りか用意してあるが、『前例を作る』ということになるので時間が掛かる。
これは騎士団としての回答とも言えるので、手違いがあっては今後に差し障るのだ。
そして今日、そんな面倒な案件を持ち込む者が居た。
「すみません。
アレクセイ迷宮のことでご相談があるのですが、どなたに伺えば良いでしょうか?」
雑多な音が交じり合う窓口に、不思議と子供のような声が響く。
大きい声という訳でも無いのに、何故か私の耳へと滑り込む。
今の担当はメリアか…彼女なら誰が相手でも礼を失さないな。
しかし落ち着いた声色から発せられる内容に、私は嫌な予感がした。
「失礼ですがどういったご用件でしょうか」
「地図を売って欲しいと思いまして」
やっぱりか…初めての案件だ。
しかしアレクセイ迷宮とは懐かしい。
私も学園在籍中にもぐったことがあるが、結局突破は適わなかった迷宮だ。
以降挑戦する機会も無く今に至る。
いや、もう行きたいとは思わないが。
物思いに耽っている間にもメリアが対応している。
「学園の管理迷宮へは一般の方は入れないはずですが…」
「すみません。
紹介が遅れました。
僕は『アシュレイの使い』です」
「…公爵家のですか?
確かに学園に在籍していると伺っておりますが…」
なん…だと?
思わず私はガタリと椅子を鳴らしてしまった。
そうか…今は確かに『問題児アシュレイ』が在籍中か…。
私は頭の中の資料を捲り確認していくが、彼女の問題行動の多くは謎だ。
目立つのは能力が高いことと、行動に対する理由や結果に対する利益が分からないということだ。
「えっと、それで誰に聞けば良いんでしょうか?
『話も出来ずに追い返された』とは僕も言えないんですが…」
だろうな!
こちらが聞き耳を立ててる訳でも、相手が大きな声で荒らぶっているでも無い。
受付を脅しているでも無く語られる言葉は冷静の二文字に尽きる。
まったくとんだ問題を持ち込んでくれたものだ。
公爵家というだけでも面倒なのに…。
「…少々お待ちください」
と言い置いてメアリが引っ込んでくる。
受付だけの即時対応が出来ないとの判断は流石だ。
長々と話をしたところで相手を苛立たせるだけだからな。
こんな案件を私は受け持ちたくは無いぞ…?
だがそうも言っていられないしな…。
「ケインさん、私では判断が…」
「あぁ…聞こえていたよ」
「すみません」
「いや、この件は仕方ない。
私が対応しよう…すぐに応接を開けてお茶の用意を」
「承知しました」
騎士団の『受付』に貴族の陳情とは何の冗談だろうか。
私が嘆くのも仕方ないだろう?
だが部下を矢面に経たせる訳にも行かない。
実際私が出て行っても対して変わらないはずなんだがな。
そんなものはもっと上での方でやっていてもらいたいものだ。
状況は私の内心など一切考慮せずに進んでいく。
「お待たせしました。
お伺いの件で対応させて頂きます、ケインと申します。
窓口で対応するような話ではありませんので部屋を用意いたします…こちらへ」
「ありがとうございます」
そう言って頭を下げる相手は10歳ほどの子供に見えた。
黒い髪、黒い目、可愛らしい顔付きをした男の子。
そして身に纏う服装は貴族らしさ・従者らしさの欠けた、『動き易さ』を前面に押し出しているかのような変わった形だが、汚れが一切無い。
動き易さ…つまり稼動域が広いということはそれだけ酷使するということなのに、だ。
この子供が先程メアリが応対した相手か…。
これは見た目に騙されてはいけないタイプのようだ。
私は気を引き締め、応接室へと案内する。
お互いにソファーへと着席したところでメアリがお茶を運んできてくれた。
相変わらずいいタイミングだ。
メアリが部屋を出たのを確認し、私から切り出す。
「改めましてご用件を伺いたいと思います…が、その前に」
「身分証明ですかね」
「えぇ、よろしいですか?」
「構いません。
いえ、むしろ当然だと思いますので…『僕はアシュレイ・メルカノの使いである理熾です』」
メルカノ公爵家の刻印と、魔力の色は…本物か。
思わず表情が強張るのを感じる。
これが偽物であれば話が早かったのだが、やはり窓口は楽な仕事じゃないな。
腹をくくり、気を引き締めて対応するしかないな。
「確かに…それでそのご用件というのは…?」
「はい、受付でもお願いした通り、アレクセイ迷宮の地図を譲って頂けないかと思いまして」
「理由をお伺いしても?」
「はい、問題ありません。
今回の試験で主人のアシュレイが迷宮に挑戦いたします。
その時に「地図があれば探索は容易だろう」と考え、現在探しているところです」
「なるほど…」
ただの思い付きの無茶な要求でもなく、きちんとした理由がある。
公爵家の力を使えば騎士団上層部に直接働きかけて手に入れられるというのに、『わざわざ窓口を通す』のは『お願い』という意思表示か?
そうであれば好感が持てる。
あぁ…いや、そこまで見越しているなら窓口になど来てはいけない。
貴族のコネで対応すれば良いだけだ。
しかしそうはせずここに居る。
つまり『学生として問題ない範囲での要望』なのだろう。
でなければ例え迷宮を走破したところで後ろ指を差させれる。
『公爵家は楽で良いな』という風に。
そう考えればわざわざこの場に現れたのはむしろ慧眼だと言える。
なるほど…だからこそ『子供の使者』か。
本人が来る訳にもいかず、だからと大人の従者を差し向ければ交渉を疑われる。
加えて格好もわざわざ身元を辿られぬように外しているという訳か?
ふむ、そのせいで『新品を着ている』のか…服装まで合わせるとは芸の細かいことだ。
私が在籍していた頃にも地図は話に上がった。
しかし挑戦している者同士は記録や突破を狙う敵と同じ。
普通に考えて手に入らないので誰もが諦めた。
仲が良い者はそもそもパーティを組んでいるのだから。
その中でも『過去の挑戦者に地図を頼もう』という話も出たが、そちらも断念。
貴族というのはなかなか面倒な性質があって、『誰かを頼る』というのを嫌う。
理由は矜持ということがあるが…恐らく『命令する立場である』という思いが強いからだろう。
対して商人や傭兵の子供は実用性からそんなことは気にしなかったが、地図を握るのは大概が貴族だった。
パーティを組む以上、貴族のパーティに入った方が何かと都合が良い。
質の良い護衛と装備や金銭面での懸念がほとんどなくなるからだ。
それに迷宮探索で功を残せばその貴族とも繋がりが出来る。
優秀さを見せ付けるのにはうってつけの催し物だということだ。
加えて学園・騎士団内でのみ有用な地図の管理は誰がやっても良い。
衝突を避けるためにパーティ内でも貴族が預かることが多かったのだ。
さらに貴族に類しない者達からの提供も困難だった。
彼等の試験は既に『終わっている』というのが大問題だったのだ。
簡単に言えば『既に決められている実績を穢されるのを嫌がった』訳だ。
不正行為という訳ではないが、地図があるのと無いのとでは攻略に掛かる時間が段違いだからだ。
後輩のために一肌脱ぐという程度ではない。
自分の記録が『悪くなる』のにわざわざ地図など渡せない。
だから誰も地図を持たずに…いや、手に入れられずに攻略に勤しんだ。
私も何度巻き戻ったか…同じ場所を何度も行き来するのはなかなか堪えるものだ。
そんなことに思いを馳せている私の沈黙を『拒否』と受け取ったのだろうか、新たな言葉を放ってきた。
「やはり初めてのケースですか。
学園生徒が『学園外での情報収集を行う』というのは」
そうか『やはり』と来たか。
この子供はそこまで見越してこの場に来たという訳か。
確かにここなら今知りえる完璧な地図が存在する。
しかし窓口に配属されて20年、誰一人騎士団に陳情に来た者は居ない。
それどころか上の判断で渡したという話も一度も聞いたことが無いのでまさに盲点なのだろう。
私自身も要求されて初めて『ここに貰いにくれば良かった』と気付いたのだから。
「えぇ…」
「やはりアシュレイは考え方が実践的なようで、周囲とは捉え方が違うようです」
…主人を立てるのか。
いや…違う、問題児とされている本人が凄いのか。
逸話は数あれど、その行動に理由や利益が見出せていない。
それは単に『見る側が悪い』だけで、実は『慧眼による行動』なのかもしれない。
現に今、まさに、私はその場面に相対しているのだから。
「それで、販売はされていませんか?」
当然の話だ。
先程目の前の子供…いや、リオ様も自分で『やはり初めてか』と言った。
だからこの言葉は分かっているからの質問なのだろう。
私の言葉を促す為の。
「はい。
一般に出回るようなものでもありませんし、そのため値段も付けていませんので…」
「ということは無償でいただけると?」
「む…」
「あぁ、いえ、譲れという話ではありません。
値段は流石に要相談でしょうが、常識内の値段であれば買わせていただきます」
ふむ…やはり無理に地図を毟り取ろうという訳ではないようだ。
手に入れば良いという程度だろうか…?
「ですが秘匿義務や公開による罰則も無く、販売実績も同じく無い。
であれば、僕に地図を提供して頂くことがどれほどの問題になるんでしょうか?」
「確かに秘匿することに意味はありません。
まして公開したところで誰かが不利益を被る訳でも…」
「ですよね。
学園でもこの試験は『総合力の試験である』と言及されています。
であれば『この場に地図を頂戴しに来る』という下準備も含めて『実力である』と思うのですが…。
もしかして騎士団側ではなく、学園側から地図の受け渡しについて禁止されていたりしますか?」
なんとも…。
すました顔で切り込んでくるものだ。
地図のやり取りについての言及など、何処からも聞いたことが無い。
つまりリオ様の話は実に正当性に溢れて何ら問題無い。
出来る事なら渡してやりたいが…。
「いえ、それもありませんが…いかんせん前例がありません。
私だけの判断でお渡しすることが出来ないのです」
「であればどなたとお話させて頂ければ良いのでしょうか?」
「…余りにも型破りのために当方も『担当者』を立てることが出来ません。
申し訳有りませんが、一度こちらで精査した後改めてご連絡でもよろしいでしょうか?」
「そうですか…いえ、こちらこそ無理を言って申し訳ありませんでした」
食い下がらずに、この若さで引き際まで弁えているとは。
流石に『公爵家の使い』だと感心してしまう。
そんな中
「アシュレイ様は学園迷宮の記録突破を目指して様々な手を打っているというのに僕はただのお使いも……」
と独白のような小さな独り言が聞こえた。
聞こえないフリをしながら考える。
記録突破の布石が地図の入手とは…目の付け所は皆同じだが、行動力が全然違うな。
破天荒とはこういうことを…いや、待て。
この申し出を断った上で記録を逃した場合、最悪こっちに抗議が来ないか?
待て待て…決めるのは上層部なのに私が矢面に立つのか?
相手は公爵家、抗議で済めば良いが最悪は………そんなこと私は絶対嫌だ。
あぁ、やっぱり『前例が無い』のは面倒ごとばかりだ!
「早急に答えが出るように尽力いたします」
内心冷や汗を掻きながら私はそう告げる。
これだけの話をするのだから大丈夫だとは思うが、ダメだった時の保険…保身のために。
「ありがとうございます。
ご連絡はメルカノ家の私邸にいただけると思ってよろしいですか?」
「はい、伺わせて頂きます」
「言伝はアシュレイ宛でお願いいたします」
む…直接という訳か?
これほど有能な従者が居てわざわざ主人が対応するなど…まさかこちらの対応が試されているのか?
何か理由があるのかもしれないが、思わず「リオ様ではなく?」と聞いてしまった。
口にしてから出来過ぎた真似だったと後悔するも遅い。
だが
「えぇ、残念ながら…。
僕は信用されていないのかもしれません。
確かに優秀な方ですので、僕程度では役に立たないのですけれどね…」
私が同じ年齢の時にこれほどの受け答えが出来たとは思えない。
そんな彼が崇拝する公爵家の末っ子など、敵対など絶対にしたくは無いな。
頭を抱えそうになるのをどうにか堪え、リオ様を見送った。
しかも帰り際に
「これは『公爵家の頼み』ではなく、一人の学生として扱ってください。
『家の力を振りかざすのは嫌だ』と厳命されていますし、当主にご迷惑は掛けられません。
それともし騎士団で地図を入手しても口外しません。
むしろ地図を手に入れたことを伝える気はありません」
などと念押しまでされている。
それは私の立場や状況を思っての言葉だ。
だからこの場にたどり着いた時点で渡してやりたいのが私の本音だ。
そして
「ケイン様。
アシュレイの言い分は正しいですが、地図の有無はやはり大きいと考えます。
ですので今回の件、唯一の例外として認めていただくか、厳格に拒否して下さい。
今期だけでなく、過去にも影響を与えるのでどちらにせよ『地図の譲渡はしない』という立場でお願い致します」
帰り際に私に伝えた言葉は全て『言わなくていいこと』だ。
私が『公爵家の頼み』と勘違いした方が有利だし、最後の要望も『騎士団が勝手に対応する内容』だ。
つまりそこまで見越しての言葉であり、わざわざ言及したのは信用してもらったから、だろう。
何とも重い信用を受けたものだ。
…よし。
これは私からも動いた方が良さそうだ。
地図を渡せるように、渡せないならば確実に芽を摘めるように。
「メアリ」
「はい。
商談はどうなりましたか?」
「そのことだ。
私だけで判断するのは難しい。
席を外すので少し代理を頼まれてくれ」
「分かりました。
誰か補充してもよろしいですか?」
「あぁ、後は任せるよ」
「いってらっしゃいませ」
「ありがとう」
相変わらずメアリは有能だ。
彼女の上司である私はもっと有能ではなくてはならないから大変だよまったく。
お読み下さりありがとうございます。




