公爵家の使者3
夕食はスミレと二人でゆっくり取る予定だったのだが、その席には何故だかアシュレイも一緒だった。
理熾達が続けて取った名水亭の前で当人が待ち受けていたのだ。
相変わらず目立つ風貌…綺麗な青味がかった白い髪を揺らし、美形の顔をつまらなそうにして。
いくら生徒数が少ないとは言え、膨大な学生名簿と攻略者の突合せを任せていたのだ。
理熾の思惑ではたった一日で終わらせられるはずが無く、資料を借りて私邸で続けるとか。
はたまた資料室で一夜を過ごすとか…そんなことをするのだと思っていた。
素直ではあっても熱心では無いので、飽きて放り出すということも考えられたが、これは本来当人が解決すべき問題だ。
そこに無関係の理熾を巻き込んだ上で投げ出したりしたら、いくら面倒見が良くとも愛想が尽きる。
しかし
「え、そんなの終わったけど?」
「…はい?」
「『はい?』って何…?
これがまとめた一覧ね」
そうして何処からか取り出した一枚の紙を渡され、理熾は「え、うん…うわ…マジだ」と思わず口にする。
やはり基本スペックは破格なのだろう。
中身を確認すると名前と年齢の横に、『攻略時の年齢』も記載されていた。
「嘘なんか吐かないよ!」
「そうだよねぇ」
素直な直情型が悪巧みしたら逆に微笑ましいくらいである。
資料に視線を落としながら理熾は考える。
用途の無い地図に価値は無く、そうなればただのゴミだ。
期間が延びるほどに捨てられる可能性が上がるので、去年の攻略者を重点的に回る方が良いだろうと見当を付けていく。
「お疲れ様。
まさかこんなに早いと思わなくてさ」
「ふふ…その言葉が聞きたかった。
でも思ったよりも攻略者が少なくてね」
「そうなの?」
「ざっと200人くらい?」
可愛らしく髪を揺らして首を傾げながら話すアシュレイ。
その能力はやはり高いらしい。
200人もの攻略者から抜粋するだけでも十分大仕事なのだから。
「いや、十分多いんだけど…」
「全部調べ上げるの大変だったよー」
「…全部?」
その言葉には何故だか非常に嫌な予感がした。
正確には嫌な予感ではなく、確信を込めての予想だが。
「え?」
「もしかして…全生徒から攻略者を調べたの?」
「あれ、そういう話じゃ無かったっけ?」
「………そうなんだけどさ…。
どうしよう、スミレ。
この人の融通の利かなさが僕の予想の遥か上だよ!?」
「えっと…自分もご主人様と出会った当初なら多分同じことをしてたと…」
「え、え、え?
ボク何か悪いことした?」
「いや、悪くない。
でも良くも無い…というかある意味凄い」
「もう、褒めても何も出ないんだから!」
きゃっきゃと頬を手の平で覆って頭を振る。
会ってこの方理熾に褒められるということが無かったので、テンションが上げ上げなのかもしれない。
青み掛かった白い髪がふるふると揺れる光景は綺麗というにふさわしいだろう。
だが
「褒めてない…」
「えぇ!?」
そんな光景にスミレはのほほんと笑い、理熾は肩を落とす。
本当に見掛け倒しの能力である。
いや、力の使い方が残念である。
「えっとね、確かに全員調べて欲しいとは言ったよ。
調べ方を言わなかったのは僕の落ち度…なのかなぁ?」
「ど、どういうこと?」
「全生徒から攻略者を抜粋するなんて馬鹿らしい。
『最終試験』とされてるくらいで、しかも突破者が200人しかいない」
「う、うん…」
「じゃぁさ。
逆に『突破者一覧』があるでしょきっと」
「…あっ!!」
「きっと探せばすぐ出てくるよ…。
だってその人達って『優秀だ』って証明されてるんでしょ?
一覧表が無いとかありえないんだし、先にそれを探すべきだったね」
「う…」
まったくどうしてこう融通が利かないのだろうか。
機械のような能力である。
そんなことを話ながら一覧を眺めてさらに気付くことがある。
「しかもこれ、その200人からの抜粋だよね?」
「うん、見比べ大変だったんだよ」
「次からは途中で気付こうね。
今回必要なのは『在籍者』であり『攻略者』。
そして攻略者の中でも必要なのは去年、一昨年の攻略者だけなんだよ」
「え?」
キョトンとするアシュレイ。
そんな追加条件は話していないのだから、その反応は良く分かる。
指示が悪いと言われればその通りなのだが、だが普通は途中で諦めるか聞きにくるだろう。
作業の不毛さに負けて。
「アシュレイさんが自分で言ったじゃない。
『最終試験だ』ってさ。
つまり攻略者が『在籍し続ける可能性は低い』って訳」
「うんうん……あ!」
「だよねぇ。
多分3年前くらいまで遡ればほとんど居ないんじゃない?」
「う゛…」
「しかも調べたのって過去からじゃなくて現在からでしょ。
途中でぽろっと出てくるからやめられない、的な…?」
「何で分かるの…?」
「全部調べてるからかなぁ。
後ね、今回の場合は年齢よりもいつ攻略したがが鍵なんだよね」
「そうなの?」
例えば迷宮の難易度を考えるなら、成績や年齢が付随している方が分かりやすい。
追加で手に入るなら何人パーティを組んでいたか、どういうパーティ構成だったかまで調べられれば完璧だ。
特に全部を調べているのだから、現在の記録保持者の情報も入ってきているはず。
いっそその部分を細かく調べてくれれば良かったのだが…やはり融通は利かないらしい。
「だってアレクセイ迷宮の地図って誰も要らない。
学園、騎士団、ギルドは既に持ってるから要らないし、必要な学生には渡せない。
つまり時間が経つ程持ってない可能性が高いから、やっぱり去年か一昨年だけで十分なんだよね」
「確かに…。
え、じゃぁボクが調べた意味無かった…?」
「無意味じゃないけど、勿体無い使い方かなぁ」
理熾は食事にぱくつきながらそんなことを言う。
手元にある資料に名前が挙がっているのはたったの12人。
約200人から選び抜くには少なすぎる数だろう。
完全に能力の無駄遣いである。
「んじゃこの資料の横に去年、一昨年が分かるようにマークでも書くかな」
「書き直すよ?」
「数も少ないしそこまでしなくて良いよ。
最初からやり直すのも良いけど、そんなこと毎回とかやってられない。
使えないんじゃなくて、使いにくい程度なら『使えるように加工する』のも選択肢の一つだしさ」
そんなことを言いながらペンを取り出してさらさら書き加えていく。
去年の攻略者で残っているのは5人、一昨年が3人、残り4人はそれよりも前だ。
恐ろしいことに書き込まれている名前の中には生徒じゃなく、教諭として学園に居る者まで挙がっていた。
根こそぎ調べるというのはこういうことにもなるんだと理熾は驚くばかりである。
「それじゃ明日にでもこの人達回ってみようかな」
「誰かくれれば良いんだけどね」
「え?
全員から貰うつもりだけど」
「…なんで?」
「僕がやってるのは『たまたま前例が無い』よね?」
「たまたま…?」
「うん、たまたま。
誰かが考えたかもしれないし、やったかもしれない。
まぁ、誰も知らないってことは『運良く成功してない』ってこと。
でももし成功したら皆が真似するでしょ?
その時に他の人に地図が回ると今年の成績が異様に良くなる可能性が高い」
「…おぉ!」
実際に同じようなことが起これば理熾も攻略者に地図を融通してもらうに違いない。
理熾達は強攻策に出る気はないが、他人は分からない。
であれば
「そうならないように手に入れられそうな地図は全部回収する。
あくまでも『アシュレイ組が優秀だ』って見せ付けないといけないからね。
もし後で最速突破の種が割れて、地図を手にしたグループがあっても別に良い。
それだけ根回しした後なんだから、単に『見付けた方が優秀』って評価になるだけ。
むしろバレた時には『根回し』の一手で更にアシュレイさんの評価が上がるんじゃないかなぁ」
「…リオ君って何処まで先読みしてるの?」
感動しているのか、目をキラッキラに輝かせて理熾に問い掛ける。
だが対面に座る理熾は冷めた感じで
「こんなの別に先読みじゃないよ。
単なる予想で、順番に追って行けば分かる話だよ。
アシュレイさんも僕の説明で分かるなら、結局その程度の予想なんだよ」
「かもしれないけど!
それでもボクには全然分からなかった。
どうすればそんなに『次に起きること』が分かるの?」
「だからそこまで大した話じゃないってば。
気になるところでその都度『僕ならどうするか』って考えてるだけだから。
今言ったことは全部『その時に僕がすること』って訳。
真似て楽出来るなら真似するし、足りないなら足りないところを付け足すだけだよ」
「「リオ君(ご主人様)ならそうする…」」
アシュレイとスミレは同じ場面に立った時に『同じように考えられるか』を思ってそう呟く。
部分部分では理熾と同じように考えて動けるだろう。
だが全体を通してみると絶対に無理だ。
最初の段階でどれだけ予想をしているのかさっぱり分からない。
「あ、そうそうアシュレイさん。
多分明日以降に騎士団から連絡があると思う」
「何の?」
「僕が何もしてないと思われてる!」
「え!?
騎士団で地図貰ってきたんじゃ…?」
「いや、貰ってるならこのリスト要らないじゃんか。
『根回し』の件も全然考えてなかったくせにさー」
「う…じゃぁ貰えなかったの?」
「うん、でも時間の問題じゃないかなぁと。
向こうも『前例が無いから少し時間くれ』って言ってきたんだよ」
「その返事ってこと?」
「そうそう。
あ、それと騎士団には『アシュレイさんが欲しい』って伝えてあるから」
「は!?
家の力使うなって今日言わなかった?!」
「言ったよ。
でも『自覚無く使うな』って言ったと思うけど」
「え…うーん…そうだっけ?」
やはり理解がまだ甘いようだ。
何をどうしたところでアシュレイが動けば周りも動く。
それは誰でも同じだが、アシュレイの場合はその規模が違う。
だから不要な影響を与えないように、与える影響を限定するように動かないといけない。
それが『貴族である』とも言えるだろう。
「そうだよ。
それに誰が何のために欲しいかも言わずにいきなり『地図くれ』って行ってもダメに決まってるよ」
「それって…騎士団だけじゃないよね?」
「そりゃね。
だから名前は出すけど命令じゃなくお願いの形で下手に出るよ。
それでもし手に入れられなくても別に良い。
『公爵家の頼みを断った』ってあるだけで他の人も手に入れられないからね」
「うっわ…」
「何その否定形っぽい声は」
「あくどいなぁって…」
「そう思う?
大丈夫、手柄は全部アシュレイさんだから」
「え?」
それこそ理熾はとても楽しそうにアシュレイに笑いかける。
今まさに否定した事柄をまるっと渡すことになるのだから。
「手柄だけじゃなくてあくどいところもね!」
「はぁ!?」
「騎士団で『僕の主人が考えました☆』って告知してきたし、明日もするつもり」
「なんで…!?
ボク何にもしてないよ!?」
「今の僕は護衛だからね。
主人の手柄になるのは普通じゃないかなぁ」
「…護衛って意味分かってる?」
「それはこっちの台詞かなー」
明らかに護衛の領分を越えたことをしている状況で、今更雇い主から護衛についての講釈を聞かされても困る。
助けてくれと言われたからの対応なのに。
「はい、すみません」
「分かればよろしい。
そういう訳だから、外から見る今の僕達はアシュレイさんの従者。
ついでに言えば扱いは護衛だよね?
ということは普通はやらないことをしている分は全部『主人の命令』って勝手に誤解する。
そこに更に僕が『流石はアシュレイ様です』って追い討ちかけてるから誤解が確証に早変わり。
めでたく『アシュレイさんの評価急上昇中!』って訳さ!
いやぁ、やったねアシュレイさん。
これからは問題児じゃなくて『時代の寵児』ってヤツになれるよ多分(上手くいけばだけど)」
「え、待って、おかしいよ。
お願いしてからまだ半日くらいしか経ってないよね?
いや、半日どころか騎士団くらいしか行ってないんだから1・2時間とかだよね?!」
「なにその『僕がサボってる』みたいな言い方は。
是非とも『効率が良い』と訂正して欲しいなぁ」
「違うよ?!
逆だよ!
行動に対する効果が尋常じゃないよ!
ボクよりよっぽど危険人物じゃないか!」
「「あ、自覚はあるんだ(ですね)」」
理熾とスミレがハモるように口を揃えた。
周囲に迷惑だという自覚だけあるというのもなかなか迷惑な話である。
「そこに食いつくの!?」
「まぁ、落ち着こうよ。
いくら周りも騒々しくてもはしゃぐと注目されるからさ」
「ボクのせいなの?!」
「うん、間違いなく煩い」
「うぅ…納得がいかない…」
沈むように頭をテーブルに預けて愚痴る。
いくら宿が良くとも料理が並ぶテーブルに頭を置いては汚れてしまう。
特に白い綺麗な髪にタレでもついたら大変だというのに。
「はいはい、アシュレイさん頭上げて。
それより問題はそこじゃないでしょ」
「まだ何かあるの?」
頭を上げて理熾を見詰めるアシュレイは本当に不思議そうに首を傾げた。
お読み下さりありがとうございます。
最近ブクマが増えなくなってきました(‘‘
2万とか3万とかある人って凄いなぁ…。




