公爵家の使者
「え、違うよ!
そうじゃない!
結局普通に攻略するしかないってこと!?」
そう言って絶望するのはアシュレイ。
ついさっき理熾の案を感情のままに蹴った当人だとは思えない物言いだ。
理熾は護衛であってアシュレイのブレーンではないのだから。
「え、うん。
まぁね。
アシュレイさんもそっちの方が良いんでしょ?」
「そうだけど!
そうなると1ヶ月クリア無理なんじゃ!」
「そうでもないかなー」
「なんですと!?」
「え、何かキャラ変わってるけど」
「教えて下さい!」
何でも答えられる訳では無いのだが、理熾の出す言葉はアシュレイには刺激が強いらしい。
学園生徒だけでなく、スフィア人はやはり頭が固いのではないか。
物事を直視し過ぎて状況に囚われ、方法を勝手に一つしか出していない。
ともかく。
日本での二人を思い出すと別に苦ではないが、何だか先生のようになってきたなと理熾は感じた。
普段からも説明する立場になることも多いのだから今更かもしれないが。
「地図を買う」
「地図?」
「迷宮のね」
「売ってるの!?」
「え、売ってないの?」
二人してきょとんと見合う。
ジオトラント国立校、通称学園内にもいくつかの店がある。
これは国や学園が認めた商会が運営するものだが、その中にギルドの販売カウンターも置かれている。
ギルドは迷宮の地図の収集・販売をしているので、そこにならば地図がある可能性があるという訳だ。
そういった説明をしながら闘技場を出る。
一度は見ておくべきと言われた闘技場だったが、ほとんどアシュレイとの迷宮攻略の記憶しかない。
せっかくの観光旅行だというのに、相変わらず理熾は理熾だった訳である。
販売カウンターへ到達して地図を探す。
面倒だったので店員に問い掛けると
「申し訳ありませんが、取り扱いはございません」
と言われてしまった。
確かにこの場にあったら全員が使うだろう。
そうなれば1ヶ月という期間が掛かるとも思えない。
1層の広さが数km前後…約5kmだと考えると例え30層もの階層があったところで『30層×約5km=約150km』となる。
広さとなれば広大ではあるものの、最短距離なら150kmよりも短くなることを思えばたかが知れている。
これはガーランドの主要都市同士の距離よりも少し短い程度なので馬車なら1週間、歩いても10日ほどだ。
最悪の想定でも一日に10km歩くのは難しくないので、歩くだけなら15日で最奥へと辿り着ける。
それに5層毎に帰還ポイントがあることを思えば余計に旅は快適だろう。
だというのにこれだけの時間が掛かるというのは先ほど上げた中の『迷う』という理由が大きいのだろう。
距離だけで見れば大したことが無くても、やはり迷宮は広大な面積を持つ。
迷えばそれだけ踏破しなくてはならない距離は延び、時間は掛かってストレスや疲労も溜まる。
常に一直線に次の階層を目指せない以上、その道中は過酷なものになるだろう。
つまり何が言いたいかといえば『迷宮の地図を誰も手に入れていない』ということだ。
「リオ君どうしよう!?」
「慌てなくて良いよ。
ここに無いのは仕方ないね」
落ち着いた口調で理熾は諭す。
ここに無いのはある意味で当然なのだから。
後ろに立つスミレも特に慌てた様子も無い。
理熾が何を言うのか分かっているのではなく、何らかの解決をすると思っているからだ。
そして「だからこう聞くんだよ」とアシュレイと入れ替わり
「アレクセイ迷宮の地図自体はギルドで持ってますか?」
「こちらで取り扱いの無い商品ですのですぐにお答え出来ません。
数日ほど時間をいただければ確認しますが…」
「見付かった場合、すぐに取り寄せられる?」
「在庫まではやはり調べてみないと分かりません。
即時発行出来れば問題ありませんが、お取り寄せの場合時間が読めません」
「んー…急ぎなんだけど無理だよね?」
「これについてはどうしようも…」
無いものを急ぎで出せと言われても困るだろう。
この世界はそんな無茶が通るような流通網も生産ラインも存在しないのだから。
「それじゃ騎士団の中に販売カウンターはあるかな?」
「はい、販売所を置かせて頂いております」
「そか、ありがとう」
理熾はそう言って問答を終えた。
アレクセイ迷宮にもぐるのは騎士団と学園関係者のみ。
ギルドというのはこうした『迷宮の地図の管理』も仕事の一つとして担っている。
これはいつどのタイミングでもギルド員を派遣出来るようにしてあるためだ。
でなければイルマ迷宮の地図が売られているはずが無い。
アレはギルバートが管理している迷宮なのだから。
そして売られている可能性があるのは先の二つ。
学園が無いのならば、騎士団で買えば良いのだ。
値段がいくらでも手に入りさえすれば楽が出来るのだから。
そうして必要な情報を得て販売カウンターを後にする。
「まぁ、それでも売ってない可能性は高いんだけどね」
「え、そうなの?」
「だってさ。
日常的に使う騎士団が『地図の管理部門を作らない理由』ってある?」
「う゛…確かに」
「だからむしろ騎士団が地図をギルドに売ってるんじゃないかなぁと。
まぁ、管理迷宮だからそんなに新しい情報とか無いだろうけどね」
「じゃぁダメ元ってこと?」
少し不安になってきたのかもしれない。
今はまだ準備段階だというのに何とも早い。
これでは長期に渡る遠征や事業に精神が持たない。
「そうだね。
とりあえず行ってみようって程度かな。
んーそもそも迷宮の地図ってそんなに広めちゃダメなものなのかな?」
「どうだろう?
リオ君が言うように使う人が限られてるから広める意味は無いし、ダメってことは無いんじゃないかな」
確証は無いようだが、買い上げるに辺り否定的な要素はないらしい。
まさに使う人しか要らないようなもの。
ゴミにしかならないのだから仕方が無いが。
そしてふと理熾は思い付いたことを聞く。
「学園で地図作成の授業とかあるの?」
「あるよ。
探索する人にとっては必須だからね」
「だよね。
地図が無いなら自分で作らないといけないし…で、アシュレイさんは?」
「出来るよ」
流石の万能具合である。
これが才能の差かと思うと理熾は格差社会に物申したいくらいである。
そして改めて理熾が出した答えは
「上級生から地図買う?」
というものだった。
アシュレイは何度聞き返したかも分からない「え?」という言葉を漏らす。
「だって迷宮の攻略者居るんでしょ?
絶対地図は作ってるし、その人の地図買えば苦労もないし。
あー…先にそっちに当れば良かったかなぁ…購買部じゃなくて」
「一応あの迷宮探索って最終試験的な扱いなんだけど…」
「え、じゃぁ皆卒業してるってこと?」
「いや、居るとは思うけど…。
迷宮攻略だけのために学園に居る訳じゃないし」
「ならアシュレイさんはここで過去の攻略者で残ってる人探しといて。
交渉はこっちでするからさ」
「え、ボクがやらなくて良いの?」
「それをすると『公爵家』を前に出しちゃうでしょ。
僕だけならただの『お使い』だと思われるし楽だよ」
「うわぁ…」
理熾がお使い役だと思うとアシュレイはゾッとする。
公爵家という巨大な背景を背負いながらも、実は一番気を付けなくてはいけない相手が目の前に居るだなんて。
今となっては理解しているが、初見でそんなことを見抜ける相手はほとんど居ないだろう。
居たとしたら余程の熟練者か、公爵家という背景に注目したかだろうか。
「あ、ちなみに攻略者は卒業したらやっぱり騎士団?」
「が多いと思うよ。
後は近衛とかかな。
学園出てわざわざ討伐者する人はそんなに居ないだろうし…。
他の街の騎士団とか、国外に出てる人も居るかも?
あ、でも『学園迷宮の攻略者』って箔が付くから、武官だけじゃなくて文官の貴族も頑張るはず」
「てことは結局そっちも行ってみた方が良いかな。
僕が行って追い返されたら諦めようか。
でも何でこんなこと誰も気付かないのかな?」
「ボクなら絶対思い付かないけど」
「いや護衛の人とか。
…そっか、『護衛だから』か」
思い至った理由はとても分かりやすいが、雇い主からすると少し難しいかもしれない。
護衛を頼むというのは一定の信用が無いと頼めないのだから。
「《非殺結界》の安全圏でお供するだけでお金貰えるし、むしろ時間が掛かった方が儲かる」
淡々と告げたのは『引き伸ばし工作』の予想だった。
護衛を雇う側からすると無知に付け込んだ手法なので嫌悪感しかないだろう。
無能のレッテルを貼られないための駆け引きが必要なので、ある意味高度な技術ではあるのだが。
アシュレイも類に漏れず
「知りたくなかったよそんな嫌な世界ッ!!」
「これが大人ってヤツさ…」
そう言って理熾は締めくくったが、周囲で最年少のヤツには言われたくないだろう。
ちなみに理熾ならそもそも『期間で区切る』のではなく、単純に『参加報酬』という形で貰う。
更に成功報酬や記録更新報酬などの周囲が無理だと笑うような『荒唐無稽な特別報酬』を莫大な金額で確約させて請求する。
ともあれ『やる気があるなら』という注釈が付いてしまうが。
そう考えるとスフィア人は堅実な報酬を求めるのかもしれない。
むしろ『学園生徒の相手は』という方が良いかもしれない。
こうして手伝う形で理熾は今後の行動を決めていく。
面倒事は残念な事に慣れっこだし、アシュレイが嫌いな訳でもない。
その上特に急ぐ用も無いのだから手伝っても良いかという程度である。
これから理熾とアシュレイは役割分担して動く。
アシュレイは学園の図書館にあるアルバムやら学生名簿を漁り、資料として纏め上げる。
その他の折衝役は理熾が担当という訳だ。
この完璧な配置に意図は無い。
理熾が書類整理を嫌がった訳ではなく、アシュレイが前に出ると面倒にしかなりそうにないからの布陣だ。
それらの話をアシュレイと分かれてから《転移門》越しに繋いだ【連携】でネーブルに連絡すると
(たった一日で何を色々背負い込んでんだよ…)
という小言を貰ってしまった。
とはいえ力を振るうのは本人で、その力には奴隷達も含まれる。
ネーブルは「好きなようにして良いから報告だけは逐次寄越せ」と釘を刺したが、方針や役割分担についての言葉は無かった。
どうやらやっていること自体は大きく外していないようなので一安心である。
また、スミレはそのまま一度アルスへと帰還する。
ラボリ迷宮の座標特定等の作業を終えて改めてガーランドへと戻る手筈になっている。
夕方には作業が終わるとのこと。
既に昼の時間は過ぎていたため、さっさと宿を取り直して食事を取り、理熾は騎士団へと向かった。
騎士団の本拠地とは何処か。
アルスの場合は行政が領主館周辺に集約されているので目指すのは簡単だ。
総合受付のような場所は無いが、警備兵に問えばそれで良い。
理熾の場合は団長やら領主と顔見知りなので窓口など無くとも相手をしてもらえるからより一層楽という訳だ。
しかしガーランドにおいての理熾の扱いはただのEランク討伐者でしかない。
日本で言うところ警察署のような扱いである騎士団の本拠地で、紹介状すら持たずに何を話せば良いのだろうか。
アシュレイに教わり、地図で確認した建物を目の前にしてようやくそのことに思い至る。
これではアシュレイに『準備しろ』とは言えないな、という風に。
「まぁいいか。
メルカノ家の名前で押し通ろうか」
散々権力を使うなと言いつつも、『使えるものは使う』ということに躊躇が無いのは理熾らしいかもしれない。
建物に入りまず向ったのはギルドが設置している販売カウンター。
広さはさほど無く、駅の売店やコンビニくらい。
一回りして探してみたがやはりアレクセイの地図は見当たらなかった。
需要も無いのにわざわざ売れない商品を置く必要は無いだろう。
理熾はあっさりと見限り、騎士団の受付に足を運び声を掛ける。
「すみません。
アレクセイ迷宮のことでご相談があるのですが、どなたに伺えば良いですか?」
交渉開始である。
お読み下さりありがとうございます。




