BBQ
開催時間が近付き、そろそろ席を立とうと思っていたころ、エリルが戻ったとの報告に執務室に顔を出した。
特注品の軽鎧を身に着けているのは、到着後そのままここに直行したからだろう。
その軽鎧も若干のくもりが見て取れるのは行軍の証拠だろうか。
この時点で理熾はルルガに対して「エリルさん捕まえられなかったんだね」と少しだけ同情していた。
エリル自身に何の気負いも無いということは、つまりそういうことなのだろう。
理熾と話すギルバートは個人の顔から、領主の顔へとすぐに変わり対応する。
邪魔にならないように理熾は席を立とうとしたが、「すぐ終わるから構わんよ」とギルバートが引き止めた。
対するエリルはこの場に理熾が居ることに驚いていたが、ギルバートが引き止めたので特に追求はしなかった。
単にギルバートに考えがあるのだろうという判断に落ち着く当り、全幅の信頼が見て取れる。
今回は経験の浅い新兵を連れての指揮だったらしい。
距離はそれほど無かったにも関わらず、時間が掛かったのはそのためだ。
そんな行軍指揮をして疲れているであろうエリルは、一切の疲れを見せる事無くギルバートの前に直立する。
「騎士団団長、エリル・フィード。
北部魔物討伐の任を終え、ただいま戻りました。
軽傷者2名、重傷者・死者は共にゼロ。
行軍従事者には2日間の訓練・公務の免除。
また、免除期間内で持ち回りによる備品等の清掃を予定しています。
その他の損耗、収穫などについての詳細は後ほど改めて書類にて報告させて頂きます」
「ご苦労だった。
申告通りの対応で構わない…楽にしてくれ」
「ありがとうございます」
帰還報告によりようやく魔物討伐の任務を終え、エリルは緊張を解いた。
本来なら部隊長を立てての任務にわざわざ騎士団長が引っ張り出されるのは単純に手が足りないからだ。
また、エリルが出るということで敢えて行軍に引率する熟練者を減らしたのは戦力的にはエリル一人居れば十分だから。
そして現在の人手不足の緩和のために熟練者をアルスに残し、今後の戦力補充を考えて新兵を連れ出したのだ。
今回の判断は間違っては居なかったとエリルは断言するが、新兵の訓練をも含んだ行軍はかなり精神的にきつい。
いくら優秀な部下を連れていたところで『長』として毅然としていなくてはいけない。
それが新兵であれば更に多くの場面で『長』で無くてはならない上に、様々な事柄に目を光らせなければならない。
『出来ない』からこそ訓練が必要なのだから、出来ない者達を連れて行けば『出来る者』に負担が掛かるのは当然だ。
「というわけで。
仕事は終わりだエリル。
ゆっくり風呂でも入って着替えて来い」
「報告は後日でも?」
「あぁ、構わん。
急ぎがあるなら聞くが」
「予定数より少し数が多かったくらいでしょうか」
「そうか。
相変わらず数は多いか…」
ギルバートは顎に手を当てながら理熾に目配せする。
東西の魔物を狩った理熾にも話を聞かせたのだ。
その件については関係者でもある訳だから。
「それで、中庭のアレは何ですか。
セリナ様とノイズが走り回っていますが…?」
「おぉ、セリナも到着していたのか。
いやなに、これからリオ君が主催した食事会だ」
「領主館でリオ君が?」
と疑問符を浮かべるエリルは決して悪くない。
どう考えても常識外れな対応なのだから。
そこへギルバートが「秘蔵の食材を食べさせてくれるから、エリルも参加してくれ」と続けた。
食事は伯爵であるギルバートのほぼ唯一と言って良い趣味である。
その言葉にエリルは納得し、笑みを浮かべながら
「それは楽しみですね。
ぜひ参加させて頂きます」
と答えた。
好みの差はあるだろうが、ギルバートの舌に『はずれは無い』ことをエリルは良く知っているのだから。
話もキリが付いたため、理熾はギルバートに「手伝ってきます」と伝えてエリルと共に退室した。
中庭まで共に歩く間にエリルと少し話す。
「そういえばエリルさんって魔法使えるんですか?」
「それなりに。
長期の行軍になると食料よりも水が問題になる。
食料は乾燥させているものが多いので嵩張らず、それなりに軽い。
しかし水はどう扱ってもそのままでしかないからね。
だから騎士になる最低条件は適性に関係なく飲料にするために水属性の魔法を扱えないといけない」
つまり水をそれほど持ち歩かないということだろう。
魔力切れを考えてある程度は持っているが、絶対量には届かないようである。
後は自前で何とかしろ、というわけだ。
「やっぱり属性魔法は持ってた方が便利ですか?」
「魔力さえあればどうにかなる魔法は便利だからな。
各自で必須なのは水だが、土なら寝床、風なら気温、火なら食事とそれぞれ使える。
やはり行軍する際のメンバー選別では能力の強弱は当然として、得意属性も考えることが多いな」
行軍というのは単なる移動ではない。
『戦力を保ったまま移動する』というのが必須。
現場に着いて『疲れすぎて何も出来ません』では意味が無いからだ。
しかし普段とは違う環境、そして『安全が無い』という状況が参加者を追い詰める。
日を追うごとに気力・体力を消耗していくため、どうしても快適性が求められる。
それらの快適性には属性魔法があるとかなり便利という訳だ。
こんなことは旅をしていれば誰にでも分かることなのだが、理熾はまだアルスをまともに出たことが無い。
リザード退治の帰りに少しだけ騎士団の行軍に参加したが、アレは『お客様扱い』である。
テントは張ってもらったし、夜警にも参加していない。
ただの『調理師』として招かれていたようなものなのだから。
「ゴブリンとコボルトだっけ?
どれくらい居たんですか?」
「事前の話ではゴブリンが20~30程、コボルトが50前後。
それが現場に着くとゴブリンが倍以上だから流石に驚いた。
増えるにしてもいくらなんでも短期間で増えすぎだから、数を誤認したんだろうな」
「倍はちょっと多すぎる気が…。
何だろう、集落とかあったの?」
「そういったものは見付けられなかった。
…あぁ、報告では2グループ居たから、勢力バランスが変わったのかもしれないな」
「合流したりするんだね?」
「頻繁にはしないがゴブリンとコボルトで争ってたからな。
その過程で合流して勢力を伸ばしたと考える方が妥当か…?」
などと理熾とエリルは予想を立てる。
対策に反映出来るかは不明だが、時間があるならやっておくことに意味があるだろう。
そんなことをしている内に中庭へと到着してエリルと別れる。
後はお手伝いである。
中庭に出るとセリナとスミレが慌ただしく鉄板の周りを駆けずり回っている。
セリナは下準備に忙しく、スミレはそのお手伝いらしい。
どう見てもスミレの手元は危なっかしく、手伝えているのか微妙なところだ。
「セリナさん、僕も出来ることあるかな?」
「リオ君!
ミント貰っても良いんだよね?
ダメって言われても貰うけど!」
と質問とは全く違う返答が帰ってきた。
とりあえずミントの永久就職は決定事項らしい。
大変喜ばれたようで理熾としては嬉しいが、どう聞いても人攫いの言葉である。
「えっと、何か特別にしなくちゃいけないこととかあるのかな?」
「その辺はまた今度聞くとして。
この子はもううちの子だからねッ!?」
「う、うん。
それは良いけど…ミントは説得してね?」
「うん、大丈夫。
胃袋はしっかり掴むから!」
などと訳の分からないことを供述し始めていた。
ポルンに胃袋など無いのだが、あのセリナはもうダメかもしれない。
ともかく。
主催者が余りに遊んでいては面目も何も無い。
特に貴族でもなんでもないただの討伐者なのだから、少しくらいは役に立つべきだろう。
料理を作れと言われたら難しいが、その手伝いくらいなら理熾でも出来る。
少なくとも隣でわたわたしているスミレよりは上手には。
「で、セリナさん。
何か僕にすることあるかな?」
「うん。
じゃ、この肉切り分けて。
リオ君って【解体】とか持ってたかな?」
「どんなスキルですか?」
「その様子じゃ持ってないのかな。
言葉の通りなんだけど、部位ごとに切り分けたり、取り分けたりするのを補助するスキル。
重要な部位を取り出したりするのにも使えるんだよね。
料理人とか討伐者には凄く便利なスキルだと思うけど、持ってる人余り居ないのかもね」
理熾は即座に【解体】を【スキル取得】で検索。
SPの消費は40と若干高いが、聞く限り結構な優良スキルである。
必要に駆られて急に取るよりは今の内に持っておいた方が便利だろうと取得する。
これでアルスを飛び出しても何とかなるはずである。
「まぁ、無くても大丈夫だよ。
解体作業もたまにやってるしね」
「そうなの?
なら色々と願いしようかな」
「うん、任せて」
首や腕を切り落とすことを『解体』というなら嘘ではないが、素材を綺麗に切り分けたことなど無い。
そして『スキルの有無の差』を理熾は理解しておらず、セリナによってあっさりと【解体】スキルを持つことは見破られた。
切り分けた食材の質が目に見えて違うのだから仕方ない。
理熾は「使ってる途中に手に入れたのかな」と言ってさらりと躱したが、内心冷や汗ものだったのは言うまでもない。
そんな中途半端に危ない橋を渡りつつも作業を進める。
完璧なセリナ、手際の良い理熾の横で、二人の動きを見様見真似で作業をするスミレは涙目ものである。
理熾は【空間魔法】による投影に【体術】【武神】の補正で動きを盗める。
ちなみに<武神>の補正は包丁にまで及んでいたので拍車が掛かっていた。
相変わらずの万能性である。
だからたどたどしく一から頑張るスミレを見て『よくも投げ出さなかったものだ』とこっそり理熾は褒めていた。
『継続は力なり』ともスミレを応援していたが。
そうしてノイズによる会場設置は完了。
セリナとの準備も整い、招待客も集まってきた。
これからはお食事の時間である。
お読み下さりありがとうございます。




