新しい敵
ライムを少し離れた場所へと送った理熾は上空10mの高さの《障壁》を歩いていた。
理熾の体重を支える程度の《障壁》であればさほど魔力を使わない。
相変わらず血の臭いは酷く、素材となるかも微妙な死体の惨状が広がる。
それらを視界に納めながら駆け抜けた軌跡を辿る。
トントンと、《障壁》の上を弾むように早歩きしながら、魔物の死体を《亜空間》へと放り込んでいく。
たまに食事中の魔物を見付けるが、発見と同時に理熾に矢を射られて沈黙していった。
素材としては今倒している方が圧倒的に質が良い。
喰らい、喰らわれ、踏み潰された死体から良質な素材を取り出そうというのがそもそもの間違いなのだから。
(ライムー)
(なんだどうした?)
(アラクネ倒しに来たのに全く居ないんだけどー)
(あんま余裕は無かったけど確かに見掛けなかった気がするな)
(知らない間に倒しちゃったのか、それとも近くに居なかったのかどっちかな?)
(さぁ、分からんな。
どっちにせよ見付けられんかったらそっちは失敗だな)
(ぇー…そっかぁ)
(何かあんのか?)
(うん、依頼初失敗だ)
(………へ?)
ライムは理熾の理由に思わず間抜けな思考を漏らした。
この惨状を引き起こした上に解決までしたお子様がそんな小さなことを気にするなど思ってもいなかったのだ。
加えて理熾のギルド員暦をしっかりと知っている訳ではないが、それでも『初失敗』というのに驚いた。
駆け出しのギルド員はそれこそ馬鹿みたいに失敗する。
荷物運びを任されれば積荷を壊し、短剣の納品なのに包丁を持ち込んだり。
渡された素材で回復薬の作成、といった依頼だと何を間違ったのか解毒薬にしてしまうなど。
討伐者に限って言うと、建物の解体依頼を受けて向かえば隣の建物に被害が及んだり。
魔物の素材の納品だったりすると「居なかったから仕方ない」と強弁したりと様々な『甘い見通し』で失敗する。
そもそもが『肉体派』とは名ばかりの荒くれ者ばかりなのだから、遅刻や依頼放棄もそれなりにある。
依頼主との摩擦もよくある話で、理不尽なことがあればギルドを通せば良いものをその場で手を挙げてしまうことまである。
依頼の内容は基本的に本業の末端作業だ。
先程の例なら建物の解体作業などを指す。
しかし大概が初体験であるにも関わらず、これらの仕事には『一定の水準』を求められる。
頭数が欲しいと呼ばれるのではなく、実際に『作業員として手が欲しい』から仕方ない部分は確かにある。
だがそんなに簡単に勤まるのならば、本職に『見習い期間』など存在しない。
初心者が簡単にこなせる程度の難易度ではないにも関わらず、依頼主側にそういった配慮が無いことが多い。
そうした理不尽な失敗や、自業自得な失敗を経験してランクを上げていくのだ。
ランクが上下するのはこのためで、上がることもあれば下がることもある。
こういった経験を経てギルド員達は『依頼の裏側』や『報酬の釣り合い』などを学ぶ。
でなければ高ランクで大きなミスをし、多額の違約金を払わされた上に積み上げた信用にさえも傷を付けてしまうからだ。
そうならないために多くの失敗や経験は必要なのだが、理熾はそれらの経験を全くしていない。
(今回のはギルド通してないけどね。
というか僕って緊急と常設依頼しか受けてないからなぁ)
という話を聞いてライムは納得した。
常設依頼であれば依頼は後受け。
結果を持ち帰るのだから、失敗も無い。
だがそれだけで生計が立てられる討伐者など極一握りしかいない。
その理由は至極尤もなものだ。
当然のことだが常設依頼は緊急性が無いので支給額が低く見積もられており、リスクに見合わないことが多いのだ。
同じ危険を冒すのならば、依頼失敗の可能性はあるが実入りが多い方を選ぶだろう。
どう考えても命の方が大切なのだから。
(何で通常の依頼をしたことが無いんだ?)
(失敗の時の違約金が払えなかったから。
今なら大丈夫だけど、逆に無理して依頼受けなくて良くなっちゃった)
(相変わらず『中間』が無いな…)
まさしく『相変わらず』なことを聞かされる側のライムは呆れるばかりである。
とはいえ、そうなると通常のギルド運営に全く関わっていないということになる。
「困ったもんだ」とライムは溜め息しか出ない。
そんなことを思いながらも理熾と繋がる意識の端でライムが危機感を感じ取る。
これは今まさに理熾が感じているものだろうことを察し、確認する。
(主人、どした)
(え…あぁ、何か凄いのが居る。
ちょっとのぞき穴開けるから見てみて)
理熾がライムの持つ血魔石を頼りに小さな《転移門》を作り出す。
《転移門》の本来の使い方は移動用だというのに、一つの技能を汎用化する器用さにライムは感心する。
理熾の視線に合わせた高さに展開されたのぞき穴から見下ろす景色は『気持ち悪い』の一言だった。
理熾が指し示す周辺は血みどろの木々と地面は相変わらず。
魔物の屍の山も同じく。
ただ理熾が最初にオークの血を撒いた場所がとても綺麗な広場になっていた。
そこに確実にあった死体の山と、血みどろの木々と地面が無い空間。
その場を広場と表現して良いのか少し迷うが、ぽっかりと50mほども開けて焼け野原のような状態で土が見えている。
森の中なのだから、大抵の地面には草や苔が生えている。
それらをひっくり返したかのように完全に土の色をしているのだ。
そしてそんな地面が隆起し、蠢動する。
(何これ?)
(ぁー…それがポルンだ)
(え、マジ?
可愛い名前して気持ち悪いよ!)
(違うんだ。
そもそも弱い魔物だし、もっと小さいし、もっと少ない)
(じゃぁ何で?)
理熾の目の前に広がる地面に群がるのはぷよぷよとした半透明の身体。
個体によって違う薄い色合いを持つ不定形の液体。
見た目からしてある程度の粘性のあり、今まさに周囲の魔物の死体に群がり食事中の様子である。
(ここで一番倒しただろう。
そっから魔物を引っ張って走り回った。
暴れる魔物が居なくなった『安全地帯』で皆仲良く食事中ってところか?)
ライムの予想は恐らく正解だろうと理熾も納得する。
しかしこの数は説明がつかない。
どう考えても多すぎるのだ。
そんな理熾にライムは諭すかのように続ける。
(ポルンの増え方は『分裂』だ。
これだけの過剰な餌を手に入れたんだから数も増える。
数は…ちょっと数えたくないが、それだけ強力な魔物も居たんだろうよ)
ライムが数を濁したのは仕方の無いことだ。
確かに今の目の前の光景を見たら誰も数えたくないだろう。
ポルンは一体に一つの核を持ち、拳大の核とその周囲が30~50cmほどの粘液の塊が基本形だ。
何でも食べて消化するが、基本は魔力の高いモノに引き寄せられる。
このため岩や木といった物体を食べている姿というのは余り見掛けられない。
大体が魔物や動物の死体、排泄物といった迷宮と同じようなものを食べる。
加えて捕食…つまり襲って食べることもあるが、ポルン自体が弱いために成功率は余り高くない。
また、成長と共に核の純度が増し、一定以上を超えると分裂してリセットする。
母体の方は核に不要な不純物を吐き出して核の純度を上げ、分裂して離れた方は母体の不純物を初期値に育つ。
純度が上がる際に最適化も行われ、より『何でも食べられる(吸収できる)』ように育つ。
このように後で不要なものを吐き出せるため、食べること・取り込むことには躊躇が無い。
また、どんな物でも大概分解・吸収出来てしまう。
こうして個体によって『不要なもの』を別の個体の『必要なもの』として再利用する。
このため「ポルンの通った後は何も残らない」と言われることもあるくらい、何でも喰らう群れとして存在するのだ。
地球で言うならイナゴの大群だろうか。
それが折り重なるように「じゅるじゅる」と音を立てて群がっている。
多少色の違いがあっても、重なり合ってるからかポルン同士の境界線が見えず、どう見ても気持ち悪い。
地球にある『かえるの卵』を思い浮かべてもらえば分かり易い。
あれがプール一杯に敷き詰められている光景を見て「爽快!!」と言う者が居たら理熾としてはドン引きである。
広い世の中にはそういう人もいるかもしれないが。
とはいえ基本的にはそれほど群れずに単独行動が基本なので被害が広がることは無い。
今のような数に分裂していることを思えば最初に分裂した母体の核は相当に力を持つと予想される。
危険度が高く、優先的に排除すべき相手なのだが…見た目上はどれがどれだか分からない。
こうなると端から倒していくしかない。
(ライム…)
(いや、俺無理。
攻撃主体じゃねぇし)
理熾はライムに頼ろうとするがすげなく却下される。
実際にその通りなので理熾としても続けられない。
ただライムは別に攻撃手段が無いわけではないので、聞いてみる。
(ほら、一緒に【重力魔法】で圧し潰すってどう?)
(そりゃ無理だ。
あいつらの身体は液体だから潰してもあんまり意味が無い。
しかも本体の核は軽くて硬いから例え10倍でも20倍でも多分平気で耐える。
正攻法なら【水魔法】とか派生の【氷魔法】で凍らせてから砕くとか。
【火魔法】とかで液体の身体を沸騰させるとか。
数が少ないなら一体一体丁寧に核を物理的に潰して回るのも手だがな。
でもまぁ…目の前の光景を見るとなぁ…高位の魔法士でも厳しそうだぞ)
1000体は居そうな現状を見るとそれらの方法は取れそうに無い。
《結界》や《障壁》を使わずとも魔力を持つ以上、『魔法抵抗』が存在する。
この抵抗値はざっくり言うと『100あるならダメージを100まで無効』と考えればいい。
現状に当てはめてみると、『100の抵抗値を持つポルン1000体に対して攻撃を与える』なら、10万以上の火力が必要という訳だ。
しかもそれは『ダメージを与える』というだけであり、倒せるかはまた別の話だ。
当然威力にはムラがあるし、回避や防御もされるのだから、問題は単純に火力不足というものでもない。
要はライムが言いたいのは手持ちの戦力ではこのポルンの群れを殲滅しきることが出来ない、ということだ。
(一度戻ってフィリカ連れてこようぜ。
【精霊魔法】なら薙ぎ払う術もあるだろう)
(むーん…。
確かにフィリカさんが戦うところは見たい)
(なら早くした方が良いぞ。
ポルンはそれほど速く無いが、それでも数が多けりゃ押し潰される。
この場を逃げるのは簡単でも、手を出して警戒されたら倒すのはつらい)
(僕の後始末させるのもなぁ…。
まだフィリカさんには『借り』があるし)
(いや…そんなこと言ってる場合じゃ無いんだけどな?)
この光景を目の当たりにしてそんな些細な話をする理熾にライムは呆れる。
めったに無いこととは言え、日常的に魔物は爆発的な繁殖を行う。
特にポルンはポコポコと分裂していくのだから、これくらいは『いつも通り』とも言える。
たまたま今回は数が尋常ではないので危険度が高く、これ以上増えるのは拙いというだけで。
しかも困ったことに拾いきれない血肉という餌は随所に散らばっているのだから、まだ増えるだろう。
時間との勝負と言える状況ではあるものの、この場は周囲が森。
人の生存圏でもないので撤退が悪手というわけでもないのだが
(良いこと思い付いた)
と理熾が急にそんなことを言う。
そしてライムはそんな『良いこと』を考える理熾に物凄く嫌な予感がする。
ほんの数十分前にも同じようなことがあったからだ。
ついでに「ネーブルってこんな立場なんだな」と、自分達の纏め役を秘かに労う。
帰ったら酒の一杯でも奢ろうとも。
(教えて欲しいんだけどさ)
続けて告げられたそんな理熾の言葉に、ライムは首を傾げた。
この状況で一体何をする気だろうと思いつつも知る限りの答えを返していった。
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