イルマ迷宮6
三人の表情が驚きで固定されているのは仕方の無い。
理熾のやったことは単純明快だ。
アイリとレーンと同じ後衛の位置から、一気に駆けてルーチェを追い抜き、殴った。
たったこれだけ。
ただ後衛二人はルーチェを、ルーチェはワームに注目していたため、コマ送りしたかのように理熾が急に現れたように見えた。
その上巨大なワームを殴り飛ばしているのだから驚きもする。
理熾が使ったのは《剛拳》と呼ばれる、《拳打》の上位武技。
単に威力が高いというだけで、やり方は全て同じ。
結果の被害に応じて名前が変わるだけだ。
ただしそれに見合う補正も付いてくる。
その理熾の《剛拳》は体長4mものワームを後方へ5mも吹っ飛ばしていた。
しかも宙を舞うワームをそのまま追い掛け、地面に叩き付けられる瞬間に黒鎖鋼の剣を《亜空間》から抜いて頭を落とした。
使った武技は《一閃》と言う一撃必断を目的に、閃光に等しい速度で振り切る剣技で、斧の《両断》のようなもの。
ただし斧よりも遥かに軽い剣は反動も少なく、技後硬直も短い。
しかも理熾は頭を落とした瞬間には《亜空間》に仕舞って武技を中断しているため、技後硬直すらない。
三人もまともに見えたのは腕の振りくらいだ。
「ズダン!」とワームが大きな重い音を立てる横で「ふぅ…」と息を吐きながら理熾がテクテクと歩いて戻る。
投剣を見られると面倒なのでリコに回収を指示し、理熾は槍を拾いに行く。
最早戦力を隠す必要が無い。
既に実力は見せてしまったし、自重する意味も無い。
故に。
理熾は新たに格闘系武技である《振脚》を地面に打ち込み、周囲10mほどを揺らす。
ついでに【隠密】を反転起動させて周囲の注目を強制的に集める。
これで【隠密】は使用不可時間突入である。
すると串刺しになっている最初のワームの傍からワームが躍り出て理熾へと攻撃を行う。
『戦闘が終わった』と思わせてからの奇襲を行う腹積もりで地面を潜行していたのだろう。
理熾の感知から逃れた1体だったが、流石に【直感】まではごまかせなかった。
実際理熾以外の安堵していた面子は驚きと共に固まっている。
既に戦力にはなら無いと納得しているので当てにもしない。
理熾は黙したまま最初に倒したワームが息の無いことを確認。
突き刺さった槍を掴んで引き抜くように腕を振り、《亜空間》を経由して構える。
その所作はまさに流れるような動きだったため、一時的に槍が消えたのにすら誰も気付かなかった。
むしろ腕の先が霞んで見えたので全員が『勢い良く引き抜いた』としか思わなかったのだ。
深々と刺さっていた槍がそんなに簡単に抜けるはずも無いのに。
小柄な理熾が長柄である黒鎖鋼の槍を握り締める光景は完全に装備負けしているものの、動きには何ら支障が無い。
近接するワームに対して《打ち流し》と《打ち払い》を使って勢いを逸らし、《乱突》で硬い表皮を難なく突き破る。
Eランクの迷宮でのDランクの魔物はまさに君臨者だ。
ただ一方的に蹂躙する側であって、駆逐される側ではない。
それが完全に逆転している。
翻弄されるワームは暴れまわるものの、理熾へと届く前に迎撃される。
そんな戦闘を2分ほど続けて理熾はほぼ初めてとも言える槍での戦闘に満足し、止めを準備する。
流石に初級武技で仕留められるほどワームは弱くない。
タイミングを見計らってカウンターである《飛燕》を抉りこむ。
と言っても相手の攻撃に合わせて真正面から《刺突》をするというだけ。
相手の体重と勢いがあるほど自分の攻撃力に転化され、当然補正も付く。
使用上の注意は相手の挙動への見切りと、相手の威力を自身の攻撃力に乗せ変える際の壮絶な反動だ。
理熾はその二つの注意点をあっさりとクリアする。
突っ込んできたワームに《飛燕》を叩き込み、最初のワームと同じく串刺しにして黙らせた。
まだ眼に光があることを思うと大した生命力だが、身動きの取れないこの状態では意味が無い。
理熾は槍から手を離してそこら辺に落ちている石を拾ってワームの頭をガンガンと殴りつけて絶命させてから槍を引き抜く。
石の硬度では倒しきれなかったので結局手甲で粉砕することになったが。
結局全てのワームを一人で倒してしまった。
元々単独クリアを目指していたので、そこまで思うことは無いものの、理熾は『失敗したぁぁぁぁ!!!』と内心凹んでいた。
理熾の戦力はこのパーティの上であるのは元々分かり切っていた事だ。
オークの肩を射抜き、オーガを弓だけで圧倒する討伐者なのだから。
ただ全員装備の恩恵だと思っていたし、何よりここまで圧倒的だとは思っていなかっただけで。
たまたまダンは目を回していたものの、残りの四人にはばっちり見られていた。
とはいえ理熾が出張らないとまず100%全滅である。
実力を隠したいというだけで見殺しに出来るほど理熾は割り切れてもいない。
結局いつかはこういう形で露見するし、バレた時用にも複数の武器を扱えるように準備もしている。
用意周到という言葉だけで片付けられるとイラつく程度には色々と頭を使っているのだから。
今回見られたのは槍だから、今後不意打ちで使えるのはその他の武器かぁ…。
あ、いや…これ黙ってて貰えば良いのか。
一応命の恩人だしそれくらいは大丈夫だよね?
と理熾は考えていた。
『槍も使う』というのはこのパーティしか知らない。
黙っていてくれれば幸いだが、広められても「嘘だろ?」の一言で話が終わる。
むしろ疑心暗鬼に陥ってくれれば幸いだ。
「リオ君…?」
思考に耽る理熾にマドックが恐る恐るという感じで声を掛けてくる。
理熾の現在の格好はワームの体液を被ってドロドロだ。
近接戦闘をすればこうなることは分かりきっている。
基本的には能力値のごり押しで、綺麗に戦えたことなど無いのだから。
理熾は自分の格好を思って嘆息しながら答える。
「あぁ何ですか?」
「その、大丈夫か…?」
「えぇ、問題ないですよ。
それよりルーチェさんとマドックさん、ダンさんは大丈夫かな?」
「そうか…凄いな。
俺達は…とりあえず大丈夫そうだ」
マドックは理熾の無傷だがドロドロな姿と自分達の満身創痍で土塗れを見比べて嘆くように告げる。
恐らくこの差がそのまま実力差だと痛感しているのだろう。
だが理熾は逆の感想を持っている。
むしろこのパーティで重傷者がいないってのが凄いよね。
マドックさんは当然としても、ルーチェさんもきっちり衝撃を殺して飛んだんだろうなぁ。
という風に。
理熾の戦い方は技量が上がってきているとはいえ未だに荒く、ごり押しだ。
スキルを使って周囲を把握して優先順位を決めて一つずつ叩き潰すというだけ。
理熾が使う武技は理熾の能力だからこそ効果を発揮するだけで、理熾が他人の能力値で使う武技は恐らく傷すら付けられない。
だから同じ能力を他の人が持っていれば理熾より遥かに上手く使うとすら考えている。
やはり一つの事に集中すると言うのはそれだけ研ぎ澄まされていくのだと。
そして理熾はそれらを間近で見て、学習して何とか追いつこうとしているのだ。
「そか、良かっ「凄いよリオ君!!」」
理熾の安堵の声を伝えようとした言葉にかぶせてきたのはルーチェだった。
あの決死の特攻を決めたのはただただ皆を守りたいという思いだけだったのだ。
それを実現するには武器も持たないルーチェには荷が重く、自身でも時間稼ぎにしかならないとすら思っていた。
悪くて数秒、良くて数分の時間を稼ぐのが精一杯。
そんな短時間では逃げることも迎撃することも出来ないことを思えば無駄死にしかならない。
しかしそれでも、ルーチェは前に立ったのだ。
そんな状況を引っ繰り返した理熾にルーチェはいたく感動していた。
というか抱きついていた。
年の差が10も無いだろうが、それでもビジュアル的にはドロドロに服を汚して帰った姉と弟である。
理熾は「服が汚れちゃうよ」と離れようとするものの、がっしりと組まれてしまっている。
力ずくで剥がすのも何かおかしいと思い、なすがままにされていると
「うん!」
「かっこよかった!」
続いてアイリとレーンも同意して駆け寄る。
無傷の理熾よりも眼を回しているダンに向かうべきでは、と理熾は思ったがそういう役回りなのかもしれない。
弓だけでなく槍も使い、しかも簡単には壊れない《結界》をも使用する討伐者である。
ちやほやされても仕方ないくらいの能力を持っているのだが、理熾にその耐性は無い。
ずっとソロだったし、何より周りがさらに一段跳び抜けているからだ。
理熾の周りできゃっきゃと騒ぐ女性三人に「ありがとう」と若干引き気味で伝えながら
「そうだ、マドックさん」
「何だ?」
「僕の事は弓兵でお願いします」
きっぱりと言う理熾にマドックは勿論、女性三人も首を傾げる。
あれほどの戦力を持っているのだ。
ランクは高いだろうし、様々な情報があった方が指名依頼も入るだろう。
全員がそう思い、マドックが代表して聞く。
「理由は?」
「目立ちたくないから」
理熾の言葉は他の面子には理解できない。
だから分かりやすいように理由を噛み砕いて続ける。
「ちょっとやりたいことがあってね。
今はまだ準備中だから、余り目立ちたくないんです」
「そうか…まぁ、恩人の言うことだ。
全員異論は無いだろう」
とマドックは請負い、全員無言で頷く。
本来はダンの役目だろうが、そのリーダーはまだ寝てるから仕方ない。
「ね、それより槍教えてよ!」
「弓使いなんだから私が先だよ!」
「まぁまぁ二人とも落ち着いて。
ここは私が無詠唱について聞くから」
とドロドロの理熾を取り合う。
それよりさっさと行動した方が良いと思う理熾なのだが、このパーティに危機感は無い。
仕方なくやるべきことを切り出すことにする。
「とりあえず。
ワームの取り分を決めましょう。
僕だけで倒した…5体は貰っていいかな?
一人じゃ多いから、欲しい人居れば渡すけど?」
「いや、全部持っていってくれて良いぞ?」
「流石にそういう訳には。
パーティ的にも格上の魔物の素材は必要でしょ?」
「それはそうだが…実際倒したのはリオ君じゃないか」
とマドックは取り合わない。
こんなところで喧嘩をしていても仕方ない。
むしろ全部くれると言うのだから、理熾が配分を決めてしまっても構わないはずである。
「んじゃ分かった。
全部僕が貰うから、報酬として1体分受け取ってください」
「それは…」
「これには『口止め料』も入ってるって事で」
と理熾はマドックをねじ伏せた。
このままでは全員この場で終わってしまう。
Eランクとはいえマドックの技量は高い。
抉れた一部の皮膚を狙って貫くルーチェの攻撃精度や心意気は素晴らしい。
ダンにしても色々と足りない部分はあるものの、期待できるはずである。
特にレーンは装備品、アイリは詠唱能力さえ上がればかなりの戦力強化だ。
前衛の攻撃力が薄い分を十分にカバーできるはずである。
だがそれらには素材や金が要る。
せっかくのタネを枯らすのは勿体無いので理熾は一番綺麗なワームを提供した。
「分かった、ありがとう。
ほら三人とも、さっさと解体するぞ」
「「「はーい」」」
マドックの言葉に女性三人が動き出す。
ダンが居なくとも回るのだから、リーダーとしては十分優秀なのかもしれない。
その影で理熾はささっと《亜空間》へとワームを放り込む作業を終え、フィリカに作ってもらったハンドタオルで顔を拭う。
ついでに戦闘服に魔力を通していく。
この分なら服の不快感も暫くすれば改善するだろう。
そう思っていると「ご主人様!」とスミレが急に現れた。
「うわ!
びっくりした!!」
恐らく理熾の持つスミレの血魔石を感知して《空間転移》をしてきたのだろう。
他のパーティメンバーも理熾の声に驚いてスミレを見ている。
こそこそと「あの子誰?」「リオ君をご主人様って…」「タイプだ…」「きょにゅー…」などと囁き合っている。
そんな声に耳も傾けずにスミレは続ける。
「今すぐ戻ってください」
「何かあったの?」
「アルスに緊急依頼が発生しました」
その言葉に全員の表情が凍る。
緊急依頼など、はっきり言ってそう簡単に発令されるものではない。
それなのについ一ヶ月ほど前にも発生しているのだ。
恐ろしいくらいの頻度である。
「……今度は何かな?」
「オーガの群です」
改めて空気が凍る。
前回のオークの比ではない脅威である。
オーガ単体ですらDランクに数えられ、そこそこの脅威がある。
それが群を成していると言うのだからそれは確かに『緊急依頼』に発展するだろう。
そんなことを思っていると視界の端に《!》と相変わらずの【神託】が煌く。
どう考えても今回の事に関連しているだろう。
すぐに開く。
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【神託】
犯罪者の撲滅
達成内容:セリナの救出
あけみやが建つ場所は中流・高級地域の丁度中間だ
治安の良い地域であり、何より騎士の詰所の近くにある
そこが十数人からなる賊に襲われた
しかし周辺住人への体面もあるため大事には出来ず、騎士達との小競り合いのみで逃走を許してしまった
加えて賊は隠密性に優れた手練が多く、詰所で待機している騎士のみでは荷が重かった
誘拐の際にセリナに怪我などは無く、その余りにも鮮やかな襲撃に計画性が伺える
恩人であるセリナの危機を救うのはこの場しかない
今こそ立ち上がれ
【神託】への報酬
この情報を基点に行動を起こした場合に能力値20%献上
達成時、更に能力値10%献上
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全く予想をしていなかった【神託】が下った。
お読み下さりありがとうございます。




