大捕り物3
十分に遅い時間になったため、そろそろ理熾も帰ろうとソファーから腰を上げる。
そのタイミングでドアがこつこつとノックされた。
ギルバートは訝しげに「誰だね?」と問うた。
この時間に執務室に居る、というのはなかなか珍しいことである。
それを思うとやはり来訪者が来るのは不思議だったのだろう。
「私だ、クライン辺境伯」
どうやらメルカノ家の子息のようだ。
こんな時間に何の用なのだとギルバートは溜息を吐く。
ようやく本日の業務は終了したところだというのに。
「こんな時分にどうされたカルロ殿」
彼には何の権限も無いが、蔑ろにも出来ない。
一応親の役職は相手の方が上なのだ。
そのためルルガがドアを開けて中へとカルロを案内する。
「いやなに、先ほどの大捕り物の件で討伐者が来ていると聞い…っ貴様か?」
ドアを抜け、理熾を見ての発言だ。
理熾は内心「やっちゃったー」という思いで一杯である。
カルロは『護衛』を探している。
つまり戦闘能力の高い者が欲しいのだ。
せっかく勝手に侮ってくれた相手だったのにと悔やむ。
まかり間違ってガウス子爵の次はカルロに専属契約を持ちかけられては困る。
一時的ならともかく、長期ともなると本当に困るのだ。
それに「配下がやりました」と逃げても、今度は「ハッサクを譲ってくれ」と言われかねない。
理熾は返事を保留して頭を働かせながら状況を見る。
すると
「なるほど。
竜殺しは伊達では無いということか」
とまさかの感心をされてしまった。
頭は柔らかいらしいと少し相手の評価を上方修正する。
しかしこのままだと契約までまっしぐらである。
理熾が口を開きかけた時にギルバートがすかさず答えた。
「…この子はわしの個人的な付き合いでな。
制圧した者はとうの昔に帰ってしまっているよ」
「そうなのか?
ならばやつは何故残っている?」
「個人的な付き合いと言ったろう。
わしと食事について語ってくれる数少ない相手なのだよ。
残念ながら周りには『美味い飯』について語り合える者が少なくてな」
とギルバートはさらりと躱す。
あけみやを紹介された仲であるし、領主と討伐者としての仲でもある。
個人的な付き合いというのも『飯友』なのもその通りだし、何一つ嘘は言っていない。
庇い立てという程ではない絶妙のラインで話を逸らしていく。
「ふむ…帰ったのなら残念だ。
50人ほどの相手をほぼ無傷で捕らえた凄腕なら雇いたいと思ったのだがな。
ちなみにその者の所属や名前、容姿などは分かるだろうか?」
「問題なく。
だがその者もわしの領民で、しかも貴重な戦力でな。
カルロ殿が欲しがる通り、引き抜かれては困るのだよ」
「…辺境伯、個人契約はその範疇に無いだろう?」
「確かにな。
だからもし相手が断った際はすぐに手を引いてもらえるなら文句は無い」
とギルバートはカルロを完全に封殺してしまった。
何せどのような条件を出そうと『ハッサクが断ること』は確定している。
その上で「無理強いはするな」と辺境伯という立場から、公爵の息子に注意している。
この時点で理熾を含めた奴隷達の安全は担保されたも同意である。
「ふむ…仕方あるまい」
「それは良かった。
ちなみにどのような話をするつもりなのだ?」
「いやなに、ちょっとアシュレイの護衛に付けたくてな」
「確か非常に元気で、たびたび出掛けては戦果を持ち帰ると聞く…」
「辺境伯、言葉を選ばなくて構わない」
そう言って苦笑する。
ギルバートも同じく苦笑していた。
二人して『アシュレイ』という者を思い浮かべているのだろう。
「あいつ自身、そこら辺の騎士など下してしまう程度には強い。
だからこそ手が付けられないというか、周囲の意見を聞き入れない。
しかも好奇心が身を滅ぼすのを理解しない。
…手痛い失敗というものを経験していないからだろうな。
気になれば首を突っ込み、引っ掻き回して力ずくで解決してしまう。
魔物被害や盗賊居被害ならまだしも、貴族相手にもそんなことをするから、正直手に負えない」
嘆くような独白に、相当困らされているのだろうと理熾は思う。
相変わらず誰の話かはさっぱり分からないが。
「ふむ…師を付けてみては?」
「それもやった。
アシュレイにとっての師というのは『強さ』ではないらしい。
何の基準があるのかは分からんが、打ちのめしても、説いても言うことを聞かない」
「なるほど…。
それでせめて腕の立つ者を付けようということか?」
「首都で何人か当ったのだが、『公爵』の位ですら断られる始末だ。
あぁ、逆だな。
一度は引き受けてはくれる者も居るのだが、アシュレイが言うことを聞かず意味が無い」
と腰に手を当てて軽く首を振りつつ嘆く。
本当に迷惑を被っているらしい。
「実は今回の私の目的は各領地の視察をすること。
加えてアシュレイのお目付け役を見付けることでな。
手練が居れば紹介して貰いたいのだよ」
「ふむ…話は分かったが、何故急に話す気になったのだ?
顔合わせの時点ではそのような話を聞いた覚えは無いのだが」
「辺境アルスには確実に強者が居るだろう?
最初にこの話をしてしまえばさっきのように『引き抜くな』と釘を刺されるじゃないか」
とギルバートに対しておどけてみせる。
しかし内容は当然の如く深い。
最初から話してしまうとギルバートは『引き抜くな』という言葉より以前に隠してしまう。
秘密裏にギルドに話を通したり、対象者に『目立たないことに対する報酬』を用意して大人しくさせたりという風に。
そしてそれらをこれから手を回してしまうと逆に対象者が不自然に浮き上がる。
ただの視察…つまり『旅行』という名目だからこそ、ハッサクが見付かったともいえる。
このタイミングでならバラしても問題ないという考えの下、話を持ち出して『手練を隠すなよ』と釘を刺したのだ。
「それで、目星が付いたから話を出したという訳か。
カルロ殿もなかなか腹芸が得意なようでわしのような老人はそろそろ引退だな」
「辺境伯が引退など言い出したら私の父など棺桶だろう?
滅多なことは言わないでくれ」
と笑い合う。
理熾はこっそり「うわぁ…」とか思っていた。
お互いに『自分達のこと』を言ってるのに牽制し合っているのだ。
やはり貴族はめんどくさくて恐ろしい生物らしい。
というか…この場に何で僕が居るんだ!
貴族同士の話を討伐者に聞かせてどうする気なんだ…。
とか理熾は思っていた。
実際人払いするような内容だ。
もしかすると…いや、もしかしなくとも『わざわざ理熾に聞かせている』のだろう。
「お前も紹介しろよ?」という風に。
理熾にとっては迷惑な話である。
こっちに意識を向けられても困るので理熾は黙ってやり過ごしていると
「あぁ、すまんなリオ君。
最初に帰らせてやるべきだったな。
わしの用件は終わったし、後日また頼む」
残念ながら話を全部聞いてしまったので少し遅かったが、ギルバートが開放を示唆する。
理熾は「うん、今日はご馳走様でした」とすぐにお礼を言ってルルガの横を抜けてドアへと歩き出す。
しかし
「竜殺し。
少し話しをしようか」
と声を掛けられた直後、【直感】が警鐘を鳴らす。
理熾は反射的に【空間魔法】の座標認識と【索敵】を【直感】が取りまとめて並列起動し、状況を把握。
背後からの強襲を右回転しながら掴んで引き込み、体重を掛けて押し潰そうとした時に肩口を鷲掴みにされた。
「リオ君、それはダメだ」
というルルガの声を聞いて理熾は無意識の行動に、はっと我に返った。
肩口を掴んで理熾を吊り上げて体重を支えていたのはルルガ。
対して右腕を引き込んで固めている相手を見ると、攻撃を加えたのはカルロのようだ。
後一瞬遅かったらリコも【重力魔法】を起動していたことだろう。
危うく本当の意味で潰すところだった。
「……はぁ。
ありがと、ルルガさん」
そう言って理熾は状況を理解して手を離した。
するとカルロは焦りの表情で膝を付いて荒い息をする。
腕の筋が伸びたのと、肩を押さえられたことで関節をそれぞれ少し痛めた程度で済んだ。
何と言うか、理熾としてはしてやられた感が半端無い。
一度は見限ったくせに、『この場に居る』と言うだけで試しに来るとは思わなかった。
反撃を受ける、受けないに関わらず『人に攻撃する』という方法を取れる者は少ない。
攻撃が当れば謝罪だけでは済まないだろうし、反撃されたらそれこそ怪我だけで済まない可能性もある。
下手をすればその場で殺されても仕方の無い行為なのだから。
「カルロ殿、わしの友人に何をするのかな?
事と次第によっては温厚なわしでも容赦せんぞ?」
「いやなに、『竜殺し』が嘘か真か知りたくなってな」
息を整えて出たのはそんな言葉。
理熾は「そんなもんだろうなぁ」という気しかせず、単にこの結末をどうしようかと考える。
背後からの攻撃を苦も無く制圧できる者は相当に少ない。
残念ながらこれで実力を示してしまったことになるだろう。
それにルルガが止めてくれなかったら確実に右肩を砕いていたはずである。
「その程度の理由で攻撃したと?
カルロ殿も公爵家の一人だろう。
ふざけるのも大概にしろ。
武力を持つ者として、いきなり殴りかかって良いと思っているのか?」
驚くべきことにギルバートは本気で怒っていた。
実は貴族というだけで最低限の戦力を要求される。
護衛が居ても暗殺や誘拐される可能性が付きまとう貴族達にとって、身を守る術は確実に必要だからだ。
逆に言えば爵位が上がるほどに『最低限の戦力が高くなる』ことになる。
公爵家ともなれば相応の能力が問われるのだ。
先ほどアシュレイの名を出して『騎士程度には負けない』といったのは嘘でも誇張でもない。
実際に負ける程度の能力で勝手に外出などしていては本当に生きていけないのだ。
カルロの能力がどの程度かは不明だが、その身を守るための力で不意打ちするなどまさに『ふざけるな』という行為である。
「すまない。
本当にそれだけだ。
この小さな子供を『竜殺し』と紹介されて私は一度袖にした。
だというのに、この場にこのタイミングで居る。
どう考えても関係者だろうに、辺境伯はそんな素振りすら出さずに庇う」
一言謝罪を入れて続けられたのはギルバートと理熾の関係の推測だ。
表面上この場には居ないハッサクの話で落ち着いていたのだが、腹の中では納得などしていなかったのだ。
そして納得のために理熾に手を挙げたというのが真相らしい。
「挙句、好奇心に負けて手を出してみればこの結果だ。
まったく、アシュレイのことを言えないな。
それにしても私の人を見る目は無いようだ…リオ、そして辺境伯、二人とも申し訳ない」
と改めて頭を下げた。
恐らくは辺境伯への謝罪なのだろうが、そこに連名で理熾の名前まで入っている。
ポーズとは言え、公爵家の息子から謝罪など裏があるとしか思えない。
理熾は更に「面倒なことになったなぁ」と思うしかなかった。
お読み下さりありがとうございます。
多分今後更新頻度が2日おきくらいで推移するかと思います。
お盆終わったのに忙しいって…(。。;
そういえば「感想に返信しないと…」って思っている内に2度ほど消えてしまったたんだけど、書き込み者が削除してるのかな…?
14話:理熾の成長記、15話:理熾の成長記2の修正を行いました。




