血濡れの魔女は夜と踊る
——サンクティア王国、某所。
人の寝静まった夜の路地に、見回りの衛兵の声が小さく響いた。
「——なあ、知ってるか? ◯◯領のお貴族様が死んじまったって話」
「ああ、誰もいない寝室で急死したってやつか?」
「そう、窓も扉も閉まった部屋で溺れ死んでたらしい」
「最近やけに続くな、そういう話」
「△△の伯爵、××商会の旦那……揃いも揃ってお偉方ばっかりだ」
ヒソヒソ。こそこそ。
月明かりに槍の穂先を鈍く光らせながら、二人は小声で噂を続けた。
積み上げられた石造りの家々の間、冷えた夜の空気が街路をゆっくりと流れている。
「国じゃあもっぱらの噂さ。——魔女の呪いじゃないか、ってな」
「はっ、物騒だな。夜番の耳に入れる話じゃねえよ」
冗談めかして肩をすくめる相手に、もう一人は本気にする様子もなく鼻で笑い、その話題を軽く受け流した。
「そうだ、魔女といえば————
『——————てる』
————ん?」
「ん、どうした?」
「いや、今何か聞こえたような……」
「はは、魔女様のお出ましか?」
「あのなあ、もっと真剣に見回りを——うわっ!」
と、石畳を黒い影が横切った。
衛兵は思わず飛び退き、情けない声を上げる。
だが、街灯の淡い光に浮かび上がったのは、一匹の黒猫だった。
長い尾をゆらりと揺らし、小さな影はそのまま軽やかに塀に飛び移る。
それを見ていたもう一人は、腹を抱えて吹き出した。
「おいおい、さっきまで魔女だ呪いだって笑ってたくせに、猫一匹でそのざまか?」
「う、うるせえ! いきなり飛び出してきやがったんだぞ」
「ははっ、情けねえな。魔女様なんかより、よっぽど可愛いじゃねえか」
そんな軽口を交わしながら、二人は肩を揺らして見回りを続けた。
石畳を歩く足音とともに、声は遠ざかり街路の向こうに消えていく。
あとに残された黒猫は、しばし月を見上げていたが、やがて静かな足取りで闇の奥へと進んだ。
路地の奥の影に立ち止まり——
その足元で、にゃあんとひとつ喉を鳴らした。
——————クスクス。
——————クスクス。




