後編
「先ほどから気になっていたのですが…マリンさん、貴女もしかして妊娠しているのではなくて?」
「……ふへっ?」
(((……はい?……)))
変な声を出して目を見開いたアルファー男爵に続き、会場の人々も固まった。妊娠?誰が?…マリン・アルファー男爵令嬢が!?
「なっ、なっ、なんですと!?妊娠!?誰が?マリンが?はぁぁぁ!?」
「えっ、わたしが…妊娠?赤ちゃん?ホントに?…」
「知らなかったのか!?事実なのかマリン!!誰だ!相手は誰なんだ!?」
「えっ、誰ってパパ、そんなのフィリップさまに決まっているじゃない」
「決まって!いる訳!ないだろうが!未婚だぞ!?お前、お前はなんて事を……ああぁぁぁ~アルファー男爵家はおしまいだぁぁぁ~~~………」
アルファー男爵が頭を抱えて床と仲良くなってしまった。
さすがに会場の人々もアルファー男爵に同情の眼差しを向けている。ただでさえ後退を見せる頭髪が完全撤退しそうだ。
驚きつつも嬉しそうにお腹に手をあてるマリン、フィリップとは違ってキモがすわっている。その眼差しはもはや母親のそれだ。
ところで当事者の一人であるフィリップがカヤの外だが良いのだろうか?…まぁ、良いか…。
「もちろんきちんとお医者様に診ていただいたほうがよろしいかと。学園退学は免れないでしょうけど、処分があまり重くならないように私からも国王陛下に頼んでおきますね」
「ありがとうございます!セシリアさまって良いひとだったんですね~」
「おお、ありがたい、何と申して良いやら!…日を改めて必ずやエルグラン公爵邸にお礼とお詫びに参ります!必ずや!…さあ王子!さっさと歩いて下され!じっくり話し合いましょうぞ!」
そう言ってアルファー男爵は孫(推定)の父親(推定)である放心状態のフィリップを、引きずりながら会場から出ていった。マリンがニコニコしながらついていく。男爵家ながら結構キモがすわった似た者親子。その人、一応まだ"王子"なんだけどそんな扱い…まぁ、良いか…。
─◇─
「セシリア!大丈夫か?」
「ああ、わたくしの可愛いセシリア!」
「セシリア嬢、愚息がすまんな。もちろん慰謝料は…「きっちり支払って下さるそうだぞ、良かったなセシリア!」
「…こ、公爵。まだ私が喋って…「わたくしの愛しいセシリア、顔を良く見せてちょうだい!だから反対だったのよこんな婚約は!」
「…こんなって…こ、公爵夫人。気持ちは分かるが…「あら、国王陛下にお父様、お母様。ごきげんよう。ご覧になっていらしたの?」
「…一応私は国王…公爵、そなたの娘は末恐ろし…「そうでしょう、そうでしょう!他国の来賓までいる大勢の前であんな騒動を起こされたにもかかわらず、あの冷静な立ち振舞い。なおかつ婚約者の浮気相手の減刑を陛下に申し出て器の大きさを見せつける!さすが我がエルグラン公爵家の跡取り娘だ!」
「…もう好きにしてくれ…」
───◇◇◇───
王立学園の創立記念パーティーでの婚約破棄騒動から半年。アルファー男爵家では高貴なお客様を迎えていた。貴族の頂点、エルグラン公爵家のご令嬢セシリアである。
婚約破棄をさせた側とされた側のはずの二人だが、あの騒動以来、安定期に入ってからマリンの体調の良い時を見計らってたまにお茶会が開かれているのだ。
「こんにちは、マリンさん。お腹がだいぶ大きくなりましたのね」
「いらっしゃいませ、セシリアさま。最近良く動くようになりましたのよ!あ、ほら!」
「まあ本当に!元気で何よりですわね~」
一人っ子のセシリアにとっては、もはや弟か妹でも産まれるかのような心境である。
王立学園を退学処分になったマリンとフィリップは結婚。もともとフィリップとの縁談は貴族の娘としての当たり前の政略結婚と割りきっていたため、他の女性に盗られたところで、セシリアとしては痛くもかゆくもない。才色兼備と名高いセシリアには縁談が山とあるからだ。
むしろ慰謝料まで貰えて、劣等感からかキャンキャン煩いフィリップと彼の有責で別れられて、マリンには感謝しているくらいである。
マリンは出産後、エルグラン公爵家の下働きの使用人として雇用されることになっている。
アルファー男爵は騒動の責任をとり、甥っ子が成人すれば家督を譲ると宣言。まだ数年あるが、その後は彼もエルグラン公爵家の使用人として雇用が決まっている。
一方フィリップはというと……
「なんで王子だった俺がこんな事しなけりゃいけないんだよっ!?」
「もう王子じゃねぇからだよ!下働きのそのまた一番下っ端じゃねぇか!グダグダ言わずにキリキリ働けボンクラがっ!」
「そうよそうよ!アンタなんかを雇って下さった旦那様とセシリアお嬢様に感謝なさいよ!」
「フィリップさぁん!馬番の手伝い終わったら洗い終わったシーツ干してくれます~?濡れてるから重くって~」
「ああぁぁぁ~クソォォォ~ッ!なんで俺がァァァ!!」
イングラード王国は今日も平和である。