201 美少女は帰らない
ある金曜日。
「……どうしてもダメですか……?」
「……いや、ダメだろ」
「そ、そんなぁ……」
絶望的な表情で項垂れる理華を前に、俺は思わず頭を掻いた。
この日は俺の部屋で、二人で映画を見た。
前からお互い気になっていた、ミステリー要素の強いホラー映画だ。
ホラーが苦手な理華の頼みで、一緒に見ることになったのだが……。
「……べつに、大丈夫だって。何も出ないよ」
「で、出ないのはわかってます! ……でも」
要するに、一人でうちに帰るのが怖いらしい。
映画自体はかなりハラハラして、意表を突く展開も綺麗でかなりおもしろかった。
ただ、評判通り後を引くというか、背筋がゾッとするようなタイプの怖さがあって。
見ている間も、理華はずっと俺の二の腕に抱きついて離れなかった。
途中、俺がトイレに立った時も、行くなとか早く戻ってきてくれとか、とにかく怯えていた。
「ぐすっ……廉さぁん……」
「……」
理華はいつもの凛とした雰囲気を崩して、すっかりヘタレになってしまっていた。
キリッとした顔つきのまま情けない表情をするので、なんだか庇護欲と嗜虐心を同時にくすぐられるような気分だ。
「でも、泊まるって言ったってなぁ……」
「……今日だけですもん」
「いろいろ問題があるだろ……」
「へ、平気です。明日は土曜日ですし、お風呂と歯磨きは済ませてきましたから」
たしかに、理華はここへ来た時点ですでにパジャマ姿だった。
部屋から部屋を移動する時のために上着を羽織ってはいたものの、泊まれる格好ではある。
いや、けどなぁ……。
「……泊まるっていうのはもっとこう……神聖というか、大事というか……ま、まあ、なんだ? し、慎重になるべきなものなんじゃないか……? 恋人同士とは言っても……」
「そっ…それは……私もそう思いますが……」
「……」
「……」
理華の顔が耳まで赤くなったのがわかって、俺は思わずそっぽを向いた。
きっと、俺と理華は同じようなことを考えていたのだと思う。
でもそれを具体的に口にするには、俺たちはまだ未熟すぎた。
……キスだって、最近初めてしたばかりだし……。
「……こ、今回はノーカウントです」
「の、ノーカウント……」
「そうです。ただ孤独の怖さから逃れるために、他の人と同じところで寝る。……それだけです」
「そ、そうか……」
なんだか突き放すような言い方だけれど、俺には理華の気持ちがわかるような気がした。
きっとそうでもしないと、どうしても何かを意識してしまうのだろう。
「り、理華は……いいのか?」
「……はい。一人で帰れと言われた方が、嫌です……」
「……変にいろいろ意識させたくないから言うけど、俺は絶対に何もしないからな。途中で気が変わるとか、雰囲気に流されるとかも、今回は無しだ」
「そ、それは……」
理華がゆっくりと顔を上げる。
さっきまでと比べて、そこには驚いたような、けれど安心したような、微妙な色があった。
探り合いとか、空気の読み合いとか。
そういうのはきっと、すれ違いの元になる。
理華が本気で怖いのはわかるし、助けてやりたい気持ちもあるんだ。
なら俺がやるべきなのはきっと、その方法への安心感を高めてやることなのだろう。
「ありがとうございます、廉さん」
「……いいよ。彼氏だからな」
「……廉さんが彼氏で良かったです」
ふぐっ……。
「き、今日はそういうの禁止……!」
「えー」
「えー、じゃありません」
よし、そうと決まれば。
時間ももう遅い、寝支度を整えて、早いとこ寝てしまおう。
俺が歯を磨いたり、着替えたりしている間に、理華は今日の分の食器を片付けてくれていた。
すっかり二人分揃ってしまった箸、コップ、茶碗を見ると、なんだか妙な気恥ずかしさと、少しの罪悪感に駆られる気がした。
あの俺が、こんな生活を送ることになるなんてなぁ。
人生、どうなるかわかったもんじゃないな、本当に。
「廉さーん、そろそろ寝ましょう」
「ああ、そうだな。電気消して……あっ」
「? どうしました?」
……。
「…………布団が無い。ベッドしか」
「…………あっ」
前から薄々感じていたことだが、やっぱり間違っていなかった。
俺たちはとんでもなく、アホなのだ。
……ちょっと考えればわかるだろ……。