「どうして人を殺さないといけないんですか?」
手を挙げて、彼女は訊いた。
「いっしょうけんめい今までがんばってきた人を殺すのは、かわいそうだと思います」
真剣であるとも、ふざけているとも取れないような顔。
ぴん、と伸ばした指は、はっきりとそれに対して不平を訴えているようにも見えた。
けれど、垂れた眉と目、小さな鼻と口は、どことなくとぼけているような雰囲気で、ひょっとすると、相手を困らせるためだけにその質問をしたようにも見えた。
案の定、教壇に立つ、若い教師は困り顔になった。
表情は、こう言っていた。
どうしようかしら。この子のことだから、こういうところに疑問を持つと思ったのよね。大事なところだからちゃんと説明してあげたくもあるけれど、どう考えたって必要な前提知識が多すぎるし、詳しいところは小学校でやるような内容じゃないし、きっとこの説明をしている間、ほかの生徒たちは置いてきぼりになってしまうし。ああ、困ったわ。この質問にちゃんと答えようとしたら、きょう予定していたところまで授業が進められないかもしれない。
そして、実際にはこう言った。
「ルウちゃん。それはね、そういうものだからなのよ。わたしたちは死神だから、人を殺さなくちゃいけない。そういうものなの」
それでこの話はおしまいね、とにっこり微笑んでサインする。
この対応があながち間違いだったのかといえば、そんなこともなかった。
死神が人を殺すのは本当に倫理的に許されることなのか、というのは、実のところ十分に成熟した死神たちだってまともに答えを出せるものではなかったし、哲学を嗜んでいる死神たちに訊けば、それぞれがそれぞれのやり方で「許せない」と「許される」の両方の結論を出してくるような、複雑な問題だったのだから。
ましてや教師になったばかりのこの先生では、とてもじゃないけれど子どもたちを納得させられるような形で、しかも嘘をつかないような形で、この質問に答えることはできなかったのだから。
この問題はいつか子どもたちが成長したとき、それぞれが答えを出すものなのだと信じて、いまのところは詳しいところは語らずに、そういうものとして終わらせる。
その選択は、正解ではなかったかもしれないけれど、きっと、間違いでもなかった。
でも。
ルウと呼ばれたその女の子が、全然納得していなかったこととか。
その子がものすごい問題児であることとか。
そのくらいのことには気を回しても。
欲を言えばそのくらいのことは気に留めておいた方が。
もしかすると、よかったのかもしれない。